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あなたに用はありません!~どこかに素敵な老紳士は落ちていませんか?~  作者: 延々Redo


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第2話:枯れ専の美学

続きは本日中にー

 私は鏡の前で髪を整えながら、昨夜目に焼き付けたエドモンド様の横顔を思い出し、何度目か分からないため息をつく。


 シワ。

 それは、ただの皮膚のたるみではない。その人物がこれまで歩んできた道のり、耐えてきた苦悩、そして積み重ねてきた知性の結晶なのだ。ブラム様のような、ピカピカに磨かれた大理石のような肌には、歴史が刻まれる余白すら存在しない。

 そう。若さとは、まだ何も書かれていない真っ白な羊皮紙。

 対して老いとは、幾千もの言葉が書き込まれ、使い込まれて味わいを増した古書。

 私は古書アンティークを愛でる喜びを知ってしまったのである。


 高揚(こうよう)した気分のまま食堂へ向かうと、そこには(すで)に朝食を終えようとしている母、リネット・エヴァーツ侯爵夫人が座っていた。

 母は王都でも「鉄の淑女」と噂されるほど、冷静沈着でスキのない女性だ。私の蜂蜜色の髪も、元をたどればこの母から受け継いだものだ。しかしその瞳に宿る光は私よりもずっと鋭く、すべてを見透かしているかのように冷徹だ。


「おはようございます、お母様。昨夜は素晴らしい晩餐会でしたわ」


 私が上機嫌で挨拶をすると、母はティーカップを置き、ゆっくりと私を上から下まで眺めた。


「おはよう、セリーヌ。…あなたのその、浮かれた顔。昨夜からずっと気になっていたけれど、よほどブラム様との再会が嬉しかったのかしら?」


「ええ、もう! 本当に、期待を大きく上回る再会でしたわ」


 私は迷わず(うなず)いた。もちろん私の頭の中にあるのはブラム様ではなく、その父君であるエドモンド様のことなのだが。


「そう。ブラム様は確かに、見栄えの良い青年に育たれたわね。…けれどセリーヌ。あなたの視線、昨夜は一度もブラム様を捉えていなかったように見えたけれど?」


「……えっ」


 ぎくり、と心臓が跳ねた。

 さすがはお母様だ。周囲が私の視線を熱烈な恋心と勘違いする中で、その視線のピントがずれていることに気づいていたらしい。


「おっしゃっている意味が分かりませんわ、お母様。私はアレンビー家の方を、それはもう穴が開くほど見つめておりましたもの」


「ええ、アレンビー『家』の方をね。…セリーヌ、私の部屋へいらっしゃい。少しお話ししましょうか」


 母の低い声に、私は逃げ場がないことを悟った。




◇◇◇◇◇◇




 侯爵夫人の私室。

 そこには重厚な調度品が並び、どこかピリッとした空気が漂っている。母はソファーに深く腰掛け、私に正面に座るよう手まねいた。


「単刀直入に聞くわ。セリーヌ。あなた、エドモンド様に()れたの?」


「………………」


 あまりにも直接的な問いに、私の口は金魚のようにぱくぱくと動くだけだった。

 肯定か、否定か。

 いいえ、そのどちらも正解ではない。


「…惚れた、というのとは、少し違うかもしれませんわ。ただ、あの方の目尻のシワ、首筋のゆるみ、そしてあの腰をかばう仕草…すべてにおいて、芸術的な完成度を感じてしまったのです」


 腹をくくって白状した私に、母はあきれたように長い吐息をついた。


「やはりね。帝国での療養生活で何を学んできたかと思えば、そんなニッチな性癖をこじらせてくるとは。…セリーヌ、いい。よく聞きなさい」


 母は身を乗り出し、私の目を真っ直ぐに捉えた。


「老紳士というものはね、確かに魅力的な場合があるわ。若造にはない余裕と、落ち着いた振る舞い。それに(あこが)れる若い娘は、昔から掃いて捨てるほどいるのよ」


「まあ、お母様もそうだったのですか?」


「……私のことはいいのよ。問題はあなただわ。セリーヌ、あなたのような、まだ人生の深みも知らない小娘が、百戦錬磨(ひゃくせんれんま)の老紳士を本気で相手にできると思っているの?」


 母の言葉は、氷水のように私の頭上から降り注いだ。


「年の差結婚? 大いに結構。政略であれ恋愛であれ、お互いに相手を一人の人間として見て、対等に愛し合っているなら、私は止めはしないわ。…でもね。老紳士という生き物は、若い娘の『無知な憧れ』を、遊びとして楽しむ術を熟知しているものなのよ」


「……遊び、ですか?」


「そうよ。彼らにとって、あなたのその熱い視線は、ただの『若さゆえの過ち』にしか見えない。もし、あなたがその感情をぶつけて、万が一あちらがそれに応えたとするなら、それは高確率で『暇つぶしの火遊び』か、最悪の場合は『小娘への搾取(さくしゅ)』だわ。本当にあなたを大切に思う老紳士なら、あなたの若さを尊重して、自分から身を引くものよ」


 母の論理は、残酷なまでに明快(めいかい)だった。

 私がエドモンド様という「完成された芸術」に触れようとすれば、それは芸術を汚す行為になるか、あるいは私が芸術に飲み込まれて身を滅ぼすかのどちらかだというのだ。


「…では、私は、このときめきを捨てなければならないのでしょうか」


 悲痛な思いで問いかけると、母は意外にもふっと表情を和らげた。


「いいえ。楽しみなさい。ただし、あちら側へ踏み込まずにね」


「あちら側?」


「そうよ。セリーヌ、あなたは枯れ専を自称するなら、もっと高尚(こうしょう)になりなさい。老紳士や老婦人というものは、彼らがその人生を全うしてこそ美しいの。そこにあなたの自分勝手な恋愛感情を持ち込んで、平穏な彼らの生活をかき乱すのは、それは愛ではなくただの『暴力』だわ」


 暴力。その言葉は、私の胸に深く突き刺さった。


「見て楽しみなさい。遠くから彼らの美学を尊重し、その完成された姿を(たた)えるのよ。直接触れ合うのは論外。ましてや自分のものにしようだなんて、それはアンティークの壺を素手でいじくり回して壊すのと同じこと。…美しきものは、眺めているのが至高。それが、あなたのような小娘が老紳士を愛でるための、最低限のマナーよ」


 目から(うろこ)が落ちた。

 いいえ鱗どころか、私の目の前に分厚い「聖域のカーテン」が引かれたような感覚だった。


(…そうだわ。お母様のおっしゃる通りだわ!)


 私は、エドモンド様の隣に立ちたいと思っていたわけではなかったのだ。

 私はただ、あの方の完成された美を、この世で最も贅沢(ぜいたく)な風景として眺めていたかっただけ。

 そこに私のつたない恋や、ましてや性的な欲望を介入させるなど、あってはならない冒涜ぼうとくなのだ。


「分かりましたわ、お母様! 私、理解しました!」


「…あら、思ったより聞き分けがいいわね」


「ええ! 私は老紳士を『眺める』ことに全霊(ぜんれい)(ささげ)げます! 触れ合わず、邪魔(じゃま)をせず、ただその存在という名の芸術を、遠くから(たた)える。これこそが、私の進むべき道ですわ!」


 私はソファーから立ち上がり、拳を握りしめた。

 母は「そこまで極端にしろとは言っていないのだけれど」と呆れ顔を浮かべていたが、今の私には聞こえない。


「そのためにも、エドモンド様との『嫁・(しゅうとめ)』ならぬ『嫁・(しゅうと)』という関係性は重要ですわね。ブラム様と結婚すれば、私は合法的に、そして至近距離で、あの方のシワを眺める特等席を得られるのですから!」


「……セリーヌ。あなた、ブラム様のことは…」


「ええ、ブラム様は、エドモンド様という名画を飾るための額縁(がくぶち)のようなものですわ! 額縁が少々うるさくても、中身が素晴らしければ耐えられます!」


「……はぁ。まあ、いいわ。その意気込みなら、少なくとも老紳士に(だま)されて身を持ち崩すことはなさそうね」


 母はついに諦めたように、再びティーカップを手に取った。



 こうして、私の「見る専門」という鉄の(おきて)が確立されたのである。

 老紳士は眺めるもの。

 手を出してはならないし、相手に手を出させてはならない。

 もし私の理想とする老紳士が、私のような小娘に色目を使うようなことがあれば、それはその方が理想から脱落したことを意味する。


 崇高(すうこう)なる枯れ紳士への道は、険しく、そして尊い。




◇◇◇◇◇◇




 そんな母の教育の数日後、私は学園へと登校することになった。

 学園には、私を愛していると信じて疑わないブラム様がいる。そしてその周囲には、これから私の餌食(えじき)…もとい、観察対象となるであろう学園の教授陣や、送迎に来るであろう他家の者たちがあふれているはずだ。


 馬車の中で、妹のキャサリンが冷たい目で私を見ていた。


「お姉さま。お母様から釘を刺されたと聞きましたけど、全然反省しているように見えませんわね」


「何を言うの、キャサリン。私は今、人生で最も清らかな精神状態よ。老紳士を愛でることは、もはや私にとって祈りと同じなの」


「…その祈り、ブラム様に聞かせたらショックで寝込むと思いますよ。……あ、ほら。噂をすれば」


 馬車が学園の正門に着くと、そこには既にブラム様が待っていた。

 彼は私の顔を見るなり、満面の笑みで駆け寄ってくる。


「セリーヌ! 待っていたよ! 今日も一段と綺麗だね!」


 ブラム様は私の手を取り、うっとりと見つめてくる。

 その瞳には「自分を愛する婚約者」への慈しみがあふれているが、私の視線は既に、その後ろで学生たちに厳しい注意を与えている、白髪交じりの警備責任者の男性(推定50代)に釘付けだった。


(……あの、注意する時にピクピクと動く、こめかみの血管。素晴らしいわ…!)


「セリーヌ? 聞いてる? 今度の休み、二人でデートに行こうって」


「ええ、ええ。もちろんですわ、ブラム様。どこへでも、ご一緒しますわよ」


 そこに素敵な老紳士がいれば、ね。


 ブラム様は「やっぱりセリーヌは俺に夢中なんだな!」と、満足げに鼻を鳴らした。

 勘違い。

 それは時として、残酷なまでの平和をもたらす。


 私がブラム様への関心を完全に放棄し、ただ「将来エドモンド様を(なが)める権利」を維持するためだけに微笑みを返していることを、彼はまだ知らない。

 そして、学園という大海原に放り出された私の前に、間もなく「ピンク色の嵐」をまとった珍獣――アリスが現れることも、まだこの時の私は知る由もなかったのである。




 日記を更新しましょう。

 『本日の教訓:老紳士は、遠くから礼賛すべし。触れるべからず。触れさすべからず。ブラム様は額縁として、(みが)けばそれなりに輝くかもしれない。……たぶん』


セリーヌは恋愛に関してチョロいです

しっかりしてるのは性癖(美学)だけ


「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


「今後どうなるの!!」


と思ったら

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