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第3話 第三人格、“マッドサイエンティスト” 才川才子 その1

「さて、どうしたものか」


 素子との会話から数十分余りが経ち、俺はベッドを占拠する“眠り姫スリーピングビューティーNo.1ナンバーワン”こと眠里を前に一人頭を抱えていた。

 彼女が俺のベッドで眠りこけてしまうなんてよくあることだが、今は中身はともかくガワに関しては付き合いたての男女である。この状況は少々意味合いが変わっては来ないか。


「間違いでもあったら、いや、恋人同士ならもうそれは“間違い”じゃないのか。……いやいや、それにしたって交際初日に同衾だなんてけしからんですよ」


 染み付いた兄目線の俺が俺自身を掣肘する。


「何より皆の了解を得てからじゃないと後が怖そうだしな。……おーい、眠里~」


「うう~ん」


 何とか起こせないものかと肩を揺するも、ぺしっとうざったそうに手を振り払われた。


「駄目か。……まあ隣りまでくらいなら、何とかなるかな」


 隣家まで抱えて運ぶべく、マットレスと眠里の間に腕を差し入れる。――いけないことでもしている気分だが、下心はない。むしろ出来たばかりの彼女に対する誠実さからくる行動なのだから、恥ずべきところなど何一つない。


「……これは何のつもり?」


 “さあ持ち上げるぞ”と力を込めかけた瞬間、脱力し切っていた体が腕の上で突如として張り詰めた。

 そして、またも声のトーンが切り替わる。どこか硬質な響き。いったいどこから取り出したのやら、いつの間にか顔には眼鏡なんて掛けている。


才子さいこか?」


「ええ。とりあえず手、どけてもらえる? あと顔も近いっ」


「あ、はいっ」


 女体の下から腕を引き抜く。おかしなところを触ったり引っ掛けたりしないように、指はピンと真っ直ぐ伸ばして。我ながら実に誠意溢れる態度と言えよう。


「あー、眠里のやつだったわね、あたしの前に身体を使ってたのは」


 才子がググっと伸びをすると、パキパキっと関節が鳴った。


「そうそう、そうなんだよっ。俺のベッドで寝ちまうもんだから、困っちゃってさぁ。いやぁ、まいったまいった」


 どこか言い訳がましく俺はまくし立てる。


「あー、なるほど。それでその寝ちまった幼馴染を自宅へ運ぶために、あたしのお尻やら腰やらをまさぐってたってわけね」


「人聞きが悪いわっ」


「事実でしょう?」


「……はい。正直役得と思っていました。すいません」


「正直でよろしい」


 どちらからともなくベッドの端に並んで座り直す。

 例によってぐでんと肩にもたれかかってくるのは、才子曰く“あたしの脳は人より重いから疲れんのよ”と言う理由かららしい。“質量保存の法則はどこ行った”とか“脳の容量と知能指数に相関はあるんだろうか”とか疑問は浮かぶが、天才の名をほしいままにする彼女が言うのだからそうなのだろう、たぶん。


「んで? あんた、あたしに何か言うことがあるらしいわね?」


「ああ、えっとだな。この度わたくし、皆さんの妹分であらせられる―――」


「あっ、やっぱ良いや。たいがいのところは素子から聞いてるし。時間の無駄。……はぁ、やってくれたわねぇ」


 すっぱりと発言を遮られ、不機嫌そうにため息をこぼされる。


「で、交際の許可が欲しいってんでしょ?」


「はいっ、よろしくお願いしますっ」


「そうねぇ、タダで許すってのも面白くないし、条件を付けましょうか。あたしが今やってる研究、それを手伝って成功させたら妹子との交際を許可してあげるわっ」


「研究の手伝い。なんだ、そんなことで良いのか。もっと無理難題を押し付けられるもんかと」


 一足飛びで話が進んでいく。この性格、いつもはちょっとしんどい時もあるが今はめっちゃ有難い。

 素子から聞いたところによると、彼女の中の人格達は表に出ていない時間も脳内に作った仮想空間的なところで思い思いに過ごしているという。漫画やアニメでお馴染みの脳内会議的なものも時折り開かれていて、人格間で諸々の情報が共有されているのはそのお陰である。今頃は表に出て会議に不参加だった眠里への説明もなされているのだろう、この頭の中で。


「いやー、助かるわ。あたしの場合、脳内でいくらでもシミュレーションは出来るけど、実際に手を動かす時間が全然足りないのよねぇ。ちょうど助手がもう一人欲しいと思ってたのよ」


「脳内でいくらでもって、またずっと寝てないのか?」


 才子の眼鏡の奥を覗き込む。身体の方は今の今までぐっすりだったと言うのに、目の下にはどす黒くぶ厚いクマが浮かび上がっていた。

 第三人格、才川才子さいかわさいこ。彼女は“マッドサイエンティスト”の異名を取る天才科学者である。

 脳内空間では二十四時間無休で仮想実験シミュレーションを繰り返しているらしく、妹子とは別の意味で心配になる人格の一人である。


「だ、大丈夫っ。知ってるでしょ、あたし達は一日平均5.333時間の睡眠を確保しているからっ。って言うか、顔近いっ。こっち向くの禁止っ」


 グイ~っと強引に正面を向き直させられる。――自分から肩に頭を乗せておいて、理不尽な。


「んー、前から思ってたけど、その計算それで合ってんのかなぁ」


 九人いる人格のうち、第七人格 “眠り姫スリーピングビューティーNo.1ナンバーワン” こと 眠里ねむりと、第八人格 “眠り姫スリーピングビューティーNo.2ナンバーツー” こと眠唯ねむいの二人は基本的に日がな一日眠りっぱなしだ。だから一日のうちの2/9――すなわち5.333時間が睡眠時間に相当するというのが、彼女達なりの理屈らしい。


「このあたしの計算を疑おうって言うの?」


「才子に言い切られちゃうと俺なんかには否定出来ないけどさぁ。さすがにそのクマはちょっと心配になる」


「だからっ、こっち向くの禁止っ」


「ふぐっ」


「まったく、デリカシーってもんが無いんだから」


 何だかんだ言って気になるのか、才子は指先で目元をゴシゴシと擦りながら悪態をついた。


「とにかく、妹子との交際を認めてもらいたいなら、あたしの研究を手伝いなさいっ!!」 


「はいはい、了解しました」


「となると、さっそくあんたに手伝ってもらう実験をシミュレートしとかないと。あんたの手が借りられるなら、行き詰まってたあれがもしかしたら……。そうするとあれをまず準備して……、それにあれも……」


 才子は興奮気味に口走る。――マッドサイエンティストを興奮させる実験って、なんだか嫌だなぁ。何させられるんだろう、俺。


「よしっ、それじゃあさっそく明日から始めるわよっ! 首を洗って待ってなさいっ、クズ!」


「――おっ、おいっ、才子っ」


 物騒なことを言い残すと、もたれかかっていた身体がグニャっと急速に脱力し完全に全体重を預けてくる。


「――っ、……これは、今度は眠唯かっ。本当に話が早いっ」


 言いたいことは言い切ったということなのだろう。第八人格眠唯に交代して才子は脳内へと引っ込んだ。

 クルクルに丸まった寝癖の眠里に対して、毛先がピンピン跳ね上がった寝癖が眠唯の特徴だ。


「で、結局俺が隣まで運ぶことになるのかよぉっ」


 誰に聞かせるでもなく“参ったぜ、やれやれ”なんて面倒くさそうにぼやくと、俺は役得にありつくのだった。


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