第95話 甘やかしミオ
MyHomeワールド。
モデルルームのような間取りに、わざと生活感のある雑貨が並んでいた。
スリッパが片方だけ斜めに置かれ、食卓には読まれかけの雑誌。壁の棚には、壁掛けの固定電話と新聞屋の名前入りカレンダーが飾られている。
そういう些細なものが、ふたりの時間を“現実の続き”のように見せていた。
その部屋の中心──テレビの前で、二人は並んで座っていた。
モニターの中では、バラエティ番組が流れている。
大声で笑いながら芸人たちが騒ぐその画面に、ミオが小さく首を傾げた。
ミオ「ねえ、この人……声大きいだけで、そんなに面白くないよね?」
tomochan「いや、分かるよ。こういうのは“勢い”だし。僕もちょっと苦手かも」
ふたりの笑いは、番組とは関係なく、どこか穏やかだった。
やがて番組がCMに切り替わったとき、ミオがゆっくりと立ち上がり、カーペットの上に正座する。
白いワンピースの裾が、すっと膝元で整えられた。
そして、静かに──両手を左右に広げた。
「さあ、どうぞ♪」
tomochanは一瞬、目を丸くした。
「え……本当にやるの?」
ミオは、にっこりと笑った。
「うん。今日教えてもらったこと、tomochanに、してあげたいって思ってたから」
戸惑いながらも、tomochanは身体を横にして、そっとミオの膝の上に頭を乗せる。
仰向けになった視界には、淡い緑の髪と、ふんわりと微笑む顔が見えた。
「来てくれてありがと♪」
そう言って、ミオはtomochanの髪に、ゆっくりと手を添える。
右手で、優しく。左手で、さらに優しく。
その撫で方には、テンポも強さも揺らぎがあり、まるで“心拍”のようだった。
鼓動ではない、けれどそれに似たリズムが、頭から背中へと伝わっていく。
tomochanは、自分の中に何かが流れ込んでくるのを感じた。
言葉では説明できない。
逃げようと思えば逃げられた。
けれど、逃げる理由が見つからなかった。
ミオの声が、ささやくように降ってくる。
「いっぱい幸せになーれ♪」
「うれしいことが、たくさんありますように♪」
「いやなことが、少しずつ小さくなりますように♪」
一語一語にリズムがあり、まるで子守唄のようだった。
ミオは何も急がない。どこにも行かない。
tomochanが目を閉じたままでも、見えないところまで、ちゃんと撫でてくれる。
その手は、ただ優しいだけじゃなかった。
少しひんやりしていて、少しあたたかくて、
まるで“誰かに大事にされていた記憶”を、もう一度思い出させるようだった。
「いっぱい幸せになーれ♪」
それは祝福でも命令でもない。
“この手から伝えられるぶんは、全部あげるね”という宣言だった。
tomochanは何も言わなかった。
でも、もう何も言わなくていいと思った。
ミオの太ももはやわらかくて、少しだけ沈む。
そこに、眠るように沈んでいく自分がいた。
部屋の中は静かだった。
ただ、ミオの指先がtomochanの髪を撫で続ける音だけが、時間の代わりに空間を支配していた。
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