番外編12:亡命王子の困惑、あるいは深淵への決意(ローデリヒ視点)
続きはちょっとお待ちください、詳細は活動報告に
エンドワ王都、エヴァーツ侯爵家に用意された一室にて、私――ローデリヒ・フォン・バリッシュは、運ばれてきた茶の温かさに人心地ついていた。
思えば、激動の数ヶ月だった。
母国バリッシュを追われ、泥まみれで湿地帯を彷徨っていた私を救ったのは、蜂蜜色の髪をした奇妙な令嬢、セリーヌ・エヴァーツだった。
彼女は、死に体の私を見て「至宝を見つけた」と宣い、あろうことか老いた私の顔を熱烈に称賛したのだ。
(あの時は、死の淵で見た幻覚かと思っていたが…)
今、目の前で優雅に茶を飲む19歳の彼女を見れば、それが現実であったことを認めざるを得ない。
そして彼女の誕生会にて、彼女がこれまで歩んできた、いいや、帝国で繰り広げてきた歴史の一端を聞かされ、激しい眩暈に襲われていた。
「…セリーヌ嬢。失礼を承知で伺うが…。君は12歳の頃、帝国の温泉地で、人身売買組織を相手に立ち回り、あまつさえその元締めを『美学の欠如』という理由で論破した、というのは本当なのか?」
私が恐る恐る尋ねると、セリーヌ嬢は「まあ、人聞きの悪い」とばかりに小首を傾げた。
「論破などという大層なものではありませんわ、ローデリヒ様。ただ、あまりにも下劣な顔をなさっていたので、私の審美眼が拒絶反応を示しただけですの。あんな浅ましい顔を、私の大切なシリル君やヴィクトール様の近くに置きたくありませんでしたもの」
(やばい。このお嬢様、本気でやばい)
私は背筋が寒くなるのを感じた。
かつてエンドワの反逆者リチャードが、彼女を手に入れようとして逆にその陰謀を看破され、絶望の中で散っていった時。私は「彼女の鋭い知性が成した業だ」と思っていた。
だが、違った。
彼女は知性で戦っていたのではない。自らの「性癖(美学)」に合わない不純物を、生理的な嫌悪感だけで排除していたのだ。なんと、なんと恐ろしく、そして気高い狂気だろうか。
そんな私の戦慄に追い打ちをかけるように、部屋の扉が開かれた。
「お館様! お嬢様!……いらっしゃいました! 帝国の親善大使…ヴィクトール・フォン・ファヴァロ公爵、ご到着です!!」
ドミニクの案内で入ってきたのは、漆黒の外套を纏った男と、その影のように付き従う美しい青年だった。
「…………っ!」
私は、思わず息をのんだ。
入ってきた男――ヴィクトール・フォン・ファヴァロ公爵。
彼から放たれる気配は、私がこれまでバリッシュで見てきたどの権力者とも違っていた。
それは、幾千、幾万の死をその双肩に積み上げ、自らの魂を削って帝国の影を守り抜いてきた者だけが持つ、重厚な絶望の匂いだ。
そして、その眉間。
セリーヌ嬢が「至高の深淵」と呼ぶ深い溝には、確かに、私のそれとは比較にならないほどの重い歴史が刻まれていた。
「……バリッシュの亡命王子、ローデリヒ殿下とお見受けする。初めまして。帝国のヴィクトールだ」
ヴィクトール公爵が、暗い青の瞳で私を射抜く。
その瞬間、私は理解した。……この人は、本物だ。
そして隣に立つシリル。
彼は私よりもずっと若いが、その瞳にはかつての私と同じ、あるいはそれ以上の、地獄を見た者特有の冷徹な光が宿っている。
(やばいのが来た…。セリーヌ嬢の周囲には、こんな『特級の歴史』を持つ者たちがひしめいているのか…!)
私は自分の未熟さを恥じた。
自分はカールハインツに追われ、エンドワに身を寄せ、復讐と再起を誓っていた。…だが、どこかで自分を「悲劇の主人公」のように思っていなかったか?
目の前のヴィクトール公爵を見ろ。
彼は、悲劇を日常として受け入れ、その上で平然と統治者としての責務を果たしている。
彼の手の甲に刻まれた無数の細かな傷、そして一切の妥協を許さぬその立ち居振る舞い。
「ローデリヒ殿下。君の背負っている苦悩は、バリッシュの民のそれだ。それを『汚れ』にするか、『歴史』にするかは、君がこれから王として、どう自らを削るかにかかっている」
ヴィクトール公爵が、静かに、けれど重い言葉を投げかけてきた。
私は、ハッと息を呑んだ。
そうだ。私はこのまま、エヴァーツ侯爵邸の温かい空気の中で、いつか誰かがカールハインツを倒してくれるのを待つつもりだったのか?
隣でセリーヌ嬢が、目を輝かせながら私と公爵を交互に見つめている。
「ああ…! ローデリヒ様の『亡命の苦渋』と、ヴィクトール様の『統治の深淵』。この二つの歴史が今、私の目の前で火花を散らしていますわ! なんて、なんて芳醇な対峙なのかしら!」
彼女の変態的な称賛が、今の私には不思議と、力強い鼓舞のように聞こえた。
彼女は、私の歴史を愛してくれた。
ならば、その期待に応えなければならない。
私が刻むべきは、逃亡者のみじめな敗北ではない。
腐敗したバリッシュを救い、自らの手で民を導く、真の統治者としての歴史だ。
「…ヴィクトール公爵。そしてセリーヌ嬢。感謝する」
私は自らの背筋を正し、力強く宣言した。
「私はもう、隠れているだけの『しがない旅人』ではない。バリッシュ国王カールハインツ。私の叔父であり、かつての憧れであったあの男。…今やただの老害と成り果てた彼と、私は正面から向き合う。そして、バリッシュに、真の『誇れる歴史』を取り戻してみせる」
私の言葉に、ヴィクトール様が微かに、けれど確かに満足げな目尻のシワを作った。
「……良い目だ、ローデリヒ。その覚悟、帝国の影も支援しよう」
セリーヌ嬢は、鼻血を堪えながら、狂ったようにスケッチブックを動かし始めた。
「決定ですわ! ローデリヒ様、今、あなたの眉間に『覚醒』という名の、最高に新しい、けれど重厚な溝が一本増えましたわ! ああ、神様、歴史家に幸福をありがとうございます…!」
私は、熱狂するセリーヌ嬢を見守りながら、心の底で静かに闘志を燃やしていた。
待っていてください、カールハインツ陛下。
あなたの空虚な野心が踏みにじった国に、私は、セリーヌ嬢が思わず描き留めたくなるような、最高の「正義の歴史」を刻み込んで差し上げます。
周囲がかなり毒されてきました
セリーヌを隔離するべきでは?
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「今後どうなるの!!」
と思ったら
↓
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いいたします!
面白かったら☆5つ、つまらなかったら☆1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです!
なにとぞよろしくお願いいたします!




