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モノクローム(10)

 彼らに少し遅れてから朱那はゆっくり歩き出した。その隣に亮が並び、小声で話す。


「養子の件な、お前たちが結婚する時とかに俺の親だと報告しづらいだろうからって、ばあちゃん言ってたよ」


「……そうなんだ」


 朱那はなんともいえない気持ちで亮を見上げた。そんなに先のことまで考えてくれていたのかと、喜美には感謝の気持ちしか浮かばなかった。


「だから結婚する時は、ばあちゃんにも報告しに来いよ。孫娘はお前しかいないんだし、ばあちゃんかなり楽しみにしてるぞお前の花嫁姿」


「わかってるよ……でもまだ相手いないもん、高校も卒業してないし」


 むうと頬を膨らませて亮を睨むと、彼はニヤリと笑う。


「これから探すんだろ? いい男見つけろよ」


「言われなくてもそうします」


「はは、まあいつまでたっても見つけられなかったら、俺が紹介してやるよ」


「……大きなお世話」


 朱那はそっぽを向き、足を速めて亮より前に出ようとした。

 何故か、亮とこんな話をしていると少し悲しくなる。いや、悲しいというより、寂しいのかもしれなかった。

 俯き加減で顔をしかめたら、急に手を掴まれた。


「朱那」


 驚いて振り返ると、亮が真剣な眼差してこちらを見ていて朱那はドキッとした。


「……幸せになれよ。大貴にもそう言ってて」


「あ……うん」


 朱那はどぎまぎしながら頷いた。

 なんだ、それだけか――。

 無意識に拍子抜けしていたら、亮はニヤニヤ笑い出した。


「またキスでもされると思った?」


「お、思ってないからそんなこと!」


 朱那は顔を真っ赤にして腕を振り払った。

 年下に揶揄されて、それにさっきのキスもやっぱりからかわれていたのかと思うと、何だかむなしくなった。


 ケラケラ笑う亮を見上げ、朱那は僅かに唇を尖らす。


「亮くんも……幸せになってね」


「――ああ」


 こちらに向けられる亮の視線がふっと優しくなる。

 ああ、今までこういう風に見守られていたのかと、ようやく気付いて胸がちくんと痛んだ。


「それから、短い間だったけど今までありがとう。おばあちゃんにも、お礼言っててね。落ち着いたらまた会いに行くからって」


「あれ、俺には会いにきてくれないんだ?」


「……もう」


 またからかう、と朱那は眉を上げた。

 亮がくくっと笑って朱那の肩をぽんぽんと叩いた。


「気を付けて帰れよ」


 彼は軽く手を振り、踵を返して行ってしまった。

 朱那も身体の向きを変え、皆が待つ車へと歩き出す。公園を出る前に一度振り返ったが、亮の姿はもうどこにもなかった。


――亮くんのバカ。


 朱那は小さく呟いて、車に乗り込んだ。




* * * * *




 あれから七年の年月が流れた。

 その間に様々な出来事があった。

 朱那は交通事故に巻き込まれ、生死の境をさ迷ったこともあった。しかし無事に回復し、それからすぐ結婚して、夫と一緒に実家で暮らしている。

 大学生――しかもなんと医学部生だ――になった大貴は、大学近辺にアパートを借りて一人暮らしを始めた。


 その大貴が、玄関に立って眉間にシワを寄せて朱那を見ていた。

 朱那は申し訳なく思いながら笑みを浮かべ、胸の前でもじもじと人差し指を合わせる。


「――呼ぶのは構わないんだけど、紛らわしいメール送るのやめてくんない」


「あは……ごめん」


「“助けて”だけとか、何かあったのかと思ったじゃん」


「ごめん……だって一人でいるのがちょっと恐くて」


 おずおずと言い訳すると、大貴は疲れたようなため息を吐いた。


 朱那の夫・嘉仁よしひとが今日から出張にいき、この広い家に朱那は一人だった。

 この家に戻ってもうすぐ一年が経とうとしていて、ここの暮らしにも慣れていたはずだった。


 夜になり、さっさと寝ようと思ってベッドに入ったのだが、妙な不安が押し寄せてきてなかなか眠れなかった。

 一人であることを意識してしまうと何でこんなに心細いのだろう。不思議である。

 それでつい夜中なのに大貴にメールを送ってしまった朱那だった。


 それでも彼は飛んで来てくれた。いい弟を持ったなと、心底思った。

 朱那がもう一度謝ると、大貴はやれやれと肩をすくめた。


「もういいよ。先生帰ってくるのいつ?」


 嘉仁は大貴の高校での担任だった。だから大貴は高校を卒業してからも“先生”と呼んでいる。

 嘉仁は“お義兄さん”と呼べなどと言っていたけれど、大貴が断固拒否したのだった。嘉仁はもちろん落ち込んでいた。

 まあ元担任の先生が義理の兄になって、何と呼べばいいのか分からなくなるのも当然だろう。

 朱那は忍び笑いをして口を開く。


「明後日」


「じゃあ明後日までね」


 そう言いながら大貴は靴を脱ぎ、玄関を上がった。

 朱那はやったーと両手を広げ、満面の笑みで彼を招き入れる。


「お酒飲んじゃう?」


「姉ちゃん飲んだらダメだろ」


「ああそうだった」


 朱那はがくりと肩を落とし、大貴を促して居間に向かった。


 嘉仁と共に暮らし始めて、模様替えをした居間は以前と比べてだいぶ雰囲気が変わった。

 家具もいくつか新調したが、ダイニングテーブルだけはそのままだ。家族の想い出がたくさんあるものだからと、嘉仁が計らってくれた。


 大貴はテーブルにつき、朱那はそのまま台所に向かっていそいそお茶を用意し、大貴の下へ戻る。


「あ、あのね、大貴に見せたいものがあって」


 湯飲みを置いた朱那は唐突に思い出し、窓際にある棚から一枚のはがきを取り出した。それを大貴に差し出し、にこりと微笑む。


「亮くんからだよ。結婚したんだって」


「へえ、亮くんが」


 少し驚いた様子で大貴ははがきを受け取り、それに目を落とした。

 彼の向かい側に腰掛け、朱那もはがきを覗き込む。


 白いタキシードに身を包んだ亮の隣に、ウェディングドレス姿の可愛らしい女性が寄り添っている。

「結婚しました」の文字がでかでかと書かれていて、その下に手書きの一言が添えられていた。


「子どもも生まれるんだ。亮くんよかったね、幸せになれて」


 大貴がぽつりと呟き、朱那は「そうだね」と相づちを打った。

 写真に写った亮はとても幸せそうに微笑んでいた。

 はがきを置いた大貴が湯飲みを手に、突拍子もないことを言う。


「俺てっきり亮くんは姉ちゃんのことが好きなんだと思ってた」


「……はあ?」


 朱那は目を丸くして頓狂な声を発した。


「いやいや、何言ってんの? それはないでしょ、いとこだよ?」


「いとこ同士でも結婚ってできるじゃん」


「……いやいや、いやいや何言ってんだお前」


 酷く動揺しながら朱那は「ありえない」と首を左右に振った。しかし顔は熱くなっていた。

 一方で大貴はニヤニヤしながらお茶を一口含んだ。


「まあ昔の話だしね」


「そうだよ、やめてよ、バカ」


 テーブルに突っ伏して朱那は低く唸る。


「でも姉ちゃんも満更じゃなかったでしょ?」


「あーあー! 聞こえなーい!」


 朱那は両手で耳を塞いだ。


――このやろう、公園でのアレを覚えてたな。


 自分だって忘れたことはなかったのだけれど。だって初めてされたキスだったし、と心の中で自分に言い訳する。

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