第21話:蜂蜜色の再会と、歴史の続き
続きは明日の昼頃にー
エーヴでの決戦から、さらに五年。
私の体調は驚くほどに回復し、かつてのように一晩中咳き込んで枕を濡らすこともなくなった。
17歳になった私は、ついにエンドワ王国へ帰国することになったのだ。
別れの日。そこには、私の五年間の全てが凝縮されたような、二人の姿があった。
「…シリル君、本当に背が伸びましたわね。もう、私を見下ろすほどだわ」
私は、眩しそうに彼を見上げた。
かつての「路地裏の宝石」は、今や帝国の誰もが振り返るほどの、凛々しく艶やかな美少年へと成長していた。ヴィクトール様によって正規の教育を与えられ、今では彼の立派な従者を務めている。
無口だった彼は、今では時折、透き通った声で私に話しかけてくれるようになっていた。
「……セリーヌ様こそ、とても、綺麗になられました。エンドワへ帰っても、どうか健やかで」
「ええ。ありがとう、シリル君。あなたがヴィクトール様の隣で支えてくれるなら、私は安心して旅立てますわ」
そして、私の視線はシリルの隣に立つ「至高のターゲット」へと向けられた。
ヴィクトール・フォン・ファヴァロ様。
実年齢は31歳(セリーヌの脳内では43歳)。
5年前よりもさらに洗練され、その眉間はより深く、より甘美な歴史をたたえるようになっていた。
「セリーヌ。君がいた5年間で、このエーヴの地は救われた。……君のその、曇りなき審美眼に感謝するよ」
ヴィクトール様が、私の手を取り、その甲にそっと唇を寄せた。
その瞬間に見える、彼の手の節。そして私を見つめる暗い青の瞳に宿る、隠しきれない親愛の余韻。
「ヴィクトール様。…私、エンドワへ帰っても、あなたの歴史を忘れません。……いつか、私が本当に『歴史』を見極められる大人になった時、またあなたにお会いしたいですわ」
「……ああ。約束しよう、セリーヌ。君が大人になり、真実を見抜く瞳を持った時、再び相まみえることを」
やがて馬車が動き出す。
遠ざかるシリルの若々しい輝きと、ヴィクトール様の重厚な影。
私は窓から身を乗り出し、見えなくなるまで手を振り続けた。
その時、私の胸にあったのは、ブラム様への義務的な想いではなかった。
いつか、この帝国の深淵に相応しい女性として、自らの歴史を刻んで戻ってくるという、静かな、けれど燃えるような決意だったのだ。
◇◇◇◇◇◇
――そして、現在。19歳の誕生会。
エヴァーツ侯爵邸のサロン。
私は手にした古い写生帖を閉じ、ゆっくりと顔を上げた。
お父様は相変わらず白目を剥いて固まっており、スザンナ様は「なんて…なんて壮大な騎士道物語なの!」と感動のあまり涙をぬぐっている。
ローデリヒ様が私に尋ねる。
「…セリーヌ嬢。失礼を承知で伺うが…。君は12歳の頃、帝国の温泉地で、人身売買組織を相手に立ち回り、あまつさえその元締めを『美学の欠如』という理由で論破した、というのは本当なのか?」
「論破などという大層なものではありませんわ、ローデリヒ様。ただ、あまりにも下劣な顔をなさっていたので、私の審美眼が拒絶反応を示しただけですの。あんな浅ましい顔を、私の大切なシリル君やヴィクトール様の近くに置きたくありませんでしたもの」
「……セリーヌ。お前、帝国で皇帝の弟とそんな密接な……。しかも、誘拐未遂事件だと…?」
お父様の声が震えている。無理もない。一介の療養生活だと思っていたものが、帝国の闇を暴く国家規模の騒動だったのだから。
「ええ。ですから、ヴィクトール様は私にとって、単なる『老け顔が最高の知人』ではありませんの。私の魂に『本物の大人の価値』を刻んでくださった、恩人であり、そして……」
私が言葉を続けようとした、その時。
サロンの重厚な扉が、音もなく開かれた。
現れたのは、息を切らしたドミニクだった。
「お館様! お嬢様!いらっしゃいました! 帝国の親善大使、ヴィクトール・フォン・ファヴァロ公爵、ご到着です!!」
サロンの空気が一変した。
お父様がガタガタと椅子を鳴らして立ち上がり、お母様が優雅に居住まいを正す。
そして廊下の奥から響いてくる、規則正しく、落ち着いた靴音。
二年前、エーヴで別れたあの足音。
けれど、その響きは以前よりもずっと重く、そして誇らしげに聞こえる。
扉が開き、逆光の中に一つの影が落ちる。
漆黒の礼装に身を包み、胸元には帝国の最高勲章が輝く。
オールバックに撫で付けられた黒髪。
鋭く、けれどどこか優しさを湛えた青い瞳。
そして――何より、私の視覚を、私の魂を一瞬で捉えて離さなかったのは。
二年前よりもさらに美味しく成熟し、大陸の激動をその身に引き受けてきた者だけが持ち得る、至高の、眉間の、そして目尻の歴史!!
「……久しぶりだな、セリーヌ・エヴァーツ。今の君にはこう呼ぶべきかな。我が友にして、最高の観察者殿」
ヴィクトール公爵が足を止め、私を見て微笑んだ。
その笑い方。
エーヴでの日々を思い出させる、けれど、今はもう隠す必要のない、再会の歓喜に満ちた、完璧な表情筋の動き!
「ヴィクトール、様」
私は、ドレスの裾を摘み、最高級のカーテシーを捧げた。
胸の高鳴りは、もはや病の副作用などではない。
19歳になった私の、一人の女性としての、そして「至高のシワ愛好家」としての、抗いようのない熱狂。
「ようこそ、エンドワへ。……お待ちしておりましたわ。あなたの、その、新しく刻まれた『歴史』を拝見するのを、何よりも楽しみに」
ヴィクトール様の隣には、美しさに磨きがかかったシリル君が、微笑みを浮かべて立っている。
彼らを見た瞬間、私の脳内では既に、300ページの新作写生帖が瞬く間に埋め尽くされていく予感に震えていた。
「ベンジャミン・エヴァーツ侯爵。彼女を、少しばかりお借りしてもよろしいかな? 話したいことが、山のように積もっているのだ」
「……あ、あ、あああ…」
お父様の声にならない悲鳴を背に、ヴィクトール様は私の手を取る。
二年前の、あの少しザラリとした、けれど誰よりも温かい手の感触。
それが再び、私の指先に伝わる。
ブラム様、ごめんなさい。
やっぱり、私には分かりました。
19歳の私が必要としているのは、未来を語るだけの少年ではありません。
この深い、深い影の中にこそ真実があると教えてくれる、至高の歴史を持つ紳士。
……あなたこそが、私の「正解」なのですわ。
日記を更新しましょう(19歳のセリーヌの日記より)。
『○月×日。誕生日。
人生最高のプレゼントを頂いた。
それは、エーヴで約束した「歴史の続き」。
ヴィクトール様の眉間には、この二年間の苦労という名の新しい、そして力強い歴史が刻まれていた。
シリル君も、私の想像を超える美しき青年へと成長し、構図の完璧さに拍車をかけている。
お父様の生え際は一気に後退したけれど、それもまた一つの歴史。
私のペン先は、今、かつてないほどの熱を帯びております。
(追記:公爵にエスコートされた瞬間、お父様の顔に刻まれた絶望もなかなかの出来でした。後でこっそり写生しておきますわ)』
親父殿には強く生きてほしい
まあ娘からこんな話されたら白目にもなる
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