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あなたに用はありません!~どこかに素敵な老紳士は落ちていませんか?~  作者: 延々Redo


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10/25

番外編3:額縁の末路、あるいは泥団子の日常(ブラム視点)

続きは本日中にー

「おい、ブラム。さっさと動け。お前、今日は食堂の清掃当番だろ」


 背後から投げつけられたのは、かつて俺が格下だと見なしていた男爵家の令息の声だった。

 いや、今はもう「格下」なんて言葉を使う資格すらない。俺――ブラムは、ゆっくりと重い腰を上げた。手に持っているのは使い古された汚い雑巾(ぞうきん)と、鼻をつくような洗剤の入ったバケツだ。


「…分かっている。今、行く」


 声がかすれる。

 あの日、カフェテラスでセリーヌに断罪されてから、俺の世界は文字通りひっくり返った。


 父上――エドモンド・アレンビー前伯爵から突きつけられたのは、慈悲の欠片もない勘当届だった。

 アレンビーの姓を名乗るな。

 屋敷の門を二度と(くぐ)るな。

 学費だけは卒業まで出してやるが、それ以外の生活費は銅貨一枚も出さない。


 最初は、何かの冗談だと思った。

 あんなに優しかった父上が、たった一人の息子である俺を見捨てるはずがない。セリーヌに少し(そそのか)されただけで、血の(つな)がりを断つなんてあり得ない。


 そう思って何度も実家に手紙を書いたし、直接門まで行った。けれど、門番にさえ「どこの平民だ」と追い返された時、ようやく理解したんだ。


 俺は、本当に、捨てられたのだと。


「……おのれ、セリーヌ…っ」


 雑巾をバケツに突っ込み、力任せに(しぼ)る。

 

 あの女のせいだ。

 あの日、彼女がエドモンド様と一ヶ月前に裏で手を組んでいなければ、俺がこんな目にあうことはなかった。

 あんなに健気に、俺へ「まあまあ」と笑いかけていたのは、全部俺を油断(ゆだん)させるための(わな)だったんだ。蛇のような女。悪魔のような女!


「何が『見守っている』だ…。人をもてあそんで楽しんでおいて、用が済んだらポイ捨てかよ!」


 怒りで指先が(ふる)える。

 だが、今の俺にはその怒りをぶつける相手すらそばにいない。


 一緒に真実の愛を(ちか)ったはずのアリスはどうなったか。

 彼女は今、僕と同じ「特待生(平民)クラス」の片隅で、死んだ魚のような目をしている。

 

 あの日、俺が伯爵令息でなくなったと知った瞬間、彼女が見せたあの「ほぇ?」という顔。あれは(おどろ)きではなく、あからさまな落胆(らくたん)だった。


『ブラム様ぁ…。あたし、伯爵夫人になれるって信じてたのにぃ。お金がないブラム様なんて、ただのうるさい男の子じゃないですかぁ』


 そう言い放って、彼女は俺から距離を置いた。

 今では学園内の新しいカモを探して、子爵家の三男坊あたりにすり寄っているらしい。けれど、一度「伯爵家に泥を塗った悪女」という悪評がついてしまった彼女を相手にする貴族なんて、もうどこにもいなかった。


 ガリガリと食堂の床を(みが)く。

 かつては、俺が歩くだけで道が開いたこの食堂。

 今は俺が掃除をしている横を、生徒たちが「うわ、汚い」と避けて通り過ぎていく。


「見てよ、あれ。元アレンビー伯爵令息様だってさ」

「不敬罪で退学にならないだけマシよね。セリーヌ様に感謝すべきだわ」

「暴力まで振るったんでしょ? 騎士団に連行される姿、マジで面白かったよね」


 クスクスという笑い声がトゲのように心に刺さる。

 耐えられない。

 俺は貴族だったんだ。黄金の髪と、青い瞳。誰もが(うらや)む将来を約束されていたはずなんだ。


 生活は一変した。

 アレンビー家からの最低限の送金は、文字通り「死なない程度」の金額だ。

 豪華な寮の個室は追い出され、今は学園の端にある、湿気臭い四人部屋の寄宿舎に押し込まれている。

 

 食事もそうだ。これまでは専属の料理人が作ったものを食べていたのに、今は学食の、一番安い干し肉と硬いパンのセット。それを、かつて俺が(あご)で使っていたような下位貴族の生徒たちの嘲笑を浴びながら、(すみ)っこで食べる。


「…ちくしょう、ちくしょう!」


 床を磨く手に力が入る。

 そんな時、食堂の入り口が華やかに開いた。


 現れたのは、スザンナ・マロリーを伴ったセリーヌだった。

 彼女は以前よりもずっと生き生きとした表情で、蜂蜜色の髪を(ほこ)らしげに揺らしながら歩いている。

 彼女の視線は、俺を一瞥いちべつすることすらなかった。


 …いいや。

 彼女の視線は、俺の少し後ろにいた。

 配膳台(はいぜんだい)の奥で無愛想(ぶあいそう)に大きな鍋をかき回している、白髪頭の調理長だ。


「まあ! スザンナ様、ご覧になって。あの調理長が鍋を持つ際の、前腕の筋肉の盛り上がり方…。あの方はきっと、三十年はあの鍋を振り続けていらっしゃるわ。あのシワの深さは、職人の魂そのものですわね」


左様(さよう)ですね、セリーヌ様。あのように実直(じっちょく)に時を重ねた方こそ、尊敬に値しますわ」


 二人は、掃除をしている俺のことなど道端の石…いや、転がっているゴミと同列にしか扱わず、調理長の腕について熱心に語り合いながら通り過ぎていく。


 情けなくて、涙が出てきた。

 俺がどんなに声を上げても、彼女には届かない。

 彼女にとって俺はもう必要ないのだ。



 清掃が終わる頃には、手は洗剤で荒れ、膝はガクガクと震えていた。

 掃除用具を片付けていると、アリスとすれ違う。彼女のピンク色の髪は手入れが行き届かず、ボサボサになっている。俺が買い与えたあの安物の指輪も、もう彼女の指にはなかった。たぶん、当座の生活費のために売ったのだろう。


「……アリス」


 俺が声をかけると、彼女は一瞬、忌々(いまいま)しそうに俺をにらんだ。


「…何よ、ブラム。あたしに話しかけないで。あんたのせいで、あたしの人生めちゃくちゃなんだから」


「お前のせいだろ! お前が、マナーなんて知らなくても、愛さえあれば生きていけるって言ったから…っ!」


「うるさいわねぇ! あたしは平民なんだから、知らないのは当たり前でしょ! それを教えもせずに浮かれてたのはあんたじゃない! 自分の父親にさえ見捨てられるような男に、あたしがいつまでも付き合ってあげると思ったのぉ!?」


 言い争う俺たちの横を、通りかかった生徒たちが冷ややかに通り過ぎていく。


「またやってるよ、あの二人」

「お似合いだよね。泥団子同士、一生やってればいいのに」


 泥団子。

 セリーヌに言われた言葉が、呪いのように頭の中で反響する。


 ――ガシャン!


 不意に、背後で何かが割れる音がした。

 振り返ると、俺が掃除したばかりの床に、通りすがりの男子生徒がわざとらしくスープをこぼしていた。


「あ、悪いブラム。手が滑ったよ。平民なんだから、掃除くらいお手の物だろ? さっさと()けよ」


 かつて俺が、その身分の低さを馬鹿にして笑っていた男爵家の息子だ。


「……っ、ふざけるな!」


 食ってかかろうとした俺の肩を、別の生徒が押さえつける。


「おい、暴力か? またスザンナ様に叩き伏せられたいのかよ。というか、お前が元々やっていたことだろ? 自分がされたら怒るのかよ」


「…………」


 俺は、握った拳を力なく下ろした。


 スザンナ・マロリー。あの女に叩きつけられた時の腰の痛みは、今でも雨の日にうずく。

 

 俺は、膝をついた。

 冷めたスープが広がる石畳に雑巾を当てる。


 

 おのれ、セリーヌ。

 おのれ、エドモンド・アレンビー。

 おのれ、この学園のすべて。



 俺はいつか、見返してやる。

 俺を捨てたことを、父上もセリーヌも後悔させてやるんだ。

 いつか俺が、自らの力で成り上がって、この学園の頂点に立って…。



 そんな空虚(くうきょ)妄想(もうそう)は、腹の虫の情けない音によってかき消された。


 汚れたスープを吸い込んだ雑巾を何度も絞り続ける。

 汚水が指の間から(あふ)れ出す。


 黄金の輝きを失った、ただの泥。

 それが俺の、ブラム・アレンビーのなれの果てだった。


ブラムに関しては普段の生活態度も含めて自業自得です

12歳の頃はあんなに可愛かったのにねぇ…

自分に都合のいい声だけを聞き続けた結果かもしれない


「面白かった!」


「続きが気になる、読みたい!」


「今後どうなるの!!」


と思ったら

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