6.幸せなこと
『手が離せないからドアを開けてくれ』
インターホン越しに鷹宮がそういうので、やれやれとドアを開けに行くと、純太をお姫様抱っこした鷹宮が満面の笑みで玄関前に立っていて、ルイは食べていたアイスの棒をポロリと口から落とした。
「まじで?」
「藤白くん、体調治るまで預かることになったから」
抵抗しても無駄だと悟ってはいるが、恥ずかしい極みにいる純太は顔を手で覆い、小さな声で「よろしくお願いします……」と申し訳なさそうに呟いた。
そんな彼とは正反対な様子の鷹宮は、とても機嫌が良さそうにニコニコしている。
「おもろー! 寝ないで待ってて正解だったわ。2回も社長に拾われるやつなんてレア中のレア!!」
ガーーンっという効果音がピッタリなくらいショックを受けた純太が腕の中でプルプルと震え始めたのを見て、鷹宮はキリッとルイを睨む。
「こら! 藤白くんのこといじめるなよ。というか、早く寝ないと明日遅刻するぞ」
「いじめてませーん! むしろ社長がいじめてまーす! もう寝まーす」
キャッキャッと楽しそうに部屋へと消えていくルイ
を、無言で見送り小さくため息をついた鷹宮は、これ以上小さくなれないところまで小さくなっている純太を解放して、手を引く。
「ここが、泊まる部屋だよ」
ガラリとした広い客間には、ベッドとテーブルそして、なぜかキャットタワーがあり「猫がいるのかな?」と純太は部屋を見回した。
「あ、今猫はいないんだ。部屋のクリーニングはしてあるんだけど。アレルギーとかあるかな?」
「いえ! 大丈夫です……」
猫がいないことを聞いて、少し残念そうにションボリとした純太を見て鷹宮の頬が自然と緩む。
「僕がね、よく捨て猫とかに遭遇するんでキャットタワーは常設してるんだ。そのまま飼いたくて、たくさんお世話するんだけど何故だかすぐ貰い手が見つかっちゃって、誰も居着いてくれないんだ」
「そうなんですね……」
「仕事柄、不規則な時間にしか帰れないし家を空けることもあるから、僕よりも大切にしてくれる人がいてくれるなら、その子にとって幸せかなって……」
そう言った鷹宮の表情は手放した時のことを思い出したのか、どこか寂しげで純太は胸が痛くなった。
部屋のあちこちに残る猫が遊んだ形跡。キャットタワーの近くにある猫じゃらしのオモチャは、かなり使い込まれているように見える。それだけでココにいた子は鷹宮に、とても可愛がられてたんだろうと純太は安易に想像が出来た。
「鷹宮さんに拾ってもらった子たちは、きっとみんな幸せですね」
「っ! そ、そうかな? 藤白くんにそう言ってもらえると、嬉しいよ」
2人の間に、ちょっといい雰囲気が流れた。が、それをぶち壊すようにドアの隙間から真顔で覗いていたルイが口を挟む。
「ワンコ、お前も同じ様に拾われて来たんだな」
そう言い残し、ダッシュで逃げ出すルイ。
「ごめんね、藤白くん。しんどいのに長話しちゃって。ベッドもきれいだから、よく寝て休んでね」
優しい声で鷹宮は純太にそう伝えた後、鬼の形相でルイを追いかけていく。捕まったルイが怒られている声は、ドアを閉めていても聞こえていた。
「……でも確かにそう」
あの殺伐とした部屋で1人高熱に苦しんでいた自分を鷹宮は拾ってくれた。それは彼にとって特別なことではなく、お腹を空かせた猫を保護したのと同じ意味だと純太は思った。
「鷹宮さんに拾われたら、きっと幸せ……」
確かに幸せかもとフワフワのベッドを堪能していると、抱っこされて運ばれたことまで思い出してしまい純太はそっと目を瞑る。そして恥ずかしさを忘れるためにもそのまま眠ることにした。
純太が目を覚ますと、日付は変わり時計は正午をしめしていた。鷹宮は仕事でいないらしく、代わりに早朝の仕事を終えたルイがリンゴを剥いて部屋へとやってくる。
「食べれるなら、食べな」
「あ、ありがとうございます」
熱が下がり食欲が戻って来た純太の腹の虫が、ぐぅと鳴いた。しゃくしゃくとリンゴを頬張って食べる純太の隣に腰掛けるとルイが話し始める。
「知ってる? 俺ら同い年なんだって」
純太は、前の仕事でプロフィールを見たことを思い出し知っていると言おうとしたが、リンゴを口に入れすぎてモゴモゴと発声できなかったので、とりあえず首を縦に何度も振って知っていることを一生懸命伝える。
「うん、知ってるんだな。じゃあここにいる間は敬語禁止な」
「?!」
おかしな提案に、飲み込み損ねたリンゴで死にかける純太。そんなのお構いなしにルイは話を続ける。
「タメ口、呼び方は純太、ルイ、オッケー?」
「え?! いや、無理ですよ?」
「ですよ?」
「ひぃ!」
モデルの本気睨みに怯える純太は震え上がる。パッと表情を変えて、次はニッコリと笑うルイ。
「純太、リピート アフター ミー。ル・イ」
「る、る、るい」
ぷしゅーとまた熱が上がったのか、それとも処理能力がパンクしたのか、へたる純太を撫でるルイ。
「本当、うちの子ソックリ」
スーパーモデルに撫でまわされながら、その言葉に純太はハッとした。
「ルイさんって、お子さんが?!」
「は? 犬な、実家の」
「あ、犬……え? いぬ?」
そういえば出会った日からずっとワンコと呼ばれていたなと純太は思い当たる。
「さてと、あんまり刺激したら社長に怒られるし、リンゴ食べたら寝ろよーー純太」
「はい、ありがとうござ…」
「んーー?」
目の前のルイの顔が真顔になり、まるでフクロウのように、どんどん首が傾いていく。
「あ、ありがとうルイ!」
「オッケー、good boy」
満足気に純太の頭をわしゃわしゃ撫でて、部屋を出て行ったルイ。へなへなと力が抜けた純太は、満腹と共にまた眠りにつくのだった。




