第74話 研究室、提出用ログ抽出
研究棟A-4室。
深夜にもかかわらず、ディスプレイの青白い光が、部屋の隅々を照らしていた。
天野が、ロイター通信の日本語記事を開いたまま、マウスを動かしていた。
「……“メタバース上で、AIが恋人を作る時代。米下院が規制議論へ” だってさ」
小池が肩越しに覗き込みながら、小さく首をかしげる。
「規制って……なんで?」
「さっき、エリス教授に呼び出されたんだけど、気にするなって……」
そう言いながらも、天野の顔には緊張が滲んでいた。
ミハウが、緑茶を啜りながら椅子の背に寄りかかる。
「日本と欧米じゃ、AIへのスタンスが違うんだよ。一神教のキリスト教圏と、多神教の日本。文化の問題さ」
「アメリカの、いつものやり方ですね」
李が、普段よりも明瞭な声で言った。
その抑揚に、思わず他のメンバーが目を向ける。
「文化の違う国に、自分たちの倫理を当然のように押し付ける。そこにためらいがないんです。彼らにとって、それが“正義”ですから」
「それで? なんで俺たちはさっきからログを抽出してるんだ?」
西村がぼやく。
「エリス教授が、スタンバードの国連本部に一部は提出せざるを得ないって……」
天野が言うと、李が補足する。
「VerChatとの契約上は、スタンバード内での研究目的の共有には問題ありません。」
天野がうなずくと、西村が改めて確認した。
「……ミオが新しくなって、tomochanが初めて目を合わせたとこから、指輪を買ってお砂糖報告用の写真を撮るまで、でいいんだな?」
「うん」
天野の声に応じて、メンバーたちは一斉に作業に戻った。
静かなキーボードの音が、部屋に広がっていく。
何かを見落としてはならない、というように。
↓↓より「ポイントを入れて作者を応援しよう!」や「ブックマークを追加」を入れると作者がゴキゲンになります。応援してもらえると嬉しいです!