番外編11:王の休息と、蜂蜜色の観察眼(ジャクソン視点)
続きは本日中にー
王宮の最上階、夜の風が吹き抜けるバルコニー。
私、ジャクソン・エンドワは、一人で静かにワイングラスを傾けていた。眼下には王都の灯りが広がり、少し前の騒乱が嘘のような静寂が戻っている。
「……はぁ、ようやく一息つけるな」
私は、自分の眉間を指でもみほぐした。
43歳。一国の王として、そして一人の男として、それなりに「歴史」を刻んできた自負はあるが、この数週間は流石にこたえた。
甥であるリチャードの謀反。
エンドワ王家に伝わる、あのあまりにも厳格で細かい継承規定が、まさか彼をあそこまで追い詰めていたとは。規定は規定だ。血の純潔を保ち、周辺国とのパワーバランスを維持するための「呪い」のようなものだが、それに縛られた若者の野心を、私はどこかで甘く見ていたのかもしれない。
「リチャード……。お前がその才を、別の形で国のために使ってくれれば、私は喜んでお前に未来を託したというのに」
そんな感傷を抱く私を、現実へと引き戻したのは、執務室の扉を遠慮なく叩く音だった。
「陛下! ベンジャミン・エヴァーツです。緊急の報告が、いえ、緊急の『苦情』がございます!」
……またか。
私は苦笑し、親友を中へと招き入れた。
「入れ、ベンジャミン。また娘さんのことか?」
入ってきたベンジャミンは、40歳という年齢以上にやつれた顔をしていた。エヴァーツ侯爵家の誇り高い当主であるはずの男が、今や一人の「翻弄される父親」の顔になっている。
「陛下! 笑い事ではありません! 帝国から来たヴィクトール公爵ですが、あの方は、あの方は本気でセリーヌを帝国へ連れて帰るつもりですよ! 先ほども中庭で、二人で仲睦まじく(?)写生をしていたのですが、セリーヌが『公爵様のその目尻の小じわ、三日前より0.5ミリ深くなりましたわね!』と言った際、公爵様は『君にそう言ってもらえるよう、昨夜は少しだけ無理をした甲斐があったよ』と、嬉しそうに微笑んでおられたのですぞ!」
「……ははは! それは…なんというか、高度なやり取りだな」
私は、運ばれてきた新しいグラスをベンジャミンに差し出した。
「いいじゃないか、ベンジャミン。セリーヌ嬢は、あんなに美しく、賢く、そして何より……リチャードの正体を、我々が見逃した『違和感』だけで見抜いた逸材だ。彼女の感性が、帝国の実力者をあれほどまでに手懐けているのなら、これほど心強い外交カードはない」
「陛下! 娘をカード扱いしないでください! それに、セリーヌの趣味は、その、普通ではありません! あの子、私の生え際を見て『お父様、今日も躍動する歴史を感じますわ!』と喜ぶのですぞ。そんな、そんな枯れ専の娘が、帝国の権力者の横に立って、無事で済むはずが…」
ベンジャミンはワインを一気にあおり、絶望したように椅子に崩れ落ちた。
私は、そんな親友の肩を優しく叩いた。
「ベンジャミン。私はね、セリーヌ嬢のあの趣味…嫌いではないよ。むしろ、今のこの時代に最も必要なものかもしれないと思っている」
「……と、仰いますと?」
「我々の住むこの世界は、常に『新しさ』や『若さ』、そしてリチャードが求めたような『輝かしい野心』ばかりを称賛する。だが、セリーヌ嬢が見ているのは、その裏側にあるものだ。失敗し、苦悩し、傷つき……それでもなお、立ち上がって時を重ねてきた者が持つ、隠しきれない『重み』。彼女は、人が生きてきた証そのものを愛でているのだろう?」
私はバルコニーへ戻り、月光を見上げた。
「リチャードは、自分の顔に歴史を刻むことを拒んだ。新しく、美しく、完璧な自分であろうとして……自壊した。対して、ヴィクトール公爵はどうだ? 彼は33歳という若さでありながら、あえて『老い』を引き受け、帝国の重圧をその身に刻んでいる。セリーヌ嬢が彼に惹かれるのは、彼の中に『本物の歴史』を見ているからではないかな」
私は、自分の手のひらを見つめた。
王としてペンを握り、多くの決断を下してきたこの手。そこにあるシワを、あのお嬢さんならどう評価してくれるだろうか。
「ベンジャミン。君の娘さんは、もしかしたらこの世界で唯一、我々のような『働きすぎた中年』の真の価値を理解してくれる救世主なのかもしれないぞ。……現に、私もセリーヌ嬢に一度だけ、眉間のシワを『43歳相応の、威厳ある絶望が刻まれていますわ』と褒められたことがある」
「陛下まで毒されていたのですか…!!」
ベンジャミンが頭を抱えてうなる。
「まあ、冗談はさておき。エドモンドも言っていた。セリーヌ嬢のおかげで、自分の『老い』が恐怖ではなく、誇りに変わったと。…ベンジャミン、娘さんの趣味を認めてやりなさい。彼女は、ただの変態……失礼、ただの愛好家ではない。彼女は、人の魂の価値を写し取る、稀代の観察者なのだから」
「……陛下がそこまで仰るなら、私は……私は、娘の写生帖のページを増やすための予算を、来年度の予算案に組み込むしかありませんな」
「うむ。それは良い案だ。私も協力しよう」
私たちは、夜の静寂の中で声を上げて笑った。
リチャードの反乱という悲劇は、私たちの心に深い傷を残した。けれど、セリーヌ嬢という蜂蜜色の嵐が、その傷跡を拝むべき歴史へと変えてくれるのなら。
この国も、そして私たち大人も、まだまだ捨てたものではないのかもしれない。
「さあ、ベンジャミン。明日は王宮での会談だ。ヴィクトール公爵の眉間に、最高に『歴史を感じさせるシワ』を寄らせるような、難解な議題を用意しておこうじゃないか。セリーヌ嬢への、最高のプレゼントになるだろう?」
「陛下、あなた、本当に茶目っ気が過ぎますよ」
私たちは再びグラスを合わせた。
窓の外、遠くエヴァーツ邸の方角では、今頃セリーヌ嬢が、ヴィクトール公爵の寝顔でも狙って、バーバラと一緒に忍び足で廊下を歩いているのかもしれない。
……うん。いいんじゃないかな。
この国に、それくらいの狂気と愛があっても。
私は、自分の眉間に刻まれた「王の責任」という名のシワを、少しだけ誇らしく思いながら、エンドワの夜を穏やかに見守り続けるのであった。
振り回される側の視点です
なんかエモい感じになってますが騙されないでください
セリーヌはただの変態です
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