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第1話 名は体を表し、体は名を表す

 俺と幼馴染の話をしよう。今やたった一人、唯一無二の幼馴染との話を。


 彼女は成績優秀な優等生にして問答無用の問題児。

 社交的でノリが良い今時の女の子ギャル

 アカデミアの世界に名を馳せる分野を超越した奇才。

 あらゆる記録を更新する孤高の天才アスリート。

 ジャンルを超えた多様な作品を発表し続ける気鋭のクリエーター。

 夜の街を駆け抜ける正義のヤンキーヒーロー

 途方もないお寝坊さんに途轍もないお寝坊さん。

 そして可愛い可愛い妹分。


 そんな彼女“達”と俺の話をしよう。






「――だったらお兄ちゃん、好きだよっ、いもこと付き合ってっ!」


 告白は突然だった。

 ばっと視線を向けると、幼馴染にして完全無欠の妹分、妹尾妹子せのおいもこは真っ赤な顔をしている。胸の前で萌え袖から覗かせた指先をいじいじ、上目遣いにこちらを見つめながら。


「い、いや、いもこは妹だし……」


「ええー、ダメなの? ……お兄ちゃん、いもこのこと嫌いなの? いもこと付き合ってくれないの?」


「もちろん大好きさ。オーケー、付き合おう」


 妹にこんな上目遣いの涙目で迫られて、拒絶出来る兄がいるだろうか。いや、いるはずがない。いたとしたらそいつは頭のネジの飛んだ冷血漢のサイコパス野郎だ。


「ほんとっ!! うれしいっ!」


 妹子がぎゅっと抱き付いてくる。

 存外立派な胸の柔肉二つに思わず頬が緩むが、妹子の方はと言うとそんなことを気にした様子も無く全身を使ってハグの構えだ。

 恋人同士のスキンシップと言うよりも、いつもと変わらぬ兄に甘える妹のそれである。喩えるなら、タイヤに絡み付くジャイアントパンダの赤ちゃんか。あるいは昭和の時代に大流行したと言うビニール人形のような。

 それがどうして急にお付き合いなどと言う話になったのか、俺はほんの数分前からのやり取りを振り返った。




「ほんとだっ! 首が八つなのにヤマタノオロチっておかしいねっ。なんでなんでっ、お兄ちゃんっ?」


 夕食後、いつものように勝手に部屋へ上がり込み俺のベッドに寝そべって某国民的漫画を読んでいた妹子いもこが声を上げた。

 俺はと言うとベッドサイドに腰を掛けテレビゲームに興じているところであった。何の変哲もないいつもの日常風景である。――しかしこの敵、異常にガード硬いな。投げ技中心に攻めてみるか。


「え~と、それはだな。――ほらっ、あれと一緒だよ、二股っ。あれだって大元の股は一つなのに二股って言うだろ? …………あれ、今のって微妙に下ネタ、いや、もしかすると割とどぎつい下ネタか?」


「ふたまた? ふたまたってなーに、お兄ちゃん?」


 幸いにして妹子は俺の問題発言はスルーして言葉の意味を問うてくる。


「あー、なんて言えばいいのかな。異性を二人同時に好きになって、両方と付き合っちゃうことかな。男なら女の子二人と、女なら男の子二人と」


「へえっ、そういうのふたまたって言うんだっ」


 妹子はなにやらいたく感心した後、う~んう~んと何事か考えこみ始める。

 一方の俺はこちらはこちらで“いや、昨今の風潮的に異性間に限った教え方は良くないか? でもあんまり話を複雑にするのもなぁ”などと情操教育の難しさに頭を悩ませていた。すると――


「そっか、じゃあお兄ちゃんはきゅうまたなんだっ!」


 妹子は実に分かり易く、手に手をポンと打ち付けて叫んだ。


「きゅうまた? …………もしかして九股、か? ちょっと待って、妹子。なんでそうなる?」


 テレビでは茫然とした隙を突かれて俺の操作キャラが敵から空中コンボを叩きこまれているが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。


「えー、だってまずいもこでしょう、もとこお姉ちゃんでしょ、花お姉ちゃんでしょ、さいこお姉ちゃんにあすかお姉ちゃん、うたこお姉ちゃんとトラ姉ちゃん、それにねむりちゃんとねむいちゃん。ほらっ、九人っ。だからきゅうまたっ」


「……なるほど、確かに」


 妹子は握り込んだ右手の親指から一本一本指を立てて数えていくと、最後に左手の親指以外の全部を立てた両手をこちらへ突き出す。

 袖余りのブラウス――萌え袖というやつだ――から突き出た九本の指を、ついでとばかりにうねうねと動かしながら。さながらヤマタノオロチならぬ九頭竜(ヒュドラ―)が如く。


「――って、“確かに”じゃないっ。別に俺は妹子やお姉ちゃん達とそういう関係じゃないだろ?」


「ええっ、お兄ちゃん、いもこたちのこと好きじゃないのっ!?」


「いやまあ、もちろん好きは好きだけどさ。でもほら、俺たちって別に付き合ってはないわけじゃん? 恋人同士ではないわけじゃん?」


「ええーっ、いもことお兄ちゃんって恋人同士じゃなかったのっ!?」


「ええっ、妹子、俺たちが恋人同士だと思ってたのっ!?」


 お互い目を見開き、顔を見合わせた。


「だっていもこはお兄ちゃんが好き。お兄ちゃんもいもこが好き。だったらそれって恋人同士ってことでしょう?」


「あー、そういう認識。……あのな、妹子。恋人ってのはそんなスピリチュアルな概念ではなくってだな。ちゃんと“好きですっ、僕とお付き合いしてください”、“はい、喜んで”みたいなやり取りがあって初めて成立するもんなんだ、……たぶん」


 そういう手続きを伴わない大人の恋愛もあると聞くが、健全な高校生である自分達にとっては縁遠い世界だ。やはり告白してオーケーをもらってというのが、俺なんかに想定し得る正しい男女交際の形である。


「ふえ~、そっか、そうだったんだー。てっきりいもことお兄ちゃん、とっくに恋人同士なんだと思ってたよ。そっかー、まだ恋人同士じゃなかったんだぁ」


 妹子はふんふんと何度も小さく首肯を繰り返す。

 気落ちしているかと思えば、特にそんな様子も無い。ただ単に意外な事実にびっくりと言う感じである。ちょっぴり拍子抜けと言うか、“もうちょっと悲しんでくれても良いのよ”と思うのはさすがに我がままが過ぎるか。

 複雑な思いを抱えつつゲームを再開しようと――いつのまにかKOされているから、カウント内にコンティニューしないと――していると、ギシっとベッドが軋み、背後の妹子から何やら意を決したような雰囲気が伝わってくる。そうして発するのだ、冒頭の台詞を。


「――だったらお兄ちゃん、好きだよっ、いもこと付き合って!」


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