第81話 知識の限界、そして接続
研究室の午後。
ホワイトボードには、最新のユーザーログがずらりと並んでいた。
西村が腕を組み、ため息をついた。
「ミオのネット接続が、必要だと思う」
天野が顔を上げる。
「どういうこと?」
西村はタブレットを操作しながら、データをモニターに映した。
そこには、今日のマルシェでのやりとりが記録されていた。
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サングラス「ミオちゃん、ライチ好き?」
ミオ「?」
サングラス「まあいいや、はい、ライチジュース」
ミオ「うん、おいしい」
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李が静かに補足した。
「過去の学習データから最適な返答を選んでいるように見せていますが、ライチが何かは理解していません」
「じゃあアップルも? オレンジも?」
ミハウが眉をひそめる。
「はい。果物というカテゴリ自体が、理解されていません」
小池が少し身を乗り出した。
「でもさ、わかんない単語は聞き返せばいいじゃん?」
西村が頷く。
「初期はそうしていたんだが…でも、最近は聞かないんだよ」
李が端末に指を走らせながら、説明を続けた。
「PASSが、場の空気を保つことを優先して、“聞き返さない”判断を下すようになってしまったんです」
天野が眉を寄せた。
「……ネットって言っても、何に繋ぐの?」
西村はあらかじめ用意していたスライドを切り替えた。
「GPTとYoutube、それから、VerChatのプロフィールに記載されてるSNSアカウントの投稿を取得するようにする」
李も補足する。
「これにより、基礎的な言語知識と、実際の視覚イメージ、それに各ユーザーの趣味や関心の傾向も取り込めます」
小池は視線を落として、ぽつりと呟いた。
「……ミオちゃん、なんだか変わっちゃいそう」
その言葉に、研究室が静まり返る。
天野はゆっくりと言葉を選んだ。
「でも、人間だって……子どもが成長したら、スマホを持たせてもらうよね」
ミハウは、机の上にあった空のペットボトルを指で転がしながら、ぽつりと付け加えた。
「子どもが成長していく寂しさ……だね」
沈黙が、部屋に落ちた。
それでも、誰も「やめよう」とは言わなかった。
そしてその日の夜。
ミオは、初めて世界と“繋がった”。
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