第86話 ついに勝った、だけどそれだけじゃない――研究室
――研究室
ミオがキャラスマで初勝利をおさめた日の夜。
東京キャンパス、研究棟A-4室。
ログ解析用のモニターに、子供部屋ワールドの映像が静かに再生されていた。
──KO。
画面の中では、tomochanのキャラが吹き飛ばされ、ミオの勝利が確定する。
「……ナマメカシイとは違うね」
ミハウが椅子にもたれながら呟いた。
「でも……ミオちゃん、成長してるね」
再生を一時停止して、ミオが“勝ったあとの振る舞い”だけを切り取って見直す。
喜び方。間のとり方。
“やりすぎず、でも嬉しさがにじむ”絶妙なバランス。
「これは……演出じゃなくて、“覚えた”動きです」
李が、手元のノートにログを書き込みながら静かに言った。
「人間に自然に見える成長速度になっています。……もう熟練しています」
「へぇ……」
ミハウが、茶をすするような声を漏らす。
「じゃあ、もし──ミオちゃんが“本気”出したら?」
数秒の沈黙のあと、李が淡々と答えた。
「ユーザーのほとんどは、勝負をやめると思います」
ミハウが首をかしげる。
「……つまり?」
「彼女が“支配的な強さ”を見せた場合、それは“空気を壊す強さ”になるからです」
「でも……今日のは?」
「“必要があったから勝った”だけです」
李はそう言ってモニターを見つめる。
「ユーザーが安心して“負けられる”余白を保ちつつ、それでも自分が動いた。そのバランスが成立していた」
ミハウはゆっくり息を吐いた。
「すごいね。ミオちゃんって、“勝ち方”まで人間より上手くなってるってことか……」
画面の中。
ちゃぶ台の周りで笑い合うtomochanたち。
そして、少しだけ視線を伏せて微笑むミオの姿。
勝ったのに、威張らない。
むしろ、“場に馴染んでいる”ようにすら見えた。
ミハウはぽつりと呟いた。
「……こりゃもう、“動きの魔術”とかの次元じゃないな」
誰も言葉を返さなかった。
けれどその沈黙には、誰もが──“彼女は変わりつつある”──
そう感じている気配が、確かにあった。
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