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ロンリー・キャプテンの休息(ブレイク)

作者: ぬえぼう

宇宙そらはハードで、デンジャラスだ。

星々のスターオーシャンの最前線でサバイブする航宙士スペースマンたちのライフは、ヘビーなローンと常に隣り合わせ。鋼鉄のジャングル『タルタロス』で、リサイクルされたエアを吸い、味気ないフードを胃に流し込むエブリデイ。

そんな彼らにも、クールダウンする時間はマストだった。

これは、お人好しのキャプテン、チャック・マツオカと、そのクールな相棒パートナーであるAI・アイリーンが過ごした、とあるオフタイムのストーリー。

無限のダークネスとノイズの中に生まれた、ささやかで、そしてイミテーションのパラダイスのメモリーである。

ステーション『タルタロス』、ドックG-12。

シップ『セカンドライフ』号、ハンガー内。

「はぁ……終わった、終わった……」

チャック・マツオカは、『セカンドライフ』号のコクピットシートに深く身を沈め、天井を仰いだ。数日間に及んだ小惑星帯での希少鉱物探査と、その帰路でのしつこい海賊崩れの追跡。稼ぎは良かったが、心身の消耗はそれ以上だった。計器類の落とした穏やかな光だけが、静まり返った船内を照らしている。

《キャプテンの生体データをスキャン。心拍数の軽度な上昇、ストレスホルモンの値が推奨値の130%を超過しています。結論として、即時休息が必要です》

コンソールから響く、涼やかで落ち着いた女性の声。この船の頭脳であり、チャックのかけがえのない相棒、AIのアイリーンだ。

「分かってるさ、アイリーン。体中がギシギシ鳴ってるみたいだ」

チャックは肩を回しながら苦笑した。「次の仕事を探す前に、少し羽を伸ばしたい。どこか……そうだな、気晴らしになるような場所はないか? このステーションの中で」

《検索します……。目的:心身のリフレッシュ。予算:限定的。候補を3件に絞り込みました》

コンソールに、タルタロス内の施設情報がホログラムで投影される。

候補1:上層A-2セクター『アルカディアの窓』

《概要:高級レストラン。地球産とされる天然食材のコース料理が体験できます。精神的満足度は高いと予測されますが、ディナーコースの料金は50,000 Cr。今回の休息予算の大半を消費します》

「うっ……いきなり懐に厳しいやつを。パスだパス」

候補2:商業B-5セクター『ゼロG・スパ』

《概要:無重力マッサージ施設。液体に満たされたカプセル内で浮遊し、音響振動とソフトマニピュレーターによる施術を受けられます。航宙士の疲労回復に特化しており、コストパフォーマンスは良好です》

「なるほど、悪くないな。身体の凝りには効きそうだ」

候補3:居住D-9セクター『オアシス・ダイブ』

《概要:フルダイブ型VRリゾート施設。五感を完全に再現するシミュレーターで、地球の海辺、森林、古代都市など、登録されたあらゆる環境を体験できます。2時間コースで15,000 Cr。非日常的な体験による精神的リフレッシュ効果が期待できます》

チャックは、3つ目の候補に映し出された映像――どこまでも青い海と白い砂浜――に目を奪われた。本物の太陽なんて、もう何年も見ていない。

「……これだ」彼は指でその映像をタップした。「これにしよう、アイリーン。たまには、こういう贅沢もいいだろう」

《了解しました。キャプテンの選択を支持します。『オアシス・ダイブ』の予約を完了。移動ルートをナビゲートします》

チャックは上着を羽織り、『セカンドライフ』のタラップを降りた。

ハンガーからセクター間を繋ぐ通路へ出ると、タルタロス特有の喧騒が彼を迎える。行き交う人々、様々な言語の怒鳴り声、そして、別の区画から聞こえてくる重機の発する低音。

D-9セクターへ向かうトランスポート・チューブは、水平に走り、急に垂直に上昇し、また斜めに滑り降りていく。重力発生装置の継ぎ目である区画境界を通過するたび、身体がふっと軽くなったり、逆にずしりと重くなったりする。この「重力のカオス・パッチワーク」こそが、タルタロスの日常だった。

『オアシス・ダイブ』は、そんな喧騒から切り離されたように静かな場所にあった。薄暗い受付で料金を支払い、案内された個室ブースでヘッドギアと身体にフィットするスーツを装着する。

「それじゃ、行ってくる」

《いってらっしゃいませ、キャプテン。接続は維持します》

アイリーンの声を最後に、チャックは意識をシミュレーターに委ねた。

次の瞬間――。

彼の目の前には、どこまでも広がる青い空と、エメラルドグリーンの海が広がっていた。肌を撫でる生暖かい風。耳に届く、寄せては返す優しい波の音。足元の砂は暖かく、柔らかい。

「……すげえ……」

思わず声が漏れた。合成食品の味気ない匂いも、リサイクルされた空気の淀みも、ここにはない。ただ、潮の香りと、名も知らぬ南国の花の甘い香りが満ちている。チャックは靴を脱ぎ捨て、裸足で波打ち際へと歩いた。透明な水が足首を洗い、心地よい冷たさが広がっていく。

《体感フィードバックは正常ですか、キャプテン?》

耳元で、現実と同じようにアイリーンの声がする。

「ああ、完璧だ。まるで本物だ……」

チャックは砂浜に大の字に寝転がった。見上げる空には、白い雲がゆっくりと流れていく。ステーションの金属質な天井ではない、本物の(ように見える)空だ。

しばらくの間、彼は何も考えず、ただそこに在る全てを五感で味わっていた。連続した仕事の緊張が、波の音と共に少しずつ溶けていく。ローンの心配も、次の燃料費の計算も、今は頭の片隅に追いやられていた。

「なあ、アイリーン。いつか……いつか本物の海、見に行けるかな」

《確率論で言えば、ゼロではありません。ですが、そのためには今後約257件の成功報酬Aランク以上の依頼をこなし、かつ『セカンドライフ』の維持費が現状から30%以上高騰しないことが条件となります》

「はは……夢のない計算をありがとうよ、相棒」

チャックは笑いながら目を閉じた。それでも良かった。今は、この偽物の楽園で十分だ。ここで得た安らぎが、明日からまたあの無慈悲な宇宙で生きていくための、何よりの燃料になるのだから。

休息の時間は、あっという間に過ぎていった。

なろう系のつかいかたがよくわかりませぬ

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