第11話:執念の追跡者、リチャード来訪
続きは本日中にー
ローデリヒ様を保護してから数日が経過した。
彼の回復力は驚くほどで、少しずつではあるが館の中を歩けるようにもなっていた。私は早速、彼に従者としての制服をあつらえさせ、その「着こなしの渋さ」をバーバラと共に一日中観察するという、至福の時間を過ごしていたのだが。
そんな私にとって平和な時間は、突如として鳴り響いた早馬の蹄の音によって破られた。
「お嬢様、大変です! 王都から、近衛の騎士団を名乗る一団が……!」
ドミニクが血相を変えてテラスに飛び込んできた。その後ろからは、すでに数騎の馬が、門をくぐり抜けてくるのが見える。
先頭を駆けるのは、陽光を反射して眩しく輝く白銀の甲冑。そして、風にたなびく黄金の髪。
「…リチャード・エンドワ。お父様が仰った通り、本当に来ましたわね」
私は、手に持っていたスケッチブックをバーバラに預け、ゆっくりと立ち上がった。 キャサリンも隣で顔を強張らせている。
「お姉様、どうしますか? ローデリヒ様はまだ地下の隠し部屋に……」
「大丈夫よ、キャサリン。あなたはそのまま、お客様を迎える準備を。…ドミニク、あなたはリチャード様の『手下』たちの動きを監視なさい。武装したまま館に入ることは、エヴァーツ侯爵家が許さないとはっきり伝えるのよ」
「…御意。命に代えてもお守りします」
ドミニクが剣の柄に手をかけ、玄関ホールへと向かう。
私は大きく息を吸い込み、いつもの「穏やかで健気な(と思われている)令嬢」の仮面を被った。
館の玄関先。
馬から鮮やかに飛び降りたリチャード様は、埃一つついていない完璧な所作で私の前に跪いた。その顔には、王都の令嬢たちがこぞって悲鳴を上げるであろう、爽やかで情熱的な笑みが浮かんでいる。
「セリーヌ! 突然の訪問を許してほしい。…君が療養のために王都を去ったと聞き、いてもたってもいられず馬を飛ばしてきた」
リチャード様は、私の手を取ろうとして、空中で一度ためらってみせた。その慎み深さを演じる仕草すら、今の私には鼻につく。
「…リチャード様。驚きましたわ。王都から馬車で五日のこの距離を、これほど早く…。近衛副団長ともあろうお方が、職務を放り出してまで一介の令嬢を追うなんて、陛下に叱られてしまいますわよ?」
私の言葉に含まれた皮肉に、リチャード様の眉が微かに動いた。
だが、彼はすぐに潤んだ瞳を向けてくる。
「職務よりも、君の体の方が大事だ。君がブラムとの婚約を解消し、傷ついた心で一人、北の地へ去ったと思うと…。私は自分を責めずにはいられなかった。もっと早く、君に想いを伝えていればと」
「…まあ。お優しいことですわね」
私は彼を館へと案内した。
応接室に入り、リチャード様と対面する。
彼の左頬には、確かにローデリヒ様が仰っていた通りの、古い訓練の傷跡があった。
かつてはその傷跡さえ、歴戦の騎士の証として私の観察対象になり得たかもしれない。
だが、今は違う。
「セリーヌ。単刀直入に言おう。私は君を妻に迎えたい。エヴァーツ侯爵には後で正式に申し入れるが、まずは君の返事を聞かせてほしいんだ」
リチャード様は身を乗り出し、情熱的に語りかける。
「君がブラムに捧げていたあの献身。私は、あのような尊い愛を、今度は私が守りたいと願っている。君のような一途な女性こそ、私の隣にふさわしい」
献身。一途。ふふ、笑わせてくれますわね。
私は、彼の顔をじっと見つめた。
彼の目は、確かに私を射抜いている。だが、その瞳の奥にあるのは、私への思慕ではない。
私の背後にあるエヴァーツ家の軍事力、財力、そして王家との繋がり。それらを計算し尽くした、どろりとした獲物への執着だ。
「リチャード様。身に余る光栄ですわ。……ですが、私、先ほどから気になっておりますの。リチャード様、お疲れではありませんか? 眉間のあたりに、ひどく…美しくないシワが寄っておりますわよ」
「…えっ?」
リチャード様が、不意を突かれたように固まった。
そう、今、彼の眉間に寄ったそのシワ。
それは焦り、苛立ち、そして計算違いに戸惑う余裕のなさから生じた、品のない歪みだった。
「お忙しいのでしょう? 王都からここまで、街道を通らずに湿地帯のあたりを調査しながら来られたとか。…あそこは足元が悪いですもの、大変でしたでしょう?」
私が「湿地帯」という言葉を出した瞬間。
リチャード様の瞳が、一瞬だけ鋭い獣のように細まった。
「……なぜ、私が湿地を調べたと思うんだい?」
「あら、近衛騎士団の皆様が、何かを探しているような動きをされていたと、領民から報告がありましたの。…逃亡者でも、追っていらしたのかしら?」
「…………」
沈黙。
リチャード様は、仮面を剥がれそうになった自身の顔を立て直そうと、必死に表情を操作している。
その過程で生じる、筋肉の不自然な動き。
王都で見かけた時は、あんなにピカピカの英雄に見えたその顔が、今は泥まみれで倒れていたローデリヒ様の、あの気高いシワの一本にも及ばない安物に見えて仕方がない。
「……ああ、そうだ。不届きな亡命者が、この領内へ逃げ込んだという情報があってね。君の身に危険があってはいけないと思い、それもあって急いで来たんだよ」
「まあ、心強い。でも、ご安心くださいな。この屋敷はドミニクたちが守っておりますし、怪しい者など一人も入り込ませてはおりませんわ」
嘘。
最大の怪しい者は、今、私の目の前で紅茶を飲んでいるあなたですもの。
「セリーヌ。…君のその、曇りのない瞳で見つめられると、私は自分が汚れているように感じてしまうよ」
リチャード様は、再び「一途な騎士」の顔を作り、私の手を取った。
冷たい。
彼の指先からは、何の温度も感じられない。
「君は、この世で最も清らかな聖女だ。私は君という宝を、汚れた世界から守り抜くと誓おう。……だから、どうか私の手を取ってほしい」
「…………」
私は、彼の手を優しく、けれど確実に押し返した。
「リチャード様。申し訳ございません。…私、今はまだ、誰かの手を取る気にはなれないのです。特に、歴史を刻む資格のない方の手は」
「歴史…?」
「ええ。人の顔には、その方の生き様がシワとなって現れますわ。…リチャード様、あなたの顔はあまりにも美しすぎて、私には何も読み取れないのです。…あるいは、これから刻まれるシワが、あまりにも『醜いもの』になると、私の本能が告げているのかもしれませんわね」
リチャード様の顔から、血の気が引いていく。
侮辱だ。
王族の血を引き、王国の英雄と称えられる彼にとって、一介の令嬢から「あなたの顔には価値がない」と言われたに等しいこの言葉は、最大の屈辱だったに違いない。
「……セリーヌ。それは、どういう意味だ」
彼の声から、爽やかさが消え、地を這うような冷たさがにじみ出した。
そう。それよ。
その「本性」を剥き出しにした時のシワ。けれど、やはりダメね。
そこにあるのはただの自己愛と野心。他人を慈しみ、国を想い、苦悩の末に刻まれたローデリヒ様のあのシワとは、全く比べ物にならない。
「あら、他意はございませんわ。ただの、枯れ専の独り言ですもの。……さあ、リチャード様。長旅でお疲れでしょう。客室を用意させましたわ。明日はお父様も戻りますし、今夜はゆっくりとお休みになってくださいな」
私は、逃げるように椅子を立ったリチャード様を見送り、扉が閉まった瞬間に、持っていたハンカチで自分の手を激しく拭った。
「バーバラ。洗面器を。彼が触れたところが、安っぽいメッキの匂いがするわ」
「畏まりました、お嬢様。本当に、薄っぺらな男でしたわね。あの左頬の傷も、よく見ればただの不注意でついたような、浅い歴史しか感じられませんでしたわ」
バーバラが、氷のような冷笑を浮かべて応える。
リチャード・エンドワ。
あなたはローデリヒ様を消しに来たつもりでしょうけれど。
この屋敷に入った時点で、捕らえられたのはあなたの方なのよ。
私は窓の外、リチャード様が連れてきた騎士たちが、庭を値踏みするように眺めているのを見た。
さあ、歴史の審判を始めましょうか。
あなたが王位という名の「新しい服」を着る前に、その裸の心根を、白日の下に晒して差し上げますわ。
日記を更新しましょう。
『本日の観察記録:リチャード・エンドワ(35)。
表情筋の使い方が人工的。
焦燥に駆られた際の眉間のシワ、30点。
彼の「一途な愛」は、安物の舞台装置のような書き割りであると断定。
ローデリヒ様の深いシワを拝んだ後では、彼の顔はただの白い紙も同然ですわ。
(追記:ドミニクに、リチャード様の手下たちが地下室に近づかないよう、厳重な警備を指示。戦いの火蓋は、今、切って落とされました)』
>君が療養のために王都を去ったと聞き、いてもたってもいられず馬を飛ばしてきた
王族だから許されると思ってるのだろうが、やられた方は普通に怖いやで
セリーヌはイイ笑顔をしています
「面白かった!」
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