ひとりじゃつかめないもの(5)
「ここまででいいよ。じゃ、気を付けて戻れよ」
「あ、南くん――」
思わず大和のシャツの裾を掴んでしまい、光はハッとした。
彼を呼び止めて自分は何と言おうとしたのか。
それを考えて余りの恥ずかしさに閉口した。でも手はシャツを握りしめたまま、くっついてしまったかのように離せなかった。
自分の不可解な行動に戸惑い、どうしようどうしようと考えていたら、不意に大和の腕が伸びてきて抱きしめられた。
突然のことに最初は身体を固くした光だったが、徐々に力を抜き、しばらく身を委ねていた。
どうして、分かったのだろう。自分が、こうして、抱きしめてほしかったことを。
「あまり気に病むなよ。寝れなくなるぞ」
「……うん、ありがと」
大和の腕の中で光はくすりと笑った。
自分が何を考えているのか、不思議と彼には分かってしまうようだ。
「今日は南くんが来てくれてよかった。栗原くんたちも心強かったと思うよ」
「そうだといいけど」
素っ気なく言って大和は身体を離した。
彼の温かさが遠ざかるのを少し名残惜しく思ったが、光は顔を上げて照れ臭さに笑みをこぼした。
すると突然、大和の両手に顔を挟まれ、更には頬に――いや唇の端にキスを落とされた。
それはほんの一瞬の出来事で、光は何が起こったのか分からなかった。
大和の顔がすぐそこにあり、そして彼の口がニヤリと弧を描く。
「今日はこれで我慢する」
「え、ええ?」
困惑する光を離し、彼は踵を返して行ってしまった。
一人残された光は、呆然とそこに立ち尽くしていた。
震える手で唇の端をそっと撫でる。
大和の唇がここに触れた。その感触を思い出すと喉の奥から変な声が出そうになった。いや、むしろ叫びたかった。
――顔熱い……。
頭から湯気が出ているのではと思えるくらい、身体中が熱を帯びている。
今日は別の意味で眠れなくなりそうだ。そう思いながら、光はふらふらと夢見心地で帰路を辿った。
そして案の定、光は布団にくるまって、夜遅くまで奇妙な声を発し続けていたのだった。
『ひとりじゃつかめないもの』 おわり
(一人じゃつかめないものは、君と)
本編(#05辺り)から省いた内容をいくつか入れさせてもらいました。本編に出せない設定もいくつか。
書いていて楽しかったです奥村家。
大和も光もなんだか素直になってきていて、成長してるんだなーと思いました。
あ、大和は長男(一番上)です。光も長女(一番上)。ちなみに大貴は二番目、菜月は一人っ子です。