ひとりじゃつかめないもの(2)
「やだこの子ったら、友達と遊びに行くって言ってたのに! まあ恥ずかしい年頃だものね、嘘つきたくなっちゃうわよね!」
「お母さん何か勘違いしてる」
「でも光の彼氏がこんなイケメンだなんて、母さん誇らしいわ! あ、あらやだ私としたことが。初めまして、光の母です」
狼狽している光を無視して、久美子は大和に向かって深々と頭を下げた。
すると大和が小さく吹き出した。眉を歪めてむせるように笑う彼を、光は恨めしそうに睨んだ。
「初めまして、南といいます」
「あら、笑った顔もかっこいいわ。南くんね、下のお名前は何かしら?」
キラッキラに輝く顔で久美子が大和に詰め寄る。
「大和です」
「大和くん、素敵なお名前ね。光とは同級生?」
「はい」
「まあまあ、いいわね、青春ね! あ、そうだ、せっかく来たんだし、晩御飯食べていかない? ね、そうしましょ」
胸の前で両手を合わせて唐突に提案し、久美子が小首を傾げた。
光は慌てて二人の間に割って入る。
「ちょっとお母さん、無理に誘わないでよ」
「えー、だって色々お話聞きたいんだもの」
ぷうと頬を膨らます久美子に、光はため息を吐く。
「えーじゃないでしょ。ほら南くんも何か言ってよ」
「じゃあ、ありがたく頂きます」
「えー!?」
大和の台詞に光は驚愕して叫んだ。一方久美子は嬉しそうな笑顔で、大和の腕を掴む。
「やったぁ、上がって上がって。おばさんよりをかけてご馳走作るわ」
「ははは、楽しみにしてます」
「ちょ、ちょっと!」
光のことなど完全無視で、久美子と大和は玄関を上がって行ってしまった。
「もう!」
光は肩を怒らせながら、靴を乱暴に脱ぎ彼らを追った。
広い部屋のソファ――和室にソファでだいぶミスマッチだと光は思っている――に座る大和の隣に、光はむくれた表情で腰かけていた。
不意に大和が息を吐く。
「まだ怒ってんのか」
「何でお母さんの気まぐれに乗ったりするかなぁ、もう」
「腹減ったからさー」
「……」
光が無言の抗議を行うと大和は苦笑していた。ふと彼の視線が少し開かれている襖に移動し、彼は首を傾げながら尋ねた。
「奥村って弟いたっけ」
「うん……って」
急に勘づいた光は勢いよく立ち上がり、襖を両手で開いた。
「しーのーぶー」
「あわわ気づかれた。お姉ちゃん宿題教えて」
襖の向こうにいた光の弟・忍がわたわたとノートを突き出す。
「自分でやりなさい」
「えーおねがい! だってだってむずかしいんだよ」
「教科書見ながらやればいいでしょ」
「見たけどわかんないの」
「もー、しょうがないなぁ。入れば」
先に光が折れ、ぶっきらぼうに忍を部屋に招き入れた。パッと顔を輝かせた忍は小走りに大和に近寄り、当然のように隣に腰かけた。
彼を見下ろし、大和が尋ねる。
「小学何年生?」
「四年生! 大和お兄ちゃんはお姉ちゃんと同い年?」
「そうだけど……何で名前知って……どっかで会ったっけ?」
忍を挟んで座りながら光は頷いた。
「会ってるよ。私も会ってる」
「え? いつ?」
「中二の時だったかな。忍が迷子になって、南くんが連れてきてくれたんだよ。覚えてない?」
「んー、そんなこともあったような、なかったような」
大和は腕を組んで宙を仰いだ。
「そんな前のことよく覚えてんな」
「まあ、私はあなたの噂を色々聞いてましたから、ギャップのせいで覚えてたってのもあるけど」
「噂ねぇ……いい噂じゃないんだろうな」