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KRKR

作者: 十山 


    序 章


世界から犯罪が消えた。


機械に人間が行う筈だった全ての判断を任せるようになってから、世界から無秩序が消えたのだ。


機械に刷り込まれたマニュアル通りの「正義」に従う人間たち。異分子(イレギュラー)は即刻道を正され、どんな状況下においても「正義」が優先される。


平和を確立したことにより、一見正しい人間の進化に思えたそれは、貧富格差をかつて無いほどの巨大なものにした。


デモクラシーはいつのまにか消滅し、国民の意見はほぼ全て弾圧されるようになった。

デモ活動の一切が発生すらしない。当然だ、「彼ら」には、人間の表情、発汗量、肺活量、声の様子、呼吸、脳の電気信号などの情報から、人が何を考えているのか手に取るように解るのだから。

「悪意」を感知するのだから。


「彼ら」とは、人々の一番身近に存在する機械。人間に限りなく近い存在になった機械、「ろぼっと」のことを指す。

彼らが、携帯やスマートフォンなどの情報を共有するメディアにまで台頭を始めるようになってから、世界は「平和」になった。


「ろぼっと」という単語は元々、英語だったようだが、それは遥か昔の話。

日本が「人型ロボット」分野に固執し、どの国よりも早く、人間に近く、高性能、高クオリティなそれを開発するようになってから、「ろぼっと」という単語は、いつの間にか伝統的な日本語、平仮名での表記を始めるようになった。


初期の「ろぼっと」は「からくり」と呼ばれ悪意に対する機能は備わっていなかったが、この時点で世界に広く親しまれていた。

後に、太古の遺産、「防犯ブザー」の応用により、「悪意感知機能」が実装されるようになり、逮捕権限までろぼっとに与えられるようになった。

被害者への防衛的なアプローチから、加害者への悪意そのものの根絶へと、焦点を変えたのだ。


そのころから「百年の平和を」という謳い文句を掲げ、「からくり」は「ろぼっと」へと名称を変え、人々に「正義」を植え付けるようになった。


しかし、「正義」に押さえつけられた人々のストレスは溜まる一方であった。

人間の「正しくありたい」という欲求は解消されたが、同時に「正しくありたくない」という欲求は全く解消されることはなかった。

人々のストレスの解消を目論見た政府は、性交機能を持ったろぼっとの開発を企業に要請し、裏ルートからの世間への流入政策を行ったりもしたが、大きな効果は見られなかった。


政府が国民のストレスを軽視し始めてから、企業は単独で、国民のストレス解消について抜本的な方向の転換を開始した。


そして悪意感知機能実装から五年後。

ろぼっとたちに「フルCG交戦再現機能」が実装された。

人間の闘争本能に目を付けたのだ。


後に「交戦(コンバット)」と呼ばれるようになるその機能は、ろぼっとの初期装備プログラム「スキル」と、追加CG発生パッチ「追加プログラム」を駆使して戦う疑似小規模戦争のことを言う。

「スキル」はろぼっとたちに元々組み込まれているものであり、基本的にランダム。

「プログラム」は一枚の紙に印刷されたバーコードをろぼっとに読み取らせるだけで発動が可能になる。

一枚のバーコードから一度しか読み取ることができないが、紙であるためスキルに比べフットワークが軽い。其の為入手のルートは様々。

企業が公式に発売するルートでは、昔ながらの「ガチャ」で当てる入手方法や、イベント限定配布などがある。

非公式ルートも昔ながらのオークションや、裏取引などだ。


ショーと化した戦争で、日々のストレスを解消する人々。


しかし、後に「交戦(コンバット)という疑似戦争の中で興奮状態に置かれた人間からは、判断能力や、IQなどが今まで以上に正確に測れる」などと言い出すマッドサイエンティストが出てくるようになってから、その小規模戦争は「意味」を持ち出す。

定期的にコンバットを行い、人々にランキングを付けるようになる集団がぽつぽつと現れ出したのだ。

ランキングを、会社では『出世』、教育機関では『推薦』など、様々な待遇を与える参考として利用する。といった政策である。

始めはバカバカしく思えたその政策だったが、正確に人間を測れるという仮説は嘘ではなかった。

会社では、ランキング上位者の発案する独創的な企画による利益の急激な向上。

教育機関では、ランキング上位者による革新的な学説の発表が相次ぐようになった。

当然その政策を取り入れる集団も急激に増え、プログラムの取引価格は「永遠のインフレ」と呼ばれる状態に突入する。


ろぼっとは正しく神のような存在であった。

彼らは人々の願いを全て叶え、人類の繁栄を大きく手助けした。

貧富格差の問題はいよいよ解決することはなかったが、貧民層の人々も植え付けられたプロパガンダにより、自らの幸せを見つけられるようになった。


人々の心の中に「幸福」は確かに存在していた。


しかし、「平和」を脅かすものはどんな世界にも存在する。

「正義」を壊そうとする者はいつだって「正義」を掲げる。

今回のケースはまさしくそれであった。


世界の正義か、自らの正義か。


突きつけられた選択に、一高校生である未熟な僕は、小さな頭を無様に抱える。

これは、そんな物語だ。





第 一 章   疾風怒濤の幼馴染

 

がががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががががが

「何!? 何!? 何!? 何!?」


四月五日 午前五時。

唐栗(からくり) コタロウ 一八歳。生まれて初めてマシンガンの音で目を覚ます。


「ちょ、うるさいうるさいうるさいうるさい。何これ何これ。」

僕は、寝起きによりほぼ0に近い視界を駆使し、謎のマシンガン音の正体を探す。

「謎」とは言っても見当はついている。僕がこんな下品な音の目覚ましを持っている筈がない。

視界の回復とともに、部屋のドアの近くに無造作に置いてある (捨ててある?) 袋によたよたと近寄る。

「眠い。うるさい。眠い。うるさ――ッ‼」

ぶつぶつと文句を垂れていたら、タンスの角に右足の小指をぶつけた。あまりにベタ過ぎて申し訳ないのだが、ぶつけたものはぶつけた。

「はうっ」

謎の喘ぎ声を清々しい朝の静寂に溶かし、床に倒れこむ僕。

「ぐはっ」

もういい、手を伸ばせばすぐ届く距離だ。指の回復を待とう。割とダイナミックにめり込んでしまった。

小指を両手で押さえ、温めてやったり、なんとなく左右にくりくり動かしてやったりする。科学的に効果があるのかどうかについては知らない。だが痛みは紛れる。

・・・様な気がする。

――――――――

――――

――

「兄ちゃん、朝からうるさい」

「痛い痛い痛い痛い」

僕の部屋のドアを粗末に開き、うずくまる僕の頭を容赦なく右足で踏みつけ、朝っぱらから僕に淡々と罵声を浴びせてくる、このダサい、着ぐるみのようなパジャマを纏った物体は、我が愛しの妹、唐栗 ハナコ。

スポーツ万能。成績優秀。黒髪ロングの貧乳娘。


「なんで朝五時からマシンガンぶっ放してんのよ」

わが愛しの妹が、朝っぱらからマシンガン音をバックに僕の頭を素足で踏みつけながら、意味不明なことを抜かしている。まったく愉快な妹に育ったものだ。今朝は母さんに感謝せねばな。

「落ち着け妹よ。よく見ろ。お前の愛しのお兄ちゃんは朝からマシンガンをぶっ放したりはしていない」

「わかってるわよ。アンタみたいにろくでもない育ち方してないわ。部屋に入ったら、まず真っ先にこのマシンガン音の正体をアンタに吐かせようと思っていたけれど。アンタが床で寝ていることにかなり引いたわ。アンタ将来の夢はスラム街の住人かなんかなの?」

我が愛しの妹がまた訳の解らないことを抜かしている。

頭と胸はだいじょうか? ちゃんと栄養は行っているのか?

「妹よ。将来の夢がスラム街の住人なんて、そんな夢の無い人間がこの世に居てたまるものか。確かにまだ僕の『将来の夢』は未だ不確定事項だが、これだけは言い切ってやる。スラム街の住人が僕の第一志望になることは永遠に無い」

決まったぁ・・・。

「わかってるわよ。アンタみたいに馬鹿みたいな育ち方してないわ。はぁ、アンタが馬鹿野郎過ぎて埒が明かないわね。とりあえず馬鹿みたいに床とディープキスしてる理由から聞いてやるわ。吐きなさい」

「はぁ? お前遂にトチ狂ったか? この僕が床で寝るわけがないだろ。一つのセンテンスに三回も『馬鹿』ってワード織り交ぜやがって、調子こいてんじゃ――」

寝てた。自分の小指をくりくりしながら。

・・・痛みが紛れ寝落ち、か、ふむ。

こんな爆音の中でも、眠れる時はストンと眠りに落ちてしまうものなのだなと、自らの適応力に感心する。住めば都、とはよく言ったものだ。

それにしても・・・「ディープキス」? 

げ、舌でも出して寝ていたのか? ペッ。

「ふむ、寝てるな」

「ええ、寝てるわ」

「で、なんでさっきからお前マシンガンぶっ放してんの?」

頭への圧力が上がった。

「妹よ、ごめん」

「いい返事だこと」

圧力が下がる。ふむ、ツンデレだったか。仕方のない妹だ。

「さて、マシンガン音を止めるか」

「止めなさい」

妹の足が離れた。あれほど鬱陶しかった妹の足は・・・、別に離れても恋しくはならない。

このクソ妹、後でタコ殴りだ。

僕は寝っ転がったまま袋の中身を取り出す。


マシンガンだ。

マシンガンが、ががががなっている。

「あの糞ジジィ、ついにひ孫の誕生日に兵器を渡すようになったか」

ぶつくさ冗談を言いながらマシンガン型のモデルガンにスイッチ的な何かを探す。

――――――――――

――――――

――――

――

「おいハナコ。止め方わからん。」

「せい」 

僕が振り向いた瞬間、そこに居た筈のハナコの姿は無くなっていた。

気配を感じマシンガンの方に再び振り返ると、妹の代わりに、傷一つないキラキラ輝く肌色の右足と、真っ二つになったマシンガンが確認できた。

「おおハナコ。お前の国ではそうやって目覚ましを止めるのか」

「ええ。じゃあまたいつもの時間に」

そう言ってハナコは部屋に戻った。

さて、僕も次の目覚ましが鳴り出すまで寝直そう。軽快な包丁の音が聞こえるが、残念ながら眠気が勝ってしまう。母の作品もまた、七時に目覚めたときの楽しみとしよう。


まだ眼を覚まさなくても、誰も僕を責めないだろうさ。


 ※


 ピピピピッ、ピピピピッ。

二度寝をした後、通常の目覚ましによる朝七時の再起床。二つになったマシンガンを一瞥し、部屋のドアを開き、一階への階段を下り、茶の間の扉を開く。

「おはよう、母さん」

「あら、今朝は早いのね、コーちゃん」

寝起きの僕に優しいボケをかましてきてくるのは、僕の母、唐栗 ノリコ。

ハナコでは一生を賭けても追いつくことのできぬであろう、巨乳の持ち主。


春休みなど関係なく毎朝五時に起床し、七時周辺を目指し朝飯を完成に向かわせることは、母の日課の一つ。

主婦の中の主婦の鏡の中の鏡。少々忘れっぽいところもあるが、それはご愛嬌。

父さんが生きていたら、僕と彼は間違いなくいい酒を酌み交わす仲になれていただろう。

  

「今日から学校だよ、母さん」

「あらあら、そういえばそうだった。夏休みも昨日で終わりだったわね」

おや、「素」だったか。

「ということは、また昼間は私一人になっちゃうのね、グスン」

「じいじがいるじゃないか。ん?」

僕はちゃぶ台の前にある、僕専用座布団に腰を据えると、母さんのお決まりの凡ミスを発見する。別に咎めるほどのことでもないのだが、コミュニケーションの一環としてそれを指摘する。

「母さん、この箸、ハナコのじゃね?」

「え、あらら、うっかりうっかり、ごめんなさいね。いま取り替えるわね」

「朝カラ母上ニ甘エルナ小童」

この朝から暴言を吐き散らす不届き者は、母さんの相棒。

K655-Sakuikazuchi――通称、サク――。

製造コンセプトは愛と怨嗟の「ろぼっと」、らしい。

コラエン社の考えることはわからん。


デザインはスレンダーロリ。

母さんのろぼっとであるにもかかわらず口が悪い理由は、ハナコと遊ぶ時間が長くなってしまったことに起因している。

胸のデザインまでハナコ似だしな。


「母上ガ動ク必要ハナイ。箸クライ自分デ取リ替エロ、穀潰シ」

「新学期早々騒ぐなサク。冗談だ、自分で取り換える気満々だ」

「フン、ナラ良イ」

「あら、そう? じゃあ母さん、お味噌汁用意するわね。ごはんは食べるだけよそっちゃって。いま、お魚と野菜炒めも出来上がるから、ゆっくり食べててね。あ、冷蔵庫に納豆ちゃんもあるから、よかったらどうぞ」

「トンダ邪魔ガ入リマシタネ、母上」

箸を取り替えようとしていた母は、キッチンの方にくるっと体を返し、味噌汁を一番大きな器に注ぐ。

サクは終始僕に尻を向けて家事に専念している。

ったく生意気な女よ。最近ますますハナコに似てきてないか? イライラしてきた。ハナコの箸で食べちゃえ、納豆を。

冷蔵庫からパック納豆を取り出し、座布団に戻り、カラシを入れ、かき混ぜる。僕はたれを後に入れる派なのだ。


「おい、兄さんや。なぜ私のかわゆい箸で、私の嫌いな納豆ちゃんを高速でかき混ぜている?」

どうやら馬鹿も起きてきたようだ。

「引いた。そうか、シスコンか。シスコンだったのか。私に構って欲しいのだな? 母さん。この家にシスコンがいるぞ。新学期早朝、妹を既に三回も引かせている凄腕のシスコンが、妹の箸を納豆ちゃんでねちゃねちゃにしながら、勝ち誇ったような下劣な笑みを浮かべている」

「あら、だめよコーちゃん。知らないの? 兄妹同士は結婚できないのよ?」

二人まとめて一瞥し、納豆にたれを注ぎ、再びかき混ぜる。

まったく、女どもは早朝からなぜこうも元気なのだ。


「コタローーーーーーーーーーーーーー!」

男にも元気なのがいた。 

「コタロー! なぜ起きてくれなかった!! じいじは寂しかったんじゃぞ!? マシンガン音聞こえたじゃろ? 何故! 何故儂と遊んでくれなかったのじゃあ‼」


この朝からうるさいクソガキは唐栗 ジゴロク。僕のひいじいちゃん。


なぜ見た目がガキなのかというと、六歳児の時点で生死をさまよう大ケガをしてしまい、全身を機械化するという大手術を受けたから、だそうだ。

・・・まぁ嘘だろうな。

じいじの時代――おおよそ百年前――には、機械と言っても、「からくり」と呼ばれる未発達な技術しか存在していなかったのだから。

まぁ、僕も六年前に母さんの紹介で急に出会っただけなので、真相は謎である。

当時、ハナコに意見を聞くと、「スラム街に捨てられていた子供かしら・・・、母さん優しいから・・・」と、涙ぐんで暗い話を始められた為、じいじのことはあまり掘り下げたりはしていない。


「コタロー! 何故じゃ! 何故じゃぁぁ!」

「えぇい、うるさい。若者は朝五時には起きられない仕組みになっているんだ」

「そんな馬鹿なことがあるかぁ! 儂はお前と早朝から冷たぁい朝の空気を全身に浴びながら、将棋を一局打つことを何よりも楽しみにしているのじゃぞ⁉」

「将棋ならオオイカヅチだって打てるじゃないか。ほれ、構って貰えじじい」

ビッと僕が指をさす先。背中から充電器をコンセントへと走らせ、窓辺で日向ぼっこをしながら昼寝 (朝寝?) をかましている、あのおっさんのデザインをした「ろぼっと」は、


K001-Ohoikazuchi。

原点にして頂点の「ろぼっと」。

サク同様、仰々しい二つ名を冠してはいるが、こちらに至っては言い張っているのはじいじひとり。

じいじに交戦(コンバット)負けたことないしなぁ・・・。


「此奴、将棋下手じゃもん」

「上手くなるプログラムでもいれてやれよ。ごろごろ転がってんだろ将棋プログラムなんて」

「此奴は好き嫌いが激しい」

「いよいよ型変えしたほうがいいんじゃねぇか? いまどきプログラムっつったら殆どガラシア社製だしな。コラエン社のろぼっともいよいよ潮時だろ」

「コタローのろぼっともコラエン社製じゃないか」

「俺のは407だもん。まだまだ現役。好き嫌いなくバクバクいくぜ」

まぁ、407でも、なかなか型番としては古いほうではあるのだが・・・。

「大体なんで、うちの奴らは揃いも揃ってコラエンなのじゃ? スペック低いじゃろ」

「そりゃあ安いからじゃないか? うち貧乏だし。」

「儂がもっと稼げと、そう言いたいんじゃな?」

「いやいや、今時中古ろぼっと販売じゃ無理もないって。どんまいどんまい。じいじには感謝してるよ」

「齢十八にして親族に感謝をするとは。大きく育ったものじゃのコタロー。儂は涙が止まらんよ・・・。グスン」

「昨日なったばかりだけどな。・・・って誕生日と言えば。なんだじいじ、あの誕生日プレゼントは? 僕が出来た曾孫でなければ、ぐれても文句のいえない代物だぞ」

「ん? 『目覚ましマシンガンちゃん』の話か? いいじゃろマシンガンは。 現代の技術ではもう製造することのできなくなってしまった『オーパーツ』の一つじゃからなぁ。たまらんのぉ、たまらんのぉ。大事に使えよ? これで三年生は皆勤賞決定じゃな! がっはっは」

「いや、もう真っ二つだけどな。てか『ちゃん』って、女の子だったのかよ、あの子」

「ん? 真っ二つ?」

「いや、なんでもない」

「ん? 真っ二つ?」

じいじが頭を抱えている。イライラしたとはいえ、僕のことを考えて選んでくれた誕生日プレゼントだ。今度お詫びにたこ焼きでも食べさせてあげよう。

「はいはい、二人ともそれくらいにして。お魚と野菜炒めも出来たことだし、ジゴロクさんもご飯食べちゃってね」

母さんが山盛りの野菜炒めと焼き魚をちゃぶ台に置く。

「さぁ、みんな、もりもり食べるわよ~!」

「っしゃぁぁぁぁ!」

じいじがいつものように六人前ほどの飯を目の前に置き、叫んでいる。

まったく、自分の曾孫に最低な寝起きを提供しておいて、調子の良いことだ。

何故じいじはここまで元気がいいんだ。元気の源が知りたいものだ。無尽蔵だろ、これは。

「まったく、孫も良い娘を嫁に貰ったもんじゃ。羨ましいったら無いわい。たまらん。たまらんのぉ・・・ぐひひ・・・」

じじいが毎日の日課のように、ブツブツと気持ちの悪いことを口走り始めた。

相変わらずなんて下種な笑顔を浮かべるんだ、このクソじじい。これか? これが元気の源なのか? 最低だ。曾孫である事実を尽く隠蔽したい。

「ハナコよ。弟か妹は欲しくはないか?」

「いらねーよ、くたばれクソじじい」

「・・・」

じいじが一瞬黙る。

孫娘の暴言にだけは弱いのである。

「母上・・・私モ腹ペコデス。グスン」

母のろぼっと、サクが涙目で母さんのエプロンを引っ張り、懇願し始めた。

「うわぁ、ごめん! 母さん腹ペコで忘れてたぁ! 今ごはんあげるからね、サッちゃん」

そう言うと母さんは、頬を野菜炒めでパンパンにしたまま、急いで壁のコンセントに充電器を差し込み、反対側のプラグをサクの背中に差し込む。

カチャ。

「ハウッ!」

「あっれー、上手く入らないな」

カチャカチャ。

「ヒャァ! ハ、母上。モット、優シク、シテクラヒャイ」

「うっひょぉぉぉ‼ こりゃたまらん‼」

サクの喘ぐ姿をじじいが鼻血をだらだらと垂らしながら、マンガみたいな表情で凝視している。

最低だ。このじじいには人間とろぼっとの境界線は無いのか。まぁ、人間とろぼっとの境界線そのものみたいな存在なのだが。

「フゥ・・・」

プラグが入った。

「やっと入った。さぁて、ごはんごはん!」

満足そうな笑みを浮かべながら、母さんは、野菜炒めを再び口に放り込み始める。

そして僕は特に感情は無く、素直にサクに問いかける。

「サクよ、お前その声どうにかならんのか」

「兄さん最低、死んで」

なぜかサクとは反対方向から、間髪入れずにディスられた。

なんだこのアバズレは。思春期か?

「勘違いするなハナコ。純粋な高校生の探求心から来る問いだ。さぁ、答えろサクよ」

「ドウニモナラナイ。入ル瞬間ガ特ニ」

「そうかそうか、人間と同じじゃな、ふひひ」

「よし、じいじ、死んでいいぞ」

「・・・」

「サクちゃんはなぜか敏感なのよねぇ・・・。さ、あなたたちもご飯食べ終わったら、ホノちゃんとクロちゃんにもちゃんとご飯あげるのよ」

『はーい』

ハナコと二人同時に返事をする。

母さんの言うことには絶対遵守がウチの暗黙のルールなのだ。

母さんの口にした『ホノちゃん』と『クロちゃん』とは、ハナコと僕のろぼっとのこと。

ハナコのろぼっとがホノちゃん。K-299 Honoikazuchi。

怒号と復讐の「ろぼっと」。

テーマとまったく一致しない、優しい女の子。まったく、コラエン社の考えることはわからん。

デザインはサクと同様幼女。しかし、こっちの胸回りは何故だか母さん級。

母さんとハナコは、明らかにパートナーとするろぼっとが反対なのである。


そして、僕の相棒がクロ。K407-Kuroikazuchi。

宣告と殺戮の「ろぼっと」。

酷いコンセプトだ。惑わされないでおくれ、こちらもいい奴だ。

『宣告』が出来る程頭も良く無いし、確かに交戦(コンバット)は強いけど殺戮なんかする奴じゃない。デザインは成人男性。僕が八歳の時に父さんから引き継いだろぼっとである。


四人揃ってガツガツと大量の飯を腹に入れ、一日分の英気を養う。これが僕の家族。汚い言葉も日々飛び交うが、どこにでもいるような四人と四体の平凡な家族。


  ※


―――飯を十分に腹に入れた僕は、クロのメンテを済ませ、母さんとじいじに見送られ、ハナコが家を出た五分後くらいに家を出て、学校へ向かった。


僕たち家族の住むスラム街スレスレの準貧民街から、教育設備の整った学校や、高級住宅の並ぶ中心街へは徒歩で片道一時間ほどかかる。

そのため僕ら兄妹は大体七時半頃には家を出なければいけない。


・・・。

クロと記憶にも残らないような適当なことをベラベラと喋りながら登校する。

・・・。

二十分程歩いたが、町並みは変わらない。

道なりに並ぶのは、うちに似た古臭い看板を掲げる、昔ながらの商店。

時折、開いた店舗の隙間を埋めるようにように、赤いトタン屋根のボロ廃屋や、物置と見間違える佇まいの住居が並ぶ。

この時間、まだ「close」の札を掛けている骨董品店や古本屋の前を通ると、うっすらとカビの匂いが鼻をくすぐる。

夏休み前と変わらない、いつもの通学路。

全く、中心ばかり繁栄し過ぎなのだ。

「クロ、夏休み中交戦(コンバット)自体はあまりできてなかったけど、体、鈍っていたりしてないか?」

「少年。私ヲ見クビルナ。下手ナ指令(コマンド)デオ前ヲ校内一ノ司令(コマンダー)ニ引キ上ゲテヤッタノハ、他デモナイ、コノ俺ダッタ筈ダ。忘レタノカ? コノ程度ノ長期休暇デ体ガ鈍ル程、私ノ超エテキタ死線ハ少ナクハ無イサ」

「僕の指令(コマンド)が下手だと? そうか喧嘩か、朝っぱらから喧嘩がしたいんだな?」

「ヨシ、イイダロウ少年、カカッテコイ・・・」

ゾクッ・・・!

戦闘態勢に入ったクロの鋭い眼に背筋が凍る。全身の毛が逆立つ。

相変わらずだが、なんて恐ろしい眼をしやがる、構えただけでこの殺気か。

本当に恐ろしい奴だよ、お前は。いままで僕と交戦(コンバット)してきた奴らに同情する。

「えい」

「イタッ」

脳天にチョップを喰らわせてやった。

「イッテー」

クロが頭を押さえて(うずくま)る。

「ろぼっとが人間に危害を加えられるわけないだろ。もともとボディガード用なんだから、今は交戦(コンバット)中じゃないんだぞ」

交戦(コンバット)中デモ司令(コマンダー)ハ殴レネェダロウガ・・・。イッテェナァ・・・」

・・・ちょっと強かったかな?

「あぁ、ごめんごめん。大丈夫か?」

「コタロー‼」

先ほどまでうずくまっていたクロが何かを感じたのか、驚くべきスピードで顔を上げ、僕の背後を睨み付けている。

何だ? 何だ? 何だ?

僕の反応は、明らかにワンテンポ遅れていた。

不意打ちならば非常に不味(まず)い。

どうやら鈍っていたのは僕の方だったようだ。

やられる。

「コンバットォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ‼」

謎の叫び声に呼応し、僕とクロが存在としての電気信号に集約され、声のした方向に吸い込まれる。

目を開けると、体力バー、コストバー、マッチタイマーが空中に表示されていた。

交戦領域(コンバットフィールド)が展開されていたのだ。

交戦領域(コンバットフィールド)とは、文字通り、交戦(コンバット)を始めるにあたって自動で展開される、半径100mほどのデジタルフィールドのことをいう。

現実世界の人々に被害を与えることなく、安全に交戦(コンバット)を楽しむことができる空間。

司令(コマンダー)とろぼっと達は電気信号となり、小さな球体に集約され、現実世界を浮遊する。

本来ならば、対戦する二人が同時に開戦宣言(コンバットコール)をしなければ展開されないものなのだが。

忘れていた、今日は下剋上デー。

毎月五の付く日に開催されるそれは、ランクが100以上上の相手に対し、一人分の開戦宣言(コンバットコール)で一方的に交戦(コンバット)を吹っ掛けられるという、超デンジャラスな日のことを言う。

本来ならば、ランキング上位者は不意打ちには特に気を付けなければならない日。

しかし、今の馴染みのある叫び声・・・。

僕の焦りと恐怖は途端に雲散霧消する。

こいつは不意打ちを世界一嫌う、そういう奴だ。

しかし、この交戦地帯(コンバットフィールド)に存在が集約される感覚・・・。

ホント、ドキドキする。

「んだよマコ。新学期早々レプリカ配りか?」

「うるせー! 勝負じゃ! 勝負! 今日こそぶっ倒すぜコタロー! お前を倒してNo.1な新学期をむかえてやるぜぇ!」

通学路で大声を出し、交戦(コンバット)を仕掛けてきたこの変人は、羽久溜間(はぐるま) マコ。僕の幼馴染。


彼女もまた僕と同じく貧民街に住んでおり、登校時間がとても早めである。

黙っていれば可愛いのだが、いかんせん頭が弱いため、喋ると馬鹿にしか見えない、残念な娘。

「容赦しねぇぜコタロー。いっけぇ! ヘルメェェェェェェェェェェェス‼」

マコの呼び声に呼応するように、交戦地帯(コンバットフィールド) ――通称、フィールド――内のある一点から嵐が発生する。まったく、この風だけはどうにも慣れない、まともに立っていられない。

「プログラムインストール!『ブレード』! 

『テラリア』!」

マコが追加プログラムを二つ叫ぶと、ヘルメスのコストバーが、ガン、ガン、と二度減少し、合計四十%程減少する。


嵐の中心核、実体の見えない「それ」の下方二ヶ所と、中心から少し左にずれた箇所が発光した刹那。


嵐が動く。


ガンッ!

クロの体力バーが突然悲鳴を上げる。

「ガハァ!」

「なっ!?」

なんだ!? 何が起きた!? クロの体力バーが削られている。

――クロにダメージが通っている!?

嘘だろ・・・。

嵐が動作を始めてからクロにダメージが通るまでの過程がまったく確認できなかった。

速い、速すぎる。

だが、おかしい。嵐の正体、マコのろぼっと、G545-Hermesは、確かにスピードが売りのG500シリーズ。

しかし確認できないほどではなかった。

マコとは何度となく戦ってきたんだ、それは間違いない。

だとしたら、この状況を作り出しているモノの正体はただ一つ、「追加プログラム」か。

初心者用から玄人にまで広く愛されている消費コスト十ほどの、使い勝手の良いプログラム、「ブレード」ともう一つ、「テラリア」・・・だったか。

おそらくこの現象の正体はこちらで間違いはないだろう。

聞いたことのないプログラムだった。

スピード増加なんて、司令(コマンダー)として何度も相手にしていて当たり前なプログラムだ。

加えて僕はNo.1。既存のプログラムなら知らない筈は無い。となると・・・。

ガラシア社め、また新作か。

瞬間移動とかじゃないだろうな・・・。

「ヒャッホォォォォ! 最高ダネェ!」

ヘルメスが奇声を上げて、快感を味わう。

「お? コタロービビってる? 可愛い顔になってるよ?」

「うるせぇ変態。ビビッてなんかねぇよ、お前とは場数が違う。こんな感覚、二年間何度も味わってきたさ。考えているだけだよ、策を」

「ふふーん、さっすがNo.1。佇まいが並の司令(コマンダー)とは違いますなぁ。でも、早くその策とやらを組み立てないと、クロちゃん倒しちゃうぜぇ?」

ふむ。確かに見えない斬撃となると、直撃避けることは難しい。今の一撃でクロは体力の十分の一は消耗してしまっている。非常に危険だ。

「格好ツケテンジャネェゾコタロー。長期戦ニ持チ込メ。マズハ様子見ダ」

「ああ、言われなくてもわかってるぜ、クロ。インストール、『イージス』」

僕の指令に呼応するように、クロのコストバーがガンッと激しく減少し、クロの額が発光。

クロの周りに、浮遊する無数の盾が発生すると、それらはヘルメスの視認できない斬撃をも優秀に防ぐ。

とても確認できる攻防ではなく、動いた盾が空中で一枚一枚破片になるといった様子であるが。

「うっほー! イージスじゃーん! 生で見られるなんてサイコー!」

マコが興奮するのも無理はない。


無限自立式守護プログラム。「イージス」と呼ばれるそれは、前No.1の愛用していた激レアプログラムなのだから。

十段階で評価されるレア度の中で、レア度九を誇るプログラム。

オークションに出したらかなりいい値が付くだろうが、如何せん便利なので交戦(コンバット)用に使わせて貰っている。

こういう厄介な相手用に。


「まあレプリカだけどな。さぁ、どうするマコ。ヘルメスの攻撃はもうクロには届かないぜ」

申し訳程度の挑発。

安い挑発に乗って新しい動きを見せてくれれば、何か(ほころ)びが生まれるかもしれないが。

どう出る?

「どうするって、何を言ってるのコタロー? どうせクロちゃんにヘルメスを捕らえることはできないんだし、このままマッチタイム180秒いっぱい高速で切り付けてれば、さっきのダメージ分であたしの勝ちじゃん」

やだ、この子春休み中に頭も良くなってる。

「コタローは春休み中ずっと家でゴロゴロしていたんだろーけれど、私は違ったんだなー。敗因が新プログラムのリサーチ不足なんて、だっさー。なにやってんだよコタロー。No.1だからって慢心してっから、こんな目に逢うんだよ。いい? 上にいる人にはわかんないかもしれないけれど、下にいる人はいつだって上の人を見てるもんなんだ。まぁ防衛しか考えることのないNo.1様にはわからない感情かもしれないけれど」

マコのお説教が始まってしまった。

司令(コマンダー)ランキングの変動の仕方、私好きなんだよね。ランキング下位に勝ったら、そいつのプログラムのレプリカを一つ奪えて、ランキング上位に勝ったら、そいつとランキングそのものが交換になる。負け数とか勝ち数とか、まどろっこしくて私嫌い。そして何より、私みたいな最下位。No.1000(サウザンド)でも、No.1への野心を捨てずにいられる。パパが言ってたぜコタロー。人間ってのは勝ち続けることこそに意味があるんだって。『防衛』は『勝利』よりもはるかに難しいことなんだぜ? 目標とする奴のケツも、野心も無しに勝ち続けなきゃいけない。――勝ちたくないまま、勝ち続けなきゃいけない――。よっぽどのプログラムマニアでもなけりゃ、私たち一高校生長々と続けられるような所業じゃないさ。私にも、コタローにもね。アンタが今から負けるのは、リサーチ不足のせいなんかじゃないよ。理由はもちっと手前。アンタが勝ちたく無くなっちまったせいさ。No.1になった時点でアンタは勝ちへの興味を失った。そんな状態のアンタを倒すことになっちまったのはこの上なく残念だけど、大丈夫。サウザンドになれば、アンタもまた勝ちたくなるよ、ドンマイドンマイ。そしたら私とまた交戦(コンバット)しようぜ! かーっかっか!」

マコの高笑いを遮るように、僕は挑発を続ける。

「おいおい、残り130秒で吐くセリフか? そういうのを世間じゃ『負けフラグ』って言うんだぜ?」

マコの高笑いがすーっと引いていく。

おや、怒らせちゃったかな?

マコがマッチタイマーを一瞥し。煙草でも味わうかのように、ゆっくり深呼吸を一つ。

口を開く。

「ふぅん? じゃあコタローには残り130秒でこの状況を打破して、勝ちをもぎ取ることができるっていうんだ?」

「そんな長い時間、僕には必要ない。僕にはいつだって『1秒』あればいい」

ピキッ。マコの怒りゲージMAX。

あ、やべ。

「馬鹿にしやがってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

マコの怒りに応えるように、ヘルメスの多方向からの攻撃が激しくなる。

「上にいる奴はいつもそうだ! 揃いも揃ってサウザンドサウザンド言いやがって!  もー怒った! 私にも130秒も要らないっ! この鬱陶しい盾ぜーんぶ破って、クロちゃんズタズタにしてやるんだから! やっちまえ! ヘルメス!」

「了解、マスター! ヒャッハァァァァァァァァァァァ!」

ヘルメスがイージスを破る速度が急速に上昇。

一枚一枚確実に破壊されていくイージス。

その破片はフィールド内を真っ赤に染める。

この数をすべて破るつもりなのか? 相も変わらず愉快な奴だ。

「こんなに散らかして、駄目だなぁマコは。良いこと教えてやるよ。交戦(コンバット)中のプンスカはろぼっとの行動パターンに影響する。電気信号にまで分解された僕らとろぼっと達とのペアリングは、現実世界に居る時に比べ何倍も強いからな。そんなんじゃあ、いつまで経ってもNo.1にはなれないぜ」

「うるせぇうるせぇうるせぇ!」

怒りのせいで、ヘルメスの攻撃スピードはみるみる上昇を続けるが、その攻撃から明らかに緩急が消えたことにマコは気付かない。

勝つことでなく、時間内に相手を倒すことを目的とした結果がこのざまだ。

一撃一撃にあんなに感情を込めちゃあ、勝てる試合も勝てない。

パリン、パリン、パリン・・・。

攻撃こそ視認できないが、イージスの割れるスパンが先程から呆れる程一定である。

さて。

「マコ、俺が今から使うプログラムは、ナックル1だ」

「はぁ? ナックル1? 今のヘルメスに? 頭でも沸いたかコタロー。捕らえられてすらいない相手に『実用性零の超近距離刹那型プログラム』とか、馬鹿にしすぎだよ。それにナックル1って、実用性零の割に威力はぶっ壊れだから、クロちゃんのコスト、ほとんど持ってかれちまうぜ? 何考えてんのか知んないけど、少なくともクロちゃんのコストバーはナックルとイージスを両立できるほど多くない。残念。コストオーバーで、先にインストールした装備プログラムのイージスは自動アンインストールされちまう。とんだ悪足掻きだね、がっかりだよNo.1。やっぱり私の勝ちだ。それ外したらいよいよ終わりさ」

「解っちゃいないなマコ。その自動アンインストールがミソなんじゃないか。本来アンインストールも発声が必要だから、どうしてもラグが出来ちまう。然し、自動ならどうだ? ナックル1は『必ず当たる』。そして俺の勝ちだ。良いこと教えてやるよ。お前の相棒がさっきから駄々っ子みたいに切り付けてんの、クロじゃなくてイージスなんだぜ?」

「仕方ないじゃん、イージスがクロちゃんを守るんだもん」

終わりだな。

「インストール!『ナックル1』!」

マコの言う通り、ナックル1の使用に当たってコストオーバーが発生し、先に発動していた装備プログラムであるイージスが自動でアンインストールされる。

クロを覆う無数の盾が消滅し、ヘルメスの猛攻を免れた盾達がコストに還元され、コストバーを上昇させる。

「クロ! スキル!」

「応!」

「スキル!? ここで!?」

ガンッ!

マコの言葉を無視するように、還元されたコストを使用し、ナックル1が発動。

ガンッ!

同時にスキルの使用。それに追従した、砕けるようなエフェクト。

コストバーと体力バーが奪われる。


「始まるぜ、『1秒』」

スキル――「凪」――正常に発生。

クロの瞳が静かな蒼色に染まる。


初期装備プログラム。スキル。

追加プログラムと大きく違う点は、コストバーではなく、体力バーを消費すること。

まぁ消費と言っても、スキルに使用する体力は皆決まってマックスである体力の五%程に過ぎないのだが。


クロのスキル「凪」は、一秒間相手のスキルを無効化するというサブ効果に加え、その一秒の中を、体感1分程に感じられるようになるというメイン効果を持つもの。それだけならばとても使い勝手は良いのだが、何故だか他のスキルに無い、一試合に一度しか使用できないというアホみたいなデメリットを抱えている


サブ効果の対象は、「塵旋風」。ヘルメスの纏っている強力な嵐。奴のスキルはあれ。

マコは恐らく「開始発動」に設定していたのだろう。


ヒュンッ・・・。

嵐が消える。二度と吹き荒れることの無いだろうな。


クロの右手の僅か上空に「1.00」の数字が発光した刹那、数字が「0.9X」に変化し、小数点以下が「00」に向かい、急速に減少を始める。


ここからの一秒はクロだけの世界。

「ビュン、ドッ、ピー、ドン」一秒間にこれらの音が僕の耳に届けば、恐らく僕の勝ちだろう。


耳を澄ます。


ビュン。

ヘルメスがブレードを空振った音。


クロが右手を空中に差し出す。

ドッ。

ヘルメスの腹にクロの拳が入る音。

塵旋風とテラリアの生み出していた高速により、先程まで視認すら出来なかったヘルメスが姿を現す。

クロの右手を腹にめり込ませて。


ピー。

「0.00」

ナックル1、発生。


ドンッ。

地味な爆発音のようなものが、静寂の中に響き渡る。

ふむ、想像通りだ。


ナックル1は強力に圧縮された空気を、発動から一秒後のたった一瞬に放出するプログラムである。

マコの言った通り威力はぶっ壊れ、大抵のろぼっとなら一撃で気絶し、ダウンを取れる。

ナックル1をまともに喰らったヘルメスは、100mという距離を一瞬で通過し、白目を剥いたままフィールドの端に体を叩き付ける。

ヘルメスの体力バーが空になり、クロの眼の色が青から黒に戻る。静寂。


「・・・」

「・・・」


『コタロウ様、勝利』

静寂を切り裂いたのは、クロに搭載されたナビからの判定コールと、わざとらしいファンファーレだった。 


「あ」

ファンファーレで我に返ったのか、マコがゆっくりと口を開く。

「あーあ、負けた負けた。やーっぱNo.1は伊達じゃないねぇ・・・」

力が抜けたのか、地面にぺたんと座り込み、へらへらと笑いながら頭を掻くマコ。

「なーんで負けちまうかねぇ。あんなに特訓したのにさぁ・・・」

うっすらマコの瞳が光る。春休みに相当特訓したのは今の交戦(コンバット)で痛いくらい解った、相当強くなってる。この学校は実力の近い生徒だらけだし、ランキングの変動が特に激しい、ひとまずNo.1000は抜けられるだろう。でもやっぱりまだまだだ。まだまだNo.1には程遠い。

「もう三年生なのにずっとNo.1000のまんまだよ。去年も後輩たちに一年間ボコボコにされ続けたし。このまま、ずっとサウザンドのまんま、私、卒業しちゃうのかな・・・」

「それは無いぞマコ」

「・・・え?」

それは無い。

根拠は無いが。

だが。

マコに限ってそれは無い。

そう思う。

「・・・今の交戦(コンバット)かなり楽しかったぜ! ドキドキした。お前が春休み中どんな試練を潜り抜けて来たかは知らないが、正直少し焦ったよ。ヘルメスにテラリアがドンピシャ過ぎた」

ここまでは本当。

「危うくお前にNo.1な新学期を提供しちまうとこだったぜ。だって考えてもみろよ、俺がお前相手に『凪』を使ったことがあったか? 俺が『凪』を使ったってことは、相当ピンチだったってことを意味するんだ。あんまり見せ過ぎて対策されると嫌だからな。お前は春休みを超えて相当強くなっている。No.70圏内なら、狙えるレベルだと思うぜ?」

「ほんと? でも・・・、多分No.70でも私は満足できないよ。だってNo.70台なんてまだ出来る二年生ならゴロゴロいるところだよ? 三年生としてNo.40くらい欲しいというか・・・」

「おいおい、希望が出来たら次は欲か? コツコツやれよ馬鹿。人間は元々歩くことしかできないんだぜ?」

「でも・・・」

「ん?」

マコが口ごもっている。珍しいこともあるもんだ。今日は暴風雨か?

「なんだ、まだ何かあるのか?」

「時間が足りないというか・・・、あと一年しかないというか」

・・・。

「馬鹿だなぁ、マコは。『一年』と考えるな。『三百六十五日』と考えてみろ。ほら、何とかなりそうな気がするだろ?」

なんとかならない。

自分でも無責任なことを言っていると思う。

ランキングの変動は確かに激しい、その言葉に嘘はない。

しかし、「力」に限っては「変動が激しい」という言葉に、大逆転の希望は持てない。

なぜならそれは皆が進化していることを意味してしまうからである。

順位というものはいつも決まるべくして決まっている。


でもマコ。俺はおまえのこと一度だって「下の人間」だなんて思ったことないんだぜ?

お前は違う。違うんだ。

そう思う。


「うん、ありがと。安心・・・まではできないけど、頑張ってみたくなったよ」

ぎこちない笑顔を浮かべるマコ。そうか、解っているんだな。


交戦領域(コンバットフィールド)が消滅し、通学路。

ブレード、テラリア、イージスの破片、そしてクロとヘルメスの傷跡が消え、現実世界に帰ってくる。


「さっ、学校行こうぜ。初日から遅刻しちまう」

「・・・うん」

「コタロウ様、レプリカは何に致しますか?」

クロの中からフィールドのアナウンスと同じ声が響く。

「あぁ、『テラリア』だな」

「・・・むー」


ごめんなマコ、悪いけど俺も俺で精一杯なんだ。


第 二 章   天下無双の生徒会長

 

二体を「省エネモード」でちょっと静かにした二人は学校の玄関に到着すると、一年振りに、あの「貼り紙」とご対面。


「んあ~! コタロー! クラス分けだよ~、ど~しよ~近くで見たくないよ~」

「なんだマコ、クラス分けは嫌いか? 好き嫌いはいけないな」

「だってだって、仲良い子いなかったらど~するのさ~」

 ・・・。

「いやいや、お前誰とでも仲いいだろが」

そう、マコは基本馬鹿だから、基本人気者だ。

「あんま好きじゃなくても話し合わせてるだけの人ばっかだよ? 何言ってんのさコタロー? 誰とでも仲良い奴なんてこの世には居ないんだよ? 馬鹿じゃないの?」

小学一年生の時、母さんに「サンタクロースは私なのだ~! は~っはっは~」と告げられた時のようなショックが体中を走る。

そんな裏話は聞きたくなかった。

なんてオープンな奴だ、これじゃ、裏が有るんだか無いんだかさっぱりだ。

「特にコタローに合わせるのは・・・」

「話の尻を濁せるなよ・・・。お前が『オープンな奴』という発見と相まって本気にしか聞こえないぞ・・・」

おや、目から汗が。僕たちの九年間は一体何だったというのだ。

「やだなコタロー。今のは冗談、ガチ冗談。幼馴染の絆はぱねぇから心配しなさんな。ほら、クラス分け見ちゃおうぜ? 早く中入りたい」

そうだな、桜が咲いてもまだまだ肌寒い季節だ。早く暖房の恩恵を受けたい。

―――――。

「お、マコ、また一緒のクラスか。これで九年連続。結局俺とは離れられなかったな」

「すげぇ、幼馴染の絆マジぱねぇ・・・」



八時三〇分。(まく)(まき)高校 体育館。

寝癖交じりの茶髪や、元々セットする気の無かったような黒髪、丸坊主等々。

有象無象の鳥頭が列を成す体育館の壇上から、叫び声がこだまする。


「いいか! よぉく聞け! お前らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

始業式から体育館の壇上でマイクパフォーマンスを決めているあの馬鹿は、我らが(まく)(まき)高校生徒会長。 天姿国色天衣無縫、天下無双の生徒会長 (ぜん)(まい) マイである。

生徒たちには『マイマイ』と呼ばれ、広く崇拝されている。

僕も熱狂的な信者ですら無いが、奴の胸部だけは全面的に認めている。


『マイマイうるさーい』

『ぶーぶー』

会場の生徒たちからヤジが飛ぶ。

春休みボケの余韻を優雅に味わっている最中の僕たちにとって、あの元気は悪いが害悪にしか感じられない。

「んだとぉ⁉ 五月蠅いのはてめぇらの方だ! 朝っぱらからどいつもこいつも、ついさっきベッドから這い出たような面ァ並べやがって! なめてんじゃねぇぞぉ! 三年目だぞ! シャキっとしやがれぇ!」

マイが生徒会長にも関わらずこのような汚い言葉を吐き連ねている理由としては、生徒達になめられたくないからだそうだ。

「なめられたら生徒会長は終わり」というが彼女のモットー。

風紀より統率の方が大事らしい。

・・・まったく、昭和のヤンキーかって。


『ふあぁぁ・・・』

会場からちらほら欠伸が湧き上がる。

「・・・ヘリオス」

「承知」

マイマイの隣に陣取っている彼女のろぼっと、G-344 Heliosが、自らの腰に下げている日本刀に手をかけ、ゆらり、と流れるような動作で、輝く刃を3cmほど群集に晒し、また鞘に納める。

会場全体に柔らかい風が行き渡り、寝ぼけた顔をした生徒たちの前髪をふわっと浮かす。

「寝たい奴は手ぇ挙げろ。一人一人寝かせてやっから」

『・・・』

会場中が鎮まる。

「全員物分かりがよろしくて結構! さぁ! 先程の話の続きだ! 耳の穴かっぽじってよぉく聞きやがれ! いいかてめぇら! 今日から一ヵ月! 放課後を利用し第四回交戦(コンバット)トーナメントを開催するッ!」

・・・。

『マジでぇぇぇぇぇぇぇぇ!? ぃぃぃぃいよっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! マイマイばんざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!』

割れるような歓声が校舎に響き渡る。

先程まで会場中に蔓延っていた眠気が嘘のようだ。

「いいぞ! もっと盛り上がれクズども! お前らみたいな大量に有り余った時間を社会に還元することもできないようなゴミカスどもの唯一の祭りだ! 騒げ! 踊れ! アーッヒャッヒャー!」

あんなマンガみたいな笑い方をする奴が生徒会長で本当にいいのだろうか・・・。

「ルールは四年前の大会とは大きく異なる!

異なる点ひとぉつ! 既存のレート、順位は一切無視! シード制など言語道断!

マッチングはこの私が部室で部員たちと一緒に楽しく阿弥陀で決めぇる!」

血も涙もない女だな。まぁ、面白そうだからいいけど。

「異なる点ふたぁつ! マッチタイマーは無制限とする! 皆死ぬまで殴り合うのだぁ!」 此奴もうヤンキーだろ・・・。

「そして異なる点みぃっつ! 従来のトーナメントではランキング変動を一時停止していたが、今回は問答無用で変動する! 理由としては貴様らが適当に交戦(コンバット)をし始めることを防ぐためである!」

後輩の女子達とイチャイチャ出来ないということか。チッ、余計なことを・・・。

「今日の放課後からいきなり第一試合! マッチング数は百! 昼休みには一階掲示板に今日のマッチングを貼り出す! それと一年! さっきからビビッてんじゃねぇぞ! 先生方から貰ったありがた~いNo.無駄にすんな! うしっ! 生徒会長挨拶終了!」


まったく、われらが巻巻(まくまき)高校には「受験シーズン」という言葉は無いのだろうか・・・。

合計二百人が初日から駆り出されるのか。トーナメントだし、二回戦三回戦を考えれば妥当な数かもしれないが。

初日からはちょいと勘弁してほしいな・・・。

天命に任せるしかないな。



一時限目を先ほどの朝会、四時限目までを初日の軽い授業に費やし、昼休み。


巻巻(まくまき)高校、第一階層、中央掲示板。


掲示板の面積を一つも考慮に入れていなかったのであろう量の貼り紙が貼ってある一階の掲示板を中心に、全校生徒千人と見紛うほどの人波が荒れ狂う。


『うわぁ・・・』

僕とマコが同時に呆れ声の様なものを漏らす。

「よし、出直そう」

「よし、掻き分けよう」

同じ感想から、まったく正反対の結論が飛び出してしまった。

「いっくよ~! コタロー!」

「いや、俺は次の休み時間にでも行きます」

「え~? コタロー見にいかないの? 気になるよぉ~、私見に行くからねぇ?」

「あ~あ~がんばれよ~、五時限目に遅れない程度にな~」

踵を返し、背後のマコに手を振りながら、僕は、僕ら三年生の住処である三階に向かい歩を進める。

「も~」

後ろでぶつくさ聞こえる。

何を急いでるんだか・・・。



マコが帰ってこない。

ふむ、もう五時限目が始まるというのに、奴は飯も喰わないでまだ並んでいるのか。

「は~い、授業はじめちゃいま~す」

先生が教室のドアを開け、教壇に立つ。

「出席取るよ~」

僕のクラス、三年J組の生徒は三十四人。

五十音順で考えて「は」が読み上げられるにはまだ若干の時間がある。

走れマコ。まだ望みはあるぞ。

「唐栗」

「はい」

ドタドタと廊下を走る音が止まない。

みんなそんなに気になっていたのか。

まぁ、四年に一度の祭りだからな、気合いが入るのも無理はないか。


「は」

ガラガラダンッ!

先生が「は」行を読み上げようとした瞬間、教室の前のドアが勢いよくオープン。


「コタロー! マッチング入ってたよ! 生徒会長とだって!応援するからね! ファイトォ! コタロー!」


・・・。

教室中が驚きと衝撃に静まり返る。

皆、口を開いたままポカーンとしている。

驚きに比べ、あまりに大きすぎた衝撃に対して。


「・・・羽久溜間」

「はい!」

「・・・ふむ、元気がよろしいから許そう。ギリギリセーフ」

「ぃやったー!」

調子の良いことだ。


しかし、今のマッチング。

まじかぁ・・・。


マコが僕の席の隣に座る。

「おいマコ、今のマッチング、冗談か?」

「え? 冗談じゃないよ? マイマイとコタロー。頑張ってね! 私はマッチング入ってなかったから、コタローの交戦(コンバット)の観戦でもして勉強するよ!」


嫌だぁ・・・。

絶対リベンジだ。

絶対阿弥陀なんてしてねえよ、あの女。


禅舞マイ。奴こそ僕がマコとの交戦(コンバット)で使用した「イージス」の、オリジナル所有者。

前No.1及び、現No.2。

なんでいきなりNo.1 vs No.2なんてカードにするんだよ・・・。

企画より、私情を取りやがった・・・。


「頑張ってね!」

最高のカードに眼を輝かせるマコ。

クラスの皆も目を輝かせてこっちをちらちら見てくる。

やめろ、そんな眼で見ないでくれ、負けられなくなってしまう・・・。



  ※



キーンコーンカーンコーン。

いつもならば下校を告げる軽快で清々しいはずのチャイム音が、今日はとても重く、肩にのしかかる様にさえ感じた。

重い。心身ともに重い。

「コッタロー! 交戦(コンバット)の時間だよ! 早くいこーよグラウンド~!」

チャイムに加えてマコの声まで重い。


僕は、別にマイのことが嫌いな訳ではない。

嫌いなのは、奴とマイマイ親衛隊からの二重圧力である。


どうもマイは、去年の十一月、生まれて始めてNo.1の座を僕に奪われてからというもの、機嫌が悪いらしく、事あるごとに僕に交戦(コンバット)を挑んできていた。

それから二年生の三学期が終了するまでの間、僕とマイはNo.1とNo.2をお互い行ったり来たりを繰り返していた。

しかし、ここで面倒なことが起きる。

マイマイ親衛隊から屋上に呼び出され、「マイマイとの勝負は、こう、もっと、手加減をしてほしいというか」などという八百長を申し出された訳だ。

マイマイ親衛隊とは、主に生徒会二,三年生男子により構成される、非公式マイマイファンクラブのことである。中には生徒会女子や、柔道部などの女子との繋がりを持ち辛い男子生徒も混ざっている。


僕とマイが勝ったり負けたりを繰り返しているにも関わらず、彼らが八百長を提案した理由は、勝率が僕の方が圧倒的に高かったからである。

大体8:1の割合で僕が勝っていた。


しかし、マイとの本気の交戦(コンバット)を汚されたくなかった僕は、その申し出を男らしくきっぱりと断った。

すると、立派に育った高校生達は、自らの膝を地べたに着かせ、両手と額の三点を、いつ誰が最後に掃除したかもわからないような、屋上のコンクリに擦り付け始めたのだ。

僕はこの行動があまりにも突飛すぎた為、混乱し、何なのか一瞬理解できなかったが、

「お願いします。マイマイの悲しそうな顔、もう見たくないんです」

この言葉を聞き、やっと状況を把握した。

土下座だ。

若干引いた。

大きく育った男たちが、土下座をしていた。

結果、あんな、「先払い」のようなことまでをされておいて、申し出を断るほど、僕は鬼にはなれず、「まぁ、できる限りでいいのなら」とだけ保険を残し、要求を呑む。


それから僕はマイとの交戦(コンバット)の勝率を50(フィフティ):50(フィフティ)にまで絞った。

しかし、マイの機嫌は一瞬たりとも治ることはなく、ある日彼女は遂に「手加減を止めないと殺す」とだけ僕に言い放ち、夕焼けの校舎を後にした。

彼女も伊達にNo.1を続けていた訳ではない。

まぁ、気付かなかったら気付かなかったで僕は彼女を軽蔑していただろうが。


とまぁそれから、僕は彼女との交戦(コンバット)を本気でするべきか、手加減するべきか、解らない状態に陥ってしまっているわけだ。

因みに今日も、五時限目の休み時間に便所に呼び出され、申し出を喰らっている。

土下座で。便所で。


「なにボーっとしてんのコタロー? もう時間近いよ?」

「え~・・・」

マコのジト目。

「わかった、行く! 行くから!」

「うん! 勝ってね!」

「・・・」

「勝ってね!」

「・・・おう! まかせろ!」


やれやれ・・・。なんでこんなジレンマを抱えなきゃならないんだ。

勝負それ自体とは全く関係のないところにさ。


  ※


「遅ぉい!」

グラウンドに到着すると、大勢のギャラリーの中心でマイが仁王立ちに腕組みという、華のJKとは思えないような格好で、僕を待っていた。

「この『天下無双の生徒会長』である 禅舞 マイ を二十八秒も待たせるとは、いいご身分になったもんだなァ、No.1」

クロに負けず劣らずの眼光。

あまりにも気が乗らな過ぎて、歩を進めるスピードが自然と落ちてしまったかな。

「まぁいい、この程度の無礼、全力で許してやろう。だがしかぁぁぁし! 交戦(コンバット)中にまた『このまえ』のような無礼をはたらいてみろ・・・。私はお前をぶっ殺す」

「はっ、いいのかよ生徒会長がそんな下品な口ぶりで。風紀が乱れるぜ」

「お得意の軽口などもういい。そんなもので私の心は乱れない」

ほう。

『マイマイかっけ~! 頑張って~!』


「あ、そうだマコ」

「ん?」

小声になる僕。

「ヘルメスのコストバーっていくつだっけ」

「なにいきなり、んー、二百くらいかな」

「そっか、サンキュ」


マコを傍から離し、クロの「省エネモード」を切る。

「なんだかよくわかんないけど! 頑張ってね! コタロー!」

「おう!」

クロの瞳が輝きだす。

「起きろ、相棒。準備はいいか?」

「アァ、イツデモOKダ」

「始めようか、ヘリオス」

「御意」


スゥゥ・・・


『コンバットォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!』


二人と二体が溶け合う。

ガンッ! ガンッ! ガンッ!

マッチタイマー、体力バー、コストバー表示。

交戦(コンバット)領域(フィールド)が正常に展開される。

「113」

そして、トーナメント時の交戦(コンバット)は観戦可能な為、追加で観戦者数も表示される。

現実世界ではフィールドの電気信号を受信する特殊な巨大スクリーンが生徒会によって一晩で設置されていた。恐らくあれで観るのだろう。

「開始で113人、長引き過ぎたら全校生徒来ちまうかもな」

「与太話をするために来たのかコタロウ」

「はっ、どうせ俺らのバトルは毎回読み合いからのスタートだろうが」

まぁ、この読み相いが堪らなく楽しいんだがな。

「ハハッ。お前との四戦目、先手必勝だとか抜かして突進したら『ナックル1』と『凪』のコンボでのされてしまったのがあったろう。あれがトラウマになってしまってね。うかつに責められないよ。流石は『死角製(ウィークポイ)作者(ンター)』と呼ばれるだけのことはある」

「なーにが『死角製(ウィークポイ)作者(ンター)』だ。ただベラベラと安い挑発を並べながら、相手の(ほころ)びを探しているだけ。誰にだってできるさ」

「できないさ。自分ができるから『誰にだって出来る』と吐き捨てられるだけだ」

「はっ、流石は『天下無双の生徒会長』。誰でも見えるものを違う角度から見れる奴は大好きだぜ」

「見れてなんかいないさ、私には何も見えていない。単なる妄想の延長さ、こんなもの」

「お前も同じじゃないか」

「あぁ、世界に踊らされている気がしてならない」

「僕もだよ、確かなものが感じられない。自分が不確かすぎる」

「そうやって考えを無駄に廻らす自分にまた吐き気がするんだろう?」

「・・・お前やっぱ気持ち悪いな」

「おやおや、『侮辱』とはなかなか高級なアイデンティティーをくれるようになったじゃないかコタロウ。」

「だから、キモイって」


「さて、お喋りばかりではギャラリーが飽きてしまうな。お互い一手目は当の昔に解っている筈だぞ、コタロウ」

「あぁ、いろいろ考えてが、やはりこれしかない」

「私もさ」


『インストール! イージス!』

二体分。今朝の倍の数の盾が空中を浮遊しはじめる。


「204」


「はっはっは! やはりそうか、不意打ちは免れたいものなぁ」

「お前もじゃねえか、ビビりが」

「反論の余地なし、だね。ハハッ」

「そして、次は0プログラムの発動だろ?」

「ご名答。インストール、0プログラム『菊一文字』」

スッ・・・。

ヘリオスが刀を鞘から美しく抜く。


0プログラムとはノーコストで使用することができる数少ないプログラムのことを言う。

デザインはすべてオーパーツを象っていて、一度に二つ以上の使用は基本的には不可能である。その手軽さのため、大抵の0プラグラムの威力は大したことはない。


何時(いつ)みても美しい・・・、そうは思わないかコタロウ? 太陽の光を浴び煌めく刃。荒々しくも繊細さを忘れない柄。オーパーツは芸術だよ」

「何回聞いても解んねぇよ。ただの日本刀にしか見えん」

「はぁ、あんな殆どスラム街みたいな場所で生活しているから感性が鈍るのだ。こちらへ来い、No.1ならば可能であろう」

「残念。家族全員で高級住宅街に行けるならばいいが、あの特権が通用するのは俺一人。その時点で興味はないさ」

「家族皆が幸せにならなければ嫌だ・・・と?」

「は? おやおや生徒会長、珍しく的外れだな、僕はそんな高尚な心を持ち合わせちゃあいない。僕の通り名が『死角製(ウィークポイ)作者(ンター)』の時点で、性格的に破綻していることぐらい気付いて欲しかったな」

「・・・ならば、その理由は何だ」

そりゃぁ。

「俺がマザコンだからだろ」


・・・。

あれ?


「ブッ」

マイが吹き出した。


「468」


「ハッハッハァ! 愉快愉快! これだけのギャラリーの前で恥ずかしげもなくマザコン宣言とは。本当に面白い奴だよ君は」

「・・・」

なんか今になって恥ずかしくなってきたぞ。

「はぁ、まったく、いきなり心を乱してくるとは、流石は『死角製作者(ウィークポインター)』」

「今のは、不本意だ!」

「いやぁ、笑った笑った。君といるといつだって楽しいな。生きていて良かったって本気で思える」

「他人が辱めを受けている姿を生きることの糧にするな」

「ハハッ、ごめんごめん。じゃあそろそろ・・・」

 

マイの眼光が変わる。


交戦(コンバット)で楽しませてもらおうかな・・・」

「クロ、構えろ、来るぞ」

「応!」

「行け! ヘリオォス!」

「オォォォォォォォォォォォォォォォォォ」

「菊一文字」を両手で構え、ホバー走行でクロに突撃を開始するヘリオス。

装甲の厚さのせいで推進力は大したことはない。

刀相手に素手もなんだな。

「インストール、『ブレード』」

ガンッ。コストバー十%減少。

残りコスト、七十%

クロが右手から発生した一メートル程の実体剣を両手で握りしめる。


キィンッ。

ヘリオスの攻撃を受け止めたクロは、そのまま攻めに転じる。

が、それはヘリオスも同じ。


キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン

「オリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャリャ!」

「オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」

止まらない、刃のぶつかる音。

「いいねいいね! 楽しいねコタロー! 君との二十八戦目を思い出す!」

「覚えてねぇよ! んなこといちいち!」

「私は覚えているよ。負けて試合は全て!」


キンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキンキン


「埒が明かないな、離れろクロ! 『ブレード』アンインストール!」

ヒュルルル・・・

ブレードのエネルギー未使用分のコストが回復する。

クロ、コストバー残量七七%。


ヘリオスから距離を取るクロ。

「遠距離からの攻撃か、『イージス』がすべて防ぐぞ?」

「インストール! 『フライトユニット七』!」

ガンッ! 残りコスト六三%。

コストバーが減少し、クロの額が発光する。

天高くより光が舞い降り、クロの背中へと着床すると、光が着床した部分から戦闘機の翼のようなものがにょきにょきと発生する。

タンッ。

クロが地面を軽く蹴り、はるか上空へと飛行を開始する。

「ハッハァ! フィールド内と言っても半径百メートル、なかなか飛んでいる姿は絵になるな。しかしよりにもよって『七』か、面倒なものを・・・」


フライトユニットシリーズは一~五が飛行能力に特化した高速移動型、六~十四が遠距離装備を積んだ攻撃型になっている。

六~一四は、武器を積んでいる代わりに推進力が一~五に比べ見劣りするが、のろまなヘリオスには充分機能するだろう。

更に、七、九、十の積む遠距離装備は実弾ではなく「粒子」である。

粒子武器は、連射力、威力ともに実弾には劣るが、目の前に立ちはだかる障害物を全て貫き直進を続ける、強力な貫通能力を持つ。

実弾に対しての絶対防御を誇る「イージス」にはドンピシャという訳だ。


ヒューン。ヒューン。

粒子武器の発射音は極めて静かであり、そよ風のような音を奏でる。

イージス達が一直線に並びヘリオスを守ろうとするが、其の全てが粒子の前に無残にも粉々に砕け散る。

ガンッ! ガンッ!

ヘリオスにダメージが通る。

しかし、装甲の分厚い鉄壁のヘリオスに対して、粒子武器、ましてやフライトユニットのおまけのような武器がまともに効く筈もなく、体力バーの悲鳴は聞こえるが、その減少はとても視認できるほど大きいものではなかった。

まぁ、元々この作戦の真意は、そこにはないし、この程度で墜ちる相手では無いことぐらい解っている。


この作戦の目的は二つ。


一つはイージスの量が一気に減少することによって、マイが新しい動きを見せなければならなくなること。

新しい行動が多ければ多いほど綻びが生まれ易くなるというのが僕の持論だ。

現に今の二発で五分の一の量のイージスが粉々になっている。


そしてもう一つは、僕のような一撃必殺型の司令(コマンダー)にとって、こういった少量のダメージは、勝負を決める際に役に立つことが多いことだ。

これは一撃必殺型の一般的なセオリーと、僕の経験則によるもの。

もはや、癖になっているだけである。

まだこの交戦(コンバット)の結末を考え付いているわけではない。


「ふむ、このままではおもしろくないなぁ・・・」

ガンッ! ガンッ!

ヘリオスへのダメージを気にせず、次の一手をじっくりと考えるマイ。

「よし、インストール、『三十七式粒子砲台』、

『浮遊式粒子砲台ver.Ha』、

『粒子付与チップ』対象『菊一文字』」

ガンッガンッガンッ!

ヘリオスのコストバー残量、約十%。


ヘリオスの額が発光すると、光が額から離れ、三つに分裂し、それぞれ、地上に二つ、『菊一文字』に一つ着床する。

地上に着床した光からは、それぞれ全長二メートル程のコテコテのデザインをした砲台が発生する。


一つ目の砲台は、発生した瞬間目標であるクロに照準を合わせ始める。

もう一方の砲台は、砲身を五連装備えており、発生した瞬間、その砲身を全て空中に打ち上げる。それぞれの砲身がバラバラの方向に発射されると、それぞれがクロに照準を合わせ始める。自立式砲台である。


そして、菊一文字に着床した光は、菊一文字を眩い粒子で包み込む。

ブンッ!

ヘリオスが刀を振り上げると、そこから発生している粒子が、フィールドの隅まで届いているのが観測できた。


合計七点からのロングレンジ粒子武器・・・。まずイージスは一枚も残らないな。


それにしても、イージスに加え、あれだけ高コストなプログラムを発生させたのに、まだあんなにコストを残すのか。

コストバー、体力バー共に化け物みたいな性能だな・・・。

それに、「スキル」も残してる。


「さぁ、クロちゃんは避けきれるかな?」

「余裕だ。ウチのクロを舐めないでほしい」

「オイッ!」

解っているクロ。お前にその量は捌けない。


ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン

六つの砲身から、粒子がクロを目掛け発射される。


ボボボボボボボボボボォン。

イージス全壊。


ヒュンッ。

イージス残骸たちが残した煙から、クロが飛び出す。

「ナンダヨアノ火力! ナントカシロコタロー!」

「まぁ待て! 今考えてるから!」


「切り裂け! ヘリオォォォォォス!」

「オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ」


ヘリオスが砲台達の第二射リロードに合わせて剣を振り上げる。


第二波。

先程の第一波の弾幕に加え、ヘリオスのロングレンジの斬撃が空を切り裂く。

合計七点。

「ウワァァァァァァァァァァァァァァァ」

クロが悲鳴を上げながら回避に専念する。


「怖イ怖イ怖イィ! オイ! コタロー! コンナノ長ク持タネェ! セメテ『フライトユニット』ヲ『五』トカニシテクレ! ソシタラマダ確実ニ躱シキレル! 『七』ナンカ積ンデテモ応戦スル暇ナンテ無ェヨ!」

「~~♪ ~~~♪」

「ナンデ口笛吹イテンノォォ!?」


第三波開始。


「オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」

ヘリオスの斬撃の精度が上がる。

クロを追いかけるだけではなく、クロを待伏せるような軌道をする斬撃を絡めたりと、趣向を凝らした攻撃へと進化していく。


チチッ!

「グッ!」

斬撃に集中しすぎたのか、クロの体を地上粒子砲台の攻撃が掠る。

ガンッ!

クロ、残り体力、八十%。

二十%も持っていかれた。

ダメージ量そのものとしては大したことはないが、これでかすり傷と考えると、この減少は脅威だ。直撃でゲームセットもあり得る。


この勝負のミソは、今まで重ねた交戦(コンバット)により、既にお互いがお互いの手の内を、ほぼ全て熟知している。というところ。

マイは凪を。僕はヘリオスのスキル、「(かさ)」の発生を待っている。

それをお互いの底だと知っているから。


「・・・さぁ、どうした。来いよ、No.1」

「・・・お前こそ、出し惜しみしてんじゃねぇぞ、生徒会長」

だめだな。今回は制限時間がない。

マイが痺れを切らして・・・、なんて現象は期待薄だ。


だが、それ故に、勝てる。


まずは、第一ステップ。

「インストール、『対艦用バスターブレード』」

ガンッ!

クロ、コストバー残量、四十九%

四十九・・・か。


クロの右手から眩い光が漏れ出す。

クロがその光を両手で掴むと、刀身5mはある実体剣が発生する。

「クロ、僕が『バスターブレード』を発生させたんだ。やるべきことはわかるだろ?」

「アァ、オ前ガ相手ろぼっとニ攻撃ヲ仕掛ケルトキハ、決マッテ使イ勝手無視ノ一撃必殺プログラム。ツマリ、コノ中途半端ナ高火力プログラムヲ発生サセタ理由ハ・・・」

ウラァァァァァァ!

クロが近くを浮遊していた砲台の一つをぶった切る。

「コッチカラブッ壊セッテコトナンダロ?」

「さっすが相棒、頼むぜ、全てはそっからだ」

「任セロ、破壊シテイケバ弾幕モ次第ニ薄クナル。ヤレルサ」

「心強いねぇ、『凪』用の体力だけ残せれば、いくらでも喰らっていいぞ」

「嫌ダネ、痛イノハ嫌イダ」


ウラァァァァァァ!

クロがバスターブレードを振り回す。

「ハッハァ! やるねぇクロちゃん! もう二つ目かい!」

クロにヘリオスではなく砲台の破壊をさせていることにはしっかりとした理由がある。

それは、召喚型や装備型プログラムの特徴である、コストの再利用を防ぐためだ。

これらのタイプのプログラムは、「ナックル1」のような発生型とは違い、もともとプログラムごとで「限界」が決まっている。

発生型はその「限界」を一気に引き出すため、「限界」という概念すら存在しないが、召喚型、装備型は「限界」が存在するために、「出し惜しみ」の様なことが可能になる。それにより、その限界に到達していない、「未使用分エネルギー」のある召喚型、装備型プログラムのアンインストールは、コストへと還元を誘発してしまう。

僕が度々見せた、「イージス」や「ブレード」のアンインストールによるコスト変換もそれにあたる。


そして、マイが今現在使用している召喚型、『三十七式粒子砲台』、『浮遊式粒子砲台ver.Ha』。

これらを野放しにしておくことは、コスト再利用によるマイの戦法の拡大に繋がる。

それに加えヘリオスのコストバーは膨大。

コスト残量が約十%となった今でも中々な戦法の組み立てが可能なはずだ。

これ以上広げられたら、後がなくなる。


「ぶっ壊せぇ! クロォ!」

「オォォォォォォォ!」

クロがフライトユニットを全開にし、三基目を墜としにかかる。

だが、そうそう甘くはない。

「調子ニ乗ルナァァァァァァァァ!」

オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!

「ガハァ!」

クロの体を菊一文字から放たれた粒子が走り、装甲を抉る。


クロ、残り体力二十七%。


「凪」の使用には五%は消耗する。

許されるのはあと掠り傷一発程度。

後が無い。


「ハハッ! 直撃だよ、直撃! いいねぇヘリオス!」

ダメか。背に腹は代えられないな。

「『フライトユニット七』アンインストール! 『フライトユニット一』インストール!」

ヒュルル、ガンッ!

クロ、残りコスト、三十六%、


立派だったフライトユニット七が消え、発展途上丸見えのスカスカな構造をした『フライトユニット一』がクロの背中に装着される。


「ブッ! ハッハッハ! 一! 一かよコタロー! 笑えるねぇ! 確かにそいつはフライトユニットシリーズの中では最速だ。でも、そんなお古、ちょっとの衝撃でバグって自壊を始めちゃうよ! ハッハァ!」

「そんな心配はいらない、もう当たらないからな」

「は?」

マイの高笑いが止まる。

「聞こえなかったか? もうクロはお前等の下手糞な攻撃には当たらないって言ったんだ」

・・・。

「また随分と大口を叩くのだな・・・。無理をするなよ死角製作者(ウィークポインター)。私の勝ちは揺らがない。今日の君は正攻法ばかりで詰まらなかった。まだ手加減をする癖が抜けてないようだな、私もナメられたものだ」

「べらべらと勝ち台詞並べてんじゃねえよNo.2、そんな癖はとっくの昔に抜けてる。今日はてめぇを全力で潰す」

今日はこっちにもファンがいるしな。

「君のハッタリにもうんざりだな。そろそろ楽にしてあげるよ」

恨み、苛立ち、殺意。

マイの眼光が更に鋭くなる。

「プログラム、全アンインストール」

砲台と菊一文字から発生していた光が消え、ヘリオスのコストが五十%まで回復する。

「インストール、『ホーミングレーザーver.1』」

ガンッ!

回復したばかりのコストが空になる。

ヘリオスの額から巨大な光が発生する。

地面に着床した光は、先ほどの砲台達とは比べ物にならない程の、巨大な十二連装砲台を創り出す。

ドスッ。

菊一文字を鞘に納めると、全長六メートルはあろうそれに、ヘリオスが両腕を突っ込み、空中を飛行するクロに照準をロックオンする。

ピピッ。

嫌な音がする。

「撃てェ! ヘリオォォォス!」

「オォォォォォォォォォォォォォォォォ!」

「クロ! 『凪』だ! 削り取れ!」

「オ、オウ!」


ガンッ!

クロ、残り体力二十二%


ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド

ホーミングレーザーver.1から、実弾と見紛う程の、濃度の濃い圧縮粒子が次々と発射される。

しかし、それらの粒子は今までの粒子のような直進するそれとはまったく違う動きを始める。

一本一本がくねくねと曲り、発射された後からクロに狙いを付け始める。

そう、それらはクロを追尾するのだ。


ドシュッ。


ホーミングレーザーの発射と同時にクロの瞳が蒼く染まり、ヘリオスに向かって高速で接近する。

凪の発動により、クロにレーザーの軌道は全て見えている。

故にヘリオスに高速接近しながらレーザーを躱しきることは容易い。


だが、その後は?


「オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」

フライトユニット一の最高速度で振り下ろされるバスターブレードの前に、ホーミングレーザー本体、残り少量となったヘリオスのイージスは、盾の役目を果たさない。

パリン、パリン、パリン!

ギギギギギギギッ!

ホーミングレーザー、イージスを抜いたバスターブレードはヘリオスに直撃する。

「ウラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

バスターブレードに体重を乗せるクロ。

しかし、ヘルメスにその刃は貫通しない。

ヘルメスの真骨頂は元々防御。

この程度のプログラムでは、ダウンは取れない。

「アァァァァァァァァァァァァァァ!」

「クロ! レーザー来るぞ!」

「ワカッテラァァァァァァ!」

ギュギュギュギュギュギュ!

クロは、ホーミングレーザーが着弾する瞬間。バスターブレードをヘリオスから引き抜き、地面と平行に低空飛行を始めた。

その軌道により、クロを追いかける筈だったレーザー達は、障害物となるヘリオスへと次々と着弾する。


ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドォン・・・


レーザーのヘリオスへの全弾着弾を確認したクロは、再び空中へと地面を蹴り、先程とは比べ物にならない程のスピードで飛翔し、僕の背後に陣取る。

バシュ!


フィールド内が黒煙でいっぱいになる。


・・・。


体力バー確認。

ヘリオス、体力残り約二十%。

上出来だ。クロ。


黒煙が晴れてゆく・・・。


「クックック・・・」


ハーッハッハァ! ハーッハッハッハァ! ハーッハッハッハッハッハァ!

マイの凄惨な高笑いがフィールドいっぱいに響き渡る。


「使ったね? 使ったよねぇ? 解ったよコタロー! 今! 『凪』使ったねェ!」

・・・。

「・・・終わり。終わりだ。どう考えても。君は負ける。この私に!」

・・・うざ。

「なんだ、そんなに嬉しいのか? こんな僕なんかを倒すことが」

「『こんな』? 『なんか』? 君にそんな部類の言葉は似合わないよ。君はまさしく『最強』。そろそろ自分の値踏みをしっかりした方がいい。全校生徒までは解らないが、少なくともこの禅舞 マイは、唐栗 コタロウに一目置いているんだよ?」

「なんだ? 結局一人じゃないか」


「私ひとりじゃ不満か?」

「不満だね。たかが高校生じゃないか」

「高校生ではだめなのか?」

「ダメだね。僕は高校生が世界一嫌いだ」

僕も含めて。

「高校生なんて、まだ人間じゃない。お前もそういう思想の持ち主じゃなかったか?」

「・・・あぁ、社会を知り、自我も完全に発達し、親のありがたみも解る時期。なのにも関わらず何もできない時期。私も高校生が一番嫌いだよ・・・でも!」

「そのお前が、まるで一人前みたいに他人に認めて貰いたがるのか?」

「・・・いいじゃないか、私だって、早くこの世に『存在』したいんだ」

「僕らは確かに存在しているよ。親の金を食い漁り、大量に余った時間を浪費し、社会に何も影響を与えず・・・な」

何も力を持たず。

「俺らはまだどう足掻いてもゴミだ。お前だけじゃない。この学校の全校生徒全員がゴミ屑なんだ! だから心配すんな。みんなでゴミみたいに、今を『とりあえず』生きようぜ」

・・・。

駄目だ。

「駄目だ駄目だ駄目だ!」

発狂でもしたかのように、突然頭を掻き毟り出すマイ。

さっきまで笑ってなかったか? 此奴。

「私はァ! 私はNo.1で居なきゃいけない。せめて! せめてゴミの中でも一番のゴミで居たいのだ!」

「うるせぇよゴミ。一番のゴミもゴミだろうが。学力とかNo.1だろ、それで我慢しろ、バーカ」

「駄目なんだ。駄目なんだよコタロウ・・・」

なんだ。

なにがお前をそこまで追い詰めたんだ。

・・・いや、何にも追いつめられていないのか。

何にも追いつめられていないのが、苦しいんだな。

でも、それは・・・。その考えは、誰でも通る道だ。

なぜそんな段階で立ち止まっている、禅舞 マイ。

割り切れよ。

割り切ることのできない人間なんて、それこそ半人前みたいなものじゃないか・・・。

「駄目だ・・・。答えなんか出ない・・・。いくら一人前になる方法を探したところで、体が、心が、存在が半人前のままでは、そこから出る答えが一人前のそれに成る訳が無い・・・」

・・・。

「何と戦ってるんだよ、マイ。今、現在、この瞬間。お前の敵は世界なんかじゃない。この俺だ。そんなに大きなものと戦わなくたっていいんだ。今お前が倒せるのはこの僕だけ。さぁ、倒してみろ。無論、俺もまだ諦めちゃいないがな。僕もお前を倒したい。その他の感情なんて必要ない」

・・・。

「そうか。そうだな。わかったよ。私もそうする。私もまだ逃げるのを続けるよ。私も君を倒したい」

「お前は逃げてるわけじゃないさ。ちょっと心が先走ってしまっているだけ、気にすることは無い。心なんて、成長したところで大したものは見せてくれない。テメェの心の戯言なんかにいちいち耳を傾けるな。時間の無駄さ。今を楽しもうぜ、No.2!」


クスッ。

途端、マイの顔から笑みが零れる。

あぁ、それでいい。

女の子は笑った顔が一番だ。


「君は本当に面白い奴だよ。君と逢えて本当に良かった。生きていて良かったって・・・、本気で思える・・・」

「うっせ、アホ」


マイが涙を拭う仕草をする。

眼光が変わる。

しかし、今までの暴力的な眼光とは違う。

それは、進むべき道を見つけたかのような、強く、凛々しい眼光だった。

いい眼をするじゃないか、マイ。


「とどめだ。いくぞコタロウ」

「来いよ。やれるものならな」

「フン、『凪』を使った後で何を言う。『凪』の無くなった貴様などもはや脅威では無い」

「まぁまぁ、見せてやるって。飛べ! クロ」

「応!」

タンッ。

地面を蹴り、再び上空で浮遊を始めるクロ。

「強がるなよNo.1。条件はすべて整っている。これは私の勝ちパターンだ。ヘリオス、『(かさ)』だ」

「承知」

ガンッ!

ヘリオスの残り体力、約十%。


ヘリオスの頭上。約10cmほど上空に巨大な天使の輪のようなものが現出し、浮遊を始める。

これこそが、暈が発動したことを意味するサイン。

暈そのもの。

スキル、暈の効果は、交戦(コンバット)中に一つまでしか使用の許されない0プログラムを、暈が出現後約五十秒間、無限に使用できるようになるというもの。


来るか、いつもの長台詞。

「『菊一文字』アンインストール! 続いて!

0プログラム! 『心神』×六!

        『アラド』×四!

        『ホークアイ』×四! 

『メーベルワーゲン』×九!

        『MIRACL』×十七!

        『ジェイコブ准将』×二八! 

『クレイモア』×三万六千!

        『XM196』×二!

インストォォォォォォォォォォォォォォォォォォル!」

「オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」

マイが、自らの所有する、ありったけの0プログラムの名称を吐き出す。

ろぼっとの発動システムの許容量を完全にオーバーしたその大量のプログラムに、ヘリオスの心身は悲鳴をあげる。

フレームが軋みギシギシと、限界を超えたかのような不協和音が響く。

ギュイイィィィィィィイィッィィィィィィィィィィィィィィイィッィィィインン

「アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッァァァァアァァァァアァァァ!」


ヘリオスの体が強く発光し、僕の目の前は真っ白になる。

恐らく通常のプログラム通りに額から個々の光が漏れ出しているのだろうが、その量があまりにも多いため、個々の区別がつかず、ヘルメスの体そのものが発光しているように見えているのだろう。

・・・。

光が止んでいく・・・。


まるで戦場だった。

教科書や、映画などでしか見たことのない風景。

それに近い状態を用意された今でも、現実味が全くしない風景。


「どれどれ・・・」

あまりにも強力な光であったため、その光が止んだ今、辺りがいつもより暗く見える・・・。

さて、どんな様子だ?


空中には、日本製の戦術戦闘機をモデルとした『心神』六基に、独逸製の偵察機『アラド』四基、亜米利加製の早期警戒機『ホークアイ』四基がクロを取り巻くように旋回する。


地上配備は、独逸製の対空戦車『メーベルワーゲン』を九基、亜米利加製 戦術高エネルギーレーザー『MIRACL』を一七基と、ろぼっとのプログラム史上唯一の人型ろぼっと召喚プログラム『ジェイコブ准将』を二八体召喚。彼らは一人に一つ、露西亜製 歩兵用はサルトライフルAK-47を所持しており、実質劣化型戦車のような役割を果たす。

更に、亜米利加製 指向性対人地雷『クレイモヤ』が三万六千個、地上に気持ちが悪い程びっしりとランダムに設置されている。


そして、全召喚型の発動を終了したヘリオスの額から、光が二つ発生する。

装備型0プログラムである亜米利加製のミニガン『XM196』が二つ、ヘリオスの額ほどの高さで光から実体に変化し、足元にドスドスッと落下する。

ガショッ。

ミニガンを一基ずつ、片手で持ち上げ、両腕に構えるヘリオス。

「お、クロ良かったな。ミニガンは痛みを感じることなく死ねるらしいぞ」

「バカイッテンジャネエ、ソレハ人間ノ話ダロ」

「その通り。大剣が直撃しても死なないもんな、お前たちは」

「冗談言っている暇があるのかいコタロウ。凪の消費、一撃必殺プログラムの発動が難しいコスト残量、そして、一発でもなにか掠ればダウンを取れる残り体力。条件は揃い過ぎるほどに揃っている。それとも、まだ何か策があるのかい?」


マイの言う通り。確かに状況は限りなく絶望に近い。

そして、僕は今、本当のことを口にする。

「策は全部終わった」

・・・。

「随分と正直じゃないかコタロウ。 もう嘘をつく元気も無くなったのかい?」

・・・。

「・・・残念だ。君を超したところでこの程度しか心が躍動しないことに。これならば勝てなければ良かったとさえ思えてくる。そんなしょぼくれた顔しないでくれ。君を慕っていたことすらバカバカしく思えてきてしまう。」

・・・。

わかったよ。もういい。消えてくれ。


スゥゥゥゥゥゥゥ・・・。


「総員! 全弾! 一斉射撃ィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!」

「インストォォォォォォォォォォォル! テラリアァァァァァァァァァァァァァァァァ!」


「オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」

「ハァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」


マイの全プログラムが砲門を開き、クロへ弾という弾を弾き出した瞬間。

コストオーバーにより翼の消滅したクロは、両足を輝かせ、地上百メートルから地上へと落下を始めていた。


クロ、コストバー残量零。


まずは大いなる地球様の恩恵を受け、全弾回避させていただこう。


ダダダダダダダダドゥドゥドウォヅォウヅシュンシュウンシュンンバババババババ!

多種多様な発射音がフィールドを包む。

「まったく、耳がおかしくなる」

そんな些細な文句は、戦場の中に溶け、誰の耳にも届くことは無い。


あれだけの偵察機を置いて、落下の速度にもついて来られないか。

ほんと、見れば見るほど、ただの鉄屑だよな。


シュンシュウンバババババババトトトトトトトトトシュンシュンガガガッガガアガ!


実弾、レーザー入り乱れる弾幕の中。

クロの両足、翼の生えた靴、テラリアが地面につく。


瞬間。クレイモヤが一つ、砂煙を上げ、爆発する。

砂煙が収まると、マイの表情がはっきりと見て取れた。


驚いている。

そりゃあそうだ。肝心のクロの姿は消え、一つ砂煙が止んだかと思えば、次々と至る所で砂煙が上がり始めたのだから。

そうだ。お前の仕掛けたクレイモヤが次々と爆発しているんだ。

その仕掛けがわかるかどうかは別の話だが。


ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン・・・。

爆発は止まない。


「まったく僕とお前は似た者同士だよ。同じタイミングで自分の勝ちを確信するんだもんな。だが、条件が揃い過ぎるほどに揃い過ぎていたのは僕の方だったみたいだな。

ヘルメスのコストバー最大値と照らし合わせた、テラリアのコストの大まかな予測。それに伴ったクロのコスト残量の調整。No.2でも理解できるレベルのピンチな状況下での『凪』の発動。そして、明らかな勝ちを目の前にした為の、お前の油断。

『策』ってのは過程のことを言うんだ。それがすべて終わったってことは、その瞬間僕が勝ちを確信したということ。

お前が『勝った』と思ったその瞬間、俺の勝ちが約束されちまったんだ」


皮肉なもんだな。

ま、聞こえて無いだろうが。

さて、仕上げだ。

俺も「アレ」なら一つぐらいは持ってる。

俺の声は、お前に届かなくても、「アイツ」には届く。


「0プログラム! 『姫鶴一文字』! インストォォォォォォォォォォォル!」


フィールド全体を光が走る。

0プログラム『姫鶴一文字』は、マイの菊一文字同様、株式会社一文字の業物の一つ。

太古から刀鍛冶を続けてきたこの会社は、戦が白兵戦から銃撃戦、そしてフルCGとなった今でも、プログラマーとしてその刃を研いでいる。

先程はマイに毒を吐いたが、あれは正直心苦しかった。

一文字の刃は美しい。

くらくらするほどに。


スッ・・・。

ドォォンン!


音も無くヘリオスの左手のミニガンが真っ二つになる。

ヘリオスはそれに合わせ、右手のミニガンですぐさま左手方面に弾丸を飛ばすが、その弾丸は空を切る。

「ナンダナンダナンダナンダナンダァ!」

ヘリオスは声が大きいため、その絶叫は戦場の中でも少しばかり耳に届いた。


航空機や戦車、砲台、兵士たち、そしてヘリオスも、偵察機の情報を受信し、おそらくクロの走っている場所はかなり正確に理解出来ているようで、先程から、皆同じ場所に向け、さまざまな弾を飛ばしている。

しかし、テラリアの前では、偵察機の情報発信からのヘリオスたちの情報受信や、弾を発射するまでのラグなどの一瞬一瞬が致命的である。

『MIRACL』によるレーザー攻撃ならば当たりそうなものだが・・・。

それだけテラリアが規格外なのだろう。


技術のインフレが止まらないな、ガラシア。


ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!

クレイモヤの爆発が続く。


スッ・・・。

ドンドンドンドンドンドンドンドンドン!

クレイモヤの起爆スピードに負けず劣らずのクロによる戦場破壊。


MIRACL、メーベルワーゲン、ジェイコブ准将たちが跡形もなく連続で爆発する。


「テラリアか・・・」

バカバカ銃を撃つ奴らが少なくなったことにより、マイの声が聞こえる。

「テラリアなんだなコタロウ! 何故持ってる! それは今年のガラシア社春モデルのレア度8だろ!? 当てたのか!? オークションか!?」


ほう・・・。そうだったのか。

しかし、春モデル発売は四日前の四月一日。

確かに早すぎる。


「知らねぇな。これはレプリカだ」

「レプリカ? もう倒したのか、そんなぶっ壊れ性能の新作オリジナル所有者を・・・」

「驚くことじゃねぇよ。なんてったってコイツのオリジナル所有者は、

何を隠そう本校(ここ)のNo.1000(サウザンド)」

あ。

「894」


「サウザンド? 羽久溜間が? なんで。ガチャか? 百二十億分の一の確率だぞ・・・? この四日間で? ・・・そうか、選ばれたんだな、世界に」


何驚いてんだ? お前もレア度九のオリジナル所有者だろうに。

「ま、そういうこともあるんじゃないか? 人生運は付き物だろ。てか、お前もレア度九持ってんじゃんか」

・・・。

「コタロー、イージスは第三世代だ。今は第六十四世代。プログラムにはレア度の他に『純レア度』という概念があるだろうが。世代ごとに大きくなっていくレア度のインフレ率を取り除くことにより、実用性を大まかに測ることができる新たな指標のことだ。そしてイージスとテラリアを純レア度で換算し比較すると、最早比べ物にはならない。第三世代のレア度十の実用性は現在のレア度二のそれと同程度なのだ。イージスは古いせいであまり市場に出回らないだけ。ちゃんと授業を聞け、馬鹿者。才能はコンバットで証明されているんだから」

・・・。

「まぁ、勉強なんかしっかりしても、努力より結果を重視される時代だからな。いいさ。倒してくれ。元々私に才能は無い。馬鹿みたいに特訓や、勝ちパターンの研究、新プログラムのリサーチなんかに時間を費やしているようなゴミだ。この時代とは元々肌が合わない」

「俺は努力してる奴、好きだぞ」

「黙れNo.1。お前みたいな優秀な人間に、そんなこと言われたくない」

「俺だって努力家でこそ無いが、お前たちのおかげで進化を続けられてる」

「聞きたくないな」

・・・。

「感謝をしていることだけは解って欲しい」

・・・。

「あぁ解ったよ。解った」

「降参・・・しないのか? 感覚だけだとしても、俺はあまりろぼっとを痛めつけたくは無いんだが」

「ヘリオスはそれを良しとしない。私の相棒だからな」

・・・。

「とどめを刺せ。今回タイムアップは無いぞ」

「・・・」


ヘリオスがマイに目線を送る。

「・・・あぁ、解ったよ」

ガシャンッ。ドスッ。

ミニガンを棄て胡坐をかくヘリオス。

「・・・インストール、『菊一文字』・・・」


再び抜刀した菊一文字を逆手に持つヘリオス。

・・・まさかッ⁉

「バカッ! やめろ!」

アァァァァアァァァアアァァァァアァァァアアアァァァァァアアアアァ!

自らの腹にヘリオスが菊一文字を突き立てる。

ウワァァァァァアアアアアアアアアアアアアァァァァアアアアアアアア!

叫び声とは全く比例せず、ヘリオスの残り体力十%の減りは、確認できないほど緩やかである。

これは菊一文字の威力が弱いだとか、ヘリオスが演技をしているだとか、そういった話ではない。

コンバットは、プログラムのレプリカのばら撒き防止や、「人間の才能を正確に測る」という側面から、自傷行為による体力の減少は、相手からのダメージの百分の一ほどに抑えられてしまう。

アアア、ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!

だが、感覚は正常に伝わる。

このままでは一分はダウンできない。


駄目だ。これは駄目だ。


「クロォォォォォ!」

シュンッ!

ヘリオスの背後で足を止めたことで、クロが刀を振り上げた格好で姿を現す。

「後生ダ、ヘリオス」

スッ・・・。

トサッ。

ヘリオスの首が地に落ちる。


『コタロウ様、勝利。最終観戦者数は0人でした』


「後生ッテ、死ナネエワ、アホ」

地面のヘリオスの首が喋る。

「ヤルナラサッサトヤレ、馬鹿野郎。腹痛ェワ」

「五月蠅ェ、降参シロヤ、ゴミ」

「悔シイダロウガ」

ハッハッハ!

マイが笑う。

うむ、いい笑顔だ。


「悔しいのは嫌だよな相棒! ハッハッハ! いやぁ・・・、参ったよコタロウ。まさか新作を隠し持っていたとは」

笑い過ぎて涙を流しながら喋るマイ。

可愛いな。

「相変わらずコラエン社のろぼっととのコンビとは思えない程の交戦(コンバット)センスだよ」

「すまんな生徒会長。ま、俺も運が良かったんだな。ところで、観戦者0人って・・・、何が起こったんだ?」

「さぁな、皆死んだんじゃないのか?」

「怖いこと言うなよ・・・」


フィールドが消滅し、現実世界に舞い戻る。


ヘリオスが肩に手を置き首を左右へと急激に傾けると、子気味の良い、竹を割るような音がヘリオスの首から鳴り出す。

「ッタク・・・」


「観戦者0」という割には、外は耳を塞ぎたくなるほど賑やかだった。

数多の生徒の声が重なり、爆発音のようなものが耳に届く。

五月蠅い。

まったくなにがなんだか・・・。


「コタロー!」

・・・あ。

涙目のマコを捕らえた僕は、状況を完全に理解した。

そうだった・・・ごめん。

「バカー! コタローが変なこと言ったせいでこんなんなっちゃったよ~!」

『羽久溜間さん! 俺と交戦(コンバット)しよ! お願い!』

『マコリン! 私たち友達だよね⁉ 交戦(コンバット)しよ! ねっ!? ねっ!?』


マコがギャラリーを掻っ攫っていた。


「ハッハッハ! 全く現金な奴らよ! 生まれも育ちもゴミ屑だな!」

「馬鹿言ってんじゃねえよマイ! お~い! やめろ! 馬鹿ども~!」


僕の声は大衆に掻き消される。


「小っちゃい大声だなぁコタロウ・・・。『コンバットォォォ』はどうした? 『コンバットォォォ』は?」

「そんな言い方すんなよ・・・。開戦宣言が恥ずかしくなるだろうが」

「ププッ、なんだ貴様、齢十八にしてまだ恥ずかしいことがあるのか? 童貞か。乙女か。」

「やめろ、前者を否定できない」

気にしてるんだから。

「フンッ、私に任せておけ。お前は乙女らしく私の愛読書『ちゃお』でも読んでいろ」

ドサッとマイマイがスカートの脇に挟んでいたであろう、丸められた「ちゃお」が転がる。

競馬新聞かよ・・・。


お前らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!

・・・。

空気がピンと張りつめる。

「お前ら、いい加減にしやがれ! 交戦(コンバット)は神聖なものだ。人そのものの価値、能力、『眼』。これらを正式に、厳密に、綿密に測ることのできる全世界唯一のスポーツなんだ。強要する者、怠る者、嘲笑する者は、何人たりともこの生徒会長である禅舞 マイが許さん!」

『すいませんでしたぁぁぁぁ!』

「黙れゴミ滓! 私の話はまだ続いている!」

『ありがとうございます!』

親衛隊よ、なぜ感謝? 

「貴様らはいつも私の問答の邪魔をしてくれるな・・・。二年B組 佐川 コウスケ、三年D組 近藤 ヒロミ、三年G組 中田 トウマ。貴様らは特に五月蠅い」

『!?』

新しいクラス分けをもう記憶したのか!?

『ありがとうございまぁぁぁぁぁぁぁぁぁす!』

「貴様らに『眼』はあるか? いや、全員ランキング200クラス。ある訳は無いな」

『?』

「華のJKにレイプ紛いのことをする大いなるゴミ屑の貴様らに見せてやる! 『眼』を持つものがどういう者か! 唐栗ィィィィィィィィィィィィィィィィ!」

「お、おう! なんだ!?」

いきなりの名指しに、僕は慌てて返事をする。

「貴様には聞くまでもない! 黙っていろ! ゴミ屑!」

「ゴッ!?・・・」

ゴミ屑と言われた。確かに否定はできないが・・・。言われるとショックだ。

それに俺以外に「唐栗」なんて変わった名字、この学校にはいなかった筈だが・・・。

・・・まさか!

マイが右手で高らかに天を指し、勢いよく振り下ろす。

その先に居たのは。

「二年F組 No.97 唐栗 ハナコ! 貴様だぁ!」

「ひゃ、ひゃい!」

プッ。

可愛い返事じゃないか。まぁいきなり「マイマイ」に名指しされたらびっくりするよな。

「貴様ァ・・・。なんだそのバッグは?」

「あ・・・」

ハナコが背負っているのは学校指定の指定のショルダーバッグでは無くリュックサック。

「他に貴様のようにまるでキャンプ用のようなリュックサックで登校してる奴がいるか?何故学校指定のショルダーバッグではない? 答えろ」

「だ、だって・・・、指定バッグ小さくて・・・肩掛けだし・・・」

「聞こえん!」

「指定バッグだと!」

「聞こえん! 聞こえんなぁ唐栗ィ! 貴様の口は洞穴か何かか? そよ風しか出ないのだな? ゴミみたいな女よ! そんな小さな声では社会に出ても響きはしない。(ただ)、邪魔なだけだ。さっさと退学でもして(からだ)でも売った方が社会の為ではないのか!? 世の中の下郎共なら、貴様のその使えない口も有効活用してくれようよ! ヒャ~ハッハァ!」


プチッ。


「ア、アイツ怒ッタゾ」

クロがハナコの感情を感じ取る。

「ハハッ、そうかそうか。あいつが歯を食いしばってムスーッとする顔を拝むのは最高だ」

泣いちゃうんじゃないのか?

ププッ、楽しみすぎる。


スゥ・・・。


「ショルダーバッグじゃ、過去問入れたら肩が痛いんじゃァァァァァァァァァァァァァ!」

『!?』

おまっ!?

「ほう・・・?」

「肩が凝っちゃァ勉強に集中できねぇんだよ! こっちは肩から指先までの全筋力をペンと消しゴムに捧げたいんじゃ! な~にが交戦(コンバット)だ! 勉強の方が努力が効くんだよ! 交戦(コンバット)なんか才能がほとんどを占めるだろうが! 確かに受験には交戦(コンバット)の方が重要視されるかもしれねぇ! だけどな! 才能なんて磨いて必ず手に入るもんじゃねぇだろ! でも学力は時間を賭けた分だけ手に入る! 勉強に賭けた方が効率的なんだよ! トーナメントなんてしてる暇があったら放課後講習ぐらい開きやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


・・・。


「良い声が出るじゃないか唐栗。貴様の言い分は解った。放課後講習も先生方に申し出てやろう。だが、気に食わんことがもう一つ・・・。貴様のバッグのデザインだ。なぜメディアの叩き上げ男性アイドルグループ、『四神相応』なんかの写真がプリントアウトされている? 貴様、外国のスパイか何かか? この学校をどうするつもりだ?」

「知らねぇなぁ会長さん! 私を左翼か何かだと思っていやがるのか? 悪いが私は重度のネットサーファーなもんで完全なる右翼だ。この学校は交戦(コンバット)ばっかであまり好きじゃねぇが、感謝はしてる。どうもする気も無ぇし、どうもしたくねぇし、どうにかする力も無ぇ!」

「そうか、いい心意気だ。しかし、そのデザインの理由にはなっていない。何故だ?」


スゥゥゥゥゥゥゥ・・・。


「カッコいいからだろぉがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

・・・。

「この角度とか最ッ高じゃねぇか! 女ならわかんだろぉ!?」


・・・。

ククク。

「ハッーハッハァ! 愉快! 今日は実に愉快だ! 『眼』を持つ者は本当に面白い! 生きてて良かったと本気で思える! 幸せだ! 私は実に幸せだ! 見たか貴様ら! これが『眼』である! 輝くゴミだ! ハーッハッハァ!」


「・・・ハッ!」

ハナコの真っ赤になった顔が、冷静に戻った事によって綺麗な肌色に戻る。

カァァァ・・・。

しかし、今になって自分のしたことを理解したのか、先程の赤を超える緋色へと、頬と耳を真っ赤に染める。

ダッ!

校門に向かって全速力のハナコ。

「おやおや、小動物のように逃げてしまった。可愛いじゃないか、貴様の妹」

「ふむ、今日のアイツはなかなか趣があったな・・・」

フフッ・・・


「わかったな貴様ら。 交戦(コンバット)に必要なものは眼である。眼を持つものは大体No.100以内には何もしなくても入ってくる。レーティングで言えば大体1900くらいか。そしてNo.10以内には、眼の使い方を理解している人間がランクインしてくる。レーティングは2000を超える。貴様らとの違いは眼である。解ったな? 眼は、コツでも概念でも思想でもない。動物としてのルールだ。いいな? まだわからないだろうが、よく覚えておくんだ。」


『はいっ!』


「さぁ今日のところはお開きだ。各々家に帰って寝ろ。解散!」

マイがパンパンっと手を鳴らすと、皆一斉に校門の方へと歩を進める。


「じゃあ、俺も帰るよマイ。言っておくけど、お前の言う眼ってやつ、僕もピンと来てねぇからな」

「あぁ、元々そういうものさ。それでほんとう」

う~ん・・・。


「ばいばい! コタロウ!」

か、可愛いじゃねぇか・・・。

「お、おう。お前も早く帰れよ?」

「ああ、野暮用をすませてからな」


僕はマイに見送られ校門の方へと歩を・・・。

「こたろー・・・」

「あぁ、忘れてない忘れてない」

ぐったりと地面にうつ伏せで倒れているマコに右手を差し出す。

「ごめんな、帰ろうぜ」

「ばか」

マコを起こし、校門へと向かう。

子供はそろそろ帰る時間だ。

いつもの我が家が待ってる。

ついでに真っ赤になった妹も・・・。


『唐栗ィ!』

「ひっ!」

校門の前ではマイマイ親衛隊が待ち構えていた。

しかも今日はガタイの良い奴が多い。

『貴様ァ!』

殺されるッ!

『ありがとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』

全速力で何をしてくるかと思えば、親衛隊はお得意の土下座をしていた。

『今日のマイマイは今まで見てきた中で一番の笑顔をしていた! 本当にありがとう!』

「あ・・・。いやいや、僕は何もしていないよ。今日のはマイが勝手に一人で幸せを感じていただけだ。それに、感謝するならハナコの方じゃないか?」

ハハハ・・・。

『いいや、唐栗がマイマイを打ち破るという判断をしていなければ、恐らくあの天使の笑顔を拝むことは出来なかった。ありがとう』

「そ、そうですか」

恐ろしい。怖い。でも、温かい。いいファンを持ったな、マイ。

この感謝はやっぱりお門違いだと思うけれど、本人たちがそれで良いのなら、ありがたく貰っておくというのも筋というものだ。

「ど、どういたしまして」

ヘヘヘ・・・。



学校から四十分ほど歩き、マコの家への道と僕の家への道の分岐点に到着する。

「じゃあねぇコタロー! ばっはは~い」

「へいへい。明日は襲ってくんじゃねぇぞ?」

「明日は「5」の付く日じゃないも~んだ」

「よく覚えてたな。お前のことだからすっかり忘れてるかと思ってたぜ」

「・・・ばかにしやがって~。まだ私が叫んだら交戦(コンバット)始まるんだからな~」

ムスーっと膨れるマコ。わかったわかった。可愛い可愛い。

「一日に三回も僕に戦わせる気か? 今日のはどっちも余裕無かったんだから・・・」

「え!? え!? ホント? あれ慰めるためにわざと言ってたのかと思ってたけど、やっぱりキツかった!?」

おや、疲れて本音が。

てか、僕の発言信用ゼロかよ。

戦法のせいで損している気がする・・・。

「・・・あぁ、かなりな。お前が万が一『テラリアは高速移動を可能にするプログラムでは無い。体を透明にするプログラムだ!』とか、ブラフの使える女だったら、負けてたかもな」

「えぇぇ? それってそんな重要な違い? どっちも見えないのは変わらないじゃん」

「変わるわ。自分のパワーアップだけ考えたってしょうがないんだぜ? 交戦(コンバット)するのに必要なのはお前だけか? 相手も要るだろ、必ず。お前は相手の立場になってものを考えなさい」

「えぇぇえぇ?? わっかんないよぉ・・・。ネッタばらし! ネッタばらし!」

「消えた芸人のギャグのリズムで教えを乞うな」

むー・・・。

「・・・じゃあヒントだ。お前、俺に初めに挑発されたとき、なんて言った?」

「挑発ぅ? コタローなんて、ずっと挑発みたいなもんだから、どれかわかんないよぉ」

普通にショックだ。

でも、出会い頭に挑発したような気も、するような、しないような・・・。

「テラリア発動して『さぁどうする?』って言った時だ。さぁお前は何て言った?」

んー・・・。

額を人差し指でぐーっと押し、真剣に思い出そうとするマコ。

んー・・・。

「・・・あ!」

お?

「思い出した! 『タイムアップまで持ちこたえれば』的なこと言った! ・・・でも、自分で言うのもあれだけど、挑発にも乗ってなかったし、我ながら中々の返しだったと思うけど・・・」

違うな。

「もう少し後。本人は無意識だったかもな」

「ん~、だめ。わからん! 降参! 教えてくれ~!」

「まぁ、僕が狙うところは基本的に無意識なところだからな。教えてやるよ。お前は『高速で切り付けてれば』って言ったんだ」

・・・。

更に首を傾げるマコ。

最早直角に近い。

「・・・クロのスキル『凪』は見えるものしか見えないだろ?」

・・・。

「あぁ! 『透明』って言ってれば、『凪』でヘルメスを捕らえられる可能性は限りなく零に近くなるとコタローは考える! コタローが『凪』の発動を渋ることによって、まだ展開があったかも!」

うむ、やはりコイツは大丈夫だ。

馬鹿だが、頭はいい。

ただただ場数が少ないだけだ。

バカだけに。

「勝てる。これで勝てるでぇ・・・」

しっしっし・・・。

・・・。

「ところでお前『テラリア』さ、どうやって手に入れたんだ?」

「修行の果て、たどり着いたんだよ・・・『テラリア』に・・・」

・・・?

「『ガチャ』で当てたんじゃないのか?」

・・・。

「・・・ち、違うな、全然違う。テラリアが私を選んだ! それだけだ・・・!」

「そうか、ガチャか。凄いじゃないかマコ!」

「むー・・・」

そうだ。そうやって嘘の練習もしていくんだ。

「初日に近くの駄菓子屋の最新ガチャをくるっと回したら、一回目で出てきてさぁ! もうビックリ!」


運も、学習能力も、そして自らを見つめる眼もある。

買い被りでもなければ同情でもない。

どうしても僕は、お前が「弱い」人間だとは思えない・・・。


眼・・・か。マイの言っていた「眼」とは、これのことなのだろうか。



「コタロー?」

「・・・ん? おぉ! 聞いてる聞いてる! よくやったなマコ! なんてったって世界の人口分の一の確率だもんな。 おっかない兄ちゃんとかに気を付けろよ?」

「・・・怖いこと言わないでよぉ~」

怖いも何もこの世界にはそんな悪漢の蔓延る隙間などないのだが・・・。

「じゃあ明日も早いし、道端でいつまでも喋ってるのもあれだな。じゃあな~マコ~。ま~たあ~し・・・」

グッ。

学ランを掴まれた。

驚くことじゃぁない。こいつが次に何を言うかくらいはわかる。

「・・・送ってけ~」

「・・・ヘいへい」

変なこと言うんじゃなかった。

まぁ、羽久溜間家を迂回しても大して遠回りになることは無いのだが、如何せん今日は心身ともにぐったりといった感じである。面倒くさいといった感情が少なからず在ることは否定できない。

「・・・コタロー疲れてる・・・よね?」

む。僕としたことが・・・。表情に出てしまっていたか。

盛りの付いた変態女子高生たちとは違い、僕は体育会系ではないからな。

どうも「疲れ」というものに弱くていけない。

「ん? 大丈夫だぞ?」

帰りたい・・・。

帰って妹の顔面を拝んでから、速攻で床に着きたい・・・。

「あ~いいよいいよ! 急に怖くなくなっちゃった!」

どうした急に?

「明日になったらコタロウに会えるんだし! 今日はこのくらいでいいよ! お開きにしよう!」

「おいマコ、僕に気を遣って遠慮をしてくれるのはとても嬉しいが、怖がるお前を一人で帰らせられる程、僕は最低の男にはなれないぜ。早く行くぞ」

「あ~ダメダメ」

マコの横を通り過ぎて、そのまま羽久溜間家へ向けての記念すべき第一歩を踏み出そうとした瞬間、両手で進路を塞がれた。

「今ここでコタローに無理させて、明日も今朝みたいな疲れた顔で登校されちゃ困るからね。今日はここでバイバイにしよう。どう? これで遠慮じゃなくてわがままでしょ?」

「ふむ、わかった。そうしよう。じゃあまた明日な」

実際マコのあの程度の言葉遊びでは、僕のレディを大切にするという騎士道的精神は微動だにしなかった。しかし、「遠慮」と「遠慮」が重なる状態になれば時間の浪費がすぐさまスタートしてしまうことは、僕の短い人生経験の中の知識のみでも容易に理解できた。

「うん! また明日! 元気な顔でね!」

「おお、了解了解!」

カチッ。

そういって僕がわが家へと踵を返した瞬間、マコがヘルメスの省エネモードをオフにする音が聞こえた。

話し相手を作ったか。やっぱり怖かったんじゃないか。

だからと言って、今さっき格好良く決め台詞を吐いた彼女に対して、「やっぱり一緒に帰ろうか?」などとプライドを踏みにじるような真似をするほど、僕も野暮な男ではない。

このくらい大した罪ではないだろう。

万一これで奴が気分を損ねたとしても、明日の僕の元気な顔でチャラにしてくれるだろう。


そう。マコとは明日も会えるんだから。

明後日も、

明々後日も、

一週間後も、

来月も。


 ※


「ただいま~」

マコとの別れを済ませた後、残り二十分ほどの帰り道をぽけーっと半放心状態で歩き、玄関のドアを開け、帰宅の挨拶をいつもより割と大きな声で口にした僕に対して、いつもの母の「おかえり」が投げかけられることは無かった。

寝ているのか?

はたまた、妹のショックが見た目よりも大きく、慰めている最中とか?

様々な考えが脳内を巡ったが、玄関で靴を脱ぐという行為によって、その謎は解かれることとなった。

革靴だ。

そこにはウチの人間が誰一人として履くことのない革靴が一足、いつもの玄関のラインナップの中に加えられていたのだ。

来客・・・か。

となると見知らぬ人に僕の馬鹿みたいな「ただいま~」を聞かれてしまったことになるな。

これは少し恥ずかしい。

何故か「やってしまった」という気持ちになる。

そのまま二階に行ってしまおうか、来客のツラでも確認しようか判断を渋っていると、茶の間の中から聞きなれない声が聞こえる。

「トイレ借りるぞー」

しまった。

トイレの場所は玄関の入ってすぐ左。つまり今僕が立っている場所のすぐ近くに当たる訳である。完全に判断が遅れた。

が、僕は動かない。

なぜなら今の聞きなれない声に、違和感を感じたためだ。

何の違和感かは定かではないが、何故だか心がぽかぽかするような、そんな声だった。

茶の間のドアが開く。

そしてそこから姿を覗かせた十年前と変わらない違和感の正体に僕は絶句する。

「・・・あっ・・・あっ・・・」

「ったく・・・。お? おお! おお! コタロウ! コタロウじゃないか! 帰ってたのか! おい! ノリコもハナコもそろそろ泣き止め! 長男のお帰りだぞ! 大きくなったなぁ・・・、何センチだ? もう完全に越されちゃったな。はっはっは!」


・・・。

「しかし子供ってのは凄いなぁ・・・。十年でこれだけ成長したにも関わらず、面影や、仕草や、眼の動きとかですぐわかるなんてな」

「あっ・・・」

駄目だ。突飛すぎる。状況が何一つとして掴めない。

リアルに開いた口が塞がらない。

何が起こった? なぜ今? なぜこの人が? なぜここに居る?

「大きくなったな、コタロウ」

彼は大きく腕を広げる。

「いや・・・、そんなこと言われたって・・・なんで・・・」

駄目だ。パニックだ。

幽霊か? 物の怪か? 妖か? 妖怪か? それとも・・・本当に?

「おいおいコタロウ。今の台詞と動作は『とりあえず何も考えず抱き付いてこい』っていう隠喩が含まれていることぐらい、高校三年生ならわかるだろうに」

・・・。

「ハァ・・・。まぁ、これも『眼』を使える者の証明か。ドライな連中だよ、爺ちゃんも、お前も、俺も」

「本当に・・・」

「ん?」

「本当に・・・父さん・・・でいいんだよな?」

ハァ・・・。

「そうだよ、幽霊でも物の怪でも妖でも妖怪でもない。正真正銘お前の父さんだよ」

「・・・」

「・・・まだだめか。あーあ、抱き付くタイミングは完全に逃しちゃったな。まぁいいさ。とりあえずトイレに行かせてくれないか? この歳にもなって漏らしたくはないんだが・・・」

「あ、あぁ、ごめん・・・」

父のトイレへの道を開ける。

状況の整理がつかないまま、よたよたと茶の間へと向かうと、母と妹のすすり泣く声がだんだんと聞こえてくる。

「か、母さん? 父さんが・・・生きてたのか?」

「あ、こ、コーちゃん。帰ってたの。ごめんなさい迎え入れてあげられなくて」

「いや、いいよ、そのくらい。それより父さんだ。母さん死んだって言ってなかったか? 何が起こってるんだ? 幽霊とかじゃないよな? 母さん、見えてるよな?」

「うん、見えてるよ。父さん生きてたんだね・・・。」

「生きてたんだねって・・・、母さん、父さんが死んだところを実際に確認したりしなかったのか?」

「・・・うん、実は人づて、というか・・・、うん確認してない」

「兄さん・・・、父さんが、父さんが・・・」

「ああ、わかってるよハナコ。それはわかった。でも整理のつかないことが多すぎるんだ。パニックで感動すらできない」

「コタロウよ、どう思う?」

胡坐をかいて一人淡々と考えを巡らせている男が一人。

「じいじ、ダメだ一つもわからない。手がかりも何もないし、もうなにがなんだか・・・」

「そうだな、お前には何も言っていなかったからな。いいだろう。儂の知っている限りのことをとりあえず話そう。孫は・・・、お前の父、唐栗 シュウジはガラシア社日本支部の社員だったのじゃ」

ガラシア社の社員?

「そしてある日、訃報が我が家に入った。シュウジが新作ろぼっとの開発中の事故で命を落とした、とだけ書かれた手紙がガラシア社から我が家に届いたのだ」

手紙? 人が死んだのに手紙だけ?

「ああ、お前の疑問は解る。なぜその手紙だけで信じたのか。そういう疑問なのだろう? 爆発事故とも書いてあったからな。死体が残らなかったのだと、そういうことだと儂とノリコは判断したのだ。だが信じられなかったのも確かだった。日本支部のみならず、亜米利加の本社にも連絡も入れた。だが一つも詳しいことを聞くことはできなかった。『ろぼっとの開発についての返答は差し控えさせていただきます』とそればかりだった」

遺族にも情報を出さない、と?

「信じられないか? 儂も信じられなかったよ。今日の今日というこのときまで。そして理解した。やはり彼らは私たちを騙していた」

それが真実? しかしこの事実にだって真実だという保証があるのかどうか。

「そうだ、コタロウ。考えろ。儂にもまだ何が何だか一つも掴めていない。何が真実か、何がほんとうか」

・・・。

「あ~すっきりすっきり。なんだ? まだ泣いているのか?」

何が真実だ?

「おいおい、どうしたコタロウ? 爺ちゃんと同じ眼になってるじゃないか・・・。参ったな。二人して睨まないでくれよ・・・流石にショックだぞ?」

「シュウジよ。何が真実だ」

じいじが父さんに詰め寄る。

「貴様がガラシア社日本支部に単身赴任してから何があった?」

「なにがあったって・・・、しっかり御国のために働いてたさ。ガラシアは国との癒着が激しいからな。まぁ、そのお蔭で安定感だってほとんど公務員みたいなもんだったし、感謝はしているが」

「そんなことを聞いているんじゃない」

「・・・なら何が聞きたいんだ。爺ちゃん」

「とぼけるか」

「だから何が⁉」

・・・。

「貴様、落命したのではなかったのか?」

・・・。

「少なくとも儂らは日本支部から、そして亜米利加本社からもそう聞いておるぞ? そして、その情報が回っていることは張本人である貴様は知っているのか?」

「あぁ、そうなったか・・・」

何だ、何なんだ?

「俺の処分は下の奴らに任せたからなぁ。だからまぁ、『死んだ』ってことになってても文句は言えないんだが・・・」

・・・。

「なぜそんなことをした? 身分を隠す必要があったのか?」

「あぁ」

「なぜだ、国家の転覆でも目論見ていたのか?」

「転覆・・・か」

「なんだ、なぜ(ども)る?」

「あぁ、勘違いしないでくれ爺ちゃん。そんなことは目論見ちゃいない。あまりにも現実と正反対のことを言われたもんだから、少ししょんぼりしちまっただけだ」

「正反対?」

「あぁ、我が社が、いや、俺の在籍する機関、『クリエイター』で計画されていたのは、単純な人類の延命計画さ」

「延命だと? まるで人類が滅びるかのような言い分だな、シュウジ」

「『かのような』じゃない、滅びるんだよ。放って置いたら、間もなくな」

「ふっ、何をほざくかと思えば・・・。何か危ない宗教にでも入ったのか? 危険な思想だな。語ってみろ。そのふざけた計画について」

「はぁ・・・」

ビクッ!

一瞬。父さんの冷たい視線が僕を貫く。

背筋が凍る。全身の毛が逆立つ。クロに睨まれた時の感覚だ。

父さんの瞳がこちらを向いたと思うと、すぐにじいじへと焦点を戻す。

「いいさ、聞かせてやるよ爺ちゃん。今人類が晒されている危機ってやつを・・・。気は乗らないが、今日はコタロウもいるしな」

「シュウジ・・・さん?」

「大丈夫。大丈夫だノリコ。解ってくれるとは思えないが、いつかは話さなきゃいけないことだ。特にコタロウには。それに俺が帰ってきた理由の一つは、元々、計画の『最終章』を実行する前に、お前らの顔をよく見ておきたかったからだから」

「・・・」

「子供たちをよくここまで育ててくれたな。ありがとう」

うっ・・・。

母が嗚咽を漏らす。

「そんな別れ文句みたいなこと言わないでシュウジさん。計画は、『ティマイオス計画』は順調だったのね・・・。大丈夫、きっと二人ともわかってくれるわ。そしたらみんなでまた一緒に暮らしましょう」

・・・。

「あぁ・・・」




第 三 章 せかい


今から私が語る「人類の晒されている危機」というものは、高校生に理解できないような複雑な問題ではない。

単純明快であり、因果関係もしっかりした、現実に起こりうる話であり、現実に起こっている事態である。

危機の概要から言えば、「平和」から生まれた人類の急激な増加現象。

戦争、犯罪が無くなってから、世界の人口は等加速度的に上昇を続けた。

そして、ここで問題になってきたのは絶対的な食糧問題である。

人口の増加に追従するかのように、しばらくは食料の生産能力も上昇を続けていた。

しかしそれがいよいよ限界に達した。地球上の人々を養うだけの食料の生産が難しくなってきたのだ。


そしてその問題に対して、いち早く本格的かつ現実的な構想を打ち立てたのが、この俺だったのだ。


その構想が初めて形になったのが十五年前。

俺が書き上げた計画、それがノリコが先程口にした「ティマイオス計画」である。

計画の目的自体は生産能力が限界に達した時ならば誰でも思いつくような簡単な結論、「口減らし」である。

だが、それはあまりにも暴力的な結論であったため、考え付いた皆が皆目を伏せてきた解決策であった。

案の定、当時ガラシア本社の一社員でしかなかった私のそんな暴力的な計画に上層部の人間が耳を貸す訳が無かった。

恐らく、計画全てに目を通した者は0に近かっただろう。

だが、食糧問題を深刻に考えていた同僚や、一部の上層部の人間は、俺の抜本的な計画に全面的に賛同し、協力してくれた。

そして私は、全九人による人類延命機関、「クリエイター」を結成した。


その頃から俺の計画は本格的に動き始めた。

「ティマイオス計画」は全五章。


「ティマイオス計画」第一章は土台作り。


こちらはまったくの順調に事を運ぶことができた。

何故なら、政治的な権力を狙い始めた上層部の人間たちが、下層部、俺たちの仕事であるろぼっと開発への関与の一切を中断していたからである。


第一章は、我々の生産する新型ろぼっとへの、遠隔操作で起動する機能停止チップの埋め込み。


この行動が意味するものは反対勢力発生への対策である。

「ティマイオス計画」はあくまで口減らしであるため、とても見栄えのいい計画とは言えない。

しかしこのティマイオス計画は長期に渡るものであるため、最終章にかけて、露出が激しくなることを避けることは難しい。

そのため、ガラシア社のろぼっとが市場を支配していることを利用した、ろぼっとへの機能停止チップの埋め込みは、決して欠かすことのできない重要なファクターだった。

反対勢力が発生した時に、ろぼっとをボタン一つで黙らせることができる。

この時代の人間はろぼっとに対抗する術をろぼっと以外に持たないからな。

この時点で三年間が経過しており、第一章のノウハウを掴んだクリエイターの人間たちは、第一章の実行はティマイオス計画と同時進行で継続的に行うことが可能となった。


・・・まぁ、そんな段階はすっ飛ばしても問題なかったのだが。

第一章は俺の小心者という側面が大きく現れているな。


「ティマイオス計画」第二章は政治家との癒着。


これの目的は簡単。

食糧問題についての一番の解決を望んでいる人間が政治家だからである。

ここでいう政治家は、決して国のトップである必要はない。

なぜなら、国の欲しがる人材の中に、食糧問題への解決策を持つ人間という枠は決して外すことの出来るものでは無かったためだ。

第二章の進行も順調そのものであった。

理由としては、クリエイターの中に上層部の人間が二人在籍していたためだ。

ガラシア社は日本を代表する大企業であるため、政治家との癒着は元々激しい。

政治家との同盟など、上層部の二人に一任しておけば十分な仕事であった。


さて、第一章、第二章を片手間に第三章へと章を進める。

この時点では経過した年は先ほど変わらず三年間である。


「ティマイオス計画」第三章はろぼっと市場での他企業の淘汰。


第一章の進行に際して、他企業の存在というのは非常に危険なものであった。

万一他企業が革新的なろぼっとの開発に成功し、国民の興味を引いてしまえば、第一章の進行が全て水の泡になってしまうからな。

第一章の崩壊は、計画そのものの崩壊につながる。

それだけは避けなければいけなかった。

他企業の淘汰には十年ほどの時間を要した。

この頃のクリエイターの動きは特に大胆であった。

他企業を市場から追放することに全力を尽くしたからな。

政治面からのアプローチや、マスコミによるネガキャンなど、様々な手に打って出た。

俺が身分を隠したのはその頃になるか。


その頃のろぼっと開発の大手企業は三社。

我がガラシア社、コラエン社、そして、株式会社大黒天であった。

大黒天の処理は三年ほどで終了した。

何をしたかは簡単だ。

ろぼっと市場でガラシアがどれだけ実権を握っているかを見せつけた。ただそれだけだ。

彼らの判断は早かった。

大黒天は値段、手軽さを無視し、ひたすらにろぼっとの質、クオリティの上昇だけを考えるような企業だった。

多くの企業が群雄割拠するこの時代で、百年以上続く老舗である大黒天は、生き抜く術としての見切りの速さは天下一品であった。

現在はろぼっと産業から手を引き、株式会社一文字やスプリングフィールド・アーモリーなどの企業。同じく革新に背を向け、ひたすらに、ひた向きに質を追い求めるような企業と提携を組み、一部のセレブや物好きたちによって構成される、所謂常連さん達の為の良質なプログラムを懇切丁寧に制作している。

まぁ、彼らがこの程度で終わるとも思えないが。

しかし私たちクリエイターが防ぎたいのは彼らの長期的な発展ではない為、彼らのこれからの作戦、展望、政策。これらへの興味は皆無に等しい。

私たちが欲しいのはこの「一瞬」であるからな。

そしてその際に私たちの計画進展スピードを著しく減退させてくれたのは、やはりコラエン社との交渉だった。

彼らは大黒天とは全くの正反対。質より量。ブランド品よりセール品。長期的な利益より短期的な利益を追い求める企業であったためだ。

全くバカな会社だと思った。

まぁ、私個人の意見にすぎないのだが。私はビジネスならばコラエン社のような態度より、大黒天のような態度を持つ方が正解だと思っている。

客へ媚びへつらうようなビジネスは、私はあまり好まないし、長続きするとも思えない。

客を「付いて来させる」のが真のビジネスだ。

結局、ビジネスも、金も、人間も、世界も、私は信用によって回っていると解釈しているからな。

短期的な利益しか考えられないような愚か者は、必ず淘汰される。そんな思想の持ち主だ。

おやおや、脱線してしまったな。話を戻そう。

まぁ、お前も十分わかっているだろうが、コラエン社はひたすらに安価での販売による瞬間的な収入の確保を狙う企業だ。

彼らは一瞬たりともろぼっとの販売を止めることはしなかった。

貧民層への売り込み、富裕層には、自分の会社のろぼっとをサンドバッグとしてどうかと、つまり、交戦(コンバット)の練習台としての売込みまで始めた。

奴らには、物を造る人間としてのプライドも、見栄も、外聞も、既に皆無であった。

奴らは心を、魂を、当の昔に安価で売り捌いていたのだから。


彼らへのアプローチも大黒天へのそれと大差は無かった。

だが、その方針の危うさに気付くのには六年かかってしまった。

彼らの市場は確実に狭くなってはいたのだが、元々ろくな売り方をしていない彼らと、我が社との市場が完全に一致することはとても難しかった。

そしてそれからの四年は、彼らへのアプローチを大きく変えた。

幾ら汚い手で彼らを責めたところで、彼らは私たち以上に汚かったからな。

表向き、つまり市場でのバトルで勝負を付けることを不可能だと考えたクリエイターは、彼らへ合併を申し込んだ。

もちろん、国民や政治家には知られないようにな。

ガラシア社とコラエン社との合併ではなく、クリエイターとコラエン社との合併。といったところだな。

交渉内容は、第一章の性格も兼ね備えたものだった。

「我が社のろぼっと制作についての設計図、技術、設備、その他諸々をそちらへ融通する代わりに、私たちクリエイターと隠密に手を組んでくれないか」といった内容た。

彼らの目の色は途端に変わった。

まぁ、当然だろうな。彼らは「売れれば」それでいいんだから。

限りなく独占に近い寡占を実現させたガラシア社。その技術が、ノーリスクで手に入るチャンスを、彼らがみすみす逃す訳が無かった。いや、逃せる訳が無かったんだ。

陰での合併を成功させた私たちは、彼らに融通する設計図、パーツの中に、機能停止チップを紛れ込ませることによって、第三章にピリオドを打った。



はぁ・・・。流石に疲れてきたな・・・。

すまん爺ちゃん、コタロウ。ちょっと茶を(すす)らせてくれ。

・・・。

ふぅ・・・。ごめんごめん。

家族相手に長時間真面目な話は心身ともにすり減る思いだよ・・・。

じゃあ続けるぞ。


えっと、どこまで話したかな・・・。

あぁ、そうそう、計画の第三章が終わったとこまでだな。

じゃあ次は第四章か。


第四章は・・・、うーん、なんて言えばいいだろう・・・。

「未来を担うことのできる人間たちの選別」って感じかな。

クリエイターではそのような人間たちのことを「『眼』を持つ者」と呼んでいる。


世界を観て、自らの力で咀嚼し、真実を選び取り、自分の世界を創れるもの。

それが「『眼』を持つ者」の定義。


我が家の人間では、母さん以外は皆「眼」を持っている。

母さんの「眼」の進化は「真実を選び取る」地点で停止した。

母さんは世界の創り方を忘れてしまった人間。「時代の被害者」の一人だ。

しかし、母さん――ノリコは精一杯の進化で「俺」という真実を選び取ってくれた。

心の底から感謝している。


ティマイオス計画の口減らしは「眼」の退化した人間からの末梢。

まずは「世界を視る」ことの出来なくなった人間から消していく。

心苦しいが、進化を忘れた人間は世界の枷そのものだ。

邪魔なんだよ。

世界を視れない・・・、「視る気の無い」人間は。

「社会の歯車」って言葉があるだろ? 俺はあの言葉嫌いだよ。この時代とは相入れない言葉さ。

だって「歯車」は飯を食わないじゃないか。

それに比べ生き物ってのは「生きている」だけで世界に負荷を与えるんだ。

俺は何度も考えを巡らせたが、やっぱり視れない人間は歯車以下だよ。

世界に還元するものが、利益よりも負荷の方が圧倒的に大きいからね。

歯車は人間と違って世界に負荷を与えない。

機械というものは本当に美しいよ・・・。

いやまぁ、人間と違って生まれたことに対して「責任」が無いだけなんだけど。

生き物ってのは進化すれば進化するほど、生まれたことの「責任」が大きくなっちまうからね。

生き物の中の頂点が「人間」。

人間の中の暫定頂点が「眼をもつもの」。

クリエイターはまさしくその「暫定頂点」の集団だったよ。

皆、恐ろしい程、「世界」を創るのが上手だった。

未来を視ていたよ。

生きてて良かったって、心から思えた。


眼をもつものの選別は、交戦(コンバット)のランキングやレーティングを使っておこなった。

交戦(コンバット)は、眼をもつものだけではなく、眼の進化の程度をも正確に測ることができるからな。

ランキングの方がコタロウには馴染み深いだろうが、そっちは各団体ごとになっちまうから参考程度に過ぎない。

クリエイターが重視したのはレーティング。

これはランキングのように人間が測るものじゃない。

ろぼっとが測るものである。


この機能は、交戦(コンバット)で人間の真価を測るようになった際に、ろぼっとを制作する全企業が国に搭載を求められたものだ。

ランキングなんてお飾りさ。人間が人間を測ることなんて元々不可能なんだ。


世界は妄想を超えないからな。


ランキングは相対的な順位だが、レーティングは絶対的な数値。

ろぼっとが交戦(コンバット)中の司令(コマンダー)を観て、人間には無い価値観で、人間よりも正確に人間を測り、点数を付ける。

これは我々人間には理解できないものだ。

理屈そのものが元々「無い」んだから。

だが彼らは確実に才能を観つける。

ろぼっとが人間を選ぶのだ。

ろぼっとの主観は人間の客観だから。


幾ら説明を重ねたところでレーティングについて理解するのはとても難しいな・・・。

・・・まぁ、レーティングが「そういうもの」で、クリエイターが「それ」を利用して、人間の選別、「間引き」を行おうと企てているとだけ思っていてくれていい。


ん? 巻巻(まくまき)町の「間引き」対象はもう決まっているのかって?

あぁ、決まっているさ。そしてそれを実行に移すのが今日。


それが第五章であり、「最終章」。

今日、我々クリエイターは、この町から、人類の「再起動」を始める。


  第 四 章 創るひと


「決まっているって・・・。今日から、この日から、父さんたちの『大虐殺』が始まるってのか?」

「『虐殺』、か。そうだな、幾ら綺麗な言葉で飾りあげても、『虐殺』には変わりないか・・・。そうだ、今日が我々クリエイターの『虐殺』の始まりだ」

「なんで自分の生まれ育った町から先に壊す? アンタの愛した人も暮らしている町だぞ?」

「・・・逆だな」

・・・。

「理解できないか? 『俺が生まれ育った街だから』だよ。俺が自らの可能性を潰し続けてきた場所だから、だから先に壊す。俺はこの町でのうのうと暮らしていた時も自問自答していたんだ。にも関わらず無視してきた、自分の声、いや、世界の声を」

・・・。

「お前が今していること、そして今までしてきたことと同じことをしていたってことだ」

「僕にはそんな胡散臭い声、聞こえちゃいない」

「『胡散臭い』か。違いないな。しかしそちらがほんとうだ」

「何言ってんだ父さん? やっぱりおかしくなっるんだよ。働き過ぎなんだよきっと。戻ってきてよ。また昔みたいにみんなで暮らそう」

「・・・コタロウ。此奴は正常だ。至って、な」

解ってる。解ってるよじいじ。でも、認めろっていうのか? この父さんを?

「コタロウ、眼を逸らすな。お前ももう判っている筈だ、俺の計画の『正しさ』を」

「解らない・・・、解らない!」

「・・・駄々をこねないでくれコタロウ。これが今の『せかい』なんだ」

「人殺しが人類の行き着いた結末であると?」

「人殺しじゃない、『選別』だ」

「言い方の問題なのかよ。偉い人は何時(いつ)だってそうだ。そうやって何も知らない人達を平気な顔して騙すんだ、父さんも結局は人間なんだな」

「俺が自分のことを『人間じゃない』と何時(いつ)言った? 俺は神になろうとなんか思っちゃいないさ。クリエイターはそんな傲慢な組織なんかじゃない」

「傲慢だろ! 人を選んで殺すことが人殺しとどれだけの違いがある⁉ 選ばれた人間? 退化しているのはアンタたちだ・・・。口減らしなんざ当の昔に人間がたどり着いた段階じゃないか、なぜ今さらその段階に立ち戻る⁉」

「・・・コタロウ、貴様の問答はこの父を試すものにしか聞こえない。本当は解っている筈だ。認めたくないだけなんだろう?」

・・・。

「まぁいい。何故口減らしなどと言う戦国時代のような使い古された対策に今更になって戻るのか? だったな。簡単だ。『今までがおかしかった』。それだけだろ」

「口減らしを止めた世界の方がおかしい、と?」

「おかしいねぇ。だっておかしな人間が生き過ぎだろ、そんなに個人個人の命が大切か? 『失敗作』、『欠陥品』、『粗悪品』。そんなものが世界に蔓延っているこの現状が、何故おかしくないと言える?」

「だからって! そんな一面的な見方で世界を変えて良い訳がないだろ!」

「一面的? 一面的だと? 笑わせるなバカ息子よ。貴様らのような飼い慣らされた豚共の意見とやらが、まさか自分の心から出ている言葉だとでも本気で思っているのか!? 洗脳、洗脳、洗脳、洗脳! そんなものは洗脳に過ぎない! 反吐の出るような思想、言動、行動。それらがオリジナルだと何故言える? 貴様だけの、貴様から出てきた考えなど塵みたいなものだろうに。貴様らなど古い人間のコピーに過ぎないんだよ」

「だが、それが進化だろうに!」

「あぁそうだ、それは正しい。『古い人間が到達した地点から、新しい人間が時代を続ける』これはまさしく進化の形だ。だが、その進化が正しかったと証明できる人間が、存在が、この世に居るのか? コタロウ」

・・・。

「人間は進化をする方向を決定した時点で、進化することを止めていたんだ。『正義』があるというのは統率という面から考えれば大きなメリットだ。しかし進化の面から考えたらどうだ? 古い『正義』は枷でしかない」

「・・・平和を求めることが何故『進化』であってはならない・・・!」

「平和を求めた結果がこれだろうが! 頭を使ってものを話せバカ息子が‼ 何時(いつ)まで駄々をこね続けるつもりだ? この際はっきり言ってやろう! 戦争は! 争いは! 虐殺は! 世界に在るべくして在ったんだ! 多数決? 民主主義? 下らん下らん下らん! そんなものは上の人間たちのプロパガンダ合戦の結果でしかない! 考える脳の無い豚共は何時(いつ)だって上の人間の意見にコロッとやられるのさ。いや、『考える気が無い』の方が正しいか。世界のことを考える気すら起こさない人間は豚と変わらん! 豚は『自らの存在する場所』こそが、せかいであり世界だからな。くだらないとは思わないか? 人類の進化のバックアップもしない大量の人間たちが、飯を食い、糞を垂れ流し、死んでいくんだぞ?」

・・・。

「眼を持たない者が、眼を持たない者を生み、更にそいつも眼を持たない者を生むんだ。それが生産的な行動と、進化と言えるのか?」

・・・。

「この段階でもう否定を止めるのか。やはり血は争えないな。お前も心の中ではそう思っているんだ。周りにいるどんくさい人間を見て今までどう思って生きて来た? スラム街の連中のことをどんな風に考えている?」

・・・。

「唐栗家の眼は代々強過ぎるんだ。視る力もそうだが、何より悪性が強過ぎる。皆生まれながらにして心に修羅を飼っているんだ。しかしこれは恥ずべき罪ではない、運命なのだ。眼を持つ者はどの時代でも人々の文化、風俗、価値観から少なからず遠ざかる。それを群集に理解された者はカリスマ扱いされたが、されなかった者たちは人類の反逆者同然に扱われてきた。私は・・・やはり後者に当たるのだろうな」

「それじゃあ、眼を持つ者が、大量の未来を担う者達が、担える者達が時代に殺されてきたと?」

「だから私たちはろぼっとを『選別者』に決めた」

・・・。

「コタロウよ、惑わされるな。考えることを止めるな。犯罪者は何時(いつ)だって自分の行動を正当化する。貴様の修羅だけに従えばいい」

「あなたは本当に優秀だよ、ジゴロク爺ちゃん。完全に修羅を飼い慣らしている。それが正しいことか間違っていることかは俺には判断しかねるが、その行動自体は評価に値する」

「儂は人間の進化に賭けただけだから」

「だが、それはまさしく勇気だ」

・・・。

「もうやめようシュウジ。高校生には早すぎる話だ」

「しかし、人類には遅すぎる話なんだ、爺ちゃん」

「・・・もう少し待て」

「まだゴミ共の創る世界に期待をし続けろと?」

「人類は何時(いつ)だって危機に対して、敏感に対処してきた。大丈夫、眼は人類が皆持っているものだから」

「適当なことを言わないでくれ。人類の歴史だって、少数の人間によって創られてきたものだろうが」

「違うな。歴史は人類そのものだ」

「綺麗言だな」

「だが、世界が与えた役割だ」

「なにが言いたい?」

「行動力の無いもの、貴様の言い方だと『眼を持たない者』、となるのか? 彼らは人間の力そのものだよ。統率が無いだけ」

「ほう?」

「お前の大好きな『世界』様が設定した才能のバランスを、意味の無いものと吐き捨てることは儂にはできない。人が人の力だ。貴様の言う『眼を持つ者』という特殊な才能を持つ者は確かに存在する。しかし彼らは司令塔に過ぎん。人からの信仰を持たない天才を天才と呼べるのか?」

「それが時代に殺されてきた才能だ。ノリコだって・・・」

「『才能』と認められなかったものは『才能』ではない」

・・・。

「『才能』のものさしは人々、信仰だ」

「その思想がおかしいんだ。何故下の人間が上の人間を選ぶ?」

「それがルールだ」

「ルールってなんだよ。人間の輝く才能よりそんなものが優先されていいのか?」

「社会とはそういうものだろうが。餓鬼か貴様」

「餓鬼? 俺がか? それはあなただ。才能を持ちながら才能を持たない者に未来を託す行為が餓鬼でなくて何だというんだ? 責任の放棄、才能の浪費。惰性で人生を過ごしている彼らに自分から歩み寄り、『一緒』になろうとしている。それは間違いだ爺ちゃん。大衆より秀でている者が大衆を引っ張らないでどうする? 大衆の進化を狙っているあなたならそうすることがほんとうだろうに」

「儂は自分が秀でているとは思っていない」

「あなたは人類の最高傑作だよ、爺ちゃん」

「ハッ、馬鹿なことを」

「あなたは偉大だ。ろぼっとという神にも近い存在の土台を作り上げたお人だからな。俺はあなたを心の底から尊敬している」

「ふん、『からくり』のことか。失敗作だよ『こいつら』は。そして、此奴等を創り出した儂は、間違いなく人類最大の失敗作だ」

・・・。

「コタロウよ、お前に真実は見えているか? 誰の真実でもない、お前の真実。お前の気持ちだ」


気持ち? アンタらが何を話しているのか、何を見て生きて来たか、何を考えて生きているのかなんて僕には全然わからないし、解りたくもない。でも真実は、気持ちは、初めから一寸たりとも動いちゃいないよ。爺ちゃん。


「爺ちゃん、父さん。僕はまた昔みたいに家族皆で平和に暮らしたい」


僕の真実なんてこの程度。

けれど、今僕の心の中で何よりも強い気持ちだ。


「良い答えだコタロウ」

「やはりだめか。ならば、戦争しかないな。動物として生命として。まぁ期待はしていなかったさ、予定通り俺の帰ってきた二つ目の理由を達成しよう」

「『からくりの排除』、か?」

「あぁ、心苦しいがクロ達は危険だ。機能停止チップはおろか悪意感知機能も積んでいない」

「『奮闘(ジハード)』を始める気なのか?」

ジハード?

「良い眼をするじゃないか爺ちゃん。そうだ、ティマイオス計画最後の不安要素『からくり』を抹消し、最終章を始める」

「戻る気はないんだな?」

「今さらどこに戻れと」

「・・・解った。全力で貴様を止めてやろう」


「コタロウ、今から儂とシュウジで奮闘(ジハード)領域(フィールド)を開く。大体は交戦(コンバット)と大差は無い、心配するな。展開し、球体が発生したら左手をかざせ、そうしたらクロが教えてくれる。後はお前が決めろ」


世界の声を聴くんだコタロウ。


用意はいいかオオイカヅチ。

始めよう、デミウルゴス。


気配を消し、部屋の置物かのように、目を瞑り、胡坐をかいていたオオイカズチと、父さんのろぼっとであろうデミウルゴスと呼ばれるそれが、のそっと腰を上げ、同時に両の眼を開く。

しかしなんだあれは? デミウルゴスのデザイン・・・。カラーリング以外全くオオイカズチそのものじゃないか・・・。


『隠し(シークレット)信号(コード) ダール・アル=ハルブ』

両ろぼっとの隙間という隙間から大量の蒸気が外部へと放出される。

施錠解除(アンロック) 0006』

ろぼっと達の瞳の色が深い黒へと染まる。

『ジハァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァドォォォォォォォ!』

父さんとじいじ、デミウルゴスとオオイカヅチが電気信号に変換され、交戦(コンバット)のそれと同様、一つの小さな球体となり、世界を浮遊する。


ふわふわと宙に浮かぶ球体。

・・・これに左手をかざせばいいのか?

戸惑いながらもじいじの言う通り左手をかざすと、先程の彼らと同様に、クロも体の隙間という隙間から大量の蒸気を噴出する。

「唐栗 コタロウ様」

僕の耳に届いたのは、クロの声では無く、ナビの声だった。

「警告です。この領域(フィールド)はフルCGによる交戦領域(コンバットフィールド)ではありません。ろぼっと、人間に直接干渉することが可能となる、隠し信号(シークレットコード) ダール・アル=ハルブ。ナンバー0006、半CGフィールド。奮闘領域(ジハードフィールド)でございます。入場の際はお間違えの無いようお気をつけください」


「コタロウやめなさい。何か嫌な予感がするわ。『ろぼっと、人間に直接干渉』って・・・。」

先程まで泣きじゃくっていた母さんが、僅かながら冷静を取り戻す。

だが確かに気になる。

「・・・命を賭けるってこと、なの?」

否定を出来るほどの要素は無い。(むし)ろ僕もそう思う。

本当にそうなのか?

そんなシステムがあっていいのか?

だが、万が一僕や母さんの予想通りのシステムだとして、じいじや父さんをそんな危険な場所に二人っきりにするのは・・・。

「ははは、心配し過ぎだよ母さん。大丈夫。大丈夫だから」

「大丈夫って何がよ!?」

母さん?

「コーちゃんが大丈夫でも母さんは大丈夫じゃない! 子供が危険な目に逢うかもしれないのに平気でいられる母親がどこに世界にいるのよ! コーちゃんか行くなら私も行く!」

「母さんも兄さんも馬鹿なこと言わないで! 二人が行くなら私も行くから!」

ハナコまでか・・・。

「駄目だ。案内されたのは僕一人だ、母さんたちは来るな」

「でも・・・!」

「大丈夫」

何が。

「大丈夫だから」

何がだ。

「母さんたちが来てもきっと足手まといになっちまう。大丈夫、僕は交戦(コンバット)偏差値全国トップクラスの巻巻高校の頂点に立つ男だ。父さんなんかには負けない。降参(サレンダー)でもさせて帰ってくるさ」

コーちゃん・・・。

「入場なさいますか?」

「・・・あぁ」

世界も、せかいも、まとめて救ってやる。

元々其の為の力だろ。


クロの眼が深黒に染まる。

電気信号に分解された僕とクロは、球体の中に吸い込まれていく。


  ※


眼を開ける。

世界が見える。

せかいを創る。

今まで僕がしてきたこと。

これから僕がしていくこと。


「どうしたシュウジ。この程度か?」

オオイカヅチが名刀 山鳥毛一文字をデミウルゴスの首筋に向かい、突き立てていた。

「オオイカヅチをベースに貴様流のアーキタイプでも造ったつもりだったのだろうが、まるで話にならないな、遠く儂には及ばんよ。造りも甘ければ動きも悪い」

フン。

「喉元に刃を突き立てたぐらいで勝利を確信するか。貴方はやはり古い」

瞬間、デミウルゴスがオオイカヅチの背後に回り、名刀 長篠一文字を振るう。


予備動作の無い独特な移動。

あれは間違いなく、スキル「蜃気楼」によるもの。

移動では無く、座標変換を行うスキル。

存在する場所自体を変更するため、実質「ワープ」に近い。


「凪」を使うにあたって一番相性の悪い相手。

「蜃気楼」に制限は無い。

勝ち方としては、スキル発動に当たっての体力五%減少を狙って削るのがセオリー。


オオイカヅチはデミウルゴスの斬撃を前方へのダッシュにより回避する。

凄い。

オオイカヅチはもちろん、じいじの反射神経もかつてない程に研ぎ澄まされている。

これがじいじの本気か。

それにしてもなんだこの勝負は・・・。お互いのコストバーが一つも消耗されていない。

0プログラムのみを使った読み合い・・・。

なんて楽しそうに戦争をするんだ、貴方たちは。

「警告を聞いたにも関わらず恐れず参戦してきたか、いい子だコタロウ。しかし気を付けろ、此奴は既にガラシア社の社長クラスの地位にいると考えて良い。何が言いたいか解るか?」

「あぁ、メディアに晒していない新技術をバンバン使ってくるという可能性が捨てきれないっていうことだろ?」

「ご名答。若い芽にしては上出来だ。警告を聞いて察したかと思うが、このフィールド内でのダメージはろぼっとの電気信号そのものの乱れへと繋がる。体力が0になればクロの存在自体が消滅する。『死ぬ』んだ」

・・・。

「そしてもう一つ。ろぼっとが消えたら、その司令(コマンダー)へのろぼっとによる直接攻撃が可能になるから気を付けろ」

つまり。

「ここでは『人を殺せる』ってことだな」

「その通りだ。制限時間も無い。最早スポーツではないからな。しかし降参は可能だから儂が死んだら逃げろ。儂がお前を呼んだのは儂一人で此奴を倒すことが難しいと考えたから。本当は格好よく一人で黙らせたかったのだが、やはりそれはどう考えても現実的ではなかった。背に腹は代えられんと、力を借りさせて貰おうと考えた次第だ」

死なせてたまるかよ。

「じいじの死に場所は此処じゃない。ちゃんと寿命で死なせてやるから」

フッ・・・。

「ほざけ若造」

「未来は若造に任せるもんだ。インストール 鶴姫一文字」

クロが空中から現れる鞘に入った刀を手に取り、抜刀し、鞘を後方に放り投げる。

「構えろクロ。未来を創るぞ」

「応」

ククク・・・。

「笑える。笑えるぞコタロウ。未来を創っているのはこの俺だ。お前達の今していることは破壊行為そのもの。見紛うな馬鹿者め」

「黙れ。今のアンタとは喋りたくない」

「言葉を忘れ、修羅に呑まれるか。それもいいだろう」

まずは小手調べ。

「クロ! 正面から行け!」

「アァァァァァァァアァァァァァァァァァァァ!」

鶴姫一文字と長篠一文字が交わり、二体が体重を乗せあう。

「力比べだと? 下らん。切り刻めデミウルゴス」

「・・・」

デミウルゴスが後方にステップし刀を離すと、突きの構えに体を変化させ、クロに向かって無数の刃を浴びせ始める。

カンカンカンカン・・・・。

一閃一閃を刀で逸らし、上手く捌くクロ。

しかし、これはきっと長くは続かない。

だが、まだ手の内も見せたくはない。


「儂のからくりから眼を逸らさない方がいいぞ、シュウジ」

完全に前方への攻撃態勢を取ったデミウルゴスの背後は、がら空きそのものだった。

背後を捕ったオオイカヅチは、ダメージよりクロからデミウルゴスを遠ざけることを優先したのか、刃を反転させ、峰を使い、デミウルゴスの腹へと金属バットでも打ち込むかのようにフォームでフルスイングを入れる。

三十メートル程吹っ飛ぶデミウルゴス。

「グフゥ!」

無口だったデミウルゴスが、初めて声を漏らす。

「フン、ヤット声ヲ出シヤガッタナ、ソックリサン」

「ガハッ・・・。日本刀デフルスイングスルンジャネェヨ、糞ッ」

デミウルゴスがよろめいている、かなり良いところに入ったようだ。

「今のはかなりいったな。コタロウ、一気に削るぞ。ただしプログラムは使うな、切り裂くぞ」

「わかったよ、じいじ」


フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ・・・。


眼を閉じ、刀を構えたクロとオオイカヅチが、体内の空気を全て外界に吐き出し始める。


フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ・・・ウゥゥゥゥゥ・・・ゥゥゥ・・・。


同時に眼を開く。

デミウルゴスを貫く眼光。

刀を構え、前方へと疾走を始める二体。

『オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!』

刃を同時にデミウルゴスのそれぞれの肩に振り下ろす。

『ォォォォォォォォォォリャァァァァァァァァァァァァ!』

二体とも目いっぱいの体重を肩に向かって掛けていく。

デミウルゴスの体力バーが、二体分の攻撃により、すぐに半分を切る。

「くどいな・・・」

デミウルゴスが消える。

しまった、蜃気楼か⁉

急に対象が消えたことによりクロが前のめりによろめく。

しかし、蜃気楼を考慮に入れていたオオイカヅチは、体勢を崩すことなく後ろからの斬撃を背中に刀を回すことで、ノールックで捉える。


「ジゴロクさん。やはり貴方は優秀だ。だが、もうこの時代には付いて来られない」


グゥ・・・ウアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!

なんだこれは!? 

デミウルゴスがもう一体。オオイカヅチの脇腹を、もう一本の長篠一文字でくちゅくちゅと舐るように抉っている。

このスキルも知っている、これは陽炎。

三秒間だけ質量を持つ分身を発生させ、殺意、気配、匂いなどの一切を、その三秒間分身に請け負わせるというもの。

使い勝手が非常に良く、ランキング上位に陽炎の使い手は多い。だが、これ自体は驚く程のことではない。

驚くべきはそう、蜃気楼に次ぐ二つ目のスキルの発動。

スキルを二つ積んでいる。

早速新技術のお披露目って訳か。


「観ているかコタロウ。これが淘汰だ。時代はこれによって回る」

アァ、アアアァ、ウアアアァァァアアアアアア!

「常識、正義、平和は、このようにいとも容易く崩れるのだ。『人を殺してはならない』、その感情は人間の長期に渡る進化から導き出された経験則に過ぎん。それは真理ではない。習慣だ」

「クロォ!」

「ウラァ!」

三秒の経過に伴い、ゆらゆらと実体を保つことが難しくなる蜃気楼を確認し、もう一体、オオイカヅチの腸を刀に味わわせている本体へと刀を突き出すクロ。

しかし、その一閃は空を切る。瞬間、オオイカヅチへとしていたものと同じ要領で、クロの背後にデミウルゴスがパッと、予備動作無しで「移動」する。

アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!

クロと背中合わせになり、腰を落とした形で現れたデミウルゴスは、刀を逆手で両手に持ち、天に突き上げるような形でクロの腹へと刀を貫通させる。

「クロ!」

異分子(イレギュラー)こそが正義、才能であるべきなのだ。それが進化だ」

チィ!

「飼い慣らして統一化を図ったのもあなたたち上の人間だろうが!」

「ゴミは一点に集めるものだ。原石はゴミに紛れても輝きで判る。お前のようにな」

「フン!」

オオイカヅチがデミウルゴスへと刃を振るうが、ここでも奴は姿を消し、主人、父さんの(かたわら)でその像を結ぶ。

アァアアア・・・。

腹に風穴を開けたクロが、地面へとうつ伏せで倒れこむ。

クッ!

「コタロウ、名前を呼ぶなりビンタするなり何でもいい、クロイカヅチを我に返せ。ダメージ自体は大したことは無いが、0プログラムで刻まれた傷は、通常の追加プログラムでのそれに比べ、痛みや精神的ショックが激しい。人間で言えば鈍刀(なまくらがたな)で肉を擦り切られる感覚に近い。精神面での乱れは大きなディスアドバンテージになることぐらい、No.1ならわかるだろ? 時間稼ぎは儂がする。雰囲気に呑まれるな、まだ我々が有利だ」

「あぁ! 助かる! すぐに戻るから! 無理だけはしないでくれよ!」

「わかってる。早く行け!」



・・・さて、どうするか。

「おいおい、爺ちゃん一人になっちまったな。そろそろ降参してもいいんじゃないか? 貴方という貴重な才能を殺したくない」

馬鹿なことを。下らんブラフだ。そもそも、オオイカヅチ、クロイカヅチ共にまだ体力は四分の三程残っている。状況はどう見ても有利。手の内を順調に見せているお前の負けは決まったようなもの。

「降参などはせん。儂は貴様を受け入れる気はない。お前は危険だ。貴様の親族として、この世界で死体も残さず消してやる」

「ふふ、怖い怖い。やっと貴方の修羅を垣間見られた、という感じだな」

「これは責任だ。私は修羅には呑まれない」

呑まれないさ、儂だけは。

「お前の思想は解る。儂も修羅に気付いていないわけではないから」

「そうか。それを拒む時点で俺と貴方は相容れないのだろうな。眼を持つ者として」

「眼を持つ者だからこそ、それを避けることもできる」

「わからないな」

「お前は墜ちすぎた」

「あぁ、そうなるのだろうな」


もういい。もうたくさんだ。

見せてやろう、儂の修羅を。


「・・・インストール、『信号同調(シンクロ)』」

オオイカヅチ、コストバー零%


「『信号同調(シンクロ)』か。そこまで老い、修羅を否定した貴方には不可能だと踏んでいたが、プログラム化に成功していたとはな。流石は人類最大の異分子(イレギュラー)。いよいよ殺しに来るわけだな、爺ちゃん」


オオイカヅチの景色。

オオイカヅチの心。

オオイカヅチの世界。


プログラム化は大成功だったか。

笑えないな。儂はこんなものまで造ってしまったのか。

『征くぞシュウジ。儂は貴様の祖父として貴様を殺す』

ふ、声まで重なっておるわ。本当に笑えんな。

だが素晴らしい、全てを感じる。

『貴様も来い。出来るのだろう?』

「あぁ、勿論」

信号同調(シンクロ)

ポケットに手を突っ込んだ格好のシュウジの体が、存在が、バグでも起こったかのようにぷつぷつと途切れ途切れになる。CGによるエフェクトは無い。世界に消えていく。電気信号で形作られる交戦(コンバット)及び奮闘領域(ジハードフィールド)ならではの荒業、異能。

・・・。

『やはり気持ちがいいな。ろぼっとであろうと他の存在と一つになることは』

『ふむ、そこだけは同意しよう』

あたたかい。ぽかぽかする。

ここまで老いた今でも、信号同調(シンクロ)の感覚はやはりこの言葉が一番合致する。

生命のはじまり。唯一他の存在と溶け合っていた記憶。蘇る。

あぁ、ぽかぽかだ。

『はぁぁぁぁ・・・』

体中の息を吐き出す。これはオオイカヅチも好きな行動。感じるぞ、お前の鼓動。

『参る!』

はあああああああああああああああああああああああああああああああ!

デミウルゴス、シュウジに向かい、(はし)る、(はし)る、(はし)る。

『ウラァァァァァァァァァァァァァ!』

二つの刀がぶつかる。

『アァァァァァァァァァァァァァァ!』

最早儂なのか、オオイカヅチなのか、シュウジなのか、デミウルゴスなのか区別がつかない。楽しい、嬉しい、気持ちいい。幼稚な感情で心が飽和する。

刀の音は鳴り止まない。

デミウルゴスが消える。だが、それも解る。最早意味のない行動だ。

背後に刀を置くと、そこに長篠一文字が添えられる。

デミウルゴスが増える。しかしこの程度捌くことは容易い。

脅威は無い。動きも儂の方が鋭い。

『なんで! なんで貴方の方が強い!』

ぶつかり合う刃の中で、シュウジの体に順調に山鳥毛一文字が通る。

『何故、同じ信号同調(シンクロ)状態なのに!』

シュウジ、残り体力三%。

『理由は簡単』

最後の一閃がシュウジを貫く。

『儂の方が長く世界に居るからだろ』

シュウジ、残り体力零%。


ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!


断末魔。

涙。

爆発。

・・・。


ごめんなシュウジ。またいつか巡り逢おう。その時もまた敵同士なのだろうな。

「はぁ・・・」

信号同調(シンクロ)を解く。


孫であろうと消えた者に最早興味は無い。

さて、儂もクロイカヅチの様子を見に行くか。


 ※


「おい、コタロウ。どうじゃクロの調子は」

「あぁ、なかなか起きない。てか何だったんだあの出鱈目なバトルは、プログラムも使わないってどうゆうことなんだよ」

「プログラムなど玩具に過ぎんわ。男の戦いは今も昔も刀一本、拳一つで充分じゃ」

じいじの口調がいつもの状態に戻っている。終わったんだな。

奮闘領域(ジハードフィールド)へ参戦者確認。百三十五名」

じいじの(かたわら)に居るオオイカヅチからナビの声。

百三十五名?

しゅんしゅんしゅんしゅんしゅんしゅんしゅんしゅん・・・。

転送音が鳴り止まない。送られてくる人々の中には見慣れた顔が三人に一人ほどの割合。

・・・ご近所さんか?

「コタロー! 生きてる! 生きてるよぉ!」

見慣れた顔が一人襲い掛かってくる。

「マコ! お前どうして!?」

「どうしてって! コタローママがコタローが死ぬかもしれないって、この深夜にご近所中回ってたんだよ!? どう考えたって只事じゃないじゃない!」

母さんか。冷静な判断だ。本当に素晴らしいよ。

「怪我とかは!? 大丈夫!? 敵はどこ!? ヘルメスとぶっ殺すから!」

「あぁ、もう終わったよ、安心しろ」

マコの頭に右手を置き、深呼吸をした、その瞬間。次はマコの倍以上のボリュームの胸が襲い掛かってくる。

「コーちゃん! 生きてる!? 大丈夫!? 怪我は!?」

「か、母さん、苦しい・・・」

「兄さん! 大丈夫!? 生きてる!?」

今度はハナコか。何故こうもウチの女どもは騒がしいんだ・・・。

「大丈夫! 大丈夫だから!」


「ジゴロクさん、敵はどこなんだい?」

「あぁ、もう大丈夫じゃ。すまんな羽久溜間さん、夜分遅く」

「いえいえ・・・、そうですか、終わったのなら何よりです。アンタんとこのノリコちゃんが発狂でもしたかのようになってるもんだから心配しましたよ。御無事でよかった」

「・・・皆にも謝らなければな」


皆の者ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!

「戦は終わった! 夜分遅くに本当に申し訳なかった! お返しは必ずしよう! 悪いが今日のところは解散してくれ!」

『・・・わかったわ~!』

『必ずお返ししてよ~ジゴロクさ~ん!』

「あぁ! 必ずだ! 我が家を壊さぬよう、一人一人帰ってくれよ!」


「コーちゃん、あの人は、シュウジさんは死んだの?」

・・・。

「あぁ、じいじがケリをつけた」

「・・・そう。うん、帰りましょう! まだ晩御飯も食べてないものね!」

「・・・母さん、ごめん」

「なんでコーちゃんが謝るのよ! 母さん全然平気なんだから!」

強いんだな、貴方は。悲しい程に。


あぁ、帰ろう。

僕たちの家に。


「じいじ!」

振り向き、僕の呼びかけた先にいるいつものじいじ。

彼は既に、オオイカヅチと共に真っ二つになっていた。


第 五 章 壊すひと


血。

血。

血。

辺り一面に散らばる唐栗 ジゴロクだったもの。


『唐栗さん!』

『ジゴロクさん!』

『ジゴロク!』

「ジゴロクさん!」

「じいじ!」


(はらわた)がぐちゅぐちゅとじいじの腹だった場所から漏れ出す。


数々の叫び声が耳に届くが入ってこない。

変な嗚咽だけが口から途切れ途切れに出ていくだけ。


秩序を無くしたじいじの体から、グロテスクな臓器や液体が、強烈な生々しい臭気を漂わせ地面にぼとぼとと落ちる。

電気信号の乱れたじいじとオオイカヅチが世界へ溶けていく。


『何度も言っただろう、貴方はもう古いんだ』

生きてやがった・・・。あの糞野郎。

コストバーが零になり、体力バーがMAXになっている。

まだ持ってやがったか。

この現象はスキル 白夜。


コストバーがMAXの状態でダウンを取られた場合、それをすべて消費して、体力バーがMAXの状態で復活するという、シンプルかつ大胆なスキル。普通の使い手ならば、0プログラムだけで闘うということになり、闘い方で相手に狙いはばれるわ、追加プログラムは使えないわで交戦(コンバット)にすらならないので、ランキング上位には決して食い込んでこない。

しかし彼は蜃気楼、陽炎と、規格外の量のスキルを駆使して戦っていた為、見栄えは十分。知識はあったものの手加減をしている風には全く見えなかった。白夜の使い手さえ久しく見ていなかった僕の脳味噌からは、『白夜』という名前すら出て来てはいなかった。

『おや、ろぼっとがたくさん居るじゃないか。仲間を呼んだか、ノリコだな? 流石は俺が選んだ女だ。人類の歴史、文化、絆の詰まった賢い選択だ。しかし、今回に限ってはその行動は正解ではなかったな』

『・・・てめえか敵は! よくもジゴロクさんを! ぶっ潰してやる! 行くぞてめぇら!』

みんなの目が真っ赤に血走る。

「よくもコタロージジを・・・。許さねえ・・・!

インストール、『ブレード』

『テラリア』。ぶっ殺せヘルメス・・・!」

「了解、マスター・・・!」

『やかましい、ゴミ共だ』


悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。

悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。悪意を感知しました。


フィールドに残留していた八十余体の大量のろぼっと達が耳障りなナビの声を無感情に吐き出し、一斉に動きを止める。

既に走り始めていたヘルメスもブレードをデミウルゴスの喉元に突き立てた格好で静止する。

「なんでだよ! 何で動かないヘルメス! どうしちまったんだ!」

『貴様らが悪意を持ったからだ』

「悪意ィ? 悪い人を成敗することが悪意だっていうのか、オッサン」

『世界の平和を守ろうとしている正義の味方を邪魔する存在が、悪でなくて何だという言うんだ小娘』

「友達の家族の(はらわた)を叩き切るような奴を、正義の味方とは認めない」

『正義とはそんなミクロ的なものではない』

「マクロ的なものだと正しいのか? 世界を守るためなら人の一人や二人は殺してもいいと?」

『だが選択は必要だ。倫理的な考えは貴様らの妄想に過ぎん。選択する者こそが正義である』

「なにもかも違ぇな。全部守んのが正義の味方だろうが」

『餓鬼の考えだ』

「だがそれも選択だ」

『・・・だから、結局俺もお前も思想を超えないんだ。ならば勝った方が正義だろ』

「オッサンみたいなのには人は付いて行かねぇよ。キモイからな」

『ふ、俗な考えだ。然し其れもまた真理』

「ゴチャゴチャうるせえ! いいからヘルメスを直して正々堂々と勝負しろ! 卑怯なやり方をする正義の味方なんて、少なくとも私は見たことねぇぞ!」

『メディアの造った正義など何のあてにもならんよ、世間知らずのゴミ屑が。ヘルメスは動かしてやるよ、俺の中でな』

「は?」

『隠し信号(シークレットコード) YHVH 施錠解除(アンロック) 6859』


あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!


多種多様のろぼっと達が一斉に悲鳴を上げ始める。

奇怪な光景。

狂気だけが世界を包む。

もういやだ。もういやだ。

ろぼっと達が電気信号に変換され、光になり、デミウルゴスの方に一斉に飛んでいく。

『戻ってこい我が同胞(はらから)たちよ、一つになろう』

ああああああああああああああああああああああああああああああ!

光の溶けたデミウルゴス自体も電気信号に変化され一度世界から消える。

許容量を超えた存在の大きさ故、世界自体を書き換える。

僅かな沈黙の後。光、デミウルゴスの消滅した地点から、新しい光が一つ発生する。


現れたのは全長八十メートル程の化け物。奇妙、不可思議、奇奇怪怪。

混沌の中の混沌。然し何故だか秩序を感じさせる。

怪しく、美しく、気味が悪い。

『ふむ、八十余体ではこの程度か。さあ世界を視る時だゴミ共。これが貴様らの住む無秩序を創り上げた偉大なる秩序、ヤルダバオートである。さぁ人類の再起動を始めるぞ』



「うるせえよ」

『あぁ?』

「もういやだ。頭が痛い。てめぇのキモイ声は聴きたくねえ、虫唾が走る」

「こ、コタロー?」

「マコ、涙が止まらないんだ。じいじが死んだんだぜ? 俺の目の前で。もういやだ。殺す。俺はアイツを殺したい。世界の声が聞こえた。俺は今から墜ちる。付いて来てくれるか?」

「・・・うん、いいよ」

「ありがとう」

「コタローが選んだんなら、私もそれを信じる。私はずっと君を見て来たから」

「そうか」


ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。


幾ら言葉を尽くしても足りない、お前は「俺」を視たところで何も変わらないんだな。俺はたった一人に解って貰えればそれでいい。満足だ。

正しさなんてもうどうでもいい。

間違っていたってもうどうだっていい。

俺はアンタを殺すよ。じいじがそうしたように。

人間の正義はまだ変わるから。まだ進化するから。俺は其の為の生贄になろう。

・・・無責任だよな本当。でもそれがほんとうなんだ。

世界を創るべきなのは明らかに「僕たち」以外の人間だ。

才能を、異能を持ったものとして、僕は貴方という異物をこの世から消す。

母さんは、ハナコは、きっと泣くだろうな。ごめんよ、許さなくていい。俺はもう俺の修羅を抑えられない。


殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す

殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す

信号同調(シンクロ)発動。

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!


僕とマコ、僕の「正義」を感じ取ったサクイカヅチ、ホノイカヅチ、そしてクロが電気信号となり、溶け合う。

あぁ、暖かい。



眼を開けると眼の前にヤルダバオートの眼があった。

あれ? てっきり五メートルくらいになるものかと・・・。

『コタロウ!』

みんなの声が聞こえる。

「みんな!?」

『俺たちの心も君と繋がった! 力を貸すぞ!』

「コーちゃん、私にも視えた。私の、私達だけのせかい」

「ありがとう母さん。本当にごめん」

「・・・いいのよ」

ありがとう。ありがとう。

「ふむ、進化したなノリコ」

え?

「ジゴロク・・・さん」

「じいじ! 生きてたんだねじいじ!」

『唐栗さん!』

『ジゴロクさん!』

「はっはっは! 残念ながら生きてはいないよ。フィールド内に電気信号となり漂っていただけに過ぎん。フィールドを閉じれば消える」

「そんな!」

「悲しむでないコタロウ。貴様らは新しい人間だ。いつかは別れの時を味わわなければいけない。お前が『寿命で死なせてやる』って言ってくれた時、本当に嬉しかった。ありがとう」

「そんな・・・、そんなこと!」

「ありがとうコタロウ。優しい子に育ったな」

「・・・あぁ、みんなのおかげだ」

ありがとう。

「ふ・・・。さぁコタロウ! 此奴こそが我が作品たちの原点にして頂点に君臨し続けるからくり! K-0000 Izanami である! 生命の心そのものを映し出す鏡。秩序、無秩序全てを壊し、己の正義を示すものだ! まだ完全な姿でこそ無いが、正義を示すだけの力は有る」

「あぁ、みんなの心が伝わってくるよ・・・」

幸せだ。ありがとう、みんな。

「行くぞぉぉぉぉぉぉぉ! みんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

『応ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!』


『下らん下らん下らん! そんな無責任な正義があってたまるものかぁぁぁぁぁ!』

殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い。

『貴様らの視ているせかいは、貴様らの周りの、貴様らが生きる為に必要なフィールドに過ぎない! せかいは! 世界は! お前達だけのものじゃあ無いんだぞ!』

殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い。

『くそっ。認めん、認めん認めん認めん! 認めてなるものかァ! クロイカヅチ! お前なら解るだろう! 長年俺と連れ添ってきたお前なら!』

「ゴメンナシュウジ。今ノ相棒ハコタロウダカラ」


くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

ヤルダバオートが右手に力を込める。

あれは心。いや、愛か。

なんて濃度だ、はっきりと観測できる。

『俺は! 俺はァ!』

大丈夫。父さんの心もしっかり解っているから。

解っているからこそ、殺すよ。

『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・』

体中の空気という空気を抜く。

右手から光が溢れる。綺麗な光だ。

みんなの愛が右手に集まる。


『俺はお前たちのことを思って!』

「解っている。解っているよ、父さん」

『コタロウ・・・!』

「ありがとう」


二つの右手がぶつかる。

ウラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!


ありがとう。大好きだよ、父さん。



光が世界を包む。くらくらするほど綺麗だ。

でも違うよ。これじゃあない。

これじゃあ綺麗なだけだよ、兄さん。


最 終 章 続くせかい


四月六日 午後四時 放課後。トーナメント観戦用生徒会ⅤIP席。

僕こと唐栗 コタロウは、No.1000 VS No.483の交戦(コンバット)を観戦しながら、生徒会長 禅舞 マイに、昨日、四月五日の深夜に起きたことについて語っていた。

「ふむふむ、私の知らないところでそんなことか起こっていたか」

「ああ、何か知らないか? 父さんの思想がお前と重なり過ぎていて気になったのだが」

「思想の重なりなどよくある話だろ。まさかこの私がそのクリエイターとやらの一員だとでもいうのか? 私は宗教団体がこの世で一番嫌いであることくらい、貴様ならば重々承知だろうに」

「だよなぁ」

「そんなことより、貴様何故実の父親を殺した次の日に、そんな呑気な顔で登校できている? あの羽久溜間ですら昼登校だったのだぞ?」

解っている癖に。

「俺がこれで引き籠っちゃあ、父さんやじいじとの問答が全部嘘になっちまう気がしてな」

「ふむ、未来は待ってはくれないからな。素晴らしい心がけだ」

待っている暇なんて、本来僕らには無いのだから。

「だが、無理はするなよ? 辛いときは何時(いつ)でもこのEカップに抱き付いてこい」

無視無視。

「確かに辛くないわけではないよ。昨晩は布団に包まって朝まで泣いた。誰にも言うなよ?」

「いや、言うも何も貴様、朝から眼が真っ赤っ赤だけどな」

「まぁ、これは割り切った」

「ハハッ。基準のわからん奴よ」

「・・・なぁ、お前は僕のしたことは正しかったと思うか?」

「ん~、私ならば父君の方にすり寄っていっていたかもしれないな」

「・・・性格の悪い奴だ」

「ハハッ、ごめんごめん。然し貴様の思想も嫌いではない。私は考える奴は全員好きだ」

「あぁ、俺もそうだよ」

「しかし十年近く単身赴任していた父君の死に際でそれほど壮絶だったんだ。六年とはいえ、近くで連れ添ってきた曽祖父殿との別れは、さぞや断腸の思いだったであろう」

「やめろマイ」

顔を伏せる。

瞳が潤むのがわかる。

忘れようとしていたのに。

フィールドを去る時の僕は、母さんの口振りでは最早発狂に近かったと感じ取れた。

肝心の自分の記憶はとても曖昧、ぎゃーぎゃー騒いでいたことだけは覚えている。。

「じいじが帰れないなら、俺も帰らない」程度のことは余裕で言っていたと思う。

また母さんに迷惑をかけてしまったな。母さんの方が辛かっただろうに。


「・・・済まなかったコタロウ。失言だった」

「あぁ、気にするな」

声が上擦る。母さんとは大違いだ。まるで餓鬼だな。

いいや、餓鬼なのだろうな。

何も割り切ることの出来ない、ただの餓鬼。

僕だって全てを守りたかったさ。

「ん?」

頭を抱き寄せられる。

なんだ!? 頭部がふかふかする。柔らかい。温かい。

これはまさか、マイマイの?

「済まなかった。罪のない人間を泣かせてしまった。これは罪だ、償わせてくれ」

・・・いや。

「僕は罪人だ。気にするな」

「罪を背負うと決めた者を責める時代ではないよ。既に君から罪は降りている」

「優しいな」

「今更気付いたのか?」

「ありがとうな」

「今日限りのサービスだからな。堪能しろ、馬鹿者」

頭を撫でられる。

「悲しみを忘れてはならないが、悲しみに浸ってはいけない。女の体という俗で汚い手段でも、悲しみからの脱却の手助けとなれるのならば、喜んで体を差し出してやろう。女の役割は今も昔も変わってなんかいないさ」

「おいおい、男子高校生の下種な妄想を刺激するようなものの言い方だな」

「お前まさかアッチ系のことを考えているのか? 最低だな。No.1でも煩悩には勝てないというわけか。今すぐ離れろ、私はまだ大人にはなりたくない」

「あぁ、すまん」

おや? マイマイの顔がほんのり紅潮している。

「なんだ? まさかお前・・・」

「それ以上言ったら親衛隊を呼ぶぞ」

「勘弁してください」

命に関わる。


「およ? コタロウ。貴様の本妻が圧されているぞ?」



「No.1000が相手たぁラッキーだぜ。確かお前レア度八のオリジナル所有者だったな。本当にツイてる。マイマイ様には感謝しないとな」

ヘルメスは体力があと十%、コストが八十%。相手は体力MAX、コスト四十%。か。

「へっへっへ。俺はまだレア度八とやらを視れてねぇからなぁ。早く見せてくれよ!」

「視れてないって、そりゃあ、視てないんじゃなくて、視えな・・・ん?」

いや、これは使える! コイツはテラリアを知らない!

勝てる! 勝てる!勝てる!

「解った。見せてやるよ! レア度八! インストール!『ギガントピテクス』!」

コストバー六十%減少。

知名度も低いし、見栄えも、コストもバッチリ! 私が幼稚園の時、父ちゃんが使わないからってくれた、訳の分からない耐久力と攻撃力だけのゴミみたいな召喚プログラム。ここで使わせてもらうよ!


「な、何だ!? これがレア度八!? 召喚型だったのか・・・。猿? ゴリラ? 特にデカ過ぎる訳でもない・・・。なにして来やがるんだ、コイツ・・・!」

うっほ! ビビってるビビってるぅ! 得体の知れない感じもピッタリなチョイスだったね!

のそっ・・・。

ギガントピテクスがゆっくり歩きだす。

「ひっ! 何だかわからんがビビってても仕方ない! 切り裂けペルセウス! 奴の首を切り落とせ!」

「リョ、了解ダ、マスター」

セイヤァァァァァァァァァァァァァ!

ペルセウスの一閃はギガントピテクスの体毛を散らすだけに留まり、皮膚を貫通した様子は全く確認できない。

「ナンダコレ! ナンテ耐久度ダ!」

「気を付けろペルセウス。迂闊に攻撃しない方がいいかもしれないぞ」


「へっへっへ、観ろよヘルメス。あいつ等猿に夢中だ。勝てる・・・、私ら勝てるよ!」

「アァ、ファンキーニ決メテヤルゼ! イツモノコンボダ、マスター」

「おう! インストール。『ブレード』、

『テラリア』。

こんなひそひそ声でプログラムをインストールするのは初めてだ。後は頼んだぜ。

右手からブレード、両足にテラリアの発生を確認したヘルメスは、姿を消す。


「クソッ! インストール『アナライズ』!

調べるんだ、ペルセウス!」

「オウヨ!」

ペルセウスの左目からレーザーポインターのような赤外線が、ギガントピテクスに向かって伸びる。

「どうだ?」

「アァ。エェト・・・。レ、レア度・・・三・・・?」

ペルセウスの腹から刃が生えてくる。

ノールックで逆手刺しか、イカスぜヘルメス。

ウワァァァァァァァァァァァァァァァァ!

ペルセウスの体力が初めの一突きで三十%減少し、そこから一秒につき二%の割合でみるみる減少する。

アアアアアアアアアアアアアアアアアア!

響かないねえ、プログラムでの絶叫なんて。全然痛くないだろう、こんなもの。

ギガントピテクスがのそのそと近寄ってくる。

こりゃあトドメは猿の鉄拳かな。


猿が大きく右腕を振りかぶる。

おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。

無機質な叫び声。


ぐちゃ。

ペルセウスの体力バー零。

「マコ様、勝利」


勝った? 勝った? 勝った!



イヤッホォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォイ!


「おやおや! 羽久溜間が勝ったぞ!」

「ふん、何時(いつ)かは勝つと思っていたよ。驚くことじゃあない」

待たせやがって。

「一度勝ち方を知ったアイツは止まらないと思うぜ。なんてったって俺の弟子だからな。多分ランキング上位まで一気に上がってくると思う。お前も油断はしてられないな」

「本気で言っているのか? 交戦(コンバット)はそこまで簡単なものじゃあないし、才能はすぐに開花するものでもないだろうに」

「ふ、そうかもな。でもそれは誰にも測れることじゃあないよ。お前にも俺にもろぼっとにもな。それを測れる奴がいるとするのなら、それはきっとあいつ自身だけだ。人間はまだまだ進化する、そして既存のものさしを全て超えていく」


それが生き物。それが生命。それが進化。

測ろうという行為自体が徒労。

みるみる大きくなっていくから。

生命一つ一つの中に宇宙がある。

無限の正義。

無限の可能性。

無限の未来。

僕らは無限の中にある無限な存在だから。

だから父さん、じいじ。心配しないで眠っておくれ。


さようなら。

ありがとう。


貴方達から託された未来を、たくさんの未来と繋げていくよ。



「でもコタロウさ、これって何の解決にもなっていないよね」


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