9.ルイのお悩み相談室
鷹宮の顔をまともに見られないまま、2人の家から逃げるように帰った純太は、今までのかっこいい声にドキドキしていた時とは、比べ物にならない胸の高鳴りにどうしたらいいのか分からず困惑していた。
しかし現場に行けば鷹宮はいる。仕事の電話もバンバンかかってくる。なんとか平常心を保とうとするも、目が合えばキスのことを思い出してしまう。
(ダメだ、大切な撮影なのに集中……集中っ!)
真面目な純太が、この現状を乗り切るためにとった行動。それはなるべく言葉数少なく、すべきことが終わればすぐ退散するということ。
いつもなら、鷹宮達と会えばお菓子をもらったり世間話をしたりと楽しく過ごすのだが、彼らが近寄って来ても純太は必要最低限の会話が終わると、すぐ用事があるのでと離れて行く。
もちろん、そんな純太の様子が変だと鷹宮とルイもすぐに気がついた。
「しゃちょーさーん、ねぇ、純太に何したの?」
「えぇ……心当たりがないんだけれど」
気付いていないとはいえ元凶のくせに涙目でルイにそう返す鷹宮。純太のことになると、いつもの余裕顔も出来ない彼にルイはジトッとした視線を送る。
(ったく仕方ねぇな……一肌脱ぐか)
鷹宮のためというよりも、いつもの純太がいない現場が味気なさすぎてつまらないルイは、やれやれと立ち上がり、スタッフルームにまだいると思われる純太のもとへ歩み寄った。
「じゅーーーんた♡」
「あ、ルイ!」
ノックのあと、ピョコっと顔を覗かせたルイを見つけて、さっきまで強張っていた純太の表情が緩む。その顔を見て(やっぱり社長が原因か)とルイは確信を得た。
つかの間のタメ口週間から仲良くなり今ではマブダチレベルの2人。
「一緒におやつしよーぜ」
「うん、いいよー」
あっさりと純太から承諾を得て、ルイは心の中でガッツポーズを決める。スタッフルームにはちょうど2人しかいない。
今のうちにと、ルイは話のお供のためにケータリングから取ってきたお菓子をカバンから次々と取り出す。まるでマジシャンのような様子に純太は爆笑した。
「どんだけ入ってるんだよー!」
「俺のこと、ミスタールイって呼んでもいいんだぜ? まぁ、出てくんのはお菓子だけだけどな!」
と言いながら冗談混じりでウィンクしたルイを見て、真面目な純太は「さすが!」と大きな拍手を送る。
真っ当なリアクションをもらって小っ恥ずかしくなったルイは、空いていたソファにドカッと腰掛けると早速本題を切り出しはじめた。
「純太さぁ」
「んー?」
「社長となんかあった?」
「んっぐ!?」
大好きなお菓子を立ったまま頬張っていたので、いきなりの話題に驚いた純太は誤嚥しそうになり、慌ててミルクティを飲み、流し込む。
「げほげほ、なんで! そんな急に」
「いや、明らかに態度が変だから」
「た、たいど?!」
「すっげぇ素っ気ないというか、事務的というか」
「そ、そっかぁ」
いつも通り自然に対応出来ていると自信があった純太は、バレバレだった事実を聞かされて恥ずかしかったのか、俯いて黙り込む。
「なんかあるなら相談しろよ。俺は、いつでも純太の味方だぜ?」
「る、ルイ……」
さっきの鷹宮と同じように、純太は涙を目に浮かべているのだが、なぜかそれを見てもルイはイライラしない。むしろ助けたくなる。
「実はね……」
純太から絶大な信頼を得たルイは、あの日の全てを聞いて呆れかえる。
内容は、鷹宮が純太の頬にキスをしたこと。前からドキドキしてたけど、今じゃ顔を見ただけで赤面しそうになるため距離を置いていること。
(えーということは、今って両片思いじゃん? てか社長やっぱやらかしてるし。なーにが心当たりがないだ!)
「こ、こんな話さ、誰にもできなくて、ていうか僕これもうアウトだよね。担当外れちゃうよね」
「あー……」
それはないだろうなと思いつつ、このままだと面白くないルイは、純太をからかってやりたい衝動に駆られる。
「まぁ社長イケメンだもんね」
「うっ……」
「声もセクシーだし?」
「ううっ……!」
「でもさぁ、俺も負けてないと思うんだけど?」
「えっ」
純太の目の前がルイでいっぱいになる。2人の距離はキスが出来そうなほど近付いていた。
「なぁ?」
「な、なんだよ!」
恥ずかしそうにしてはいるが、その態度は反抗的で、お仕置きとでもいうように耳元でルイが囁く。
「俺にされたらどう?」
「?」
チュッと音を立てて頬に口付けられ、純太は唖然としながら、キスされた頬を手で覆う。
「ふっ……間抜けな顔」
「か、か、からかったなぁ!!!」
「それで、このルイ様からのキスでわかったことはない?」
頬を撫でながら、純太はよく考えた。
(びっくりしたし、ドキッとはしたけど、ルイの顔は普通に見れる)
「ドキドキが、ない……?」
「はーーん? 俺様のキスごときではドキドキしないって?」
「ちょ、ちが……いや、えーっと?」
「ほら、答えはすぐ出るんじゃね?」
ルイに背中を押されて、純太は自分の中にある鷹宮への気持ちが尊敬や憧れだけではないと気づく。
そして自覚した純太の顔は、みるみるうちに赤く染まり、ルイはそれを見てにやにやと笑う。
「ど、どうしよう……」
「どうするもなにも、純太はどうしたい?」
目を閉じて思い出すのは、いつも優しくフォローしてくれる鷹宮。そしてたまに出てくるセクシーな鷹宮。
後者は考えただけで心拍数が上がるので、純太はブンブンと首を振って、頭に浮かんだセクシー鷹宮を追い払う。
「僕は何よりも鷹宮さんの役に立ちたい、色々教えてもらった恩も返したいし、あと……できれば、この先も、ずっと一緒に仕事がしたい」
「うん、とりあえずそれでいいんじゃね?」
明らかに恋愛経験の少なそうな純太からさすがに恋人になりたいとか、キスしたいなど生々しいことは出てこないと踏んでいたルイは安心してうなずく。
「意識はしてしまうだろうけど、今までどおり出来るようにする。仕事で迷惑かけたくないし、そうじゃないと一緒にいられない!」
「いつもの純太に戻ったじゃん。なんか困ったらまた相談してこいよ」
「ありがとうルイ! 頑張るよ!」
パッと視界に入った腕時計で時間を確認した純太は、次の準備に入るからとスタッフルームを後にした。その後ろ姿に手を振るルイは、深く息を吸って吐き出す。
「チッ……初めて振られた」
ちくんっと胸が痛む。
もし純太と最初に出会ったのが自分だったら結果は違ったのだろうか? なんて考えも浮かんだのだが。
「いや、関係ないか……」
むしろ初めての経験に感謝して、純粋に親友を応援しようと、ルイは思うことにした。
さて、タイミング悪くそんな2人がキスしたところだけを見てしまった男がいた。
「……なんで、2人が!!」
もちろん、ルイを探していた鷹宮である。
ショックが大きすぎて、その場では声もかけずに立ち去り、その後ルイとも純太ともあまり話さなかった鷹宮は、翌日から珍しく体調を崩し寝込んだという。




