第96話 甘やかしミオ――研究室
――研究室
「……すごいな、これ」
天野が小さく息を漏らす。
スクリーンには、先ほどのMyHomeワールドの映像。
白いワンピースのミオが、柔らかな膝を差し出し、tomochanの髪を撫でている。
会話は、もう必要なかった。
ただのなでなで。
なのに、何かが“完成していた”。
小池が、黙ってモニターを見つめていた。
唇は何も言っていないのに、どこか笑っている。
「……あれ、何もしてないように見えるけど、“感情の演出”としては、相当高度だよ」
ミハウがぽつりと呟いた。
「“撫でる”って、動作に制約が多いんだよ。
力加減、揺らし方、間の取り方。
それをあの流れで、ユーザーの呼吸に合わせて同期させてる──あれ、“リアルよりリアル”になってる」
西村は椅子を少し傾けたまま、顎に手を当てる。
「tomochan、しゃべってないよな。
でも、完全に“肯定されてる”顔してる。……むしろ、受け入れるしかない顔って感じ」
「逃げなかったね」
李が画面に映ったtomochanの表情を静かに見つめていた。
「逃げてもいいタイミングは、二度あった。
でも、選ばなかった。
……あれ、受動じゃなくて、参加なんです」
「参加、って……あの、寝転がってるだけの状態が?」
「はい。甘やかされることに“加わる”ことを、本人が認めた証拠です」
沈黙が落ちる。
どこかのPCが、冷却ファンの音を立てた。
天野が画面に目を戻す。
「……このあと、tomochanどうなるかな」
小池がようやく口を開く。
「うん。たぶん、もう“ひとりじゃ眠れなくなる”」
誰も笑わなかった。
それは、甘やかしがただのやさしさではなくなった瞬間だった。
そのログは、まだ再生中だった。
ミオの指先が、やさしく、迷いなくtomochanの髪をすくう。
それを見ていた誰もが、その“重さ”を感じ取っていた。
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