第6話:断罪のテラスと、哀れな道化師
続きは本日中にー
アレンビー領での「秘密の会談」から一ヶ月。
学園に戻った私は、これまで以上に穏やかで、慈愛に満ちた(と周囲には見える)微笑みを浮かべて過ごしていた。
水面下では、エドモンド様の手によって着々と手続きが進められていた。
ブラム様の廃嫡、そして私との婚約解消。本来であれば即座に公表されるべき事柄だが、エドモンド様は「恥をかかされた報いを受けさせたい」という私のささやかな、いえ、猛毒を含んだ願いを快く聞き入れてくださったのだ。
「セリーヌ様、今日の紅茶は一段と香りがよろしいですわね」
「ええ。とても清々しい気分ですもの。…さあ、間もなく『見世物』が始まりますわよ」
日差しが心地よい学園のカフェテラス。スザンナ様と談笑しながら、私はその時を待っていた。
「セリーヌ、すまない。君との婚約を破棄させてくれ」
背後から響いた、聞き慣れた緊張感のない声。
私はゆっくりとティーカップをソーサーに戻した。カチリ、という硬質な音が、静かなテラスに響く。
振り返れば、そこには鼻息荒く胸を張るブラム様と、その腕にこれ見よがしに絡みつくピンク色の珍獣、アリス・ハーシェルの姿があった。周囲にいる学生たちが一斉に息を呑み、こちらを注視するのがわかる。
「セリーヌさん! ブラム様のことはあきらめてねぇ! あたしたちは真実の愛で結ばれてるのぉ!!」
アリスが、左手の薬指に輝く指輪を突きつけてくる。
……あら。アレンビー家の家紋が入った、代々の婚約者に贈られる指輪ではないわね。それは今、エドモンド様の手元にあるはずだもの。おそらくブラム様が、私との交際費を流用して買い与えた、石だけが大きく土台が安っぽい金メッキの指輪だわ。
「愛されてないセリーヌさんと違ってぇ! あたしはブラム様に愛されてるんだからぁ、大人しく引っ込んでいてよねぇ!」
「ああ、愛してるよアリス! セリーヌに君の半分でも可愛さがあればと、何度思ったことか。君は冷たいし、アリスとは違い『守ってあげたい』と思えないんだ」
ブラム様の言葉に、テラスがざわつく。
マナーと教養を身に付けた淑女を「冷たい」と切り捨てたのだから、当然の反応だ。
「まあまあ、急にどうしましたの? ごめんなさいね、スザンナ様。お茶の時間を邪魔してしまって」
「いいえ、大丈夫ですよセリーヌ様。ただブラム様側は二名なので、私もこのまま居させてくださいますか?」
「ええ、ありがとう。巻き込んでしまって申し訳ないわ」
私はあえてブラム様を無視し、スザンナ様と優雅に会話を重ねた。これが一番、プライドの高い若造には効くはずだ。現に、ブラム様の額にはピキリと青筋が浮かんでいる。
「おい、セリーヌ! 聞いているのか! 俺は今、君に婚約破棄を言い渡しているんだぞ! このアリスを愛しているんだ。君とは結婚できない!」
「あらあら、なんということでしょう……。でも、一つだけ確認させていただいてもよろしいかしら? ブラム様、そのお話、お父様には通してありますの?」
「父上? ふん、父上は今、腰の病で寝込んでいるだろ。家を切り盛りしているのは実質的に俺なんだ。事後報告で十分だよ」
思わず、扇で口元を隠した。
笑いを堪えるのがこれほど大変だとは思わなかったわ。
「そうですか…事後報告。それは、あまりにも無謀ですわね」
「何がだ! 君こそ、身の程を知れ! 侯爵令嬢だからって、いつまでも俺が従うと思ったら大間違いだぞ!」
私はゆっくりと立ち上がり、椅子を引く。
そして、周囲に集まった野次馬たちにも聞こえるよう、朗々と声を響かせた。
「ご存じないのですね、ブラム様。私たちの婚約は――一ヶ月前に、既に解消されておりますわよ?」
「……え?」
「ほぇ?」
見事なハモりだわ。ブラム様の顔から、自信満点な色がみるみるうちに消えていく。
「ええ。先日の長期休み、私はエドモンド様とお会いしましたの。ブラム様には心に決めた方がいらっしゃるようだから、この縁談は不幸せにしかならない、と。誠意を込めて、婚約解消を願い出ましたわ。そして、その場で書類を交わしたのです」
「ば、馬鹿な! 父上がそんなに簡単に認めるはずがない! あんなに君との縁談を喜んでいたのに!」
「ええ、エドモンド様は大変お怒りでしたわ。…ただし、私にではなく、あなたにですけれど。あなたが私へ何も贈らず平民の娘に貢ぎ、挙句の果てには侯爵家への侮辱を繰り返していると知り……あの方は、アレンビーの誇りを守るために決断されたのです」
私はブラム様にさらに一歩近づき、彼の耳元で囁くように告げた。
「エドモンド様は仰いました。『アレンビーの誇りを汚し、侯爵家の令嬢に無礼を働いた息子を、これ以上身内とは呼べない』と。……一ヶ月前、あなたがアリスさんと温泉旅行を楽しんでいたあの日。あなたはアレンビー家から廃嫡され、勘当されたのですよ」
ブラム様の膝がガクガクと震え始める。その振動がアリスにも伝わったのか、彼女も顔を引きつらせた。
「そ、そんな…嘘だ! 俺はたった一人の息子なんだぞ! アレンビーの血を引いているのは俺だけだ!」
「あら。エドモンド様の弟君――あなたの叔父様には、とても優秀なご子息がいらっしゃるでしょう? 既に彼が次期当主として指名され、王宮への届け出も済んでおりますわ」
「う…嘘だろ……?」
「嘘ではありませんわ。さらに言えば、エドモンド様は引退後、帝国へ療養に行かれます。その際、アレンビー邸は叔父様一家の所有となります。…つまり、ブラム様。あなたが帰る場所は、もうこの国のどこにもありませんのよ」
テラスを囲む学生たちが、嘲笑の混じったささやき声を交わしている。
「婚約破棄を宣言した本人が、すでに婚約破棄されていた」
「それどころか家を追い出されていたなんて」
「これほど面白い見世物があるだろうか」
「そんな……。じゃあ、俺の…俺のアレンビーとしての権利は…」
「権利? 身勝手な振る舞いで家を泥まみれにした方に、まだ権利を主張する資格があると? あなたは今、ただの平民、ブラム・アレンビー。いいえ、名字すら名乗ることを許されない、ただのブラムですわ」
私は、彼の胸元の学園のバッジを憐れむように見つめた。
「あなたは今、アレンビー家から『学費だけ』を恵んでもらっている居候です。卒業までの慈悲を与えられたことに、感謝すべきではありませんか?」
「ひ……ひぃぃい!」
ブラム様は、まるで幽霊でも見たかのように後ずさりした。
アリスが慌てて彼を支えようとするが、ブラム様はその手を振り払った。
「お、お前のせいだ! お前が、セリーヌは俺に惚れているから大丈夫だって言ったから!」
「ほぇ!? ブラム様、ひどいですぅ! あたしはブラム様が伯爵様になるって言ったから…!」
あらあら。真実の愛とやらは、経済的な基盤を失うと同時に崩壊を始めるのね。
私は、扇を広げて優雅に笑った。
「さあ、お二人とも。茶番はこれで終わりですわ。講義の時間が近づいておりますもの。…これから始まる『平民としての学園生活』、精一杯楽しんでくださいましね?」
私の言葉を合図にするように、スザンナ様が静かに立ち上がった。その目は、獲物を狙う鷹のように鋭く、逃亡を許さない威圧感に満ちていた。
ざまぁは次回へ続くよ
セリーヌがスザンナのお家を経由してお見舞いに行ったのは、動きを悟らせないためですね
ブラムだけでなくその友達にもね
万が一「お前の婚約者、伯爵に会いに行ったみたいだけど大丈夫?」とか言われたら大変だからね
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