ひとりじゃつかめないもの(4)
久美子の料理はいまだかつてないほど豪華で、デザートまで作っていて光はもう何だかおかしかった。
でも自分の家族(父はよくわからないが)に大和が歓迎されているのが手に取るようにわかり、嬉しかった。
「あ、大事なこと聞いてなかったわ」
食後に茶を飲みながら、久美子が身を乗り出した。
あれだけ質問しておいてまだあるのかと光は呆れたが、口にはしなかった。
「あなたたちって、どっちから告白したの?」
その問いに光は思わず茶を吹いた。
「俺からです」
大和がさらりと返した。最早彼は返事をするのに躊躇いはしなかった。躊躇ってもどうせ根掘り葉掘り聞き出されるのだから無意味なのだ。
久美子が意外そうに頬に手を当てる。
「あら、てっきり光からだと思ってたわ。大和くん、かっこいいし、モテそうじゃない。選り取りみどり、みたいな?」
「……そんなことないですよ」
「ま、謙遜しちゃって」
久美子がクスクス笑う一方で、光は少し肩身の狭い思いをしていた。
大和が女の子にモテるのは端から見ていてよくわかる。しかし彼が今まで誰とも付き合おうとしなかったのは、たぶん、めぐみとのことがあったから――。
そう考えると気持ちがどんどん沈んでいった。
不意に湯呑みを置いて、大和がぽつりぽつりと語り始めた。
「俺が長いこと片想いしてました。俺は……その、ちょっと前まで馬鹿なことばかりしてたんで、それを知った上で光さんは受け入れてくれて……だから、光さんとお付き合いできるのも、ここにいられるのも奇跡みたいです……嬉しく思ってます」
光は顔を上げ、彼の穏やかな横顔を見つめた。
――ああ、私喜んでる。
胸の奥がじわりと温かくなった。今なら、この人が私の好きな人ですと、素直に言える気がする。
「やだ、きゅんとしちゃったわ」
頬を染めた久美子が、何故か胸を押さえている。そして彼女は姿勢を改め、大和にふわりと笑いかけた。
「大和くん、光のこと好きになってくれてありがとうね。こちらこそ、嬉しいわ」
「ふん、また遊びにこい」
唐突に剛一が口を開き、皆の視線が一斉に彼に集まった。
久美子が笑いながら剛一の腕をバシバシ叩く。
「やぁだ、お父さんたら、ずっと仏頂面してたくせに。ちゃっかり気に入っちゃってるんじゃない、大和くんのこと」
「な、俺はただ将棋で敗けっぱなしじゃ気分が悪いだけで……」
剛一があまりにも小さく呟いたため最後は光たちには聞こえなかった。
光は堪えきれず声にして笑ってしまった。隣で大和も肩を震わせている。
一頻り笑ってから、大和が口を開いた。
「遠慮なく、また来ます。将棋、いつでも受けて立ちますからね」
そう言う大和と剛一の間に火花が散ったような気がした。
光が目をしばたいていると、急に忍がはいはいと手を挙げ、身を乗り出す。
「お兄ちゃん、おれにもまた宿題教えてくれる?」
「うん、わかった」
「忍……宿題は自分でやれっていってるのに」
光が呆れながら忍の額を小突くと、忍はぶうと頬を膨らませた。
それからしばらく、奥村家の食卓から笑い声が絶えなかった。
「ごめんね、こんな遅くまで引き留めて」
暗く、人気のない夜道を並んで歩きながら、光は申し訳なさそうに大和を見上げた。
「いや、俺も寛ぎすぎた……ってか面白すぎだろ奥村家。会って一言目がイケメンって」
「うう、お母さんめ……! いっつもテンション高いんだよね……今日はいつも以上だったよ」
光がうなだれると、大和は短く笑っていた。
「でも歓迎されてるって感じがして嬉しかったな。ご飯も美味しかった」
「……そっか」
よかった、と光は微笑んだ。
「そういや、奥村って腰抜かしてなかったか?」
「ああ、そういえば」
大和の指摘に思わず腰を擦る。腰が抜けていたことなどすっかり忘れていた。
そして腰が抜けた理由を思い出し、一瞬で気落ちする。
菜月たちはまだ辛い思いをしているのに、自分は夕飯を楽しんで、たくさん笑って。そう考え、微かに罪悪感が生まれた。
小さくため息を吐いていると、大和が労うように肩を叩いた。
「奥村が気にすることじゃない。お前はいつも通りでいいんだよ」
「うん……栗原くんのお姉さん、早くよくなるといいね……」
「だな」
しばらく二人は無言で歩き、そして大通りが見えた頃に大和が再び口を開いた。