3.トラブル発生
撮影当日、純太は緊張の面持ちで準備をはじめていた。といっても重要な部分は、優しいお姉さま方が来て手伝ってくれたのでつつがなく終わっている。
ルイの入り時間になる前に颯爽と去っていった彼女達に「がんばってね!」と応援され、いつもより純太もやる気満々である。
「初現場、初撮影、やるしかない!」
初撮影に気合いが入りすぎて、先日の声のことも忘れている様子である。そんな中、一通のメッセージが、相手は鷹宮だ。
「前の撮影が押して、さっき現場を出ました。タクシーで向かっていますが少し遅れそうです」
まさかのトラブル発生に、さっきまでの勢いはどこへやら。純太は慌てて電話でお姉さま方に指示を仰ぎ、まずは監督やスタッフさんに伝える。
「大丈夫、こういうの俺たちは慣れてるから」
「初仕事で大変だね、藤白くん」
「今日は、このあと他の仕事入れてないから」
「あ、ありがとうございます! みんなが優しいぃ。この会社に入ってよかったぁ」
現場の方々から次々にかけられる優しい声に、半泣き状態の純太だが、実は準備段階で『新人をよろしくお願いします』や、『ルイのスケジュール的に遅刻がありえるから、当日1番最後の予定になるように設定しよう』などと先輩達や部長が根回ししてくれていたのだ。
現場にはピリピリした空気もなく、のほほんと雑談を交わす余裕もあるのだが、その様子を面白くなさそうに見ている数名の女子がいた。
ルイの現場は女人禁制のはずなのに、若い女子が数名グチグチいいながら物陰で純太を睨んでいる。
「遅れる!? こっちはずっと待ってるのに」
「ルイに会えると思って待ってんのにいるのは、おっさんと冴えない平社員」
「まじ最悪」
(聞こえてる、聞こえてるんですけど……! あの人たち、さっきお姉様が追い出したのにまたいるよ……聞いたところによると、この商品出してる会社の役員の娘さん達らしい……)
((関わりたくねーー))
純太と、スタッフさんたちの心の声は同じだった。
「はっ……! というか、女の子いたらやばいんじゃ……」
ぽそりと呟いた純太の言葉に、周りのスタッフさんも目を合わせて頷いてる。
「ぼ、僕が……言うしかない」
このプロジェクトの責任者は自分だからと、やる気の純太は、意を決して女子たちの前に立つ。
「は、あんた何?」
「こ、ここは、女性の立ち入りが禁止されてます!」
「は? 私らは特別なの!」
「っう……、特別とか関係ないので、とりあえずこっちの部屋にいってください」
「ウザイ! 触らないでよ!」
純太が女子を撮影のところからなんとか追い出そうと奮闘するも、ギャーギャーうるさい女子は一向に動かない。
そこへ鷹宮が走ってスタジオに入ってくる。遅れていることを謝るべく、すぐに監督の元へ行ったので、まだ女子の存在には気づいていないようだ。
「え!あれ鷹宮クリスじゃない?!」
「ちょっと、あんたどきなさいよ」
迷惑がかかっちゃうから、これ以上はだめだと押されても叩かれても必死に退かない純太は、両手を広げて彼女たちの侵入を拒んだ。
「あんたみたいな平社員、パパに言ったらどうなるかわかってんの!?」
「わ、わかってますよ!!! でもだめなもんはだめなんです!」
「はー?!」
自分の会社員人生終わったと心で泣きながらも純太はテコでも動かない。そんな純太を罵りながら、持っていた鞄を振り上げた女子の手を掴む人物が現れる。
「親の権力振りかざして、なにこの女子、こわーー」
フードを目深にかぶり薄い色のサングラスをかけたルイが、掴んでいた手をペッと払いのける。突然現れた彼から溢れ出る隠しきれないオーラに、その場にいるメンバー全員がフリーズした。
「あんたら性格最悪だね」
「る……る、るルイだ!」
「キャーーーー!」
解凍された女子達から沸き起こる黄色い声、手を掴まれた子は、腰を抜かしてへたりこんでいる。
「うるさ……」
「え、あ? ルイ? さん? はじめまして?」
初対面プラス現在の状況にテンパってる純太は、何からすればいいのか分からず、発する言葉全ての語尾にクエスチョンマークをつけている。
そんな純太を見て溜め息をつきながら、自分の方に引き寄せると、ルイは大きな声で叫んだ。
「社長ーーーーーー! ここ女子禁止じゃねーーのーー? めっちゃいるんですけどー?!」
「やば……!」
そう、実のところ彼女たちは親である役員から、ルイや鷹宮に接触せず隠れて見るだけに留めるよう釘を刺されていたのだ。
慌てて逃げ出す女子たち。そんな彼女たちの後ろ姿に、あっかんべーするルイ。
「あんた、大丈夫?」
「、あ、ありがとうございました……」
守らなきゃだめな立場なのに逆に守られてしまい、情けないとしょんぼり純太。そんな彼の頭には、へちゃげた犬の耳が生えているように見えた。
「……」
ルイは自分を見てもキャーキャーしない純太を見てキョトンとしつつ、凹んでいる姿を見てハッと何かに気がつく。
「あーーー……あんたがあれか、社長のおきに……んぐっ!」
後ろから突然、口を塞がれてモゴモゴするルイの言葉は遮られてしまい純太には伝わらない。もちろん後ろから現れたのは鷹宮である。
「ごめんね、藤白くん。僕らが遅れたから大変だったみたいで」
「あっ、鷹宮さん! いえ、大丈夫です」
知っている鷹宮が現れて安心したのか純太は、ニッコリ笑う。自分を見て笑顔になったのかと思うとニヤつきたくなるが、鷹宮は寸前のところで我慢して優しく微笑む。2人の間に、ぽややんとした空気が流れる中、口元を抑えられたままのルイがジタバタと暴れる。
「ルイさん!大丈夫ですか!?」
「あ、わるい、ルイ」
「……この野郎……絶対わざとだ」
ジトっとした目線を送るルイ、しかしそんなの気にも留めない鷹宮は、何事もなかったようにスラスラと話し始める。
「こんなとこで紹介になって申し訳ないけど、うちの専属モデルのルイ。見たことはあるよね?」
「はい! 存じてます。今日はよろしくお願いします。あと、助けていただき、ありがとうございました」
かなり怒っていたルイだったが、深々とお辞儀する純太を見て落ち着いたのか、その頭をポフポフ撫でる。
「よろしく、あんた犬みたいだね」
「え?」
「よーしよーし」
「ルーーイ」
新しいおもちゃを見つけたように悪ふざけし始めたルイの首根っこを掴むと、鷹宮はズルズルと控え室へ引き摺っていく。
「ワンコーまたあとでなー」
「あ、はい! よろしくお願いします!!」
そのまま雑に控室に移動させられて、ポイっと手を離されるも慣れた様子のルイ。どうやら2人は、いつもこんな感じらしい。まるで兄弟のようなやり取りの中、鷹宮はルイに釘を刺す。
「ルイ、藤白くんで遊ぶな」
「えー、サクラさんのお気に入りだから?」
「その名前、彼の前で絶対に呼ぶなよ……」
「へーーい」
鷹宮が凄んだ声を出しても、全く相手には響いていない。そして明らかに面白がってるルイに心配しかない鷹宮は、深く溜め息をついた。
「ルイさんスーパーモデルなのに、いい人だったなぁ」
そして、やっぱり何にも分かってない純太は能天気にニコニコと笑うのだった。




