1.失敗の連続
「藤白 純太くん、鷹宮芸能プロ社長兼マネージャーの鷹宮クリスです。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします!」
手に汗握りながら初めての名刺交換、そして目の前には笑顔が輝く鷹宮社長。そこから放たれるキラキラオーラに平々凡々の藤白純太は圧倒されつつ、こう思った。
『オーラって本当に存在したんだ!』と。
ーー遡ること1時間ほど前
「ここかぁ……」
入社1年目のゴールデンウィーク明け。右も左も分からないペーペーの純太は、鷹宮芸能プロダクションの前に佇んでいた。
新人の純太が何故1人でここに来たのか? それは本来の担当者である教育係の先輩が過労で倒れたからである。
といっても相手は、仕事のできる先輩が担当するはずだった大口のクライアント。こういった場合上司が代わりに訪問するのが一般的だろう。だがしかし、代役として白羽の矢が立ったのは純太だった。
「藤白くーん……と、とりあえず、今日は用意した資料を持って、社長さんに挨拶へ行ってくれたらいいからぁ……よ、よろしく……」
そして先輩は最後に蚊の鳴くような声で、めっちゃ眩しいけどいい人だからぁ…と純太に告げフェイドアウトしていったという。
「先輩、ゴールデンウィークも休み返上で働いてたって。はぁ……入る会社失敗したかもしれない……」
この会社で働く未来の自分を想像して、げんなりするも、今与えられた仕事を一生懸命やり遂げようと純太は思い直す。
(挨拶して、手土産渡して、資料渡して帰る。うん、それだけ……持ち物の確認、名刺よし、手土産よし、資料よし)
呪文のように何回も挨拶内容を頭の中で唱える。ドアの前でシミュレーションもして、再度段取りを確認、目を閉じ大きく深呼吸をしたのち胸に手を当て、ようやく心を決めた。
「よし!」
「あ、やっと入る気になった?」
「うわぁッ!!!!!」
後ろから突然声をかけられて猫のように毛を逆立ててビビる純太が振り返ると、サングラスをかけた長身で金髪の男性があたふたとしている。
「ご、ごめんね! 驚かせちゃって……。事務所に帰ってきたら、知らない子が神妙な面持ちでドアの前に立ってたから、いつ声かけようかなーって」
「あ、いや、……その、……こちらこそ申し訳ありません!」
(やってしまった。この人、絶対鷹宮社長だよ……)
先輩から事前に聞いていた特徴に、すべて当てはまる目の前の人物。そして社長がいるとは気づかずに事務所の前を長い間占領してた自分。顔から火が出そうになるとは、こういうことかと純太は身をもって知る。
「うちに、用があるんだよね?」
「あ、はい! 今度のCMの制作担当の……」
「あーーハイハイOK、じゃあとりあえず中に入って?」
初対面で怪しまれないようにと、首から下げていた社員証を見せながら、焦って入口で挨拶を仕掛けた純太。そんな相手の言葉をわざと遮り、自然に腰へと手を回しながら、鷹宮は事務所の応接室へと純太を案内する。
(さ、最悪だ。挨拶も失敗した……)
なにも出来ないからこそ、第一印象に賭けていた純太は暗い顔をしたまま、案内された椅子に腰掛ける。
「ごめんね、話してる途中だったのに。まだ正式に発表されてないから外で話すのよくないかなと思ってね」
(そうだった!!!)
挨拶失敗からの、情報漏洩までするとこだったという事実に、どんよりする純太を見て、なんとか元気づけようと鷹宮は声をかける。
「あんまり気にしないで。上の人から連絡はもらったよ。入社1ヶ月だって? 君もいきなりで大変だったよね」
「はい、何から何まで申し訳ありません」
初対面の社長にフォローまでしてもらって、立つ瀬がない純太は、泣きそうになりながらも本来の役割を果たすべく、気持ちを切り替えて持参した手土産を鷹宮に差し出す。
「ありがとう。でも、ごめんね藤白くん、せっかく来てもらったのに今日はルイ、事務所には来ないんだ」
「え、あ、そうなんですね。わかりました」
ルイというのは、鷹宮事務所に所属している海外でも活躍中の超人気モデルで、大抵の人は事務所に来るとルイに会いたがる。
なので鷹宮も『藤白くんもきっと会いたかったはず』と勝手に思い込み不在を告げたのだが、純太は残念がるどころか、まるで『明日雨が降るらしい』と聞いたあとぐらいのテンションで返事をしてきたので、予想外だった鷹宮からふふッと笑みがこぼれる。
笑われたことに気づく余裕もない純太。彼にとって有名なルイのことよりも、芸能人バリのキラキラを背負って目の前で輝く鷹宮の方が眩しすぎたのだ。
そしてようやく先輩から預かった資料を鷹宮へ手渡す。
(やった! ミッションコンプリートだ)
前半の失敗を鑑みて、これ以上粗相をする前にさっさと帰りたい純太は入ってきた扉を意識してソワソワとし始める。そんな対応をされたことがない鷹宮は、吹き出しそうになりながらも意地悪で少し純太を引き留めようと会話を続ける。
「藤白くんって、あんまりテレビとか見ない人だったりする?」
「え、あ、はい」
「やっぱり」
「???」
「君が代わりにきた理由が、よくわかったよ」
質問の真意も、自分が選ばれた理由もわからない純太は、頭に大きなクエスチョンマークを浮かべて小首を傾げる。鷹宮に気に入られた純太は、美味しい茶菓子と紅茶をご馳走になって歓談するも、ふと時計に目をやり焦り始める。
「すいません! 長々とお時間いただいてしまいました。僕はこれで失礼します」
机に置いていた名刺ケースをしまいかけた純太の手を遮る鷹宮の手。渡した自分の名刺を裏返すと、さらっと追加で番号を書き足す。
「僕が引き留めたから遅くなっちゃったね。これからもたくさん連絡すると思うから、私物の携帯番号も書いておくね。藤白くんのも教えてくれるかな?」
「わかりました! お気遣いありがとうございます。担当者の体調が整うまで、よろしくお願いします!」
何の躊躇いもなく自分の番号を鷹宮に教えると、深々とおじぎをして純太は事務所を後にした。
「変わった子だったなーー、……藤白純太くん」
鷹宮は、そう言って不敵な笑みを浮かべながら純太の名刺を指でなぞる。
その動きにまるでリンクしたかのように事務所を出て歩いている純太の背筋にゾワっと悪寒がよぎった。
「どうだった!?」
帰ってきた純太は、早速女子社員に囲まれてあーだこーだ聞き出される。
「ルイさんはいなくて、社長さんと挨拶して資料渡してきました」
「ルイいなかったんだー」
「鷹宮さんと話したとか、羨ましい~」
「担当変わってほしー!」
暫く囲まれて質問攻めされた純太は、なんで自分にこの役目を回されたのか少し分かった気がした。そして、最後に貰った名刺は誰にも見せられないと確信する。
「先輩、はやく戻ってきて……」
その夜、純太は初めて星に願った。




