絶望
妹の痣は、中々消えない。そればかりか、増えている様に感じる。
「お兄ちゃん。今日は、早く帰ってくる?」
「うん。すぐ帰ってくるよ。だから、大人しく寝てな?」
「はーい」
その妹の弱々しい笑顔に、何故か胸がぐっと苦しくなる。
明るく元気だった妹は、あの人がうちに来てからよく体調を崩すようになった。理由なんて分かりきってる。妹も、心の何処かで感づいているのだ。
この人が、母さんを奪った。
悔しくてたまらないが、僕らの力では、アイツをこの家から追い出すなんて出来ない。
「せーいーじーくん」
学校への通学路。早朝の気持ちのよい風にも全く気分が晴れず、とぼとぼと歩いていると、後ろから気の抜けた声。
振り返れば、今日も前髪でほとんど顔が見えない少年の姿。
軽く右手を上げ、やぁ、やぁ、やぁと俺の隣まで歩いてくる。
一体、コイツは何者だろうか。
一見同じ年頃の様だが、制服を着ている訳でもなく、学校へ通っている様子もない。
シャツに紺色のズボンを履き、ただニコニコと笑っている。
・・・・何故こうも、自分は怪しい人物に好かれてしまうのだろう。
さも当然の如く隣に立つなも知らぬ少年を見れば、あれ?とソイツが首を捻った。
「姫は?」
「誰のことだよ。そして、いい加減お前は誰なんだ」
「ルナぴょんだよー。今日は一緒じゃないの?」
「具合が悪くて家だよ。お前に関係ないだろ。じゃあな」
「俺だったら、1人にしないなー」
歩き出した僕の足を、ソイツの何気ない言葉が制する。
どういう訳か、嫌に胸奥深くに突き刺さった。何なんだ。何でコイツの戯言なんかに惑わされなくちゃいけないんだ。
立ち止まった僕に満足したのか、ソイツがニンマリと笑い、小走りに走って来る。
「姫から教えてもらったんだ。私は月のお姫様で、星児くんに守ってもらうんだって」
「だから何だよ」
「姫のピンチに颯爽と助けに行くって約束したんでしょー?」
そこで言葉を切ると、今までおちゃらけいたそいつが、真っ直ぐ僕を見た。
初めて垣間見えた、ソイツの目。散々気持ちの悪いやつだと思ってたけど、透き通るような、綺麗なビー玉みたいな目に、息が止まる。
「今が、その時なんじゃないの?」
どういう意味だ?
未だヤツの何もかもを見透かすような目に囚われたまま、眉ねを寄せる。今が、その時?
一瞬チラついた月の紫色のアザに、目を見開いた。
「まさかっ」
巡った思考に、反射的に走り出す足。目の前に立つ、名も知らないソイツを突き飛ばして、一目散に家に舞い戻る。
『お兄ちゃん。今日は、早く帰ってくる?』
聞き逃していたのかもしれない。小さな妹の、SOSを。
焦る気持ちに、足が絡まる。何回もこけそうになりがら、妹のいる家へと舞い戻った。