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【作者の気が狂ったので休止中】あなたに用はありません!~どこかに素敵な老紳士は落ちていませんか?~  作者: 延々Redo


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番外編10:月下の宝石と、現実主義な令嬢(キャサリン視点)

続きは本日中にー

 帝国の親善大使一行がエヴァーツ侯爵邸に滞在することになり、屋敷はかつてない活気に包まれていた。

 もっとも、その活気の半分は、お姉様セリーヌが「新作の写生帖が足りませんわ!」と叫びながらバーバラと一緒に走り回っている音であり、もう半分は、お父様がヴィクトール公爵の存在感に圧倒されて「胃薬…誰か胃薬を…」とうめいている声なのだが。


 そんな騒がしい時間が過ぎ、夜が深まった頃。

 私、キャサリン・エヴァーツは、少しばかり喉の渇きを覚えて私室を出た。キッチンで冷たい水でも借りようと、静まり返った廊下を歩いていた時のことだ。


 西側の回廊。大きな窓から青白い月明かりが差し込むその場所に、一人の人影が立っていた。


「……あら」


 私は思わず足を止めた。

 そこにいたのは、ヴィクトール公爵の従者、シリル様だった。


 彼は窓枠(まどわく)に軽く手をかけ、外に広がるエンドワの夜景を(なが)めていた。月光を浴びた彼の黒髪は夜の海のように(つや)やかに光り、そのエキゾチックな横顔は、彫刻家が一生をかけても辿り着けないほど完璧な曲線を描いている。

 さきほど見た時も「とんでもない美形ね」と思ったけれど、夜の静寂の中で見る彼は、まるで地上に迷い込んだ精霊か何かのようで。


 ……普通なら、ここで恋に落ちる令嬢も多いのでしょう。

 けれど、私はエヴァーツ家の人間だ。毎日お姉様の「シワこそが正義!」という極端な美学を()び、お父様の生え際の後退という名の歴史を見守ってきた私に、一般的な美形への耐性がないはずがなかった。


「シリル様。そんなところで夜風に当たっていると、風邪を引いてしまいますわよ」


 私の声に、シリル様がゆっくりとこちらを振り向いた。

 暗い青をたたえたヴィクトール公爵の瞳とは違う、すべてを見()かすような、けれどどこか寂しげな輝きを持つ瞳。


「……キャサリン様。すみません、少し寝付けなくて」


 その声は、公の場での落ち着いたトーンよりも、少しだけ幼く、柔らかい響きを持っていた。


「エンドワの月は、エーヴの月よりも白いのですね」


「ええ、北の空気は()んでいますから…。でも、シリル様。一つ、忠告してもよろしいかしら?」


「忠告…?」


 私は彼に歩み寄り、その顔を正面からマジマジと見つめた。

 うーん、やっぱり。毛穴一つ見当たらない。お姉様が「ツルツルした未来(不合格)」と評するのも分からなくはないけれど、一般的にはこれを「至高の美」と呼ぶのよ。


「普通の令嬢なら、今のあなたの姿を見ただけで恋に落ちて、明日の朝には結婚の申し込みをしかねませんわ。そういう無防備(むぼうび)な姿は、あまり人前で見せない方がよろしくてよ。あらぬ誤解や、不必要な情熱を(まね)くだけですわ」


 シリル様は、(ほう)けたような顔で私を見つめ、それから可笑(おか)しそうに、けれど静かに笑った。


「そうなんだ…。ありがとうございます。でもキャサリン様は、恋には落ちないのですね」


「残念ながら。私はあいにく、お姉様の(かたよ)った美学を特等席で浴び続けて育ちましたから。完璧すぎる造形には、どこか『作り物』のような印象を受けてしまうんですの。もっとも、お父様の生え際を見て『躍動(やくどう)する歴史!』と叫ぶほどには壊れていませんけれど」


 私の言葉に、シリル様はさらに深く微笑んだ。


「キャサリン様は面白い方ですね。セリーヌ様と似ているようで、全く違う。ヴィクトール様が仰っていた通りだ」


「あら、公爵様が私の話を? 『口うるさい妹だ』とでも仰っていたのかしら」


「いいえ。『現実をしっかりと踏みしめ、夢想家(セリーヌ様)の背中を支える、賢明(けんめい)な守り手だ』と」


「………」


 あの公爵様、案外しっかり人間を見ているのね。少しだけ、お姉様が惚れ込む (鑑賞対象として)理由が分かった気がするわ。


「眠れないのなら、少しお茶でもいかが? キッチンにちょうど、帝国からのお土産で頂いたハーブティーの残りがあったはずだわ。お姉様の帝国時代の話も聞きたいですし」


「……いいよ。僕も、キャサリン様とはもう少し話してみたかったんだ」




◇◇◇◇◇◇




 私たちは夜のキッチンへ忍び込み、小さなランプの灯りだけでお茶を()れた。

 お父様に見つかったら「は、破廉恥(はれんち)な!」と叫ばれるかもしれないけれど、シリル様の(さと)りを開いたような落ち着いた空気のおかげで、不思議とやましい気持ちにはならなかった。


「……セリーヌ様は、ここにいた頃から、あんなに、その、個性的だったのですか?」


 シリル様が、ハーブティーのカップを両手で包みながら尋ねた。


「ええと…昔は、その…それほどでもなかったと思うのですが…。一般的な感性の、普通の令嬢でしたよ? でもエーヴへ向かってから……なんというか、『哲学的』な情熱を持つようになった気がします。きっとヴィクトール公爵様という、究極の…ええと、素材に出会ってしまったからでしょうね」


「素材、か。ヴィクトール様は、自分の顔がセリーヌ様にどう映っているかを知って、とても……嬉しそうにしていました。自分には守るべき歴史があるのだと、再認識したように」


 シリル様の話すヴィクトール公爵は、お父様が恐れている「帝国の掃除屋」とは別人のようだった。


「セリーヌ様は、僕の恩人です。彼女がいなければ、僕は今でも、ただの『物』として扱われていたでしょう。キャサリン様、あなたたちの家族は、本当に…温かいですね」


 シリル様の瞳が、ランプの炎を映して揺れる。

 その視線の中に、ふとした瞬間、孤独の残り火が見えた気がした。


「温かいというか、騒がしいだけですわよ。……でも、シリル様。あなたがヴィクトール様を『男色家』だという噂から守ろうとしている話、ドミニクから聞きましたわ。あなた、本当に主人がお好きなのね」


「……好きというか、僕の命はあの方のものですから。噂なんてどうでもいいと思っていましたが、セリーヌ様とヴィクトール様があんなに楽しそうに再会しているのを見ると…。邪魔な噂は、今のうちに消しておきたいと思っただけです」


「ふふ。あなた、意外と情熱的なのね。大丈夫よ、お姉様は噂なんて気にしないわ。むしろ『男色家という秘められた苦悩のシワ……追加で20点ですわ!』とか言い出しかねないもの」


 シリル様が吹き出した。

 深夜のキッチンに、小さな笑い声が響く。


「シリル様。お姉様があなたを『友達』だと言った理由、今なら分かる気がしますわ。あなた、見た目は宝石みたいに完璧だけれど、中身は案外、泥臭くて人間味があるもの」


「……キャサリン様にそう言われると、なんだか救われた気持ちになります」



 お茶を飲み終える頃には、彼を(おお)っていた、近寄りがたい精霊のような空気は、どこかへ消えていた。

 そこにいたのは、ただの、少しばかり綺麗な顔をした、主思いの不器用な青年だった。


「さあ、そろそろ戻りましょう。明日もお姉様の写生に付き合わされるのでしょう? 体力を温存しておかないと、持ちませんわよ」


「…そうだね。セリーヌ様の観察眼は、時々、剣術の訓練よりも疲れるから」


 私たちは、足音を忍ばせて回廊を戻った。

 部屋の前で別れる際、シリル様はもう一度、私に向かって丁寧に頭を下げた。


「おやすみなさい、キャサリン様。楽しいお茶でした」


「おやすみなさい、シリル様。今度は、公爵様の『寝起きのシワの点数』でもこっそり教えて頂戴(ちょうだい)。お姉様へのお誕生日プレゼントにしますから」


「……善処(ぜんしょ)します」


 シリル様が去っていく背中を見送りながら、私は小さく息を吐いた。


 お父様、安心してください。

 お姉様は帝国で、恐ろしい公爵様だけではなく、こんなに素敵な…けれどちょっと苦労人な青年とも、ちゃんと『歴史』を共有してきたようですわ。


 ……もっとも、我が家の「やばい」日常が、帝国まで浸食(しんしょく)していることが確定しただけな気もしますけれど。




 日記を更新しましょう(キャサリンの日記より)。


『○月×日。深夜。

 キッチンにて、シリルの裏側にある苦悩を確認。

 彼もまた、エヴァーツ家の狂気に当てられた被害者の一人だということが判明した。

 恋に落ちる気配は微塵(みじん)もないけれど、彼とは良い「愚痴(ぐち)仲間」になれそうな気がする。

(追記:公爵の寝起きのシワ情報は、後で絶対に聞き出さなくては。お姉様の機嫌(きげん)を取るには、それが一番の特効薬だわ)』


身内に化け物がいると苦労するよな

作者、動きます


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