ひとりじゃつかめないもの(1)
本編#05の直後の、光と大和の話。奥村家が出てきます。
大和の腕にしがみついて歩きながら、光は心の中で大いに嘆き、髪を振った。
自分に対しての落胆もあるが、どちらかというと恥ずかしさの方が勝っている。
「……まさか腰を抜かすなんて」
思わず泣きそうな声になってしまった。
病院を後にしてすぐ、道の真ん中で足の力が抜けて歩けなくなった。
恐かったのもあった。目の前で事故を見、知っている人が巻き込まれ、菜月は取り乱していた。
今となっては、あの時冷静に心臓マッサージを施していた自分が不思議で、別の誰かのように思えるぐらいだ。
しかし水泳部に入っていてよかったと思えた瞬間でもあった。部活で救命の手立ては一通り教わっていたのだ。
だがそれだけではなくて、大和の隣を歩いていたら、安心したのか急に力が抜けて光自身かなり驚いた。
それから、この状況だ。
何とか再び立てたものの、足取りはおぼつかなく、速度も遅い。見かねた大和が「掴まれ」と腕を貸してくれたのだった。
彼の左腕に寄り添う形で、それはもう自分でもびっくりするぐらいにくっついていて、彼の温度を直に感じていた。
「うう、こんなとこ、知り合いに見られたらどうしよ……」
「別にいいじゃん、やましいことなんてしてねぇんだし」
大和が気にも止めない様子でさらりと返し、光はぶんぶんと頭を左右に振った。
「恥ずかしいのよ! それにまた学校で質問攻めされたらって考えると……」
「ふーん、じゃあもう付き合うのやめるか」
何気ない調子でそう言われ、光は背筋を冷やした。
ちらと大和の顔を窺ってみたが、彼は視線も合わせずに黙々と歩いている。
光はむうと頬を膨らませ、俯いた。
そんな気なんて全くないこと、知っているくせに。
「……いじわる」
「はあ、意地悪なのはどっちだよ」
ため息と共に大和が言い、光はまた彼を見上げた。
「私だっていうの」
「そうだろ。手を繋ぐのも恥ずかしいとかお前がいうから、どんだけ我慢してると思ってんだ」
最後の方は口の中で呟いていたため、光には聞こえなかった。しかし言いたいことは大体分かってしまい、微かに顔を赤らめ視線をそらした。
「だって……私、ところ構わずべたべたするの好きじゃない。人前だと尚更」
「あのな、それ結構生殺しなんだよ……てか、人がいないとこなら何しても構わな、いてっ」
光は顔を真っ赤にして大和の腕をつねり、「バカ!」と怒鳴った。
「冗談だって」
「そんな、そんなデリカシーのない人とは思わなかった」
「俺もそんなにお堅い人とは思わなかったなー」
ハハハと笑いながら大和に言われ、光は眉をつり上げた。
「もー! こんな状況じゃなかったら蹴ってやるのに!」
「この状況に感謝。で、奥村ん家どこだったっけ」
不意に大和が辺りを見渡し、光もつられるようにそちらに視線を向けた。
二人が歩いているのは自然の多い静かな住宅街だった。
「そこ曲がったらすぐ……あそこ」
曲がり角を折れ、光は一軒の家を指差した。それを見た大和がどこか意外そうに呟く。
「やっぱ純日本家屋って感じだよな。しかもでかいし」
「普通だよ」と言って光は肩をすくめた。
「親がお茶とかの師範だったりする?」
「全然。そこら辺にいる普通のサラリーマンよ。まあお母さんは着付けの先生やってるけど」
家の門前に着き、ようやく光は大和の腕を離した。
「送ってくれてありがと、もう大丈夫だから」
「玄関つくまでに倒れんなよ」
「倒れません!」
軽くぶんぶんと腕を振り回した時、門の内側からひょこりと着物姿の女性が顔を覗かせた。
光は彼女――光の母・久美子に振り返った。
「ただいま」
「おかえり。さっきテレビで事故があったって言ってたけど、あんた大丈夫だったのね。心配してたのよ――」
ホッとしたように語る久美子の視線が大和へ移動し、光は思わずしまったと息を呑んだ。
家族には大和のことなど一つも話していなかった――いや、機会があれば話そうとは思っていた。本当に。
次第に久美子の目が丸くなり、あんぐりと口を開ける。
「い、」
「……い?」
「イケメン!」
何事かと首を傾げていた大和が、久美子の一言にポカンとする。
一方で久美子はきゃあきゃあと乙女のような声を発しながら光の肩をバシバシ叩く。