第7話 第二人格、“ギャル”花澤花子 その1
「――はっ、花子っ」
授業、もとい才子先生のスパルタ指導を終えた放課後。いつの間にか姿を消した才子に変わって学園の昇降口に姿を現した彼女を呼び止めた。
「あー、おっすおっす、キミじゃん」
如何なる原理によるものか他の彼女達よりもはっきり明るい茶色の髪。それをお花を模したど派手なシュシュでサイドポニーにまとめ、つけまつげで目元はぱっちり。他にも俺にはよく分からない化粧だのラメだのが大量に施されたド派手な彼女こそ――
第二人格、“ギャル”花澤花子。
素子が最初に作った人格。無愛想で人見知りな自身を補うために生まれた人格とは素子の談。本当は単にわずらわしい人間関係とか丸投げできる存在を作っただけ、とは俺の考察。
何にせよ、交友関係が広く社交的な“ギャル”。それが花子である。
「花っち、そいつだーれ?」
当然今日も友人を連れている。
花子と一緒にいたのはより一層派手な――というか言葉を選ばず言うならケバい――メイクの女子二人。微妙に敵意が刺さるのは“うちらのダチ取るなし”と言ったところか。コミュ力強々のウェーイ勢な彼女だが、放課後は“アスリート”の部活動が優先されがちなため友人と遊ぶ機会は案外多くない。
「これ? へへっ、じつはあーしの元カレっ」
言うと花子は強引に腕を組んできた。
「ええーっ、花っち、カレピいたことあったん? それ、初耳だしー」
「ミレンありありでまだぴえんだから言えなかったしー」
「え~、花っちぴえんなの? 元カレ君さいあく~」
しばし俺の理解を超えた言語が交わされ――
「しゃーなし。今日は元カレ君に花っちゆずってやるっしょー」
何やら背中をバシバシ叩かれ送り出された。
異文化コミュニケーションの難しさに茫然自失している間に、俺は花子に腕を引かれてファストフード店へと連れ込まれていた。
「で、今日はどったの、クズっち?」
窓に面したカウンター席に隣り合わせに座ると、フライドポテトをパクつきながら花子が言う。
「あー、いや、素子から話聞いてない?」
「オリジナルから? なんか聞いたっけなぁ?」
花子が小首を傾げる。
――うーむ、切り出し難い。
実のところ、先刻の花子の発言にあった“あーしの元カレ”というのは冗談でも何でもなく偽らざる事実である。
たった三日で花子の方から別れを切り出されたのだが、俺にとっても素子の全人格にとっても唯一の異性との交際経験だ。
「……ほい」
「もが」
思い悩んでいると、口にポテトを突っ込まれた。
「ほら、クズっちも。あーん」
“自分にも食べさせろ”と言うことらしい。
“あーん”と言いつつ口は上品に小さく開けられただけで、何故か目を閉じて顎をくいっと突き出したポーズは他のことを求められているようにも思えてしまうが。
「ほらっ、早く早くっ、あ~~んっ」
「はぁ、分かった分かった」
照れ臭いが、彼女に対してはちょっとした引け目もあれば感謝もある。
ジャガイモの端っこの部分、“□”ではなく“△”にカットされたクリスピー感強めな一本を選んで花子の唇の隙間へ滑り込ませた。――化粧のせいか、他の彼女達よりも唇がプルンと肉感的で目のやり場に困る。
「さ~すがクズっち、あーしの好み分かってるぅ。―――はい、それじゃ次クズっち」
言って花子は“□”型の、ちょっとへたった感じの一本に手を伸ばした。花子は花子で俺の好みを熟知している。が、それはそれとして――
「うえっ、まだ続けるのか、これ?」
「とーぜん。クズっちの次は、またあーしね。あ、でもクズっちは三回連続で食べてねっ。油ものと炭水化物、あんまり食べるとアスアスに悪いから」
「だったらLサイズを頼まなくても」
「だってぇ、Lサイズの方がお得だしぃ、クズっちで長く遊べるしっ」
「おい、遊べるって、――ふごっ」
結局そこからは言われた通り3:1のペースでの食べさせ合いになった。Lサイズのフライドポテトが全部無くなるまで。
「……はあ、やっと終わった」
ベタ過ぎるいちゃつきに周りの目がかなり痛い。
「んっ、十分付き合ってくれたし、意地悪はもうやめよっかな」
「なんだ、意地悪って?」
「ふふっ、モトっちからちゃんと聞いてるよ。クズっち、イモイモと付き合うんだって?」
「あ、ああ、実はこの度そういうことになりまして」
「ふっふ~ん、クズッちほんとは、今日はあーしじゃなくアスアスに出てきて欲しいって思ってたっしょ?」
「それは……」
図星である。元カノである花子はラスボスくらいの気持ちでいた。
「で、あーしに何かお願いがあるんしょ?」
「は、はいっ。実は妹子さんとの交際に関して、お姉様である花子さんに是非許可を頂ければと」
「あーしの許可ねえ? う~ん、どうしよっかなー?」
唇に指を当て小首を傾げて思案する。
「じゃあっ、とりあえず今日一日あーしに付き合って。そしたら考えてあげるっ」
「……考えるだけか?」
「そっ、まずは考えてあげるだけー。でも今日付き合ってくれないなら、考えてもあげなーいっ」
「はいはい、分かりましたよ」
彼女に振り回されるのは、彼女が“彼女”だった時に慣れている。それに花子は我がままに振舞っているようで、こちらが本当に嫌がることは頼んで来ない。その辺りの絶妙な間合いの図り方がコミュ強の陽キャたるゆえんと言えよう。
「じゃねっ、まずはギャスコいこっ」
花子はごく自然な動きで俺の手を取り、残る片手で実にテキパキと食べ終わったポテトのトレーとゴミを片付け、店外へ足を向けた。




