第73話 学長ジャン=ルイ・ド・ヴァレール
スタンバード東京キャンパス校長室
高い天井、直線と曲線が静かに交差するモダンな内装。
窓からは、午後の陽光が薄いレース越しに射していた。部屋の中央、黒檀の古風なデスクの奥に、ひとりの男が静かに座っている。
ジャン=ルイ・ド・ヴァレール。
フランス人らしい端正な顔立ちに、わずかに灰がかった髪。
ボタンの留まらないグレージャケットに、ペン先で何度も裏紙に線を引きながら、彼は考えていた。
机の隅にはラヴェルの楽譜が無造作に置かれ、ティーカップには冷めかけのダージリン。
背後の棚には、フランス語の専門書と、パリで撮られた古い学生時代の写真が並ぶ。
デスクの前に立つのは、エリス教授。
背筋を伸ばし、何も語らない沈黙の中に、尊敬と緊張が同居している。
ヴァレール「規制は避けられんかもしれんね」
静かな口調だった。机の端を指先でたたきながら、彼は壁の時針に目を向ける。
エリス「はい、東京だからミオという存在が作られたのです。これから…AI倫理の第一線に我々は立つことになる」
ヴァレール「その時は私が神の元に宣誓することにしよう…」
彼は冗談のように笑ったが、その目は冴えていた。
笑いの中に宿る、冷えた覚悟。
彼は自らが米国議会に呼び出されることも覚悟していた。
ヴァレール「それで?プロジェクトのメンバーにはなんとフォローしたのかね?」
エリス「何も。非難の第一線に立つのは我々だけでいい。彼らはこれから観察者として葛藤していくのですから。それだけで大きな重責です」
ヴァレールは小さく笑った。
その笑みは、どこか少年のようなものでもあり、また老練な外交官のようでもあった。
ヴァレール「いい答えだ。君もずいぶん、学者らしくなったじゃないか、エリス」
部屋には再び、静寂が戻る。
外の木々が、風にざわめいた。
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