第4話 第六人格、“スケバン” 鬼ヶ島虎子 その1
「…………っ」
“バルンッ、ドッドッドッドッドっ”と爆音に俺は眠気を吹き飛ばされる。
時計を見ると、眠唯を隣家まで送り届けてからだいたい一時間ほどが経過している。――ちょっと横になるだけのつもりがすっかり寝入ってしまっていたらしい。別にベッドに残る恋人(+α)の残り香を堪能していたとか、そういうわけではない。いや、ほんとに。
「―――ッ!!! ――――――ッッ!!」
窓の外から聞こえるけたたましい爆音は、バイクのエンジン音だ。
「おいおい、近所迷惑の心配がないからってさすがにちょっとふかし過ぎ。――っと、いけねっ、追わないとっ!」
急速に遠ざかる爆音に、俺は慌てて家を飛び出し愛車に跳び乗った。大きめの前カゴに両立型のスタンド。由緒正しきママチャリである。
目標の姿はすでに影も形もないが、行き先の目星は付いている。途中コンビニに立ち寄ったりしつつ、えっちらおっちら自転車を漕ぐこと二十分余り。辿り着いたのは廃墟と化した一棟のビルだ。
「うん、正解だな」
停められているバイクを確認し、その横へ愛車を止める。
ツルギだかエックスだか知らないが――不良がバイクで爆走するヤンキー漫画は嗜むが、実物のバイクのことはさっぱり分からない――、とにかくかっちょいい感じのバイクだ。
「おうおうっ、クズがこんなところになんの用があって来やがった、ああ~~んっ」
入り口前にたむろしていた“舎弟”達の中からひと際小柄な一人が絡んでくる。
ところどころ染め残しの黒髪が混じるきったない金髪をした女子中学生だ。形から入るタイプらしくタバコがわりに棒付きキャンデーまで咥えている。
「こらっ、さんを付けないか、さんをっ」
「いったぁっ!」
ぽかっと年嵩の舎弟が金髪少女の頭を叩く。
「クズさん、ちっす」
「こんばんは。虎子のやつは上ですか?」
「ええ。どうぞ、お通り下さい」
舎弟達は一礼して道を開けてくれた。
「ありがとう。――あ、よかったらこれ皆さんで」
コンビニのレジ横でついつい手に取ってしまった和菓子の入ったビニール袋を年嵩の舎弟に渡すと、“ありがとうございますっ”とまた深々と一礼。
俺は少々の居心地悪さを感じ、そそくさと抜けて建物内に足を踏み入れる。背後からは――
「ちょっと姐さんっ、何するんすかっ」
「馬鹿っ、虎子姐さんのいい人になんてぇ口の利き方だっ」
「だって姐さんも、それに虎子姐さんだってあいつのことクズ呼ばわりしてるじゃないですかっ」
「だからっ、あれはあだ名みたいなもんであって」
「クズがあだ名って、一体どんだけクズ野郎なんすかっ、あいつっ」
「あ、わたしもそれ気になるっ。クズさんってなんでクズなんて呼ばれてるんです? 人畜無害が服着て歩いてるって感じなのにっ」
「あー、確か女とっかえひっかえするって話だったっけかな」
「えー、意外ぃ」
「あっ、そういえばあたし、あの野郎が町で虎子姐さん以外の女連れて歩いてるの見たことあるっ」
――などと、誤解まみれの会話が聞こえてくる。
思わず足を止めるも、あの“ぎゃははははっ”と馬鹿笑いする女子集団の中に戻って行って訂正する勇気などあろうはずもない。
足音と気配を殺すようにして俺はすごすごと立ち去った。目指すは最上階。当然エレベーターやらエスカレーターやらは動いていないから階段だ。
「はあっ、ふうっ。……と、到着っ」
最上階は一切の仕切りがなく、全面ぶち抜きのワンフロアだ。床も壁もコンクリートがむき出しで、ところどころ鉄筋まで突き出ているのは建設途中で放棄されたビルだからだ。聞いた話ではレジャー施設やら百貨店やらが融合した大型商業施設が建つはずが、親会社の不祥事が重なって撤退したとかなんとか。
そんなぶち抜きのフロアに無造作にソファーがポツンと一つ置かれていた。
ガラスはもちろん枠すらはめられていない窓になり掛けの空洞を背にして、ところどころ革が破れて中の綿が覗いている粗大ごみ同然の一品。
「――虎子」
「おうっ、来たか、クズ野郎」
月明かりの逆光の中、ソファーに横たわっていた影がもぞっと身を起こす。彼女はスカート丈も気にせず、大股開きでどっかとソファーへ腰を下ろし直した。
第六人格、“スケバン”鬼ヶ島虎子。
夜な夜な町へと繰り出す九人格中随一の不良少女。俺所有のヤンキー漫画に素子が感化されて生まれた人格である。
ウィッグなのか何なのか、他の人格と違って腰の高さまであるロングヘアなのも漫画やドラマの典型的なスケバン像から来るものだろう。姿勢や雰囲気のせいなのか、身長も素子達よりもずいぶんと高く見える。特に足はすらっと長く、それでいて尻や太腿は妙に肉感的と言う矛盾したプロポーションを誇る。
「まっ、とりあえず座れやっ」
「あ、ああ」
虎子がバンバンとソファーの隣りを叩いて言うので、お言葉に甘える。
三人掛けのソファーだが、虎子が真ん中に陣取って大股開きするものだからいやが上にも足が触れ合う。と言うより――
「おいおい、どうしたぁ? そんなに縮こまって。てめえは亀かっつうのっ」
何て言いながら強引に肩まで組んでくる。――う~ん、ワイルド。