第1話:運命の再会
続きは8時くらいにー
始まりは、淡い、本当に淡い初恋だったような気がする。
私が12歳、成人があと2年に迫った頃のこと。
私の前には、同じく12歳の少年が立っていた。アレンビー伯爵家の嫡男、ブラム・アレンビー。彼が私の婚約者として紹介された日、私は彼を見て「なんて可愛らしい子かしら」と、姉のような、あるいは慈しむ母のような、そんな穏やかな感情を抱いたのを覚えている。
当時のブラム様はまだ声変わりもしていない、線の細い少年だった。
私の前に出ると顔を真っ赤にして、私の手を取る時も壊れ物にふれるかのように震えていた。その初心な仕草は、当時の私にはとても微笑ましく…。この子となら平穏で、春の日だまりのような家庭を築いていけるのではないかと…そんなことを考えもしたのだ。
けれど、運命の女神は気まぐれね。
婚約が決まって間もなく、私はひどい風邪をこじらせた。
もともと喉が弱かったせいもあり、熱が引いた後も咳だけが止まらなくなってしまった。
夜も眠れぬほどに続く咳。それはいつしか「咳喘息」という診断に変わり、王都の乾燥した冬の空気は私の肺を悩ませ続けた。
「セリーヌ、お前の体の方が大事だ。ファヴァロ帝国の温泉地で療養してきなさい」
父であるエヴァーツ侯爵は、まだ幼い私を一人で他国へ出すことを悩みながら決断した。
ファヴァロ帝国。エンドワ王国の南に位置するその国は、一年を通して温暖で、いたる所に温泉が湧き出ている。周辺各国から療養に来る者が絶えない土地だ。
私は泣きじゃくる妹のキャサリンと、心配で眉間に深いシワを寄せた父、そして毅然としながらも瞳を潤ませていた母に見送られ、王都を離れた。
出発の間際、ブラム様も駆けつけてくれただ。
「セリーヌ…行っちゃうの?」
ポロポロと涙をこぼす彼の姿は、まるで捨てられた仔犬のようだった。
私は彼の手を握り、「元気になったら、すぐに戻ってきますわ」と約束を交わした。その時、彼が私の袖を掴んで離さなかったことを、今でも少しだけ覚えている。
それから、5年の月日が流れた。
ファヴァロ帝国の暖かな太陽とミネラルたっぷりの温泉、そして帝国の名医による治療のおかげで、私の咳はすっかり影を潜めた。17歳になり成人も帝国の地で済ませ、私はついに故郷・エンドワ王国への帰国を果たしたのである。
5年という月日は少女を女性に変える。
鏡の中にいる自分は、母に似た蜂蜜色の髪を腰まで伸ばし、健康的な血色の「エヴァーツ侯爵令嬢」だった。
だが、5年という月日が変えたのは外見だけではなかった。
帝国での時間こそが私の人生を大きく狂わせる――正しく開眼させるきっかけとなったのだ。
まあ、それに関しては追って語ることにする。
帰国して数日後のこと。
エヴァーツ侯爵家では、私の帰国を祝うためのささやかな晩餐会が開かれた。
招待されたのは婚約者であるブラム様と、その父君であるエドモンド・アレンビー伯爵だ。
私は少し緊張していた。
5年ぶりの再会。あの仔犬のようだったブラム様は、きっと素敵な青年に成長していることだろう。
私たちが並ぶ姿を見て、両親も喜んでくれるはずだ。両家のため、淑女らしい姿を見せて期待に応えねばならない。
サロンの扉が開かれる。
「エドモンド・アレンビー伯爵、並びにブラム・アレンビー令息のご到着です」
使用人の声と共に、二人の男性が姿を現した。
まず目に飛び込んできたのは、私の正面、少し前に出た若者だった。
黄金色の髪、快活そうな青い瞳。彼は一目で私を認めると、眩しいほどの笑みを浮かべた。
「セリーヌ! 久しぶり、元気そうで良かったよ!」
彼はブラム様だった。
確かに彼は私の想像通り、いいえ、それ以上に整った容姿の青年に育っていた。
だが、やはりと言うべきか。
私の心はピクリとも動かなかったのだ。
若々しい。あまりにも若すぎる。
ツルツルとした肌、一点の曇りもない瞳、自信満々に突き出された胸。
それはまるで、まだ磨かれる前の原石にしか見えなかった。
「…あら、ブラム様。お久しぶりですわ」
淑女らしく礼儀として微笑み、私は彼の後ろ、一歩下がった位置に立つ人物へと視線を移した。
そして、私の世界は一変した。
雷に打たれるとは、こういうことを言うのだろう。
私の視界はブラム様の後ろに立つ「彼」によって、完全に独占された。
エドモンド・アレンビー伯爵。御年43歳。
かつてお会いした時の彼は、まだ若々しさが残っていたはずだ。
しかし今の彼はどうだ。
ブラウンの髪には、銀色の糸のような美しい白髪が混じり始めている。
目尻には多くの苦労と経験を刻み込んだ深い笑いシワ。
そして何より、彼が動くたびに口元に現れるかすかなシワの影――。
若い頃のギラギラとした覇気は薄くなり、代わりに現れているのは、長い時を経た古木のように静かで重みのある、圧倒的な「完成された美」だった。
(……良い…!)
激しく高鳴る胸を押さえる。
5年前まで、私は「若さ」こそが美徳だと信じて疑わなかった。
しかし、それは間違いだと確信した。
美しさは時間の経過と共に熟成されるものだったのだ。
私は無意識にエドモンド様の姿を見つめていた。
正確には彼が軽く動いた際に生じる、首筋の少しゆるんだ皮膚の質感を、目に焼き付けようとしていた。
「セリーヌ嬢、帰国おめでとうございます。エヴァーツ侯爵も、さぞお喜びでしょう」
エドモンド様が口を開いた。
その声はチェロの低音のように深く、私の耳に心地よくなじんだ。
神様、なぜこの方の声は、こんなにも歴史を感じさせるのでしょうか。
「…ありがとうございます、エドモンド様。こうしてお会いできて、私は…私は今、これ以上ないほどに感動しておりますわ」
私の言葉は本心だった。
だが、ここで悲劇的な…今となっては喜劇的な誤解が生まれた。
「えっ…セリーヌ?」
私の目の前にいたブラム様が、頬を赤らめて言葉を失ったのだ。
そうだ、私は今、エドモンド様を見つめながら「これ以上ないほどに感動している」と言った。
ブラム様は、その熱い視線と情熱的な言葉が、自分に向けられたものだと勘違いしたのである。
「あ、ああ、そうか! そんなに…そんなに俺との再会を喜んでくれるなんて! ごめんよ、5年も寂しい思いをさせて!」
ブラム様は、私の手をごしごしと力強く握りしめた。
やめて。そのツルツルした未熟な手で、私の聖域(エドモンド様への集中)を乱さないで。
私は内心で、その若すぎる情熱をひどく不快に感じていたが、淑女の教育がそれを表情に出すことを許さなかった。
「……ええ、ええ。本当に。夢のようですわ」
私はブラム様越しに、エドモンド様の顔を見続けた。
エドモンド様は私とブラム様の様子を見て、少しだけ目を細めて微笑んだ。その時にできる目尻のシワがあまりにも素晴らしい!
「ははは! セリーヌはやっぱり俺にメロメロなんだ。そんなに見つめられると照れるなぁ」
ブラム様の高笑いが響く。
エドモンド様は少し困ったように、けれど優しく頷いた。
「良かったな、ブラム。セリーヌ嬢を大切にするのだぞ」
その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが決定的に目覚めたのである。
私は今、理解した。
私が求めているのは、この隣で騒いでいる若造ではない。
その背後にたたずむ静かなる叡智と、衰えゆく肉体の美をあわせ持つ、至高の存在。
……そう。私は老紳士が大好きなのよ!
だが当時の私はまだ、自分のこの感情が世間一般でどう呼ばれるのか、そしてこの「見る専門」というスタンスをどう維持すべきかを知らなかった。
ただ一つ、確信を持って言えることがあった。
ブラム様の「俺が好きすぎて、セリーヌは俺の顔から視線を外せないんだ」という特大の勘違いを放置したまま、私はエドモンド様のシワを観察し続ける日々をスタートさせたのである。
晩餐会の後。客室へと戻るエドモンド様の足取りが、わずかに重いことに気がついた。
まるで腰をかばうような動作。
(あの腰…。あの痛みを堪えるような一瞬の苦渋に満ちた表情……たまらないわね)
私の本当の意味での療養後の生活は、こうして幕を開けた。
その夜、私は日記にこう記した。
『本日の収穫。エドモンド様の左目尻には、笑った際に四本のシワが形成されることを確認。また、ブラム様については特に記すことなし』
これが、後に王国中を(あるいは私の周囲だけを)騒がせることになる、「枯れ専令嬢」の孤独で熱い戦いの第一歩だったのである。
セリーヌはもう手遅れです
『ノルウェー騎馬隊 イケオジ』で調べてくれ…心が浄化されて「ぐああああああ!!」となるぞ…国宝級の写真が見れるぞ…
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