第7話:地に落ちた偶像と、真の聖域
続きは明日にー
「婚約破棄を宣言した瞬間に、自分も家を追い出されていた」
この喜劇的な事実は、カフェテラスの騒がしさとともに、瞬く間に学園中に広がっていった。
目の前で膝をつくブラム様――いいえ、ただのブラム。
彼は廃人のように口をパクつかせ、先ほどまでの威勢はどこへやら、雨に濡れたネズミのように小さく震えている。その一方で、隣に座り込んでいたアリスは、パチパチと瞬きを繰り返しながら、必死に状況を理解しようとしていた。
「嘘よ…嘘に決まってるわぁ! ブラム様は伯爵家を継ぐのよ! あたしは伯爵夫人になって、王宮の舞踏会に行くんだからぁ!」
アリスが金切声を上げた。その必死な叫びは、周囲の学生たちにさらなる冷笑を誘うだけだ。
私は汚れ物を避けるように一歩下がり、彼女を憐れみの目で見つめた。
「アリスさん。現実を見なさいな。舞踏会どころか、明日からのあなたのドレス代、誰が支払うとお思い?」
「ひっ…!」
「ブラムを引き取ってくれてありがとう、なんてお礼を言うつもりだったけれど。どうやら、あなたが引き取ったのは『伯爵位』ではなく、ただの『負債を抱えた無職の男』だったようね」
私の言葉がトドメとなったのか、ブラムが突如として咆哮を上げた。
「…セ、セリーヌゥゥウウウ!!」
それはプライドを粉々にされた男の、あまりにも醜い逆上だった。
ブラムは獣のような形相で立ち上がると、あろうことか私に向かって拳を振り上げたのだ。
「お前が! お前が父上に余計なことを言わなければ! 全部お前のせいだ!!」
周囲から悲鳴が上がる。
だが、私は眉一つ動かさなかった。
なぜなら、私の隣には守護神が控えているのだから。
「――無様ですね」
鋼が鳴るような冷徹な声。
ブラムの拳が私に届くより速く、スザンナ様が動いた。
彼女はブラムの突き出した腕をその指先だけで絡め取ると、流れるような動作で彼の重心を奪い、そのままテラスの石床へと叩きつけた。
――ドォォン!
鈍い音とともに、ブラムの顔面が地面に埋まる。
スザンナ様は一切の容赦なく彼の腕を背後にひねり上げ、膝でその腰を押さえつけた。騎士の家系に伝わる、確実な制圧術だ。
「が、はっ…あがっ!?」
「学園内で暴力を振るうとは、元貴族とは思えませんわね。いえ、今のあなたはただの不審者も同然。セリーヌ様、お怪我はありませんか?」
「ええ、ありがとうスザンナ様。おかげでこの『泥団子』を、自分の手で投げ捨てずに済みましたわ」
私は乱れた髪を整えることもなく、地面に這いつくばるブラムを見下ろした。
今の彼には、私が愛でるべき年月も美学も存在しない。あるのは、若さゆえの浅慮と、それを守りきれなかった者のみじめな残骸だけだ。
「警備の騎士に引き渡します。この方は、もうアレンビー家の保護下にはありませんもの。暴行未遂として、法に則り裁かれるべきです」
スザンナ様の合図で、遠巻きに見ていた学園の騎士たちが慌てて駆け寄ってきた。
かつては、若き伯爵令息として敬意を払われていたブラムが、今や罪人のように両脇を抱えられ、引きずられていく。
「離せ! 俺は伯爵だ! アレンビーの血を引いてるんだぞ!」
その叫びは、遠ざかるほどに虚しく響いた。
「――知らないわ。あなたに用はなくってよ」
さて、残されたのはもう一匹の珍獣だ。
アリスは突き飛ばされた拍子に、ティーテーブルの脚を掴んだまま、腰を抜かして座り込んでいた。
私は彼女の前に立ち、ゆっくりと視線を合わせる。
「……ひ、ひぃ……」
アリスが喉を鳴らす。
彼女にとって、これまでの私は「何をされても微笑んでいる、お人好しのカモ」に過ぎなかったのだろう。
だが今の私の顔には、隠しようのない「歓喜」があふれていた。
私は彼女にだけ聞こえるよう、身を屈めてささやく。
「ねえ、あなた。良い夢を見れたかしら。人から奪った身分ある婚約者が、あなたと同じ平民に落ちるのはどんな気持ち?」
「へ……あ…。で、でもぉ! あたしの方が愛されてるんだもん! セリーヌは愛されてないくせにぃ、出しゃばってくるなんてサイテーよ!」
彼女は、まだそんな愛という名の幻想にしがみついている。
私はおかしくてたまらなくなり、肩を震わせて笑った。
「ふふ、ふふふ…。あはははは! …あなた、本当に面白いわね。私ね、ブラム様のことは最初から要らなかったのよ」
「え……?」
「私が欲しかったのは、あなたの隣で喚いていた未熟な若造じゃあない。彼が持っていた『エドモンド様の身内』という切符だけだったの。でもね、エドモンド様と直接お約束をしてしまったから、もうその切符すらゴミ同然なのよ」
私はアリスの頬を、指先で優しく撫でた。
彼女は蛇に睨まれた鳥のように硬直している。
「ブラムを引き取ってくれてありがとう。ずっと捨てたかったの。名前も知らないあなた…。これからも、私の要らないものを、そのみじめな人生すべてを使って引き受けてね」
「ひぃぃいいいい!!」
アリスが這いずって逃げ出す。
背後でスザンナ様が「追いかけましょうか?」と尋ねてきたが、私は首を振った。
あの子にトドメを刺す必要はない。明日から彼女を待ち受けているのは、「伯爵夫人の夢」が消え、周囲の貴族生徒たちから「男をたぶらかして伯爵家に泥を塗った悪女」というレッテルを貼られて過ごす、地獄のような学園生活なのだから。
私は大きく息を吸い込み、カフェテラス中に響くよう、晴れやかな声を上げた。
「皆さん! お騒がせしてしまってごめんなさいね。本日のテラスの料金は、すべて我がエヴァーツ侯爵家がお支払いしますわ! どうぞ引き続き、素敵なティータイムを楽しんで頂戴!」
一瞬の沈黙の後、テラス中に大きな歓声と拍手が巻き起こった。
「聖女セリーヌ!」
「さすがは侯爵令嬢」
「よっしゃ食いまくるぞ!」
「やだー!高い方のランチにしておけば良かった!」
ああ、気分が良いわ。
お金で「場」を支配する。これもまた、大人の社交の美学。
私はスザンナ様に向き直り、最高の微笑みを向けた。
「スザンナ様。予定外の余興で、少し紅茶が冷めてしまいましたわね。場所を変えて、お祝いの続きをしませんか?」
「ええ、喜んで。…セリーヌ様、今のあなたの顔、とても素敵ですよ」
「まあ。うふふ、スザンナ様もですわ」
私たちは、騎士に連行されるブラムの無様な背中を一度も見ることなく、優雅にその場を後にした。
その夜、私は日記に万年筆を走らせる。
『本日の結果:額縁の破棄完了。中身(名画)の保全に成功。そしてアリスという名の珍獣には、相応の檻を与えた。
エドモンド様、待っていてくださいませ。次にあなたとお会いする時、私はもう「息子の婚約者」ではなく、あなたの美しさを正しく理解する、一人の「理解者」として隣に立ちますわ』
窓の外には、満天の星空が広がっている。
私の「枯れ専」としての人生は、この騒動を経て、より深く、より高潔なステージへと進む準備が整ったのである。
セリーヌは人を追い詰めるとき、なぜか生き生きします
なんで
次はざまぁ後のブラム視点です
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