第14話:決戦、エヴァーツ領
続きは数時間後にー
石切り場の冷たい空気が、肌を刺すように震えている。
馬車を包囲するエヴァーツ家の私兵たちと、リチャード様が引き連れてきた「偽りの近衛兵」たちが、抜き放たれた剣を向け合い、一触即発の状況にあった。
「……ふ、ふふふ。ははははは!」
突如として、リチャード様が喉を鳴らして笑い出した。
爽やかだった英雄の顔は見る影もなく、その瞳にはどろりとした狂気と、隠しきれない殺意が渦巻いている。
「驚いたな。まさか、世間知らずの『枯れ専令嬢』にここまで先を読まれているとは。エドモンドに泣きついて婚約を解消させた時、ただの運の良い小娘だと思っていたが……過小評価していたようだ」
リチャード様は、私の喉元に剣先を向けたまま、ゆっくりと馬車を降りた。その足取りは重厚だが、どこか焦燥感に駆られている。
ドミニクが即座に反応し、馬車の入り口に立ち塞がる。
「下がれ、ドミニク。……リチャード様。往生際が悪くてよ。既にあなたの悪事の証拠は、国境を越え帝国に入りました。エドモンド様の手を経て、国王陛下の元へ真実が届きます。あなたがここで私を殺したところで、あなたの反逆の罪が消えるわけではありませんわ」
「罪? そんなものは勝てばどうとでもなる。…おい、始めろ!」
リチャード様が虚空に向かって鋭く叫ぶ。
その瞬間、石切り場の背後の崖の上から、さらなる軍勢が現れた。
エンドワの白銀の甲冑ではない。くすんだ鉄色に染まった、バリッシュ王国の正規軍の装束。
「……伏兵!? いつの間に国境を…!」
ドミニクが驚愕に目を見開く。
「フン、お前たちがローデリヒを保護したと知った時から、計画を早めたのさ。このエヴァーツ領を足がかりに、バリッシュ軍を一気に王都へ流し込む。エヴァーツ侯爵が不在の今、ここを制圧するのは容易いことだ。……セリーヌ、君を殺し、ローデリヒを始末すれば、後は私が『賊を討った英雄』として王都へ凱旋するだけだ」
リチャード様は、勝ち誇ったように剣を振った。
「セリーヌ。最後にもう一度だけチャンスをやろう。今ここで私に跪き、エヴァーツ家の全権を私に委ねると誓え。さもなくば、この美しい土地を血と炎で焼き尽くしてやる」
私は、彼の言葉を鼻で笑う。
「焼き尽くす? まあ。あなた、本当に歴史というものを理解していらっしゃらないのね。この土地の石一つ、草一本にどれほどの年月が積み重なっていると思っているのかしら。それを一瞬の野心で消し去ろうとするなんて…やはり、あなたの魂は薄っぺらな紙屑同然でしてよ」
「貴様……っ!!」
「――そこまでですわ、リチャード・エンドワ!」
上空から響く、凛とした声。
バリッシュ軍の背後に、さらなる騎兵集団が姿を現した。
先頭に立つのは、昨夜国境へと馬を飛ばしたはずのスザンナ・マロリー様だ。
「スザンナ様!? なぜここに…」
「手紙を帝国の中継所に預けた後、国境の守備隊を呼び寄せ、急ぎ戻って参りましたわ! エヴァーツ領内に潜んでいたバリッシュの鼠共の退路は、既に断たせていただきました!」
スザンナ様が剣を抜き放ち、斜面を駆け下りる。
それを合図に、乱戦が始まった。
バリッシュの伏兵と、エヴァーツの私兵、そしてスザンナ様が連れてきた守備隊。
石切り場は、瞬く間に阿鼻叫喚の戦場と化した。
「ドミニク、セリーヌ様を頼む! 私はリチャードを討つ!」
スザンナ様の鋭い一撃が、リチャード様の剣と火花を散らす。
ドミニクもまた私を守りながら、近づくバリッシュ兵を次々と斬り伏せていく。
「おのれ……! おのれ、おのれ!!」
リチャード様が、狂ったように剣を振り回す。
その動作。昨夜スザンナ様が指摘した通り、エンドワの騎士道とはかけ離れた、重心の前のめりなバリッシュ流の剣技。
焦り、恐怖、そしてすべてが崩壊していく絶望。
リチャード様の顔は、もはや美しさとは対極の場所にあった。
激しい打ち合いの末、スザンナ様の鋭い刺突がリチャード様の右肩を貫き、ドミニクの強烈な蹴りが彼の膝を砕いた。
「ぐ、あぁぁああ!!」
白銀の甲冑が泥にまみれ、リチャード様が石畳に這いつくばる。
私は、ドミニクの制止を振り切り、彼に歩み寄った。
「はぁ、はぁ……。…セリーヌ……。なぜだ……。俺が王になれば、お前を王妃にし、世界で一番贅沢な暮らしをさせてやったのに…。お前を…お前を最高に愛してやったのに!!」
リチャード様が、泥に汚れながら叫ぶ。
その顔。
額には汗と泥が混じり、瞳は血走り、口元は悔しさで歪んでいる。
私はそんな彼を、これ以上ないほど冷たく、そして「無価値なもの」を見るような目で見下ろした。
「最高に愛する? ふふ、滑稽な冗談ですわね。あなたが愛していたのは私ではなく、私の背後にある権力だけでしょ?」
「……っ」
「勘違いしないで、リチャード様。あなたは、私の理想じゃないわ」
私は、ゆっくりと身を屈めた。
彼の耳元で、死の宣告よりも残酷な真実を告げるために。
「私はね、歴史を愛しているの。積み重ねられた年月、苦悩を乗り越えて刻まれた深いシワ。それこそが、私の拝むべき至高の芸術。対して、あなたはどうかしら?」
私は、彼の左頬の傷を、扇の先でなぞった。
「自ら傷を刻み、英雄を装い、挙句の果てには国を売り飛ばしてまで権力を欲しがった。……そんな卑しい心根が刻まれた顔に、拝む価値など欠片もございませんわ。あなたのシワは、ただの『汚れ』でしかないのです」
「な…っ、何を……何を言っているんだ、お前は…!」
「私が愛でるのは、誇り高く生き、誠実に時を重ねた方の美しさだけ。…国を裏切り、民をあざむいたあなたの顔は、私にとって、道端に転がる汚物と同じです。いえ、汚物の方が、まだ自然の摂理に従っている分、マシかもしれませんわね。あなたに用はありません」
リチャード様の瞳から、光が消えていく。
自分が命懸けで築き上げ、最後に拠り所にした「若き英雄」という自負すら、私にとっては「観察の対象外」でしかなかったという事実。
それが、彼にとっての本当の死だったようだ。
「連れて行きなさい、ドミニク。この方は、もう私の視界に入れる価値もありませんわ」
「御意」
ドミニクと騎士たちによって、リチャード様は引きずられていった。
戦いはエヴァーツ軍の圧勝で幕を閉じた。バリッシュの伏兵たちも、スザンナ様の連れてきた守備隊によって次々と捕縛されていく。
◇◇◇◇◇◇
数日後。
王都から届いた報せによれば、エドモンド様が帝国から送った暗号付きの密書は、無事に国王陛下に届き、王都に潜伏していたリチャード様の協力者たちも一網打尽にされたという。
私は領主館のテラスで、再び平穏なティータイムを楽しんでいた。
隣には、すっかり顔色が良くなり、仕立ての良い従者の服を着こなしたローデリヒ様が控えている。
「セリーヌ嬢…。まさか、私の亡命がこれほどの大事に繋がるとは思わなかった。命を救われただけでなく、国の危機まで救っていただいたこと、言葉では言い尽くせない」
ローデリヒ様が、深々と頭を下げる。
その際に見える、うなじから首筋にかけての、適度に引き締まった皮膚の質感!
「まあ、ローデリヒ様。そんなにかしこまらないでくださいな。私はただ、自分の『趣味』を邪魔されたくなかっただけなのですから。……それより、約束ですわよ? これからは私の従者として、その素晴らしい歴史を、毎日私の前で披露していただくということを」
「…セリーヌ嬢、あなたの望みのままに」
ローデリヒ様が、優雅に微笑む。
その目尻に刻まれた深いシワ。
100点。文句なしの100点満点だわ。
私は、満足げに紅茶を一口飲んだ。
リチャード様は今頃、王都の地下牢で、己の犯した罪という名の「醜いシワ」を刻み続けていることでしょう。
でも大丈夫。私にはもう、拝むべき真の芸術(ローデリヒ様)が、すぐ傍にいてくださるのですから。
日記を更新しましょう。
『第二章・完結。
今回の収穫:偽りの英雄を排除。本物の亡命紳士(48)を従者として獲得。
リチャード様の断罪シーン、彼の歪んだ顔を写生しなかったのは、私の美学の勝利である。
さあ、ローデリヒ様。次はあなたの背後にいる、バリッシュに蔓延る『老害』たちを、どのようにして美しく隠居させて差し上げましょうか。
(追記:スザンナ様は逸材よ。彼女の剣筋に刻まれる歴史も、今から楽しみでなりませんわ)』
>お前を最高に愛してやったのに
上から目線で最高に性格が出ているなと
そういうところじゃない?
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