10.月曜男爵
夜の工場区域は不自然なほど静まり返っていた。
僕の感覚なら24時間操業の工場もあるので、絶えずどこかで機械が動いているイメージだったが、この世界ではそうではない。
どこかで風に吹かれた歯車が音を立てているんだろう。
時折、キイキイと金属の擦れる音がする。
うすぼんやりとした街灯の明かりを頼りに僕達は白い霧の中を進んでいく。
「なぁ、見回りって何をすれば良いんだ?」
「うん? 文字通りだよ。指定された地域を彷徨いて朝になれば任務完了、と言うわけさ。特にホワイトメアを退治する必要もない」
「……それで150万は多くない?」
「そうだね。しかし、今回の依頼者は未来視持ちのウィルだ。つまり、それだけ払う価値のある依頼という事になるね」
ギルの言葉に思わず絶句する僕。
キイキイキイとどこかで鳴る金属音がやけに耳につく。
「……なぁ。もしかして僕、安請け合いした?」
「ふむ。生命に釣り合う金額かと言われれば、安いと判断せざるを得ないかな。まぁ死ぬつもりも君を殺させるつもりも毛頭ないが、ね」
キイキイキイきゅ! キイキイ
……あれ? 今、ペッカー君の声が聞こえたような?
きゅきゅ! キイキイガチャリ! きゅ! きゅうう!
「やっぱりペッカー君だ!」
慌てて音のする方へ僕は向かって走り出す。
クネクネと迷路の様な路地裏を、歯車が生えたネズミや不気味な造形の猫を無視して走り抜ける。
辿り着いたのは路地裏にぽっかり空いた空き地。
そこには奇妙な人型が立っていた。
でっぷりとしたお腹を薄汚れた燕尾服で包み、破れた山高帽を頭に乗せてニヤニヤ笑う怪人。
顔面はまるで白塗りした様に白く、その口元は耳まで裂けている。
――――ホワイトメア!?
「縺翫♀�� 縺セ縺溽佐迚ゥ縺後d縺」縺ヲ譚・縺溘◇��」
意味の分からない言葉を吐き出しながら、山高帽の怪人は右手に持った鎖をジャラリと鳴らす。
鎖の先には……嘘だろ、おい!
鎖の先にはペッカー君や人型のか弱そうなホワイトメア、そして何人もの人間が繋がれていた。
こいつは……‼
「ほぉ、初めて見たな。人攫いのホワイトメアか?」
迂闊にギルが近づいて行く。
ちょっ! 馬鹿!
ジャラララっと鎖が蛇のようにギルに向かう。
ギルには避けられる自信があったのだろう。
いや、倒せる自信もあったに違いない。
しかし――――。
ガチャン!
金属同士が噛み合う無機質な音を立てて、ギルの長い首に鋼鉄の首輪が嵌められる。
「…………む。スキルが使えない」
「不用意に近付くな! 馬鹿! イケメン! そいつは人型特攻の『月曜男爵』だ! 捕まったら一生労働を強要してくる労働管理官のホワイトメアだよ!」
平たく言うなら、働きたくないけど働かなきゃ駄目なんて気持ちが具現化したホワイトメアである。
人型の時点でこいつには逆らえない。
特に一度鎖に繋がれてしまうと、ほぼ完全に行動を制限されるので逃げようがないのだ。
ちなみに捕まった後は賽の河原の石積みの様な作業を永遠にさせられるオマケ付きだ。
「……参ったな。首輪を付けられた退廃的なイケメンというステージに登ってしまったようだ」
「この状況で出てくる発言がそれ!? 無敵か!」
くそっ! なんでこの男はいちいち一回ピンチを挟むんだよ! このままだと不味い。
僕も首輪を付けられた退廃的な美少女になってしまう……!
どうにかしないと! 何か、何か方法は……!
キョロキョロと使えそうなものがないか辺りを見渡す。
薄汚れた路地裏の広場。
打ち捨てられた機械の山。
どこかの店だか工場だかへのボロボロの扉。
えぇい、迷ってても仕方ない――!!
「ペッカー君! 仕事だよ!」
そう言ってギルに返してもらった硬貨を機械の山に投げつける。
ばら撒かれた硬貨の下からモゾモゾと白いペストマスクの小人が何人も飛び出てくる。
「「「きゅきゅきゅー!」」」
ペッカー君は壊れた機械に宿った低級ホワイトメア。
硬貨の数に応じていくらでも出て来る!
「ペッカー君達! あそこのドアを壊して!」
「「「きゅ!」」」
勢いよく飛び出したペッカー君がドアに殺到し、ドゴンとまるでトラックが正面衝突した様な音を立ててくたびれたドアが吹き飛んでいく。
流石はマジモンの怪異!
可愛い見た目のくせに人知を超えたパワーだぜ!
呆気にとられたのだろう。
動きを止めた『月曜男爵』を無視し、ペッカー君達を従えて全速力で扉を潜る。
扉の先は服屋だった。
「ペッカー君達! 大至急で紙とペンを探して!」
「「「きゅー!」」」
店中を一人と三体でひっくり返す。
あるはずだ。
絶対どこかに――――!
「きゅきゅー!」
ペッカー君の一体が、店の奥の棚をひっくり返しながら、ボロボロのノートと一本の鉛筆を掲げて跳ね回っている。よし、あった!
「ナイス、ペッカー君! それだ!」
僕は急いでノートを手に取り、床に広げる。
ペン先を握る手が震える。こんな状況で冷静でいられるわけがないけど、やるしかない。
我に返ったのだろう。
店の外からジャラジャラと『月曜男爵』の鎖の音が聞こえる。
やばいやばいやばい!!
――ホワイトメアにはルールがある。
特にそれが高位の存在になればなるほど明確なルールに従って顕現している。
Eクラスのゴブリンなんかは特にルールなんかなく、好き勝手に暴れる怪異だけど、Dランクのペッカー君なんかは、給料と労働というルールが存在する。
そして『月曜男爵』はBクラス。
あのギルにすらスキル無効を強いる男爵にも、そのルール故に明確な弱点がある。
急げ急げ急げ!
書式は簡易でいい、こっちは社会人なんだ。
どれだけ報告書を書いてきたと思っている!
ええっと、今何時だ!? 18時?
ここにいるのは、僕とギルとペッカー君4名、後は捕まっている人間がええっと……あぁもう! 覚えてる訳ないだろ!
「これで、どうだっ!」
気合いで書き上げたノートには日本語でこんな事が書かれている。
労働作業完了報告書
提出者:ユーリ・クワバラ
作業内容:帝都東部工業地区における見回り
作業時間:17:00から18:00
作業者:月曜男爵が徴収した人型全員
備考:作業効率120%、異常なし。報酬支払い済み
「ペッカー君! これを月曜男爵に渡して!」
「きゅ!」
一匹のペッカー君がノートをひったくり、月曜男爵に向かって突進する。
小さな体でノートを掲げながら、まるで戦士の気迫で「きゅきゅー!」と叫んだ。
月曜男爵がそのノートを見た瞬間、その動きがピタリと止まる。
白塗りの顔が、まるでフリーズしたコンピュータみたいにカクカクと動く。
「縺…縺セ…書類…縺縺ヲ…確認…」
バカン! と小気味よい音を立ててギル達の首輪が弾け飛ぶ。
よっしゃ!!
「クハハハハ! 役人を説き伏せるには報告書か!
実にクレバーな回答だよ、ユーリ!」
安定のネット知識だよ!
「そして、仕事を終えた役人はただの人だ。
覚悟は良いか? ただの怪異よ!」
傲岸不敵に笑うギルの顔に白霧が集まり仮面を形成する。
それは口元を覆う鬼の口。
乱杭歯を剥き出しにしたゴブリンの仮面だ。
ギルの背後に黒い渦が浮かび上がる。
その中から長い腕を機関銃や大砲に変化させた機械仕掛けの小鬼達が月曜男爵を狙う。
「貴族が下賎なスラムの悪党に殺される……よくある話だろう?」
ギルのバリトンボイスが無機質な銃声に掻き消える。
後に残ったのは、身体中を穴だらけにして霧にけぶる月曜男爵の残骸だけだった。
……ギルの奴、余裕そうな顔をしているけど内心腸が煮えくり返っているんじゃないか?




