ぼっき! ~くすぐり相撲で目覚めた おちんちんのふしぎ~
「鈴木、くすぐりやろうぜ」
「おう!」
僕の名前は鈴木洋。洋と書いてヒロシと読む。趣味は昆虫採集。そして昆虫飼育。好きな虫はカブトムシ。やっぱりメスじゃなくてオスがいい。どう考えたってオスのほうがカッコいいから。
得意な教科は図工。苦手な教科は体育。どこにでもいる普通の小学生の男の子だった。これは僕が小学三年生の頃のお話。おちんちんのお話ーー。
小学三年生の頃、相撲ブームがあった。当時は常世の藤が横綱で、テレビをにぎわしていた。
とは言え小学生男子が相撲中継をみることは無いし、ましてや実際の取組を目にする機会もそうそうなくて。ただシンプルに「肉体と肉体のぶつかり合い=相撲」という図式が頭のナカにあっただけ。
「力が強い奴が勝つ」こういうシンプルな世界が男子は好きだ。休み時間になる度に男子たちは四つに組んだ。
当時、仲が良かった伊藤君も運動神経がある方ではなかった。僕たちは弱かった。それでも他の男子と一緒になって遊んでいた。
「伊藤君、やろう!」
「いいね。やろうやろう!」
初めのうちは適当に遊んでいたが、いつしかトーナメントになったり、タッグ戦になったり。しまいには蹴り技アリ、寝技アリの何でもアリのルールになっていった。
しかし、何でもアリは飽きる。いつしか何でもアリ相撲はケンケン相撲になって、やがてくすぐり相撲になった。男子たちの間で特に流行ったのが、このくすぐり相撲だった。
ルールは特にない。組み合ってくすぐるだけ。体格の大小は関係ない。運動ができる子もそうでない子も、そう変わらない。勝ち負けなんてなかった。
「こちょこちょこちょ……!」
「きゃ、きゃははははっ、マジで息が、できないって。あ、あはははっ、や、やめろォ、死ぬーーっ!」
がっぷり四つに組みあって脇の下を狙う。くすぐり相撲が上手い奴は相手の上履きを脱がして足の裏を攻撃する。靴下を脱がす奴もいた。ときに半ズボンの上から股間を揉むことも。
ちんちんは男子の急所だ。決して強く攻撃してはいけない。でも、くすぐるのはアリだった。
男同士に言葉はいらない。各自同じモノを所有しているから「どれくらい力を入れたら痛いか」は知ってる。言わずとも全員が把握しているのが面白かった。
「モミモミモミモミ……!」
「うおーーっ、きくーーっ!」
連日、くすぐり相撲は盛り上がった。くすぐりを通じて男子の結束が強くなっていく気がした。
実際のところ、ブーム以降、クラスで話したことがなかった男子とも仲良くなれた。女子は冷ややかな目で見ていたが、気にならなかった。
「おい、伊藤。お前チンポコ勃ってるぞ!」
「え」
ある日のこと。それは伊藤君と渡辺君の組合だった。初めにそれに気付いたのはクラスで一番体格がいい渡辺君だった。対戦相手である伊藤君の半ズボンの前が膨らんでいることに気付いた。
みんなの視線が伊藤君の半ズボンに集中する。たしかに膨らんでいる。何があったか、怪我でもしたか。
慌てた伊藤君が自身のそれに手を伸ばす。「ホントだ」と笑う。気付けば渡辺も同じだった。つられて渡辺も大笑い。二人とも半ズボンの前がピンピンだった。
「なんでチンポコ勃つんだろうな」
「なんでだろうねぇ」
今までも朝起きたときにちんちんが勃っていることはあった。特に気にしていなかった。寝ている間におしっこが溜まってしまったとか、そういう理由でそうなっていると思っていた。
しかし戦いの最中にそうなるなんて聞いたことがない。真剣勝負にふさわしくないその光景に、男子は大いに盛り上がった。
くすぐると、なぜかちんちんが勃つーー。それに気付いてから「ちんちんが勃ったら負け」というルールになった。
「すぐに勃つ伊藤君」「勃っても目立ちにくい渡辺君」「くすぐる前から勃ってるんじゃないかと思われたが、審議の結果、実際はまだ勃っていなかった高田君」など、それぞれの違いが面白かった。
「しかし鈴木つえーなァ、このルールになってから敵無しじゃねーか」
「マジマジ、鈴木つえーよ」
「どうしたらそうなるんだ」
「あははっ」
このルールになってから僕は強かった。どういうわけがくすぐられても、他の子みたいにすぐ勃たない。
いや、勃つには勃つのだが、対戦相手の方がすぐ勃つから。結果的に僕が勝ってしまう。あだ名が横綱になった。
どうやったら相手に勝てるか。男子の研究が始まった。股間をくすぐる際、強すぎるとダメらしい。いや、人によっては強い方がいい奴もいる。脇や股間以外の部位をくすぐるのがいいらしいぞ。
次第にそれぞれの弱点がわかってくる。大柄な渡辺君はお尻。眼鏡の高田君はおっぱい。伊藤君はどこでも。
「鈴木は強い」と言われる度に僕はちょっと誇らしかった。どうしたら鈴木に勝てるか。クラスの男子の話題はそれで持ちきりだった。男子は研究を重ねた。
雨の日だった。昼休みのチャイムと同時に男子が図書館に急ぐ。目当ては「人間のからだ」「からだのひみつ」など。骨や筋肉、内臓などからだの仕組みを解説する図鑑だ。
お目当ての図鑑を手に取ったのは大柄な渡辺君。それを囲む男子たち。「まあ待て」「落ち着け」はやる気持ちを抑えて、渡辺君の指がページをめくっていく。
「あった」
「これか」
目当てのページにたどり着く。男子の目が大きく見開く。男の子のカラダ。思春期。声がわり。第二次性徴ーー。
肩幅が大きくなって、ガッシリした体格になって、やがて精巣が大きくなる。ひげや性器のまわりに発毛して、勃起。射精。そして誰も知らなかった生命の神秘。
「勃起ーー!!」
衝撃だった。知らずに遊びでやっていた行為が、子どもを作るために必要なことだったなんて。今までおしっこするためだけの器官だと思っていたちんちんに、そんな役割があったなんて。
晴れの日も雨の日も、生まれてからずっと一緒に過ごしてきたちんちんが、何だか急に遠い存在に感じた。まるでお気に入りのおもちゃが壊れてしまったような、悲しい気持ちになった。
それは小学校低学年の頃ーー。友だちから借りた磁石のおもちゃを割って壊してしまったことがあった。くっつけようとしてもくっつかない。何度やってもダメだった。親と一緒にデパートに行って代わりの磁石を買って友人に謝った。その時のことを、僕はふと思い出した。
当時、弟が生まれた。自分に懐いてくれる弟が僕は大好きだった。お父さんとお母さんもそういう事をしたのかな。オスカブトがメスカブトに乗っかっていた。
「みんな、サッカーしようぜ」
「おう」
その日から、くすぐり相撲は下火になった。誰かが止めようと言ったわけではなかった。何となく、そういう事はしなくなった。
一度だけ、誰もいない教室で伊藤君と「久しぶりにやってみない?」とくすぐりっこをしたことがあった。
伊藤君のちんちんを揉んだ。伊藤君も僕のちんちんを揉んだ。久しぶりのくすぐりっこは面白かった。
すぐにちんちんが勃ってしまうことに定評があった伊藤君よりも先に、その日は僕が勃ってしまった。初めて伊藤君に負けた。二人でぷぷっと吹き出した。
「やっぱり、面白いね」
「うん」
「久しぶりにみんなでやろうよ」と伊藤君が言った。僕もそう思った。あんなに盛り上がったくすぐり相撲を、このまま何となく、たいした理由もないまま止めてしまうのは何だか悲しい気がした。
「みんな、ノってくるかな」
「どうかな」
翌日、僕と伊藤君とでみんなに提案した。最後に一回だけ、くすぐり相撲をやらないか、と。
ノってくるか否か。賭けだった。ダメで元々。乗ってこなければそれはそれで諦めればいいだけのこと。
しかし、意外にも男子はノってきた。大柄な渡辺君も眼鏡の高田君も「やろうやろう」と賛同してくれた。他の男子も、みんな同じ気持ちだった。
「最後のくすぐり相撲だ!」
「最後だ」
「ラストバトルだ」
「ワァーーーーッ!!」
最後のくすぐり相撲はトーナメント方式で行うこととなった。せっかくなのでギャラリーが多い方が盛り上がると眼鏡の高田君が言った。そうだそうだと他の男子も賛同する。そこでクラスの女子に見てもらうことにした。
「ハァ!? 男子のくすぐりを見ろって。アンタ、バカなの。アホなの。男子って本当にナニ考えてるか、わっかんない!」
今どきのオシャレ女子、青山リリカが飽きれた顔で言った。しかし高田君が「お願い、最後だから」と頭を下げると「高田君が言うなら、仕方ないわね」と受け入れてくれた。
青山リリカがそう言うなら、と他の女子もそれに従った。こうして三年一組、男子たちによる、くすぐり相撲トーナメント最終決戦が始まった。
「千秋楽だね」
「なにそれ」
相撲など、数日間にわたって開催される興行の最終日のことを千秋楽と言うらしい。伊藤君が教えてくれた。
そう、これは僕たちのくすぐり相撲の千秋楽。悔いのない戦いをしよう。いざ取組が始まると、男子も女子も一丸となった。おおいに盛り上がった。
「はっけよい、のこった!」
行司を引き受けてくれたのは青山リリカ。一旦始まると彼女はノリノリだった。彼女が手に持つ軍配は掃除のチリトリだ。
取組は順調に進んでいく。伊藤君は一回戦で敗退してしまった。「どんまい」「ありがとう」僕は伊藤君の肩を叩いて慰める。次は高田君と大沼君だ。
「頑張って、高田君!」
私情を挟んだ行司が声援を飛ばす。しかし彼女の応援もむなしく、高田君は秒で負けてしまった。なぜだろう。以前はあんなに強かったのに。
「タイム!」
「はい、深呼吸ーー」
「しばらくお待ちくださーい」
勃起がおさまらない子がいたら、おさまるまで待った。大きく深呼吸して整える。落ち着いたら「整いました」と言う。その様子を男子も女子も見守った。
「のこったのこった! のこったのこった!」
「勃った、勃った!」
「あははーっ!」
「ぼっき!」
くすぐっては勃ち、くすぐっては勃つ。引き分けか、と思うときは審議に入る。審議するのは基本的に男子だ。
意外なのは女子だ。いままで冷ややかな目で男子を見ていたのに、この日は最初から最後までずっと「キャーキャー」と黄色い声援を飛ばして楽しんでいた。
(和子ちゃん……)
当時、僕には好きな女の子がいた。名を立石和子と言った。小柄で幼い雰囲気の女の子だった。
ショートカットでくりくりした瞳が可愛くて、どこか小動物みたいな可愛さがあった。そして僕の番がやって来た。
(よし、和子ちゃんにカッコいいところを見せるぞ……)
しかし結果は惨敗。油断した。こんなにすぐ勃ってしまうとは思わなかった。普段ならもっと余裕あったのに。和子ちゃんの方を見ると、彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめて笑っていた。
負けた。でも最後まで諦めずにやりきった。汗だくになった僕は彼女に向かって勃起したまま手を振った。立石和子も振り返してくれたような、そんな気がした。
そして、すべての取組が終わった。
優勝したのはーー。
「優勝は渡辺君でーす。ヤルじゃん、渡辺君。おめでとう! それでは横綱の渡辺君から一言、お願いしまぁーす」
「うおお、いきなり抱きつくなよォ、青山。ビビったァ」
「渡辺君ってば、声裏返ってるゥ」
「あはは」
「照れるな、渡辺」
「カオ赤いぞ、渡辺」
「いきなりくっついてきたら、誰でもビビるって。えっと、それでは。気を取り直して。うおおーーっ、俺は横綱だァーーっ!」
「おめでとう!」
「おめでとう!」
「おめでとう!」
「おめでとう!」
優勝したのは渡辺君だった。大きく四股を踏み、手の平を上にむける所作をする。いかにも力士といった彼のポーズに、みんな大いに盛り上がった。
「楽しかったね。企画してよかったね、最後のくすぐり相撲」
「だねぇ」
こうして僕たちのくすぐり相撲は終わった。これを通じて仲良くなったのは男子だけじゃなかった。女子とも仲良くなった。
「私にもちんちんがあったらなー」と言う子もいた。たしかに、おちんちんがあったら面白いもんね、と僕は思った。
「おはよう!」
「おはよう!」
「おはよう!」
「おはよう!」
それから月日が経った。進級した僕らは四年生になった。クラス替えで、仲の良かった伊藤君とは離れ離れになってしまった。渡辺君や高田君とも。そして立石和子とも。
やがて僕らは五年生になって、六年生になった。毎年クラス替えがあったが伊藤君とはそれっきり同じクラスになることはなかった。その頃には他に仲の良い友だちが出来ていたから、伊藤君とはたまに廊下で会って軽く雑談する程度だった。
「来年は中学、別々だね」
「そうだね」
立石和子も同じだ。以降、彼女と同じクラスになることはなかった。彼女とはときどき廊下ですれ違うだけ。会話することは一度もなかった。
六年生になって彼女の背は相変わらず低かった。しかしその可愛らしさも相変わらず。目と目が合うと彼女はそっと微笑んでくれた。軽く会釈してくれた。それだけで僕は胸が高鳴った。
すれ違うといい香りがした。和子ちゃんが使っているシャンプーだ。オレンジかな、グレープフルーツかな。柑橘系のいい香りがした。そして、僕は負けた。
ふとした瞬間、僕はあの日のことを思い出す。くすぐり相撲の千秋楽、僕が負けてしまったあの日のことを。
懸命に戦った男の子も、応援した女の子も、最後は一緒になって笑いあった。手を叩いて盛り上がった。子どもたちの声が聞こえた。
「勃った、勃った!」
「あははーっ!」
「ぼっき!」




