秘めたる
ゲルヴァトル王国王都ベルゼス 別名[白銀の都]
現在は長年続く隣国ゾラシアとの戦争は一時停戦となっており、王都に住む者達は平和を謳歌していた。
だが停戦と同時に次に来る戦争に向けて軍部は兵士達を鍛練させてもいた。
さらに兵補充のため平民層の子供から才能ある者達を選び抜き、軍に入隊させることも発案、実行された。
そうして選び出された平民の子供も貴族の子弟と一緒の権利を与えられ、入隊試験総合上位九名が軍幹部の指導を受けられることも提示された。
軍幹部も現役の選りすぐりの将軍であり、今期は五大大将軍が一人ゼーレ大将軍が上位三人に指導することが決まっていた。
また他の二人の将軍には『轟の将軍』セナ、『瞬速の刃』ザカリが勤める。
そして今期は驚いたことに上位九名の中に三人もの平民層出身者が入ることとなった。
順位は以下の通りで、上位三人にゼーレが、四位から六位の三人にはザカリが、残りの三人をセナが教官となり指導が始まる。
一位エヴァ・レーテス(16)
二位メテオ・ナッシュ・ソレル(18)
三位ワルター・シュ・リリ(19)
四位ホメロン・ニライ・ユーノス(19)
五位シュミット・マヌ・ミノグ(20)
六位シロエラ・ルルーネ・ベルタ(18)
七位セレーネ・ナナバ・ハルベルン(19)
八位ココ・ニアス(21)
九位スメラ・ギィ(18)
通常であれば平民層から入ることは難しいため、今期の三人には期待が掛けられている。
そのため、貴族の子弟達の三人に対する風当たりは強く、特に一位を取ったエヴァへの嫌がらせは酷い時は死の危険さえ覚えるほどだ
だが貴族の子弟達を押さえて一位を取るだけの才覚があり、いつもなんとか切り抜けていた。
「大丈夫だからね、なんにも心配するないからね。」
懐にいるモノに呼び掛け、エヴァは懸命に宿舎へ走る。
ニャン?
可愛い鳴き声とともに懐から薄汚れた仔猫が顔を出す
「こら、バレると大変なんだぞ。だから大人しく・・・・・」
「猫を抱いて何をしている?」
ビクッと体が硬直し頭の中で「拒否します」が盛んに鳴り響き、ちょっと涙目で恐る恐る振り返る。
そこには半刻前別れた、大将軍が眉を寄せ見下ろしていた。
どうしてまだここにいるのだろうか?
自分の間の悪さを呪いたい。
「あの、仔猫があちらの庭で迷子になっていて
城の外に出して上げようかと」
へにゃらと笑う。
城に上がった時から貴族達から謂われない言葉の暴力を受けていた。
身の丈が合わない城での、軍人候補生としての生活は確実に自分を疲れさせていた。
だから、自分の心の平穏のためにちょっと鈍い子を装い、笑うのだ。
そうすれば大抵は気が済んだ、もしくはさらに馬鹿にして去っていく。
大将軍は馬鹿にしたりはしないが貴族だからこれで少しは
「笑うな。あんな馬鹿共と一緒にする気か?」
どうやらこの方には通じるどころか怒らせてしまうようだ。
あまり感情を表に出すことのないアレスは無表情だが、オーラは完全に怒っていた。
そしておもむろにエヴァに向かって手を伸ばして来た。
殴られる?
首を竦めて目を閉じて衝撃に備える、が一向に殴られる衝撃は来ず
そっと目を開けば、体の前に手がある。
「その猫をこちらに」
その言葉に状況がまったく理解出来ないだろう仔猫と目の前の大将軍を見る。
「捨てるんですか?」
仔猫を守るように懐に急いで隠す。
力でも、権力的にも負けるのは分かっているがこんな小さな命を奪われたくなかった。
震えながらもエヴァは仔猫を奪われまいと後ずさる。
「何を・・・おい」
「お渡し出来ません。」
脱兎の如く走り出す。
そのエヴァの姿にアレスは右手を振り上げた。
「《行け、鐡の獣》」
黒い光の珠が走るエヴァに向かって放たれた。
そして、次の瞬間黒い珠は漆黒の獣に変わり、一瞬でエヴァの襟を持ち上げて捕まえた。
茫然とするエヴァを獣は頓着することなく、主の前に戻ってきて突きだした。
「話は最後まで聞け。
私は貴賤で人や動物、物を判断するつもりはないし、してきたつもりはない。」
その言葉に情けない状態のエヴァは暴れようとして拳を握った状態で固まる。
「一旦預かるだけだ。入るのはすり抜けただろうが、出る時門から出すならば許可書などが必要だろう」
言われて見ればそうである。出入り口では検問があった。
「申し訳ありませんでした。・・・お願いします。」
ここは潔く謝り倒すしかなかった。