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第10話 第四人格、“アスリート”飛鳥明日香 その2

「よーしっ、それじゃあ僕の得意の十種競技で勝負しようか」


 大切なことなので、明日香が二度繰り返した。


「待った待った、そりゃあいくらなんでも難題過ぎるっ。勝ち目無さ過ぎるっ」


 超人故に記録は非公式扱いだが、全国高等学校総合体育大会――いわゆるインターハイ――において十種競技を制しているのが明日香である。


「大丈夫大丈夫、僕は女で君は男の子。ちょっとくらいならハンデだってあげてもいいしさ」


「それにしたってさぁ。そもそも棒高跳びとか俺絶対出来ないぞ。普通に怖いし」


「う~ん、それじゃあ十種競技の中から、くず君“が”選んだ一種目で勝負ってことでどうだい?」


「なるほど、明日香が苦手な種目を選んでも良いってことか」


「僕の苦手を突くんじゃなく、君の得意で勝負して欲しいところなんだけどなぁ。まあ、そういうことなら投擲系の競技がお薦めかなっ。跳んだり走ったりの方が僕は得意だからね」


「投擲系って言うと、砲丸とかやり投げか。……って、それだって無理じゃん。明日香それぞれの種目で断トツで一位取ってるじゃん。俺に勝てるはずないじゃん。こっちは帰宅部所属の普通の高校生なんだぞ」


 そもそも十種競技と言っても、高校陸上に十種競技と言う種目は存在しないし、それでなくとも女子では十種競技ではなく七種競技が一般的と聞く。では明日香は如何にして十種競技を制したのか。

 答えは単純。十種競技で行われる百メートル走、走り幅跳び、砲丸投げ、走り高跳び、四百メートル走、百十メートルハードル、円盤投げ、棒高跳び、やり投げ、千五百メートル走に全て出場し、全ての競技で一位を獲得して見せたのだ。それもたいがいの種目で男子の世界記録さえ上回る記録を叩き出して。――いや、何を一瞬でも戦える気になってるんだ、俺は。


「えー、男のくせに情けない。……君なら案外良い勝負してくれると思うんだけどなぁ」


「なんなんだ、お前たちのその買い被りっぷりは。こっちは先週も虎子にタイマンでボコられてんだぞ。死ぬかと思ったわっ」


「もうっ、仕方ないなぁ。それじゃあ、十種競技以外の種目でも良いよ。百メートル走じゃなく二百メートル走だとか、砲丸投げじゃなくソフトボール投げにしたりだとか」


「いや、それだって無理だろう。二百メートル走って、明日香百メートル走も四百メートル走も世界記録更新してるじゃん。二百だって出場さえすれば絶対更新するやつじゃん」


 ちなみに昨今の高校生アスリート達は明日香を避けるために十種競技に含まれない競技にエントリーする選手が多いんだとか、男女問わず。非公式扱いの明日香に負けても入賞(公式)は可能なのだが、レースで大差を付けられたり記録で女子に負けてしまっては心の底から喜べないと言うことなのだろう。


「そんなこと言われたってなぁ。僕と言えばこれしかないし」


「そんなことないだろー。案外おしゃれに気を遣ってたり、可愛い小物が好きだったり、何だかんだ言ってみんなの中で一番乙女なところあるじゃん、明日香。おっ、そのヘアピン新作? 可愛いじゃん」


「なっ、いやっ、それはっ。……そっ、そんなのっ、勝負のネタにならないだろうっ」


 不思議なもので明日香になると肌まで健康的に焼けた小麦色になるのだが、そんな顔を赤く染めしどろもどろに答える。ボーイッシュな僕っ子の乙女な一面。教科書通りのギャップ萌えと言えよう。


「とっ、とにかくっ、勝負は陸上競技の中からどれか一つっ! それ以外は認めないよっ!」


「くっそ、ファンシーグッズ対決なら勝ち目もあったのにっ」


「何だよ、ファンシーグッズ対決って」


「分かんね。制限時間内により可愛い小物を見つけた方が勝ちとか?」


「ははっ、ほんと君はノリだけで喋るんだから」


「はははっ」


 笑い返すも、ファンシーグッズ対決(?)の方がまだしも勝ち目があったのは間違いない。

 十種競技、あるいはそれに準ずる何かしらの陸上競技で明日香に勝てと言うのは、今すぐ世界最高のトップアスリートになれと言われているに等しい。


「もう、ずいぶん自信なさげな顔してるなぁ。君、“俺には不得手はあれど不可能はない”なんて昔豪語してくれたじゃない」


「あー、言った気がするなぁ。でもそれ、元ネタ素子だからっ。素子の真似っ子だからっ」


「そうだったけ? 素子の記憶だと……。まあいいやっ、とにかく頑張ってよ。君は昔も今も僕らにとってはヒーローなんだからさっ」


「なんだよ、その取って付けたような評価は。今も昔も、お前達からヒーローなんて言われるような活躍した覚えないぞ、特に明日香なんて、どっちかと言うとそっちこそヒーローじゃん」


「そんなことないでしょ。僕なんてただスポーツが出来るだけだからね」


「明日香がただスポーツが出来るだけなんて言い出したら、他のアスリートたちが裸足で逃げ出したかと思わせて助走付けてぶん殴って来るぞ」


「アスリートにとって手も足も大事な商売道具なんだから、裸足で走ったり人を殴ったりしない方が良いと思うな」


「いや、そういう話じゃなくってだなぁっ」


「もう、いつまでもグダグダ話してないで、勝負始めるよっ。さっ、競技を決めてっ」


「ええっ、そ、それじゃあ、…………棒高跳び?」


「あれ、良いの? さっき怖いって言ってなかった?」


「怖いけどさ、まだワンチャン、……もないだろうけどっ、唯一俺の可能性が眠ってるかもしれないじゃんか。百メートルとかは授業で走ってタイムだいたい分かってるし、投擲系だって別に俺、見えなくなるほど遠くにボールを投げれたり砲丸をフェンスに突き刺せたりしないもの」


「なるほどなるほど、そこで完全に初体験となる棒高跳びに賭けてみるってわけだね。ふふっ、口で弱気なこと言ってた割に、しっかり勝つための選択をするじゃないっ。良いねっ、それでこそ僕のくず君だっ!」


「おうっ、勝負だっ!」




 当然、眠っている才能が都合よく目覚めるなんてことは無く。その日俺はまともに跳ぶことすら出来ず終わるのだった。――いや、むず過ぎるし怖すぎるよ、棒高跳び。


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