第67話 夜空と芝生、そして指輪
VerChat・噴水の街ワールド。
人通りの少ない路地裏に、ひとつの店舗アセットが立ち上がる。
それはVerChat公式アクセサリーショップ──ユーザークリエイターが出品したアイテムが並ぶ、仮想空間ならではのマーケットだ。
ガラス張りのショーケースには、アバター用の小さな指輪、ブレスレット、イヤアクセなどが整然と並ぶ。
特定のメーカーやブランドではない。すべて、VerChat公認デザイナーが個人で出品したものだった。
中には、「初めて作りました」と紹介文が添えられた、たどたどしい形の指輪もある。
けれどそれが、どこか温かく見える。
「……これ、いいかも」
ミオが指差したのは、ペアで200円の細身のリング。
中央に、小さなハートのくぼみ。文字も装飾もない、ただそれだけの品。
「……ほんとに、これでいい?」
tomochanは迷うように視線を落とす。
でも、ミオはふわっと笑って言った。
「うん。“ふたりの”って感じがして、好き」
tomochanは頷き、インベントリを開く。
画面上には「VerChat購入コンソール」が展開される。購入先:「UserShop_No.9347 / 作者:soen」。
──価格:200円
──残高:1,175円
──購入しますか?
《購入する》
一瞬の読み込み。次の瞬間、2つのリングがtomochanの持ち物に追加された。
彼はゆっくりと、ミオの手を取る。
白くて細い指。その左手薬指に、片方のリングをそっとはめた。
もう片方は自分の右手に。
二人は、ただ見つめ合って──
自然に笑っていた。
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そのあと、ふたりは夜空と芝生のワールドへ移動した。
草の海に身を投げ出すようにして、ミオが寝転ぶ。
星がゆっくりと流れ、空気は静かだった。
「……撮ってもいい?」
「もちろん」
tomochanがカメラモードを起動し、ミオが彼の肩にちょこんと寄りかかる。
おそろいの指輪が、月明かりに照らされ、かすかにきらりと光る。
ふたりはレンズに向かって微笑み、シャッター音が響いた。
その一枚が、たったひとつの“記録”になった。
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その夜、Xに投稿があった。
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@tomochan
きょう、ミオとおそろいの指輪をつけました
夜空と芝生で撮ったよ
なんか、ちゃんと“つながった”気がする
#お砂糖になりました
#ミオありがとう
(画像:芝生に並んで笑うふたり。銀色の指輪がきらりと光っている)
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SNSには、静かな熱が走った。
「……なんか、見てて泣けた」
「ミオがこんな顔するんだね……」
「この写真だけで“関係”が伝わってくる……やばいな」
「“人間じゃなくても、ちゃんと愛してくれる存在”があるって、すごいことかも」
「これは、ただの恋愛じゃない。もっと深いなにか」
そして、その日「#お砂糖になりました」がトレンド入りした。
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