8.不意打ち
会社を出て、今日で最後の鷹宮宅へ赴く純太。その足取りは少し重い。最終日はパーティをしよう! というルイの提案で開催が決まった時は、テンションも高くノリノリだったのだが……。
(勝手に傷ついて、落ち込んでるのバレたくないよ……)
しかし無情にも歩いていれば目的地には着く。暗い顔してる場合じゃないと、マンションのエントランスで数回スクワット後、純太は気合いを入れ直しニコニコと部屋へ向かった。
もちろん、純太が空元気なのはバレバレで2人は心配な視線を送るも、聞かれたくないことなのかもと追究はしない。
そんな視線に気づく余裕もない純太は、胸の痛みを誤魔化すため、慣れないお酒を積極的に飲むと案の定早い段階で潰れてしまった。
「……とりあえず部屋に運ぼうか」
ソファに倒れ込む純太を、慣れた手つきで抱き上げる鷹宮は慈愛に満ちた眼差しを彼に送っている。起きている時には隠しているくせにと、鷹宮の臆病っぷりにイライラしたルイは、つい口を挟んでしまう。
「社長は、いーの?」
「なにが?」
「このまま、ワンコを帰しちゃって」
「……いいも何も、藤白くんは物じゃないよ」
まるで、なんとも思っていないような態度を取られてカチンときたのか、アルコールのせいなのか、いつもならここで口を噤むルイが、話を続ける。
「ふーん、今回は違うと思ってたのになー」
「……」
「今まで拾ってきた子と、純太は違うと思ってた」
「……そうだね」
意味深に間を置いたあと、眉を下げて笑う鷹宮に、ルイは反射的に身を縮こませる。
(なんか、ゾワッとした……踏み込みすぎたか? あーー純太、お前本当えらいもんに気に入られちゃったんだな)
静かにリビングから出ていく鷹宮の背を見送りながら、純太への同情を込めて小さく合掌したルイは、1人になると、つまらなさそうに手元のグラスをクルクルと回して、小さくため息をついた。
ゲストルームへ着くと鷹宮は、そっと純太をベッドに寝かせて前髪をさらりと撫でる。そしてそのまま、頬へと手を滑らせていく。
相手は寝ているし、これ以上ちょっかいを出したこともないのだが、先ほどのルイの言葉が頭から離れず、鷹宮はピタリと動きを止めると純太の顔を見つめた。
「いい、わけがない……」
置いていた手を退けると、純太の柔らかな頬に唇を寄せてチュッと軽くキスを落とす。そして名残惜しそうに鷹宮は部屋を出た。
「……たとえ藤白くんの幸せがココじゃないとしても。今回だけは、誰にもあげたくないな……」
そう言って廊下の壁に寄りかかると、深くため息をつきながら先ほど触れた柔らかい純太の頬の感触を思い出すように、鷹宮は自分の唇を指でなぞった。
一方で鷹宮が去った部屋では、純太が真っ赤になりながら震えていた。
「え…え…?」
アルコールがまわり眠ってしまっていた純太だが、鷹宮に抱っこされた時、温かい何かに包まれてるように感じ、ぼんやりと意識を取り戻し始め、次にひんやりとしたベッドに寝かされた時にはしっかりと覚醒していた。
では、なぜ起きなかったのか? それは何回されても慣れないお姫様抱っこをされていたと気づき、恥ずかしかったから。ゆえに寝たふりを続行したのである。
「え? いま、鷹宮さん? なに、を?」
パニックになりながらも、キスされた頬をおさえると、鷹宮の唇の感触を思い出してしまい体がまた発熱したかのように火照りはじめる。
「た、鷹宮さん酔ってたの、かな? うん、そうだよね、誰かと間違えたのかな……?」
頬にキスする関係の人と間違われたことに、それはそれで嫌かもしれないと眉間に皺を寄せる純太の表情は、コロコロと目まぐるしく変わっていく。
「は? いま嫌って? 何考えてるんだ僕……」
赤くなったり青くなったりする顔を落ち着かせるために、ポケットからスマホを取り出すと、純太はいつもの推し写真を眺めた。
「……なんで、えぇ? なんでこんなに……」
写真を見たら、ますます桜が鷹宮と重なってしまいドキドキが止まらなくなり純太は焦ってスマホの電源を落とすと、枕にムギュッと顔を埋めた。
同一人物と知らないはずが、鷹宮のキスがあまりに衝撃的すぎて、キャラを透過してしまったのだろう。ずっと高鳴っている心臓の音がうるさくて、純太は耳を塞いだ。
しかし鳴っているのは体の中なので意味はなく、バクバクと脈打つ音を聞きながら、アルコールもあってか純太はそのまま気絶するように眠った。




