悪意
王宮より西に位置する場所に軍の寄宿舎がある。
現在の時間は半刻もすれば規律正しい軍人は眠る時間であろう。
そんな時間を一人の男、大将軍アレス・ヴォルティオ・ゼーレが供も付けず闊歩していた。
本来大将軍たるアレスは王宮内にその居を構えており、ここに来たのは自らが受け持つ候補生に話があったからである。
もう少し言えば伝言で伝えるだけで良いのだが
その候補生は貴族から身分が低いと言うだけで幾度も連絡事項が伝わらず
時間などによく遅れたりしているのだ。
もはや、自らが行き伝えた方が良いと判断したためこうして赴いている。
そしてようやく寄宿舎の前に差し掛かったところで怪しい人影を見つけ、立ち止まった。
よく目を凝らせば、あれは他の教官将軍が受け持つ候補生達三人である。
形の良い眉を寄せ、暫く観察していると三人は頷き合い寄宿舎に入っていく。
その様子に静かに気配を断ち、後を追う。
嫌な予感がする。
そう彼の候補生達の教官将軍は、自分がこれから向かう候補生を目の敵にしていた。
考えられる行動に冷たい怒りが沸き起こる。
ならば、けして見逃す訳にはいかない。
アレスは前を忍び歩く三人から目を離さず決意に満ちた瞳を煌めかした。
大きな透き通った湖の畔 私はしゃがみ泣いていた。
何故泣いているのか自分でも分からない。
でも、とても胸が苦しくて張り裂けそうだと
そんな言葉しか浮かばない。
寒くて寂しくて このままでは自分は狂ってしまうんではないかと、そう思うぐらいに
助けて
寒い
苦しい
淋しい
悲しい
私を一人にしないで・・・・・
誰もいない。自分だけの世界
ゆっくりと立ち上がり、私はふらつきながらなんのためらいなく湖へと入っていく
凍えてしまうくらい冷たい水の感触が身を包んでいく
そして、湖に肩まで浸かった時だった。
私の身体を優しくて暖かい光が包んだのは
振り返った光の先には手を差し伸べ笑う人の姿
その手に涙が新しい筋を作りながら溢れた。
声を上げ、その手を取った瞬間
バリーン
派手な音と共に闇に包まれた。
最初に見えたのは見慣れた天井
そして静かな自分の部屋である。
実際にも涙が溢れており枕が湿っている。
訳が分からない夢だったのに
だが夢であった事に安堵する気持ちもある。
ゆっくりとベットから降り、渇いた喉のため水を求めて歩き出した瞬間
部屋の外から不穏な空気が放たれている事に気付いた
「・・・用意は良いな」
「はい、全員準備完了です。」
漏れ聞こえてますよ?
まぁ、声は押さえているのはいいのですが起きていると想定してないんですか、本当に
それにしても先程の声は確かモーリス将軍と
そこまで考えてふいに鏡に写る自分を見てしまった。
鏡には、何処か幼さが残る中性的な顔と大きい翠の瞳 肩までしかない髪 子供にしか見えない自分の姿
「どうしてここにいるんだろう。本当なら今頃は・・・・」
自嘲げに笑いを浮かべ、顔を覆う。
だが、悪意と困惑した気配がこちらを窺っているのを感じ、ため息が漏れた。
とりあえず物影に身を隠して嵐が過ぎ去ることを待つ事にした。
その次の瞬間、剣を抜き払った人影が三人がベットに素早くその剣を突き付けたのが見えた。
「エヴァ・レーデス、潔く降参なさい。」
高揚しながら告げる少女、間違えてなければ先程の声の持ち主セレーネ・ナナハ・ハルベルト嬢である。
どうやら奇襲訓練の標的に勝手にされたようだ。
「ねぇ、なんか変だよ」
「その、思うんですが、いない、んじゃないかな?」
気の弱そうな青年とすでに涙声の少女の発言にセレーネがベットに目を凝らし見て、唇を戦慄かせた。
「失敗したようだな。実に情けない」
大柄な男が扉から入って来た。
言わずとも先程セレーネと話していたモーリス将軍だ。
「ココ・ニアス、スメラ・ギイ
貴様らはやる気があるのか?やはり平民なんぞ使い物にならんな」
暴言を吐き散らし、嫌な表情で部屋を見回した。
「ふん、少しはやるようだな。
さすがに平民の分際でも候補生一の位を取った事はある」
そして引き上げようとし、振り返りその尊大さが固まる。
「何をなさっているのだ?モーリス将軍」
低い、他者を声だけで圧倒してしまう声の持ち主が冷たい刃を喉元に突き付けていたからだ。
「こんな時刻に武装した候補生を引き連れて、この部屋に?
この部屋の主は、私が監督する候補生だと認識しているのだが?」
一瞬にして空気が冴えざえとしたものに変わる。
夜を思わせるような黒い外套に身を包み、銀の煌めきを放つ髪、紫水晶の瞳を細めてアレスは
目の前に立つモーリス将軍達を射抜く。
「や、夜襲の訓練でございますよ。実戦的な方が身に付きましょう?」
自分よりも年下であるアレスに顔を引きつらせ言い訳を口にする
「訓練とはご苦労、だが私は何故訓練を関係がないこの部屋で行っているのか、と聞いているのだが?」
細められた瞳の奥には底知れない闇が宿り、モーリス達を更に畏縮させる。
「それは・・・・」
「下らない言い訳を聞くつもりはない即刻出くといい
そして、彼の者に悪意ある干渉は今後許さないと覚えていろ」
モーリスに突き付けた剣を引き、出口を示す。
「それから明朝までに始末書を書き提出を」
「かしこまりました。失礼します」
アレスは横を通りすぎようとしたモーリスにトドメをさす。
一瞬悔しげに顔を歪めたが、モーリスは敬礼し
足早に自らの訓練生を引き連れて出ていった。
それを見送り、アレスは正確にエヴァが隠れている場所を見つめた
「数日内に試験を行う。
これによって配属が決まる。全力を出せるよう体調、精神を整えておくように
いつまでも起きていると仕事が増えると思え」
それだけ言うとアレスも部屋を出ていった。
数分後、いそいそと這い出してきたエヴァ
「あの人達より、よっぽどゼーレ大将軍のほうが怖かった。」
まだ胸がドキドキする。落ち着くように胸をさすり
「そろそろ誤魔化せなくなっているよね。」
それから悲しげにポツリと呟き、いきなり寝間着のシャツを脱ぎ捨てた。
黒い下着の間から見える肌は白く、胸は微かに膨らんでいる。
「僕が女だって知られたらもうここには居られなくなっちゃうかな。
でも僕、書類には性別を間違えずに書いて出したはずなんだから何も虚偽申告した訳じゃないし」
頭を抱えて悩むが答えは見つからず、もはや運を天に任せるしかない。
「どうか大事にはならないよう祈るしかないか」
服を着直しながら、一応サラシはもっと強く締めるかと考える。
少しは体型がバレないように済むように