ひとりじゃつかめないもの(3)
「そうね、大体誇れるものではないわ」
光のからかうような視線に大和はやれやれと肩を落とした。
その時、忍が大和の脚を揺さぶった。
「ねえねえ大和お兄ちゃん、宿題教えて」
「いいよ。何の宿題?」
「算数」
「小四の算数ってどんなんだったっけ」
忍のノートを覗き込み、大和は一緒になって考え始めた。
一問一問尋ねる忍に、大和が解き方を教える。その説明は簡単ではあったが、やはり彼の頭がいいせいか、傍らで聞いていても分かりやすいものだった。
彼らの様子を見つめ、光は無意識に微笑んでいた。
「小さい子の相手、慣れてるんだね」
「ん? ああ、俺も年の離れた弟いるしな」
「え、初耳。なんて名前?」
「……健」
何故か面倒そうに大和が答え光は少し不思議に思ったが、しばらくして原因に気付いた。
「ヤマトタケルノミコト?」
吹き出しそうになるのを堪えたため、思わず妙な顔をしてしまった。
顔を上げてこちらを見た大和が眉間にシワを寄せている。
「笑うと思った」
「ごめん。だけどもし妹いたら“みことちゃん”だったのかな」
「だろうな、うちの親のことだし」
頷く彼に光はふふと笑い、小首を傾げる。
「健くん、会ってみたいな。私もいつか南くんの家族に挨拶しに行かないとね」
「あー、そんなん、結婚報告するときとかでいいだろ」
忍が問題を解いているのを頬杖ついて見下ろしたまま大和が何気なく言い、光は言葉を失った。
顔がカーッと熱くなるのが分かった。
「お兄ちゃんたち結婚するの?」
二人の会話を聞いていたのか忍が大和を振り仰ぎ、それでようやく大和も事態に気付いたらしく動揺を見せた。
「……俺今すごいこと言った?」
「……言った」
光は真っ赤になったまま小声で頷いた。
そして二人は同時に言い様のない長いため息を吐くのだった。
忍の宿題が終わり――そして光と大和の間のギクシャクとした恥じらいも和らいだ頃、突然、襖が勢いよく開かれ三人は飛び上がった。
これまた和服姿の光の父・剛一が何やら両手に抱えて立っていた。彼は背丈が高く、体格も武道家のようにがっしりしていて物凄い威圧感がある。これでも本当にただのサラリーマンなのだ。
父が現れたことに、光は嫌な予感しかしなかった。
彼はのそりと部屋に入るやいなや、テーブルに持っていたものを置いた。将棋盤と駒を入れた箱だった。
「君が光の彼氏だとかいう男かね」
剛一が半ば吐き捨てるように大和に向けて尋ね、大和は唖然とした表情で「はあ」と曖昧に答えていた。
剛一の声にも視線にもあからさまな刺を感じ、光は内心ハラハラした。
それから剛一はまじまじと大和を上から下まで眺め、ふんと鼻を鳴らす。
「軟弱そうな男だな。名前は」
「……大和です」
「将棋は打てるか」
黙って彼らの会話を聞いていた光は慌てて口を挟んだ。
「ちょっと、お父さん、いきなり何で将棋なんか――」
「母さんが夕飯ができるまでもてなせっていうもんだからな」
「だからって何で将棋……」
他に思い付かなかったのかと、光はうなだれた。しかし一方で大和は意に介さない様子でけろっと答えた。
「将棋なら打てます。祖父に鍛えられてるんで、結構強いですよ」
「ほう、それは楽しみだ。では相手をしてもらおう」
彼らはテーブルを挟んで向き合い、パチパチ音を立てながら駒を並べ始める。
二人とも楽しそうに見えるのだが、それに相反して部屋の空気が殺伐としているような気がするのは何故だろう。
気のせいだと思いたい。
光は「もう……」と呟いてがくりと肩を落とした。傍らで忍が面白そうに盤面を覗き込んでいた。
光と光の家族と、大和の五人は座卓を囲んで夕飯をとった。
その間、久美子は大和に質問攻め――付き合い始めてどのくらいなの? とか――するし、忍はあわや結婚のことを口走りそうに――光が寸前でひっぱたいたので大事には至らなかった――なるし、剛一は始終ふて腐れた顔――将棋で大和に敗けたので――をしていた。