第5話:病床の美学と、逆転の秘策
続きは本日中にー
長期休みを利用して訪れたマロリー伯爵領は、王都よりもずっと空が高く、穏やかな風が吹き抜ける美しい土地だった。
だが私の目的は観光ではない。マロリー家を拠点とし、その隣領――アレンビー伯爵邸に座する至高の芸術を、この目に焼き付けることにある。
「セリーヌ様、準備はよろしいですか? 伯爵には私から、『セリーヌ様がブラム様の不誠実な振る舞いに心を痛め、せめて父君にだけでもお会いして癒やされたいと願っている』と伝えてあります」
馬車の中で、スザンナ様が茶目っ気たっぷりにウインクをした。
さすがは私の美学を知る同志だ。事実は「ブラムなどどうでもいいから名画の流出(引退)を阻止したい」なのだが、表現一つでこれほどまでに健気な婚約者像が完成するとは。
「完璧ですわ、スザンナ様。さあ、参りましょう。……あの方の苦悶に満ちた、けれど気高いお姿を拝しに!」
◇◇◇◇◇◇
アレンビー伯爵邸。
案内された寝室の扉が開くと、そこには微かな湿布薬の匂いと、カーテン越しに差し込む柔らかな光があった。
「セリーヌ嬢…。わざわざこんな所まで、すまないね」
ベッドの上で上半身を起こしたエドモンド様が、力なく、けれど優雅に微笑んだ。
私は思わず、胸元で両手を組む。
普段の整えられた髪は少し乱れ、寝衣の襟元から覗く鎖骨のラインは、病ゆえに少しだけ痩せている。そして何より、体を動かすたびにわずかに歪む眉間! そのシワには、死線をも越えてきた者だけが持つ色気が宿っていた。
思わず垂れそうになったよだれを押さえる。
「エドモンド様…お加減はいかがですか?」
「ああ、情けない姿を見せてしまったな。腰の痛みが引かなくてね。……スザンナ嬢から聞いたよ。ブラムが、学園で君に寂しい思いをさせているそうじゃないか。本当に、あいつは…」
エドモンド様は、自責の念に駆られたように目を伏せた。
私は持参した証拠をバッグから取り出す。それは、ブラム様がアリスさんの実家の商会に、私への誕生日プレゼント代を流用したことを示す、父が調べさせた記録の写しだ。
「これをご覧ください。ブラム様は私への贈り物を削ってまで、アリス様の商会を支援しているようです。それだけならまだしも、周囲には『セリーヌは俺に惚れているから、何をしても許される』と豪語しているそうで…」
エドモンド様が記録に目を通す。読み進めるにつれ、あの方の目尻のシワが怒りで震え、口の端が険しく結ばれていく。怒りの表情もなんて素晴らしい。
「な…なんだ、これは…! 予算の使い込みだけでなく、他家の商会への不透明な資金援助だと!? セリーヌ嬢、本当に申し訳ない。あんな不届き者、もはや我が家の跡継ぎとして認めるわけにはいかない!」
「…エドモンド様。私は、ブラム様との婚約を解消したいと考えております。けれどアレンビー家との……いいえ、エドモンド様とのご縁まで無くなってしまうのは、あまりに寂しいのです」
私はここぞとばかりに本題を切り出す。
「そこでご提案があります。まずはエドモンド様のお体についてです。私もかつて帝国の地で咳喘息を克服いたしました。あちらには腰痛の名医と、筋肉の緊張を解きほぐす素晴らしい源泉がございます。私がお世話になった医師と、最高の療養地を紹介させてくださいませ」
「…君が、私を助けてくれるというのかい?」
「もちろんです。そして…もう一つ、わがままを言ってもよろしいでしょうか」
私は深々と頭を下げた。
「ブラム様との婚約は白紙に戻りますが、私たちが家族になるはずだったことの記念として…エドモンド様と私の二人を並べた肖像画を、描かせていただけないでしょうか。もちろん今の、この病床でのありのままのお姿を…いえ、お元気になられてからでも構いませんが」
エドモンド様は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で私を見つめた。
まさか婚約者の娘から医療プロデュースと、自分とのツーショット肖像画を要求されるとは思わなかっただろう。
「肖像画……私のような、老いさらばえた病人と並んで描かれることが、君の記念になるというのかい?」
「老いさらばえてなどいません! 今のエドモンド様は、長い歴史を背負った最高の芸術品ですわ! そのお姿を記録に残すことは、この国の損失を防ぐことに他なりません!」
「……っ、おお…。なんと慈悲深く、そして一途な娘だ…」
エドモンド様が、感動に震える手で私の手を握った。
ザラリとした、年季の入った大人の手の質感。ああ、最高。
「分かった。ブラムのことは私が責任を持って片付ける。あんな男に、君のような聖女を預けるわけにはいかない。そして帝国への療養も、君の勧めに従おう。肖像画も……私で良ければ、喜んで描かれようじゃないか」
「うふふ、ありがとうございます。…では、学園での『最後の仕上げ』は、私にお任せいただけますか? ブラム様には自分が何を見失ったのか、その身をもって理解していただかなければなりませんもの」
私は、エドモンド様の手にそっと自分の手を重ねた。
よし、決まった。エドモンド様には帝国で健康になっていただき、かつ、私の手元にはエドモンド様の写実的な肖像画が残る。
ブラム様への仕返しは、そのための単なる手続きに過ぎない。
私が望んだ最高の結果だ。
日記を更新しましょう。
『作戦第二段階。被写体の合意と、肖像画の製作権を獲得。副産物として、ブラム様の廃嫡および勘当が内定。…さて、学園に戻ったら、あのうるさい額縁を粉々に粉砕して差し上げましょう』
ざらついた肌の質感いいよね
弾力の無くなった皮膚に血管が浮き出ているのが好きです
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるの!!」
と思ったら
↓
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いいたします!
面白かったら☆5つ、つまらなかったら☆1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです!
なにとぞよろしくお願いいたします!




