道(1)
転校してきばかりの、中学二年の大和の話。
道端で幼い少年が泣いていた。
見た目は四五歳ぐらいで、おつかいの帰りなのだろうか、ビニール袋を持っている。顔を拭いながら何度もしゃくり上げる。
通りには少年と大和以外に人はいない。
子供を横目に大和はそこを通り過ぎた。
祖父母の下に越してきて数ヶ月経つ。髪の毛は透き通るような金色だ。つい先日染め直した。
大和は泣きじゃくる少年から少し離れた所で立ち止まり、ため息混じりに空を見上げた。
綺麗な夕焼けが広がっている。冬になったばかりの冷たい空気は、吐き出す息を白くする。
大和の口の端に小さな痣があった。祖父に殴られた痕だ。大和の祖父は頑固一徹で厳しく、大和の根性が曲がろうもんなら怒鳴り散らし、叱り飛ばし、酷い時には拳を見舞いされる。今がそれだった。
頭を冷やして来いと家を追い出され、大和はどこに向かうともなく歩いていた。
大和は振り返り、少年へ近寄った。大和が側に来たことに気付かないのか、少年は尚も泣き続けた。やれやれと肩をすくめ、大和はその場にしゃがんだ。
「おいチビ」
大和が呼びかけると、少年は身体をビクリと揺らし顔を上げた。
「迷子か?」
そう言って大和が首を傾げると、少年はおずおずと小さく頷く。少年は怯えているようだった。無理もない、声を掛けたのが金髪で顔に痣を作っているような奴なのだから。
「家、どの辺だ?」
「……こ、こうえんのそば」
涙を拭いながら、少年は答えた。ふーん、と言って大和は腰を上げた。
「公園ならすぐそこだし、連れて行こうか」
すると少年はかぶりを振る。
「しらない人にはついていくなって、ママが……」
涙声で少年が言う。
思わず大和は頬を緩めた。
「偉いな。でももう暗くなるけど、道分かるか?」
そう尋ねると、少年はまた泣き出しそうに顔を歪めた。母親の言いつけは守りたい、だが誰かに頼らなければ帰れない。少年の頭の中は葛藤で渦巻いていることだろう。
大和は腕を組み、空を仰いだ。
「……じゃあ俺が公園まで歩くから、後ろからついて来いよ。危ないと思ったら逃げれば良いから、な?」
ポンと優しく少年の頭を撫でてやると、少年はまた小さく頷いた。大和はフッと表情を和らげ、ゆっくり歩き出した。
後ろから少年が小走りでついて来る足音が聞こえた。
自分にもこんな小さかった時期があったんだなと、歩きながら大和はぼんやり考えた。良くは覚えていないが、今より少しは素直だったかもしれない。
今自分が馬鹿な事をやっているのは、自分自身を嫌いになり過ぎているからだ。自己嫌悪が自暴自棄に繋がってしまった。悪循環だった。
大和はガリガリと頭を掻いた。
新しい学校では、この容姿をしているせいか寄ってくる人間は少ない。話し掛けてくるのはクラスの学級委員長とその幼馴染みくらいだ。
今日はつい、その学級委員長を殴り付けてしまった。苛々していた。殴った瞬間、委員長がキレた目をしたため喧嘩になるかと身構えたら、横からの突然の蹴りに大和は吹っ飛んだ。蹴ったのは委員長の幼馴染みだった。
その場は教師達の仲介により事なきを得た。が、担任の教師に連れられ委員長の家に謝罪に行くと、委員長の姉に蹴りをお見舞いされる羽目になった。幼馴染みの蹴りの何倍もの威力だった。
そして家に帰ると祖父に殴られ、今日は散々な一日である。
大和は大きくため息を吐いた。
「かっこわり……」
その一言しか出て来ない。
すると突然、脚に何かがぶつかり大和は驚いた。見下ろすと、先程の少年が大和の脚にしがみついている。大和は首を傾げた。
「な、何だ……あぁ、そっか」
顔を上げて前を見ると、いつの間にか街灯もない暗い道を歩いていた。