9.ペッカー君
傾いた夕日が帝都を茜色に染め上げる。
この時間の帝都は大忙しだ。
歯車が軋む音、白い魔力蒸気が漏れる音、そして何かに追われる様に家路を目指す人々の足音が渾然一体となって、まるで帝都が燃え落ちるような錯覚する覚える。
そんな雑踏に逆らう様に、帝都の東部、この街の工業地区を目指して進む僕達。
あぁ、出来る事ならこの人波に呑まれて家路につきたい。
何ならその前に適当な立ち飲み屋に寄って、安いハイボールを一杯引っ掛けてほろ酔い気分で家に帰って熱いジャワ―を浴びてベットに潜り込むんだ。
あぁ、懐かしき我が家よ……。
「熱心に資料を読み込んでいたが、お目当ての資料は見つかったかい? ユーリ」
張りのあるバリトンイケメンボイスが僕を現実へ引き戻す。
これから危険な時間帯に入るというのに、まるで散歩をするかのように鼻歌を唄いながら意気揚々と僕の隣を歩いている。
「何かを探していた、と言うより僕の知識の確認さ。……少なくとも僕の知識と差異はないのは分かった。何なら僕の方が詳しいまであるみたいだ」
「だろうね。君の言葉通りなら、君はホワイトメアの製作者側だ。くくく。君の言葉の端々を聞いてウィルの奴が反応しているのが面白かったよ」
伯爵とギルは敵対していると言うより、何だか悪友みたいな間柄だ。
お互いを認め合っているからこそ軽口を言い合えるみたいな、そんな感じだ。
「なんか最後の方とか伯爵の目線が怖いまであったんだけど、あれはどうなの? マズくない?」
「まぁ、奴は貴族だから多少非合法な事をしても握りつぶせるからね。ある程度警戒しておくに越したことはない」
なるほど。異世界だろうが何だろうが、権力者に逆らわないのは世の常らしい。
「さて、そろそろ日も落ちる。心の準備は大丈夫かい? ユーリ」
心の準備? そんなもん出来るわけがない。
僕は男の身体の時から喧嘩なんかした事ないんだぞ。
いずくんぞ女の子の身体でそれが出来ようか?
「ふふ。安心したまえ。君を守る為に我輩がいるんだ」
「その意味が分かんないだけど? 僕を守ることがギルに何の意味があるのさ?」
別に僕が好きだからとかそんな理由ではないのは分かる。
今のギルの目は、なんと言うか非常に理知的……いや、何なら打算的と言ってもいいだろう。
まるで仕事が出来るビジネスマンが新しい商売を思いついたような眼をしている。
一応は社会人だ。僕とてその辺の機微は何となくわかる。
「ふむ。それについては我輩もまだ予想でしかない。まずは試してみようか」
そう言いながらギルは気軽に路地裏に足を踏み入れる。
昼間ですら薄暗かった帝都の路地裏は、夕方になるとさらに暗い。
まるで一足先にここだけ夜になっている様だ。
狭い路地裏には使い古された機械が打ち捨てられ、まるで山のようになっている。
「帝都の東部にはこんな噂がある。『機械仕掛けの小人』、聞いたことはあるかい?」
「えっと、確か夜になるとやり掛けの作業を進めてくれる小人、だっけ? その代わりお礼にお金を巻き上げられるとかなんとか……」
元ネタはグリム童話の小人の靴屋さんだろう。
あの話では、姿を見たら二度と現れなくなるが、この小人は違う。
作業をした分の費用をカッチリ請求するのだ。
もし請求された費用が払えないと、まぁホラーな感じの最後を迎える話だったはずだ。
VEM世界のマスコットみたいなホワイトメアだ。
「その通り、呼び出し方は簡単だ。『ペッカー! 仕事だ!』」
ギルは手のひらに金色の硬貨をのせ、暗がりに向かってそう叫ぶ。
ちなみに、ペッカーは小人の種族名だ。
スチームパンクの代名詞のペストマスクと小人のノッカーを組み合わせた造語だ。
「…………出ないね」
「出ないな。次は君の番だ、ユーリ」
そう言いながらギルが硬貨を僕に手渡してくる。
うぅん? 何がしたいんだ?
「ぺ、ペッカー! 仕事だぞー」
暗がりに恐る恐る声を掛けると、その変化は劇的だった。
暗がりに打ち捨てられた機械の山がモゾモゾと動き出す。
え、嘘……?
「きゅー!」
機械の山から小さな人型が現れた。
身長一メートル程の小人だ。
真っ黒なローブを被り、鳥の嘴のような真っ白なペストマスクを被っている。
「きゅきゅ! きゅきゅきゅー!」
何やら僕の手に持つ金貨を見て胸の前で拍手をしている。
なるほど? どうやらこの金貨は彼? にとってかなり高額のギャラらしい。
万歳をしながら僕の周りを行ったり来たりしている。
ちょこまか動く感じがかなり可愛い。
思わずペッカー君を見てほっこりする僕。
こんな怪異なら大歓迎なんだけどなぁ。
「ペッカーは非常に律儀な性格だが、それなりに金にがめつい。まぁかなり分かりやすい怪異だから扱いさえ間違えなければ便利な奴だ」
「う、うん。でも何でギルの時は出てこなかったんだろう……?」
そう僕が漏らすとペッカー君がギルの方に目をやる。
「きゅ、きゅー!! きゅきゅきゅ!? きゅー! きゅ!」
何やらギルを見て彼はかなり驚いているようだ。
そして突然僕の手の中の金貨を奪い取り、そのまま白い霧の中に消えた。
……え?
消えた? あれ? 仕事……は?
「やはりな。吾輩を見て恐れをなして逃亡したんだ。
ただ、ペッカーの矜恃としてタダ働きは出来ないから金貨を奪って逃げた、という訳か」
「なんで!? お前ペッカー君に何をした!」
「何も? 基本的にホワイトメアは人間の強い感情……つまり、喜怒哀楽などの揺れ動く感情の波に反応して現れる現象だ。それは何となく分かるだろう?」
「う、うん……」
「吾輩の様に肉体的にも精神的にも完璧な超人になるとそうそう簡単に感情を乱すことはないからな! つまり、ホワイトメアは吾輩に寄ってくることがないのだ」
ふふん! と髪をかきあげて鼻を鳴らすギル。
こいつ……いけしゃあしゃあと……。
って言うか、僕は騙されないぞ。
それはホワイトメアが寄り付かない説明であって、ペッカー君がお前から慌てて逃げた説明にはなっていないからな?
「実際、ハンターをしているとこれは困った事でね。ホワイトメアを狩るにも毎回見付けるのに一苦労なんだ」
だろうな。流石の完璧超人様も霧と同化したホワイトメアを狩ることは出来ないらしい。
「……つまり何か? 僕を生き餌にするつもりか?」
「何と人聞きの悪い! ――ただ、吾輩はむさ苦しい男を連れ立って歩く気はないが、守るべき女性を矢面に立たせる気もない。その点君なら、見た目は美少女、中身は男! しかも感情の揺れ動きも大きいからホワイトメアに狙われやすい! 君は実に完璧な存在だよ! ユーリ!」
「やっぱり生き餌じゃないかっ! それか囮か!? 」
「はっはっはっ。適材適所ってやつさ。吾輩はホワイトメアを狩りやすくなるし、君は『白兎』を見つけやすくなる。稀に見るウィン・ウィンの関係じゃあないかな?」
……ちくしょう! 否定出来ないのが悔しい……!
「……しかし、君の蘇生スキルは分からんことが多い。蘇る事を前提に行動は決してするな。なにか異変を感じたら吾輩を頼れ。いいね? ユーリ」
い、いきなりマジな顔になるなよ……。
僕の事を真剣に心配してくれているのだろう。
さっきまでの巫山戯た雰囲気は消え、真剣な顔で僕の身の心配をするギル。
「何にせよ、これで吾輩達は対等だ。だからこのお金は丁重に返却させて頂くよ」
そう言いながらギルは僕に数枚の硬貨を握らせた。
僕がさっきテンパってギルに握らせた硬貨だ。
……くそ。こういう所が憎らしいくらい紳士だ。
やっぱり基本は良い奴なんだよなぁ。




