第15話:開かれる記憶の扉
続きは数時間後にー
エヴァーツ侯爵領での騒動から約半月後。
私たちは国王陛下の要請に従い、急ぎ足で王都の本邸へと戻っていた。
馬車が屋敷の車寄せに止まると同時に、扉が勢いよく開かれる。
「お帰りなさいませ、お嬢様!」
「セリーヌ様、お待ちしておりましたわ!」
並んでいた使用人たちの歓声。そして、玄関ホールに一歩足を踏み入れた瞬間、色とりどりの紙吹雪と、甘い花の香りが私を包み込んだ。
「「「セリーヌ様、19歳のお誕生日おめでとうございます!!」」」
「まあ…!」
思わず口元に手を当てる。
そうだ、今日は私の19回目の誕生日。領地でのリチャード様との決戦や、ローデリヒ様の保護に奔走するあまり、自分の祝い事などすっかり失念していた。
「お姉様、おめでとうございます! 領地では色々と大変でしたけれど、今日くらいはすべて忘れて楽しんでくださいましね」
キャサリンが満面の笑みで私の腕を取り、奥のサロンへと誘う。
そこには、マロリー伯爵領から一足先に戻っていたスザンナ様の姿もあった。彼女は騎士服ではなく、今日のために新調したという深い紺色のドレスを纏い、いつになく柔らかい微笑みを湛えていた。
「セリーヌ様、おめでとう。あなたの19歳が、より多くの『至高の歴史』に恵まれる一年になるよう、心からお祈りしておりますわ」
「スザンナ様! ありがとうございます。ふふ、最高の祝辞ですわ」
身内だけの、温かな誕生会が始まった。
リネットお母様が焼かせた特注の蜂蜜ケーキが運ばれ、スザンナ様からは「騎士団に伝わる、歴史ある古い剣の目貫」という、私の趣味を熟知した素晴らしいプレゼントを頂いた。
だが。
この幸せな空気の中で一人だけ、あからさまに魂が抜けたような顔で椅子に座っている人物がいた。
「……はぁ。帝国。…ヴィクトール公爵。…旧知の仲。……一体、何がどうなって…」
お父様――ベンジャミン・エヴァーツ侯爵である。
お父様は、先ほどからケーキの一口も口に運ばず、眉間に深く、そして実に悲壮感漂うシワを刻みながら独り言を繰り返していた。そのシワの躍動感だけは100点をあげたいところだが、いかんせん雰囲気が暗すぎる。
「あなた、セリーヌの誕生日ですのよ。そんなに暗い顔をしていては、あの子が可哀想でしょう?」
お母様がたしなめるが、お父様は「分かっている、分かっているんだリネット…だが!」と頭を抱える。
「あのアレンビーのエドモンドはいい。あいつは善人だ! だがヴィクトール公爵は違う。あの方は帝国の『冷徹な掃除屋』とまで呼ばれる、現皇帝の右腕……いや、影そのものだぞ! そんな恐ろしい御方と、我が娘が、いつの間に『語り合いたいことがある』ほどの仲になったんだ!」
お父様の叫びがサロンに響く。
まあ、お父様ったら。
せっかくの美味しいお茶が冷めてしまいますわ。
誕生会が終わり、使用人たちが片付けに下がり、サロンに家族とスザンナ様だけが残った。
お父様は待機していたローデリヒ様、ドミニクとバーバラを呼び寄せ、ついに耐えかねたように私に詰め寄った。
「セリーヌ! 教えてくれ。陛下から聞いたぞ。近々、帝国のヴィクトール公爵がエンドワに来られる。そして、君を名指しで『連れてきてほしい』と仰っていると! …お前、帝国での5年間、あの方と何をしていたんだ!?」
お父様の必死な形相。隣でドミニクが「…お館様、あまりお嬢様を責めないでください。お嬢様はただ、純粋に趣味を追求していただけで…」とフォローするが、それが逆にお父様の不安をあおったようだ。
「趣味!? 趣味だと!? あの氷のような公爵を相手に、何を観察していたというんだ! セリーヌ、隠さずに話しなさい。これは我が家の、いや、この国の安寧に関わることだ!」
私は窓の外に広がる夕焼けを眺めながら、ゆっくりと紅茶を最後の一口まで飲み干した。
ヴィクトール・フォン・ファヴァロ公爵。
懐かしい響き。
私の胸の奥で、五年間の療養生活の中で刻まれた、重厚で、少しだけ切ない記憶の断片が鮮やかに蘇る。
「お父様。そんなに怖い顔をなさらないで。ヴィクトール様は、とてもお優しい方ですわよ」
「ヴィクトール…様!? 呼び捨てに近い愛称で呼んだのか!? あ、あの公爵をか!?」
お父様が白目を向きそうになる。
「懐かしいわねぇ……。あれは、私が12歳の頃でしたわ。帝国のエーヴという静かな療養地で、私の審美眼を形作ってくれた、運命の出会い。…そして、あの美しい少年、シリルとの日々」
私は、膝の上に置いていた19歳の誕生日のスケッチブックを閉じた。
「お話ししますわ、お父様。私が帝国で、どのような歴史を目の当たりにし、そしてどのような大人への憧れを抱いたのか。…それは、私がリチャード様の薄っぺらな野心を見抜けた、最大の理由でもあるのですから」
スザンナ様が期待に瞳を輝かせ、お父様は戦々恐々とした面持ちで椅子に深く座り直した。キャサリンは「お姉様の過去編ね、楽しみだわ」とクッキーを口に運ぶ。
「…きっかけは、エーヴの別荘近くにある、一本の大きな樫の木の下でしたわ。そこで私は、この世のものとは思えないほど美しい美少年……と、その背後に佇む、死神のように陰気な、けれど至高の歴史を持つ紳士に出会ったのです」
私の意識は、12歳の自分へと遡っていく。
まだ咳喘息がひどく、胸に抱いたブラム様への「偽りの恋心」を盾にして、帝国の療養地へと足を踏み入れた、あの日の記憶へ。
第三部、過去編に入ります
ちょっとシリアスな雰囲気です
どうぞよろしくお願いします
お父様の生え際が心配だぁ
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