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あなたに用はありません!~どこかに素敵な老紳士は落ちていませんか?~  作者: 延々Redo


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12/25

第8話:嵐の前の休息

続きは本日中にー

 嵐のような断罪劇から数日。

 学園内はブラムとアリスの話題で持ちきりだったけれど、当の本人である私は、驚くほど平穏な日々を過ごしていた。


 何しろ、もう「不誠実な婚約者の言動に心を痛める健気な令嬢」を演じる必要がない。

 放課後、私は誰に気兼ねすることもなく、中庭で日向ぼっこをする。そして年配の講師が教科書をめくる際に見せる、あの指先を湿(しめ)らせる独特の仕草(しぐさ)の優雅さについて、スザンナ様と熱く語り合うことができたのだから。



 そんなある日の午後。

 私は実家の侯爵邸に戻り、妹のキャサリンとティータイムを楽しんでいた。


「お姉様、本当にお疲れ様でした。ブラム様のあの無様な姿、私もこの目で見たかったですわ」


 キャサリンは楽しそうにクッキーをかじりながら、悪戯いたずらっぽく笑った。


「ええ。でも、あんなものをわざわざ見る価値はありませんわよ。…それよりもキャサリン、見て。エドモンド様から届いたばかりの、近況報告のお手紙よ」


 私は、大切に保管していた封筒をキャサリンに差し出した。


「まあ。…『帝国での療養は順調。セリーヌ嬢の紹介してくれた医師は、私の腰の痛みを、まるで魔法のように和らげてくれた。肖像画の制作についても、帝国の宮廷画家を自ら手配した。君と並んで描かれる日を心待ちにしている』…。伯爵は完全にお姉様のことを聖女か何かだと勘違いなさっていますわね」


「あら、勘違いではないわ。私はあの方の健康と、そのシワの保存を心から願っているのですもの。これこそが真の愛というものでしょう?」


「はいはい、左様(さよう)でございますか。…それで、お姉様。これからどうなさるおつもり? ブラム様との婚約が正式に解消された今、お姉様は『超優良物件』として社交界に放り出されたも同然ですわよ」


 キャサリンの言葉に、私は少しだけ眉を寄せた。


 そうなのだ。

 アレンビー家との縁談は、もともと私がブラム様を気に入った(と周囲が思っていた)ことで成立していた。それが解消された今、エヴァーツ侯爵家の長女である私の元には、雨後のたけのこのように新しい縁談が舞い込んでくるはずだ。


「お父様には、しばらくはゆっくりさせてほしいとお願いしているのだけれど。…あら、お父様?」


 ちょうどその時、部屋の扉が勢いよく開いた。現れたのは、いつも以上に眉間に深いシワを刻み、顔を真っ赤にした父ベンジャミンだった。


「セリーヌ! 大変だ、大変なことになったぞ!」


「まあ、お父様。そのシワ、素晴らしい躍動感(やくどうかん)ですわ! それで、一体何が大変なのですか?」


 私は父を落ち着かせるべく、温かい紅茶を差し出す。

 父はそれを一気に飲み干すと、私の肩をガシッと(つか)んで叫んだ。


「婚約の申し込みが来た! それも、断るのが極めて困難な相手からだ!」


「まあ…。公爵家かしら? それとも、他国の王族の方?」


「王太子殿下の従弟いとこ殿だ! 御年35歳、現役の近衛副団長を務める、あのリチャード様だよ!」


 父の言葉に、キャサリンが「げっ」と短い声を上げた。


「リチャード様…。確か、エンドワの規定で王位継承権は無いけれど、陛下からの信頼が非常に厚く、かつては『王国の剣』と称えられたあのお方ですわね」


「ああ、あの方ね。そうねぇ…あの方ね…」


「そうだ! そして、これが最大の問題なのだが…」


 父は、周囲を警戒するように声を(ひそ)めた。


「あの方は…あの方は、お前がブラムに見せていた、あの熱烈(ねつれつ)な視線と献身的(けんしんてき)な愛の噂を聞き、『これほどまでに一途(いちず)で純真な娘こそ、我が妻にふさわしい』と、いたく感動されてしまったのだ!」


「…………えっ」


 私は思わず、手に持っていたティーカップを落としそうになった。


 私の「シワへの執着」が、「健気な愛」として国の中枢(ちゅうすう)にまで誤解されて伝わっているというのか。

 しかも、相手は35歳。

 ……35歳。悪くない。悪くないわ。

 35歳といえば青年から大人へと脱皮し、いよいよ良いシワが刻まれ始める、最も(あぶら)の乗った時期ではないか。

 近衛副団長。(きた)え抜かれた肉体。剣を振るうたびに浮き出る前腕の筋肉と、加齢による落ち着き…。


(でも、何かしら…あの方は何か違うのよね…)


「ダメだ! 絶対にお前をリチャード殿には預けられん! あの方は武骨で知られているが、実は相当な食わせ者だ。お前のような枯れ専を隠している世間知らずな娘が嫁いだら、一瞬で正体を見抜かれて、一生逃げられなくなるぞ!」


「お父様、私は別に構いませんのよ? おそらく、あの方はとても立派な方のようですし……」


「ダメだと言ったらダメだ! それに、あの方は国王陛下の懐刀(ふところがたな)だ。一度婚約してしまえば、今度こそ逃げ場がなくなる。お前にはもっと自由で、お前の趣味を理解してくれる(そしてお父さんの生え際を笑わない)男を見つけてやらねばならんのだ!」


 父は生え際を気にしながらも、必死に娘の将来(と自分の平穏)を案じているようだ。


「お父様……。つまり、どうされるおつもりですか?」


「逃げるぞ! セリーヌ! 長期休みが終わる前に、領地に帰る準備をしろ! 王都にいては、陛下の顔を立てて会わないわけにいかなくなる。病気療養の名目で、今すぐ領地の奥深くに隠居するんだ!」


「ええっ!? 今からですか?」


「そうだ! キャサリン、お前もだ! お前も王都にいたら、リチャード殿の部下たちの誰かに目をつけられるかもしれんからな!」


 父の被害妄想、いいえ、親バカが炸裂(さくれつ)している。

 キャサリンは呆れたように「私は別にいいのに」と呟いていたが、父の勢いに押されてパッキングの手伝いへと駆り出されていった。



 嵐のような準備が始まった。

 私は、自分の部屋のスケッチブックを鞄に詰め込みながら、ふと窓の外を(なが)める。


 リチャード様。

 35歳の、王国の剣。

 エンドワに帰国してから夜会でお会いしたが、なぜか心は踊らなかった。

 理由は…自分でも分からない。


「お姉様! 何ぼーっとしてるんですか! 馬車が出るまであと一時間ですよ!」


「分かったわ、キャサリン。今行くわね」


 私は、日記のページをめくる。



『第1章・完。

 学園での騒動は幕を下ろし、私は新たな婚約者候補の影を感じながら、領地へと一時撤退する。

 けれど私の枯れ専としてのアンテナに、何かが引っかかっている。

 おそらく、このままでは終わらないのだろう。

 それよりも神様、領地のどこかに素敵な老紳士は落ちていませんか?』


 私は万年筆を置き、蜂蜜色の髪を揺らして立ち上がった。


あと番外編1話にて第1章は〆です

次はリチャードの従弟の王太子周辺の話


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