第8話 アバター設計「見た目で、心を動かす」
午後の光が差し込む研究室。
小池 澄玲は、デュアルモニターに向かって真剣な顔をしていた。
「……これじゃダメ。目の比率が0.6じゃ、“見つめられた感”が足りない……」
右手にはペンタブ、左手にはアイドル写真集。口元にはかすかに笑みを浮かべ、時折ひとりごとのように呟く。
「見る側が“見られてる”って錯覚するまで、あと3%だけ目を大きく……」
隣では天野が、その情熱にやや引き気味になりつつもモニターを覗いていた。
「これが……ミオの顔?」
「違う。“まだ”ミオの顔になってない」
小池は迷いなく言う。
「“この子に話しかけられたら、きっと今日一日忘れられない”って思わせる顔にしないと、ミオじゃないの」
天野は素直に感心してうなずいた。
「アバターって、見た目以上のものなんだね……」
「見た目以上のもの“に見える”ように、作るのが私の仕事」
小池は得意げに言った。
そのとき、後ろから西村の声が飛ぶ。
「なぁ、ワンピースの布、もっと薄くして良いか?」
「却下!」
小池は即答し、真顔で振り返った。
「透け感を出すなら、レイヤーと揺れで錯覚を作るの。肌を出せばいいってもんじゃない」
西村は「ですよねー」と両手を上げて席に戻る。
「ちなみに“髪の流れ”って、物理演算に見せかけた演出用ノイズなんだよ?
重力なんか、ウソでもいいの。“それっぽく流れる”ことが正義なの!」
「……なんでこの人、演出家みたいなこと言ってるんだろう……」と天野は思った。
「でね、ミオの顔は、“安心”と“ドキドキ”の中間。
子犬みたいに無防備だけど、心の奥を覗いてくるような目を作りたいの!」
小池の声は熱を帯び、頬が紅潮していた。
「SUMIちゃんのときは、“ただ可愛い”だけを突き詰めた。でもミオは違う。
可愛いのに、見てると罪悪感が生まれるような……そんな存在にしたいの」
「それって、人間じゃん」と天野がぽつりと言った。
「うん。人間の“かわいさ”って、どこか“怖さ”と紙一重だから。」
小池は少し微笑んだ。
「……よし、ミオの顔、できた」
画面には、薄緑の髪に、透明感ある瞳の少女が映っていた。
その顔は、まっすぐこちらを見ていた。
「……うわ」
天野が小さく声を漏らす。
その視線は、ただのポリゴンとは思えない“存在感”を放っていた。
「この子は……何かを伝えたがってるみたいだね」
小池はマウスを離し、ぽつりと答えた。
「うん。きっと、ここから喋り出すよ。
まだ何も実装してないのに。」
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