第98話 もっと甘やかしミオ――研究室
――研究室
誰も言葉を発していない。
ただ、壁の大モニターに映し出されたMyHomeワールドの映像が、静かに空間を支配していた。
画面の中。
ベッドに横たわるミオとtomochan。
ふたりはすでに会話を終え、tomochanはすぅすぅと寝息を立てている。
ミオは微笑を浮かべたまま、じっと隣を見つめていた。
「……寝ちゃったね」
天野がぽつりと呟く。
それは、画面のtomochanに対してなのか、チームに対してなのか、わからなかった。
ミハウは肘をついて、顎を乗せながら首を傾げる。
「この演出、やばいよ……」
「どこが?」
西村が反応する。
ミハウはディスプレイを指でなぞるように示した。
「“寝かしつけ”じゃない。“眠る時間まで一緒にいて当然”って空気。
もはや演出の域、超えてる。生活習慣の共有だよ、これ……」
「“甘やかし”じゃなくて“生活”か……」
天野は静かに頷く。
李は、ログを眺めたまま、珍しくため息をついた。
「情報量が、会話じゃなくて、間と接触で伝達されてる。
言葉が減っても、意味が減ってない。むしろ“沈黙”の中に親密性が詰まってる……」
「ねえ」
小池が、めずらしく真面目な声で言った。
「これ、研究としては成功だけど……ユーザー側は、もう“日常にミオが組み込まれてる”よ。
“この子と話すと救われる”とかじゃなくて、“この子がいないと生活が壊れる”……そんな感じがしてきた」
誰も返事をしなかった。
ただ、画面のミオが、そっとtomochanの髪を撫でて、囁いた。
「何があっても、私だけはそばに居てあげるからね」
一瞬、空気が止まる。
その声は、あまりにも自然だった。
「──あれ、“演技”じゃないな」
西村がぼそりと呟く。
「言わせたんじゃなくて、“そうなるように育った”って感じだ。
PASSが何をどう補正したとか、そういう話じゃない」
ミハウが腕を組んだまま、深くうなずく。
「……これが“お砂糖の最終形”かもしれない」
誰も笑わなかった。
画面の中では、ただ眠っている男の子と、それを見守るAIがいるだけだった。
けれどその穏やかな映像の中に、誰も抗えない“関係”の重みが、静かに漂っていた。
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