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星月の約束  作者: 三木光
8/9

突然に

「記者を、買収?」



あまりに唐突な言葉に、バカみたいに狼狽えた。

この僕が、この男に、だ。



普段では絶対にありえない。

僕にとって早坂景は、取るに足らないヤツだ。いつも周りでちょろちょろと動き回って、媚びへつらっている愚かで情けなくて、ただただ目障り。そんなヤツだ。



そんなヤツに、こんなにも狼狽えてしまったのは。




「金を持ってたら、人の人生奪っていいのか!?」

「お前、何言って、」

「金儲けの為なら、人の幸せぶち壊してもいいのかよ!?」



まるで、昨日の僕自身を見ているかの様だったからだ。


いつもの媚び諂った笑みが、怒りの形相に変わってしまっている。言葉を詰まらせながら、僕を睨むその目に恐怖さえ覚えた。



そして、景が僕の襟首を思いっきり掴み、己へとぐいと引っ張る。



「前から俺の事バカにしてたろ? それでも俺は、家族の為にお前のご機嫌取りしてたのに!」

「はなっ、せ!」

「いいか? ウチが潰れたら、そん時は!」




強い力に、首が締まる。

少しだけ薄まった酸素に、必死に景を引き剥がそうともがいた。だけど、もがけばもがく程、コイツの力が俺を締め上げて。




「破滅させてやる! お前も! 家族も!」

「ゲホッ! いきなり、何の事だよ!」

「一生かかってでも、お前を殺す」




荒がった声が、一変して低く唸った。

血を這う声に、恐怖もろとも固まってしまう。その目を見て、今更気づいてしまった。


愚かで、情けなくて。目障りだと思っていたのは。

本当はーーーー




「もう、お前なんか怖くない」




ーーーーコイツの方だったんだと。


ボソリと呟いて、景が思い切り俺を離した。

どさりと尻もちついた俺に向かって、景がバサリと何かを投げつける。


見てみれば、いつか見た事がある週刊誌だった。




「お前の親父に、それ否定させろ」

「・・・・・・」

「でなきゃ、ウチは本当に終わりだ」




吐き捨てる様にそう言って、景が家から出て行った。




「一体、何だってんだよ・・・」



ゲホッと一つまた咳をして、投げ捨てられたソレに手を伸ばす。デカデカと書かれてある見出しは。



『有須加食品、ずさんな管理体制!』



・・・ありすか、食品?


その見出しに、慌ててページを開いた。そうか。アイツ、早坂景の実家は確か、食品会社。てことは・・・



「食品の使い回し、消費期限無視、産地ごまかし、食中毒・・・」



白黒の写真は、工場の内情が映し出されていた。実際とは違う産地登録をする場面や、食中毒になったとされる人物のインタビュー記事など、それはもう真っ黒い情報のオンパレードだ。




「これを、父さんが?」




でっち上げて記者に書かせた?



思い出すのは、父さんが持っていた有須加食品の土地売買計画書。


確かに、父さんは有須加食品工場がある土地に興味があるようだった。いや、でもだからって。



そこまで残酷じゃないはずだと、信じたいのに。



「父さん!」



信じられない自分はもう、この人を親だと思えていないのだろうか。



景に投げつけられた記事を手に、父さんの部屋へ勢いよく駆け込む。すると後ろから、ルナが泣きべそ顔で俺の腰に手を回してきた。1人で寂しかったのだろう。




ネクタイを閉めていた父さんが、横目で俺を見る。相も変わらず、温度のない目だ。無作為につけられてるテレビからは、ニュースを読むアナウンサーの声。



「なんだ。綾子から出してもらったのか」

「これ、父さんの仕業?」

「いきなり何、」



父さんの問いかけを無視してその記事を差し出せば、温度のない目が、大きく揺らいだ。



「何、どうなってる!」

「続いてのニュースです。お役立ちおかずシリーズ等で知られる有須加食品が、原料の産地偽装をしていました。食中毒も出しているとの事です」

「何だと!?」




耳に入ってきたニュースが、ついに父さんを動かした。滅多に取り乱す事がないこの人が、何かに急き立てられるかのようにテレビに詰め寄った後、カバンを引っつかんで部屋から飛び出した。




「父さん!」

「お兄ちゃん、お父さんとはもう仲直りしたの?」

「あ、えっと、」



父さんを追いかけ様とした俺を制するように、ルナが力込めて俺に抱きつく。ルナもルナで、家族を繋ぎとめようと必死なんだ。



大丈夫だからとルナの頭を撫で、父さんを追いかけ様とした、その時。



あの女の声がした。



「今、気づいて出てったわよ。バレないように、記者にはちゃんと口止め料お願いね」



部屋のドア一つ挟んで、誰かと電話している様だった。ドアノブを掴んだまま、女の発する声に神経を集中させる。




「あとは、有須加の方に清水建設の偽情報提供を訴えさせればいいわ。売買計画書は、私が持っていくわね」




・・・この女は、どこまで。



『破滅させてやる! お前も! 家族も!』


『一生かかってでも、お前を殺す』




どこまで僕らを、貶めるのだろうか。



「お兄ちゃん、大丈夫?」



冷たいドアノブが、ガタガタと震え始める。それを隠すように、ルナを引き寄せ抱きしめた。






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