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あなたに用はありません!~どこかに素敵な老紳士は落ちていませんか?~  作者: 延々Redo


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第13話:国王への密書

続きは数時間後にー

 リチャード様が偽の密信を部下に届けさせたと思い込み、安らかな(といっても野心に満ちた汚いものだろうが)眠りについている頃。エヴァーツ侯爵邸の私室では、もう一つの通信が着々と準備されていた。


 私の前には数枚の羊皮紙。そして、深夜の闇に紛れて私の部屋のベランダから音もなく滑り込んできた、スザンナ様が座っている。彼女は既に旅装を整えており、その瞳には騎士としての鋭い光が宿っていた。


「セリーヌ様、お待たせいたしました。…リチャード団長の部下と思われる連中、やはりこの屋敷を包囲する準備を進めておりますわ」


「ご苦労様、スザンナ様。…昼間、あなたが到着したリチャード様を物陰から監視してくださったおかげで、あの方の化けの皮を剥ぐ準備が整いましたわ」


 リチャード様が派手に白銀の甲冑を輝かせて現れた際、あえてスザンナ様を表に出さず、二階のテラスの陰から彼の動きを細かく観察してもらっていた。


「スザンナ様。改めてお聞きしたいのですけれど、騎士の目から見て、彼らの立ち居振る舞いはどう映りましたか?」


 スザンナ様は深く頷き、羊皮紙を前にペンを手に取る。


「確信いたしました。先ほど偵察した際、小競り合いになった彼の部下たちの動きも確認しました。エンドワの騎士は守りを重視して重心を低く保ちますが、彼らは攻撃の出足を速めるために、バリッシュ特有の前傾姿勢を取っていました」


「さすがはスザンナ様、見逃しませんわね!」


「それだけではありません。本日、彼が玄関でお嬢様の前にひざまずいた際の動作……左手の指が微かに『引き抜く』ような動きをしましたわ。あれは、我が国の標準的な長剣ではなく、バリッシュで多用される片手半剣バスタードソードを扱う者の手癖です。…リチャード様の左頬の傷だけでなく、一団の『技の歴史』そのものがバリッシュに染まっております」


「素晴らしいわ! その観察眼、まさに歴史の証人でしてよ!」


 私は思わず、彼女の手を握りしめた。

 そう、リチャード様は隠しているつもりでも、染み付いたクセまでは誤魔化せない。自らの肌に傷を刻んで歴戦を装えても、その骨に刻まれた戦いの記憶までは書き換えられないのだ。


「スザンナ様、あなたのその証言を、私の手紙に同封します。『肖像画の騎士のポーズについて、マロリー家の令嬢から専門的なアドバイスを受けた』という名目でね。陛下は、あなたの父上であるマロリー伯爵の忠誠心を深く信頼しておいでです。その娘であるあなたの言葉なら、陛下も重く受け止めてくださるわ」


 私は、書き上げたばかりの手紙をスザンナ様に見せた。

 表向きは、帝国で療養中のエドモンド・アレンビー前伯爵へ宛てた、他愛もない「お見舞い」と「肖像画の構図」についての相談状だ。


「これを、帝国のエドモンド様へ届けていただきたいの。普通に王都へ送れば、リチャード様の息がかかった検閲官に差し押さえられるでしょうけれど、帝国へ向かう『令嬢の恋文』のような手紙なら、彼らも油断するはずよ」


 スザンナ様が手紙を読み進めるうちに、その口元がわずかにほころんだ。


「……なるほど。肖像画の『背景のシワ』や『影の描き込み』についての指定が、すべて国王陛下だけが知る暗号表と対応しているのですね。しかも、エドモンド様を経由することで、あの方の持つ王家との独自の太いパイプを利用できる」


「ええ。エドモンド様は今、帝国の最高級の温泉で腰を癒やしながら、私との肖像画を心待ちにしておられるわ。あの方なら、私の手紙に隠された『違和感』に即座に気づき、帝国の公式な使節ルートを使って陛下へ直接届けてくださるはずよ」


 エドモンド様は、私のことを「自分を救ってくれた聖女」だと信じ込んでおられる。その聖女が不自然なほど執拗に、背景のシワの数を指定してくるのだ。あの方の鋭い知性が、それを単なるわがままだと見逃すはずがない。


「承知いたしました。今すぐ、馬を飛ばします。明け方には、国境の帝国側中継所に辿り着けるでしょう」


 スザンナ様は手紙を胸元に収め、再び夜の闇へと消えていった。

 入れ替わるように、暗闇からドミニクが現れる。


「お嬢様、準備は整いました。ローデリヒ殿には、地下のさらに奥まで移動していただきました。万が一、屋敷が襲撃されても、彼だけは逃がせます」


「ありがとう、ドミニク。…でも、逃がす必要なんてなくなるわ。明日、リチャード様が自ら罠に飛び込んでくださるのだもの」


 私は、机の上のランプの火をそっと吹き消した。




◇◇◇◇◇◇




 翌朝。

 エヴァーツ領を覆う朝霧の中に、金色の光が差し込む。


 玄関ホールに現れたリチャード様は、昨夜の不気味な沈黙が嘘のように、再びまぶしいほどに英雄の笑顔を浮かべていた。


「おはよう、セリーヌ。…昨夜はよく眠れたかな?」


「ええ、とても。素敵な夢を見ましたわ、リチャード様」


「それは良かった。…さあ、約束通り、領地の視察へ案内してもらおうか。君の愛するこの土地を、私もこの目に焼き付けておきたいんだ」


 リチャード様は、私の手を取って馬車へとエスコートする。

 彼の指先は、相変わらず冷たかった。

 だが、その瞳には「今日、すべてが終わる」という隠しきれない高揚感が、浅いシワとなって現れている。


 馬車が動き出す。

 向かうのは領内でも特に見通しの悪い、古い石切り場の跡地だ。


「リチャード様。あそこは私の大好きな場所なんですの。古い石材に刻まれたノミの跡。それこそが、何百年もこの領地を支えてきた人々の、生きた証ですから」


「……ふむ、石の跡か。君らしい、風変わりな趣味だね」


 リチャード様は適当に相槌を打ちながら、時折、窓の外の景色を鋭く確認している。

 彼が連れてきた手下たちが馬車を囲むように、けれど少し距離を置いて追従しているのがわかる。


 リチャード様、あなたは今、自分が私を誘い出したと思っているのでしょう?

 私が案内する場所で、ローデリヒ様の居場所を吐かせ、私を脅し、エヴァーツ侯爵家を乗っ取る準備が整ったと。

 でも、そうはいかない。こちらも兵を準備させてもらった。


「セリーヌ。目的地まで、あとどれくらいかな?」


 リチャード様の声が、わずかに低くなる。

 腰に下げた剣の柄を、彼の手が強く握りしめた。

 その瞬間、リチャード様の眉間に、今日一番の、ひどく歪んだシワが刻まれた。


「あら、もうすぐですわよ、リチャード様。ほら、あそこに立っている古い石柱が見えますでしょう? ……あそこの陰で、誰かが待っているような気がしませんこと?」


「……何?」


 リチャード様が窓から身を乗り出した、その時。


 石切り場の周囲に、潜伏していたエヴァーツ家の私兵たちが、一斉に姿を現した。

 御者台に座っていたドミニクが、鋭い口笛を吹く。


「……セリーヌ、これはどういう意味だ!」


 リチャード様が、剥き出しの殺意を込めて私をにらみつける。


「あら、護衛ですわ。近衛副団長様をお守りするのに、ドミニク一人では心許ないでしょう? ……それに、リチャード様。あなたの後ろに控えている方々も、そろそろバリッシュの制服に着替えてはいかがかしら? そのエンドワの甲冑、あなたたちにはあまりにも似合わなくてよ」


「…っ、貴様……っ!!」


 リチャード様が剣を引き抜こうとする。

 だが、その動作よりも速く、私は彼の顔を、これ以上ないほど冷徹な観察眼で見据えた。


「ああ……。その、絶望に歪んだ顔のシワ。40点、といったところかしら。でも残念。あなたの歴史は、ここで途絶えるのですから、記録に残す価値もありませんわね」


 馬車の周囲で、一斉に抜剣の音が響き渡る。




日記を更新しましょう。


『作戦第三段階。対象を捕獲地点へ誘導完了。

 リチャード・エンドワの「英雄の仮面」が剥がれ落ちる瞬間を、特等席で鑑賞。

 やはり付け焼き刃の野心では、真の恐怖に直面した際のシワの美しさは表現できないようですね。

 さあ、リチャード様。あなたが売ろうとしたこの国の土を、心ゆくまで舐めていただく時間ですわ。

(追記:スザンナ様からの合図を確認。王都への密使は、今、歴史を動かしているはずです)』


>君らしい、風変わりな趣味だね


あまりにも適当すぎる

返答に困ったら私も使おう


「面白かった!」


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